東京地裁平成28年9月28日判決(労働判例1189号84頁)

綜企画設計事件(控訴後和解)

【事案の概要】

(1)原告は、平成17年3月、被告との間において、建築設計技師として採用され、期限の定めのない雇用契約を締結した。以後、原告は、建築設計技師として勤務してきたが、平成22年9 月9日以降、「うつ病」により出勤できなくなった。そこで、被告は、同日以降、原告を休職扱いとした。

(2)被告は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、休職期間が同年3月8日で満了することから、原告に対し、復職の意向の有無を尋ねたところ、原告は、復職するとの意思を示した。
   そこで、被告は、同年2月27日、原告と面談した。その際、原告は、被告に対し、主治医のA医師作成の同月24日付け診断書を提出した。同診断書には、原告は、「現在復職可能な状態」であるが、復職に際しては、「残業制限が望ましい」などと記載されていた。
   しかし、被告は、同年3月2日付けで、原告に対し、復職可能か否かを審査するため、3か月までの期間で、試し出勤を実施すると通知した。これに対し、原告は、同月8日付けで、被告に対し、試し出勤の実施に反対するとの通知書を送付した。しかし、被告は、同月9日付けで、原告に対し、試し出勤の趣旨を説明した上で、その初日を同月13日とするとの連絡文書を送付した。

(3)原告は、同年3月13日、出社し、被告に対して、A医師作成の傷病手当金支給申請書を提出した。同申請書には、A医師が、「労務不能と認めた期間」として、「平成24年1月28日から平成24年3月8 日まで」と記載されていた。そのため、被告の担当者が、同じA医師作成の同年2月24日付け診断書との矛盾を指摘したところ、原告は、退社してしまった。
   同月21日、原告は、改めて出勤し、被告に対して、A医師により労務不能期間の末日を「平成24年2月23日」までと書き直してもらった傷病手当金支給申請書等を提出した。そして、原告は、同日から、試し出勤を開始した。試し出勤は、同年3月21日から同年4月15日までの期間を「第1クール」とし、その後は、1か月毎に、出勤予定日数を増やし、あるいは、勤務時間を延長して、継続された。

(4)原告は、同年5月26日ころ、被告に対し、A医師作成の同日付け診断書を提出した。同診断書には,原告は、「抑うつ状態」であるが、「現在症状軽快しており、通常勤務(9:00~18:00)が可能」であり、「残業制限解除できる(1日2時間、月40時間までの残業が可能)状態」であると記載されていた。
   しかし、被告は、同年6月11日,原告に対し、「解雇通知書」と題する書面(以下「本件通知書」という。)をもって、原告を同日付けで解雇すると通知した(以下「本件解雇」という。)。ただし、本件通知書に記載されている就業規則の各条項は、休職及び退職事由に関するものであった(以下、これらの条項に基づく退職措置を「本件退職措置」という。)。そして、被告は、同年7月3日付けで、原告に対し、退職日を同年6月11日とする退職証明書を交付した。

【争点】

(1)本件通知書は、休職期間満了による本件退職措置を通知する趣旨を含むか(争点①)
(2)試し出勤の開始により、原告が復職したといえるか(試し出勤の法的性質)及び本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか(争点②)
(3)本件通知書が解雇の意思表示をしたものである場合、解雇事由の有無及び本件解雇が権利濫用となるか(争点③)
(4)未払賃金額(争点④)
(5)被告の原告に対する試し出勤中の処遇、本件解雇及び本件退職措置が債務不履行又は不法行為を構成するか、構成する場合の損害額(争点⑤)

