大阪地裁平成30年6月28日判決(自保ジャーナル2029号1頁)

労災保険金等の社会保険給付と人身傷害保険金のいずれもが支払われている場合には、その支払時期にかかわらず、口頭弁論終結時を基準として、既に支給され、又は支給されることが確定している社会保険給付額につき、人身障害保険金に先立って損益相殺を行うべきことを判示した事例(甲事件につき控訴中)

【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成21年12月16日午前8時44分頃
 イ 発生場所 大阪府高槻市内の路上
 ウ 原告車 原告甲野運転の原動機付自転車
 エ 被告車 Aの運転する大型貨物自動車
 オ 事故態様 被告車が、第2車線から第1車線へ車線変更をした際、第1車線を走行していた原告車に衝突した。なおAは、本件事故当時、被告の業務に従事していた。

(2)原告甲野は、本件事故により、頭部外傷Ⅲ型、外傷性くも膜下出血、右肩甲骨骨折、右下腿骨骨折、右下肢出でぐロービング損傷、右足関節内果骨折の傷害を負い、平成21年12月16日から平成25年12月9日まで、各医療機関にて入通院治療を受けた(注:症状固定日は不明であるが、上記最終通院日ころと思われる。)。
   原告甲野は、平成25年12月27日ころ、ミニメンタルスケール(MMSE)の検査結果において30点満点中25点であり、注意障害、前頭葉機能障害、記憶障害、情報処理能力の低下、作業記憶の低下が認められ、高次脳機能障害により、日常生活に著しい制限を受けており、時に応じて援助を必要とするとされた。また、同日ころ、身の回りの動作については、食事、更衣、排尿、排便は自立しており、入浴、車椅子操作はときどき介助・見守り・声かけが必要とされ、屋内歩行、屋外歩行はてつなぎ等であり、階段昇降はほとんどできないとされた。
   自賠責保険は、平成26年10月20日ころ、原告甲野の後遺障害につき、記憶障害等の症状につき「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として、自賠責施行令別表(以下「別表」という。)第二の3級3号に該当すると判断し、その他の障害と併合して、別表第二併合2級と判断した。

(3)ところが、原告甲野は、平成26年11月12日ころ、高次脳機能障害の程度について、意思疎通能力及び持続力・持久力について「困難ははあるが多少の援助があればできる」に該当し、問題解決能力及び社会行動能力について「困難はあるがかなりの援助があればできる」に該当するとされた(注:おそらく、労災保険の認定医の判断と思われる。)。
   これを受けて、労災保険は、平成27年3月17日ころ、「高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができない。」として、第5級の1の2に該当すると判断した。

(4)原告甲野は、現在、原告甲野の夫、娘及び実母が見守る中、自宅で生活をしている。食事は家族が準備をすれば自ら取ることができ、排泄は1人で可能である。入浴は、家族がシャワーチェア等を準備し、入浴自体は1人で行っている。ただし、身体的な障害があることから、転倒のおそれが大きく、室内移動や入浴の際は、家族が見守っている。

(5)原告甲野に対する既払金は、以下のとおりである。
 ア 被告加入任意保険 2,248万2,5021円
 イ 自賠責保険からの支払 2,590万円(平成26年10月20日支払) 
 ウ 原告会社から人身傷害保険金としての支払 4,438万6,319円(遅くとも平成27年7月27日。なお、原告甲野と原告会社は、本件事故に先立って、ファミリーバイク特約付の自動車保険契約を締結していた。)
 エ 労災保険からの支払(口頭弁論終結時までのもの) 
  a)療養補償給付として 2099万7,614円
  b)休業補償給付として 103万0,721円
  c)障害補償給付として 487万4,746円
 オ 国民年金及び厚生年金からの支払(口頭弁論終結時までのもの)
   障害基礎・障害厚生年金として 1,120万2,537円

(6)原告甲野は、被告に対し、民法715条及び自賠法3条に基づき、損害賠償金として、1億3,119万5,570円等の支払を求めた(甲事件)。
   また、原告会社は、被告に対し、上記(5)ウの支払により原告甲野の損害賠償請求権に代位したとして、求償権に基づき、求償金として、4,439万1,719円等の支払いを求めた(乙事件)。

【争点】

(1)本件事故態様及び過失割合
(2)原告甲野の後遺障害の程度
(3)損益相殺の方法
(4)原告甲野の損害額
以下、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件事故態様及び過失割合
   本件事故における過失割合は、A75%、原告甲野25%と認める(詳細は省略)。


