東京地裁平成30年5月30日判決(労働判例1192号40頁)

KDDI事件(控訴中)

【事案の概要】

(1)原告は、昭和60年4月1日、被告の前身会社との間で、期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、単身赴任手当等の不正受給や社宅使用料等の支払を不正に免れたこと等を理由として、平成27年11月18日に懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)がされるまで、総合職の正社員として勤務していた。

(2)原告は、平成24年3月当時、原告所有物件である東京都練馬区所在の物件(以下「練馬自宅」という。)に、原告の長女(以下、単に「長女」という。)とともに居住していた。その後、長女は、大学に入学するに際し、神奈川県相模原市緑区橋本所在の賃借物件(以下「橋本賃貸物件」という。)に転居した。
   原告は、同年10月1日、東京都多摩市所在の被告のセンターに異動し(以下「本件異動」という。)、同月30日、被告の借上社宅である同区橋本所在の賃貸物件(以下「橋本自宅」という。)に入居し、平成25年1月から、橋本自宅で長女と同居を再開した。なお、原告は、練馬自宅の他に、群馬県高崎市所在の物件(以下「高崎実家」という。)を所有していたところ、同年12月10日、練馬自宅を第三者に寄付した。

(3)被告は、平成27年11月18日、以下のとおり、原告には就業規則各条項所定の懲戒事由に該当する行為(以下「本件各懲戒事由」という。)があるなどとして、本件懲戒解雇を行った。
 ア 平成24年4月分から同年12月分までの住宅手当の不正受給(以下「本件懲戒事由①」という。)
   原告は、平成24年3月31日に長女と別居するに当たり、就業規則第22条に基づき、被告に対し、速やかに本人・家族変更申請を行い、長女と別居した旨の届出を行うべきことを認識していたにもかかわらず、同申請を行わなかった。これにより、原告は、被告に、本来受給すべき住宅手当との差額月2万円、合計18万円(注:9か月分)の損害を与えた。

 イ 平成24年10月分から平成27年10月分までの単身赴任手当の不正受給(「本件懲戒事由②」という。)
   原告は、本件異動後の平成24年10月30日の橋本自宅への転居時、既に長女が別居しており、単身赴任基準を満たしていないことを認識していたにもかかわらず、被告に対し、本件異動に伴いそれまで同居していた長女との別居を余儀なくされたとの虚偽の事実を申告して単身赴任申請等を行い、被告にその旨を誤信させることにより、同月分から平成27年10月分まで毎月4万円の単身赴任手当(賃金規程第25条)を不正に受給し続け、被告に合計148万円(注:37か月分)の損害を与えた。

 ウ 平成24年10月分から同年12月分までの社宅使用料の支払等を不正に免れたこと(以下「本件懲戒事由③」という。)
   原告は、上記イのとおり単身赴任基準を満たさず、独身社宅に入居すべきことを認識していたにもかかわらず、被告に対し、虚偽の事実を申告して単身社宅の住宅手配申請及び社宅使用開始申請を行い、被告に原告が単身赴任基準を満たすものと誤信させ、橋本住宅に入居した。これにより、原告は、 橋本自宅の賃料の全額を被告に負担させ(社宅規程第5条)、 被告が本来負担すべき独身社宅の賃料上限額との差額である月額6000円の負担を不正に免れるとともに、本来支払うべきであった定額使用料と原告が実際に支払った定額使用料との差額である月額1500円の支払(同第10条)を不正に免れ、被告に平成24年12月分まで合計1万5500円(注:同年10月分は日割り計算)の損害を与えた。 

 エ 平成25年1月分から平成27年10月分までの橋本自宅の賃料を不正に免れたこと(以下「本件懲戒事由④」という。)
  原告は、平成25年1月1日から、被告の承認を得ないまま橋本自宅において長女と同居を再開し、社宅入居者が複数名となり、独身社宅の入居要件を欠くこととなったため、被告に対し、社宅返還申請及び住所・住居状況申請を行い、橋本自宅の返還、すなわち被告名義の賃貸借契約から原告名義の賃貸借契約への切替えを行い、橋本自宅の賃料を全額負担する必要があること(社宅規程第3条、第4条及び第15条)を認識していたにもかかわらず、上記申請を行わず、被告に同日以降も長女との別居が継続していると誤信させ、同日から平成27年10月末日までの間、橋本自宅の賃料と原告が実際に負担した社宅使用料との差額である月額7万1500円(ただし、社宅使用料の支払がされていない平成27年10月分については橋本自宅の賃料全額)の支払を不正に免れ、被告に合計244万5500円(8万6000円×34か月―1万4500円×33か月)の損害を与えた。

 オ 本人赴任手当(差額分)の不正受給(以下「本件懲戒事由⑤」という。)
   原告は、本件異動に際し、上記イのとおり単身赴任基準を満たしていないことを認識していたにもかかわらず、被告に対し、虚偽の事実を申告して単身赴任時の本人赴任手当15万円を受給し、本来受給すべきであった独身者に支給される本人赴任手当10万円との差額である5万円(国内旅費規程第10条)を不正に受給し、被告に損害を与えた。

 カ 帰省旅費の不正受給(以下「本件懲戒事由⑥」という。)
   原告は、上記イのとおり単身赴任基準を満たしていないため、帰省旅費の支給要件も満たしていないことを認識していたにもかかわらず、同基準を満たすものとの被告の誤信に乗じ、合計16万1360円の帰省旅費を不正に受給した。

(4)原告は、平成27年3月31日、女子更衣室のロッカーを蹴り、扉を破損させるなどの行為を行ったなどとして、出勤停止等の懲戒処分を受けた。そして、原告は、同年4月7日、抑うつ状態と診断され、同年5月15日から私傷病休職になった。その後、被告は、原告に対し、書面での弁明の機会を与えた上で、平成27年11月18日、本件懲戒解雇を行った。