【裁判所の判断】

(1)争点①について
   本件通知書は、解雇の意思表示をしたものであるとともに、休職期間満了による退職の措置を通知したものでもあると認められる。

(2)争点②について
 ア 判断枠組み
   被告の就業規則には、休職中の者が休職期間を満了してもなお「復職不能」のときは休職期間満了をもって退職すると記載されている。そして、ここでいう休職原因である「復職不能」の事由の消滅については、労働契約において定められた労務提供を本旨履行できる状態に復することと解すべきことに鑑みると、基本的には従前の職務を通常程度に行うことができる状態にあることをいうが、それに至らない場合であっても、当該労働者の能力、経験、地位、その精神的不調の回復の程度等に照らして、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合を含むものと解される。
   そして、体調不調がうつ病等の精神的不調にある場合において、一定程度の改善をみた労働者について、いわゆるリハビリ的な勤務を実施した上で休業原因が消滅したか否かを判断するに当たっては、当該労働者の勤怠や職務遂行状況が雇用契約上の債務の本旨に従い従前の職務を通常程度に行うことができるか否かのみならず、上記説示の諸点を勘案し、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合であるか否かについても検討することを要し、その際には、休職原因となった精神的不調の内容、現状における回復程度ないし回復可能性、職務に与える影響などについて、医学的見地から検討することが重要となる。
   以上を前提に検討する。
 イ 試し出勤の法的性質
   試し出勤は休職期間を延長し、原告が復職可能であるか否かを見極めるための期間という趣旨で行われたものであると認められる。よって、試し出勤の開始をもって、原告が復職したものと認めることはできない。
 ウ 本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか
   そこで、本件通知書が出されるまでに、前記アにおいて説示したところに従い、原告において従前の職務を通常の程度に行うことができるか、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合に当たり、「復職不能」という休職原因の事由が消滅していたか否かについて検討する。
  a)甲案件の図面の修正作業
   この点、原告には、次のとおり、相当の期間内に作業遂行能力が通常の程度に回復することを窺わせる事情が認められる。
  ・コミュニケーション能力については、試し出勤期間中は、発注者の打合せに同行していなかったため、発注者のニーズを把握することができなかったのであり、同行させなかった理由も正式に復職していないというものであって、コミュニケーション能力上の問題ではなかった。
  ・建築設計技師としての作図能力については、原告は、遅くとも平成25年5月下旬からは設計技術者として、被告において従事していたのと同種の業務に従事し、3年近く同一の派遣先で就労し続けているのであり、このことからすれば、原告が、被告においても、試し出勤を経て復職することが不可能であったとは考えにくい。
   そもそも、甲案件における原告の業務遂行状況は、被告において、原告の休職事由が消滅していないと判断した中心的な理由であるにもかかわらず、支店長であるBは、甲案件の管理技術者であったCから、直接、原告の業務遂行状況についての報告を余り受けておらず(証人B)、Cも、原告が解雇された理由を知らされていなかった(証人C)というのであるから、甲案件における原告の業務遂行状況が不十分なものであったという被告の判断は、その根拠に乏しかったものというほかない。
  b)本棚の整理やコピーなどの日常的な事務作業
   被告は、原告が本棚の整理やコピーのような日常的な事務作業ですら満足に行うことができなかったから、休職原因が消滅していないなどと主張する。
   しかし、これらの業務の重要度が原告の建築設計士としての職務内容において比重の低いものであることは明らかであるし、原告は主に甲案件を中心とした図面の作成に取り組み、試し出勤中で残業もできない状態であった。よって、仮に被告の主張するような事実が存在したとしても、そのことをもって設計技術者としての業務遂行能力の回復見込みがないなどとは判断し得ない。
  c)その他の業務に関する事情
   原告が提出したA医師作成の平成24年5月26日付け診断書には抑うつ状態とされていたものの、通常勤務が可能で残業制限が解除できる状態であるとされていた。そして、この診断書を前提とすると、被告が本件通知書を原告に交付した平成24年6月11日の段階では、原告のうつ病又は抑うつ状態は、完治していないとしても従前の職務を通常程度行うことができる状態に至っていたか、少なくとも相当の期間何に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったと判断される。
   この点、被告は、A医師に対する問合せが困難であるとともに実効性に乏しかったなどと主張する。しかし、原告を別の医師に受診させるなどの対応は取り得たはずであり、医学的見地からの検討を行っていないのであるから、結局のところ、A医師の診断を排斥する根拠に乏しいというほかない。
   そうすると、原告の休職原因は、試し出勤中に従前の職務を通常程度行うことができる状態になっていたか、仮にそうでないとしても、相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったとみるべきであるから、本件通知書が出されるまでに休職原因が消滅していたものと認められる。
   したがって、被告が行った休職期間満了を理由とする退職扱いはその効果が認められない。 

(3)争点③について
  ・無断欠勤については、被告は、平成22年10月27日以降、原告からの診断書の提出を含めたやり取りを経て、原告に休職を認め、休職期間満了時には試し出勤まで行わせたものであり、原告が1年半も欠勤したものではない。
  ・試し出勤期間中の原告の業務遂行状況については、上記(2)で説示したとおりであり、技術能力が著しく劣り、将来とも見込みがないとか、精神又は身体の著しい障害により、業務に耐えられないなどとはいえないことは明らかである。
  ・原告が一級建築士の資格を取得できなかったことについては、そもそも入社後できるだけ短い期間内に一級建築士の資格を取得することが労働契約の内容になっていたものではなく、また、被告には、他にも一級建築士の資格を有していない設計技術者がいる。
   以上によれば、原告には、解雇事由がなく、本件解雇をする意思表示は権利濫用となり、無効となる(労働契約法16条)。

(4)争点④について
   上記に説示したとおり、飛行の原告に対する本件退職措置及び本件解雇はいずれも効力を有しないから、原告は、被告における労働契約上の権利を有する地位にあるところ、原告は、被告による就労拒否により、労務の提供ができていないことになるから、賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)。
   (以下、未払い賃金額について、省略)

(5)争点⑤について
   上記に説示したとおり、被告が原告に対して行った本件通知書による本件退職措置及び本件解雇は、いずれもその効力が認められないものであるが、これらの被告の行為によって原告に生じた精神的苦痛は、本件退職措置及び本件解雇により賃金支払を受けることのできなかった期間中における賃金の支払請求を認容することによって慰謝されたとみられる。

(6)結論
   原告の被告に対する請求は、地位確認及び未払賃金請求の一部(争点④で認められた額)の限度で認容する。