(2)原告甲野の後遺障害の程度
   原告甲野の高次脳機能障害の状態及び日常生活状況は、上記【事案の概要】(3)及び(4)で述べたとおりである。かかる原告甲野の症状からすれば、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないものというべきであって、別表第二の5級2号に該当するというべきである。そして、その他の障害と併合して、別表第二併合4級と認める。


(3)損益相殺の方法
 ア 労災保険金、障害基礎・障害厚生年金
   加害者の過失割合部分に先に充当される(最高裁平成元年4月11日判決参照)。
   労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は、特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから、てん補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ相互補完性を有する損害の元本との間で損益相殺を行う(いわゆる費目拘束。最高裁昭和62年7月10日判決、最高裁平成22年9月13日判決)。
   さらに、これらの社会保険給付は、その支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、これらが支給され、又は支給されることが確定することにより、そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価すべきである(最高裁平成22年9 月13日判決)。
 イ 人身傷害保険金
   人身傷害補償保険金と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、損益相殺の対象となり、人身傷害保険金を支払った保険会社は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する(最高裁平成24年2月20日判決、最高裁平成24年5月29日判決)。
   要するに、①被害者の過失割合部分に先に充当され、②残額がある場合に加害者の過失割合部分に充当され、人身傷害保険金の支払者は、②の充当額につき加害者に求償することができる。なお、人身傷害保険金の充当の際には、いわゆる費目拘束があるとは解されない。
 ウ 以上のとおり、労災保険金等の社会保険給付は、その対象となる損害に対して不法行為時にてん補するものと評価されることからすれば、労災保険金等の社会保険給付と人身傷害保険金のいずれもが支払われている場合には、その支払時期にかかわらず、口頭弁論終結時を基準として、既に支給され、又は支給されることが確定している社会保険給付額につき、人身障害保険金に先立って損益相殺を行うべきであり、その後、なお、被害者本人の損害が残存した場合に、その損害に対して人身傷害保険金が充当されると解すべきである。
   そして、人身傷害保険金を支払った保険会社は、充当された額について、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する。
   このように考えることは、原告甲野と原告会社との間で締結された保険契約の約款においても、支払保険金の計算(第4条)において「損害額」から「労働者災害補償制度によって既に給付が決定しまたは支払われた額」等控除した額とすることが規程されていることとも整合する。  

(4)原告甲野の損害額
   原告甲野の損害額は、小計1億1,218万0,018円であり、過失相殺後の額は、8413万5,013円である(詳細は省略)。
   これに対し、以下のとおり、損益相殺をする。
 ア 被告加入保険会社からの支払 2,248万2,502円
   元本に充当することで争いがない。
 イ 労災保険金、障害基礎・障害厚生年金
  a)療養給付金 支払額は2,099万7,614円であるが、過失相殺後の治療費及びこれと同性質である文書料、通院交通費、入院雑費、付添看護費及び介護用品費の合計1,607万1,718円に充当する。
  b)休業補償給付金・障害補償給付金 支払額は、休業補償給付金として103万0,721円、障害補償給付金として487万4,746円の合計590万5,467円であり、過失相殺後の休業補償・後遺障害逸失利益に同金額を充当する。 
  c)障害基礎・障害厚生年金 支払額は1,120万2,537円であり、過失相殺後の休業補償・後遺障害逸失利益に同金額を充当する。
  d)上記損益相殺後の金額 2,847万2,789円
 ウ 自賠責保険金 支払額は2,590万円であるが、遅延損害金から先に充当することで争いがない。支払日は平成26年10月22日であるところ、本件事故日である平成21年12月16日から平成26年10月22日まで(4年311日)に前記元本2,847万2,789円に対して生じる民法所定の年5%の遅延損害金は690万7,576円である。
   よって、支払われた自賠責保険金を遅延損害金に充当した残額は1,899万2,424円であり、同金額について、元本に充当する。
 エ 原告会社支払の人身傷害保険金 支払額は4,438万6,319円であるが、原告甲野の過失部分である2,804万5,605円に先に充当し、その余の部分につき、前記損益相殺後の元本額948万0,365円に充当する。
   これにより、原告甲野の損害は0円となり、原告会社は、充当額948万0,365円につき、原告甲野の被告に対する損害賠償請求権を代位取得する。

(5)結論
   原告甲野の請求は、全て棄却し、 原告会社の請求は、948万0,365円及びこれに対する平成27年7月28日からの遅延損害金の支払の範囲で認めた。