【争点】

   本件における主な争点は、以下のとおりである。
(1)本訴請求に関する争点
 ア 主位的請求に関する争点
   本件懲戒解雇の有効性(争点1)
 イ 予備的請求に関する争点
   原告の退職金支払請求権の有無及びその額(争点2)
(2)反訴請求に関する争点
 ア 原告による不当利得の有無及びその額等(争点3)
 イ 原告の橋本自宅の明渡し義務の有無等(争点4)
   上記の争点のうち、争点1についての、裁判所の判断を示す。   

【裁判所の判断】

(1)本件各懲戒事由の存否について
   上記【事案の概要】(3)に記載したとおりの事実が認められる。以下、本件各懲戒事由についての原告の主張と、これに対する裁判所の判断の概要を示す。

 ア 本件懲戒事由①について
   原告は、長女が橋本賃貸物件に転居したにもかかわらず、長女との同居が解消されたとは認識していなかったなどと主張する。
   しかし、同主張は、その内容自体が不合理であるにとどまらず、同転居に当たり、原告が長女の住民票を異動していたことや、その後、長女が長期の休校期間以外には練馬自宅にはほとんど帰っていなかったこと(原告本人)から、認められない。

 イ 本件懲戒事由②、③及び⑤について
   原告は、平成24年10月中旬頃、①本件異動後の上司であるG氏より、特例として社宅に入居することを認められるとともに、②G氏に対し、世帯住宅、独身住宅、単身住宅のいずれの区分で社宅の申請をすればよいのか尋ねたところ、賃料の面で被告の負担が最も軽い単身住宅に入居するよう指示されたと主張する。
   しかし、原告の単身赴任申請が、被告の人事部厚生グループの給与担当者の判断に基づき、一度差し戻しになったのは、現住所から新勤務先までの通勤時間の算定方法が、給与担当と社宅担当との間で異なっていたからであり、最終的には、現実的な乗換時間等も加算した上で、実態に即した通勤時間を算定するという社宅担当の従前からの算定方法に基づき、単身赴任基準を満たすものと判断され、同申請が承認されたものである。また、今回の原告のように、異動後の職場で実際に勤務を開始した後に社宅手配申請を行うことが、社宅規程上全く想定されていない事態であるともいえない(証人:被告の人事部厚生グループに所属し社宅関連業務を担当しているH氏)。よって、原告の社宅入居は、そもそも、原告が主張するように社宅規程や単身赴任基準が適用されないことを前提として、特例的に認められたものではない。
   さらに、被告における3種の社宅のうち、単身住宅が被告の負担が最も軽いわけではないこと(社宅規程第5条第2項第1号等)からすると、G氏が原告に対し単身住宅が賃料の面で被告の負担が最も軽い旨の発言をするとも考え難く、これらの原告が主張する事実を認めるに足りる客観的な証拠も存在しない。

 ウ 本件懲戒事由④について
   原告は、特例で社宅入居を認められており、長女との同居を理由に社宅を返還する義務があるとは認識していなかったなどと主張する。
   しかし、特例で社宅入居を認められていたとの原告の主張を採用することができないことは、前記イのとおりである。
   また、原告は、本来であれば、原告が長女との同居を再開した後に、橋本住宅を世帯社宅として利用できたはずであることを前提として、原告の本件懲戒事由④に該当する行為による被告の損害額は、世帯社宅の社宅使用料と原告が負担していた社宅使用料との差額にとどまると主張する。
   しかし、社宅規程第4条等の規定及び証拠(略)によれば、被告においては、従業員の世帯区分が変更になったことのみに基づき、当該従業員に社宅を貸与することは想定されていないものと解される。また、社宅規程には、その他被告がやむを得ないと認めた場合に社宅入居が認められたり、同じく被告が認めた場合に社宅の移転が認められたりするとの規定がある(同第4条及び同第14条)ものの、そもそも単身赴任基準を満たさず、単身社宅の入居資格を有していなかった原告について、社宅入居後に同社宅において長女と同居を再開したとしても、世帯社宅への入居や社宅の移転が認められるとは考え難く、実際に原告は同入居や社宅移転のための申請すらしておらず(同申請をしなかったことにつき、やむを得ない理由があるということもできない。)、被告の許可も得られていないことからすると、原告の上記主張はその前提を欠き採用することができない。  

 エ 本件懲戒事由⑥について
   原告は、特例で単身住宅への入居が認められたため、特例として単身赴任基準を満たしていると理解しており、帰省旅費を詐取しようとする意思がなかったなどと主張する。
   しかし、特例で社宅入居を認められていたとの原告の主張を採用することができないことは、前記イのとおりである。

(2)本件懲戒解雇の相当性について
   上記(1)のとおり、原告は、被告の就業規則上の懲戒解雇事由に該当する各行為を行ったものであるところ、その具体的な内容をみても、3年以上の期間において、被告に対し、本来行うべき申請を行わなかったというにとどまらず、積極的に虚偽の事実を申告して各種手当を不正に受給したり、本来支払うべき債務の支払を不正に免れたりするなど、原告と被告が雇用関係を継続する前提となる信頼関係を回復困難な程に毀損する背信行為を複数回にわたり行い、被告に400万円を超える損害を生じさせたものである。
   これらの事由等を考慮すると、本件懲戒解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものということはできない。

(3)結論
   争点(1)に関しては、原告の本訴請求を棄却する。
   争点(2)に関しては、一時金支払額(加算金額)315万0615円の4割の限度でのみ、原告の本訴請求を認容する。
   争点(3)及び争点(4)に関しては、被告の反訴請求を認容する。