横浜地裁平成30年9月27日判決(自保ジャーナル2033号64頁)

被害者が症状固定により後遺障害を残した後、当該交通事故とは異なる原因で死亡した場合、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えないと判示した事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
 ア 発生日時 平成24年7月30日午前10時46分頃
 イ 発生場所 川崎市
 ウ 原告車  A運転の自転車
 エ 被告車  被告運転の普通自動二輪車
 オ 事故態様 Aが、自転車を運転して交差点(以下「本件交差点」という。)を横断しようとしたところ、交差道路右側から進行してきた被告車と衝突した。

(2)Aは、平成25年6月17日、E大学病院にて、右小指屈筋腱癒着、右眼窩底骨折その他の各傷害につき、症状固定との診断を受けた。
   Aは、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、本件事故により生じた右眼視力低下(注:矯正視力0.1)につき、後遺障害等級第10級1号に該当し、その他の障害を併合した結果、併合第9級に該当すると判断された(注:認定日不明)。

(3)Aは、平成25年6月20日、本件とは別の交通事故(以下「別件事故」という。)により死亡し、原告B(Aの妻)及び同C、D(Aの子ら)が、それぞれ法定相続分の割合で、Aの被告に対する損害賠償請求権を相続した。
   原告ら及びAの両親は、別件訴訟の加害者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、平成27年6月22日、F地方裁判所a支部において、上記請求の一部(注:死亡逸失利益を含む。)を認容する判決を受けた(以下「別件判決」という。)。


【争点】

(1)過失割合
(2)後遺障害逸失利益の有無
(3)損害
   以下、主に(2)及び(3)(ただし、(2)と関連する損害項目についてのみ)についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、(2)に関する被告の主張は、以下のとおりである。
 ア 被告の主張1
   原告らは、別件事故にかかる訴訟において、Aの死亡逸失利益について、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けた。本件で、労働能力の喪失を前提として逸失利益の算定が行われることになれば、本件で認定される逸失利益は、別件事故にかかる訴訟との関係で損害の二重評価となって妥当でない。
 イ 被告の主張2
   交通事故の被害者が、事故の後に事故と相当因果関係のない原因により死亡した場合に、後遺障害による逸失利益が死亡時までに限られるかという問題について、最高裁判決は、死亡の時期を考慮せず、死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間については、これを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解(継続説)を採用する。しかし、本件の原告らは、別件事故による100%の労働能力喪失について、既に損害賠償を受けている。よって、最高裁判決が継続説を支持する理由に当てはまらない。
 ウ 被告の主張3
   原告らは、別件事故の損害賠償請求において、Aが本件事故において労働能力を喪失しておらず、別件事故まで完全な労働能力を有していたことを前提に、逸失利益の請求をした。にもかかわらず、原告らは、本件訴訟では、症状固定時に35%の労働能力を喪失したことを主張した。これらの主張は、互いに矛盾するものである。よって、原告らが本件において労働能力喪失の主張をすることは、信義則違反(禁反言の原則)として許されない。


【裁判所の判断】

 (1)過失割合
   Aは、歩行者用信号機が設置された横断歩道上を、青信号で自転車に乗って横断していたのであるから、Aに過失があるということはできない。

(2)後遺障害逸失利益の有無
 ア 原告らが、別件判決において、Aの死亡時点から就労可能年数である67歳までの36年間につき、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことが、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えるか否かについて検討する。
 イ この点、交通事故の被害者が、事故に起因する傷害のために身体機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的自由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではないと解する。
   このように解すべきことは、
  ・被害者の死亡が病気、事故、自殺、天災等のいかなる事由に基づくものか
  ・死亡につき不法行為等に基づく責任を負担すべき第三者が存在するかどうか
  ・交通事故と死亡との間に相当因果関係ないし条件関係が存在するかどうかといった事情によって異なるものではない(最高裁平成8年4月25日判決、最高裁平成8年5月31日判決参照)。
 ウ これを本件についてみると、Aは、別件事故により死亡したものであって、本件事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在していたとか、近い将来における死亡が客観的に予測されていたといった特段の事情は見受けられない。よって、本件事故の逸失利益の算定において、死亡の事実を就労可能期間の認定上考慮すべきではない。
   そして、これは、別件判決において、本件事故に基づく後遺障害により低下した労働能力を前提とせずに、後遺障害逸失利益の算定がなされた場合であっても、同様である。なぜなら、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容として発生しているのであるから、その後の事情による影響を受けて、1度発生した損害が発生しなかったこととなるのは相当でないからである。
 エ 被告の主張1及び2について
   本件は、本来、本件交通事故の損害賠償の対象とされるべき損害(症状固定日である平成25年6月17日から就労可能年数である67歳までの、本件交通事故の後遺障害による労働能力喪失分の後遺障害逸失利益(のうち、死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの期間に相当する部分))が、別件事故の損害(死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの、100%死亡逸失利益)の一部として計上されたことにより、別件判決に基づく支払によって本件の損害が填補されたかのような事態が生じている。これにより、本件においてもこの部分を逸失利益として認めると、原告らに二重の利得が生ずることとなる。
   被告は、原告らに二重の利得が生じ不当であること、本件においてはいわゆる継続説を採用する前提(注:別件事故の加害者により、100 %の損害填補がされていないこと)を欠き、損害算定の差額説に反することを主張する。
   まず、本来、別件事故の訴訟において、後遺障害により低下した労働能力を前提として賠償額が定められるべきである。しかし、訴訟における双方の主張立証の結果、別件判決のとおりの賠償額が認められたからといって、被告が本来負うべき損害賠償義務を免れるのは相当でない。被告の主張する、原告らの二重利得については、原告らと、別件事故の加害者との間で解決すべき問題である。
   また、本件では、別件事故の加害者が本件事故の損害の一部を填補したかのような事態が生じている。しかし、別件事故の加害者は、本件事故の損害の一部を填補する意思を有するものではなく、あくまで自己の損害として損害を賠償したにすぎない。その上、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係はない。よって、別件事故の加害者による支払をもって、損害の填補がされたと評価することはできない。それゆえ、差額説に反するとの主張も妥当でない。
 オ 被告の主張3について
   被告は、原告らが別件事故の訴訟において、本件事故による労働能力喪失を主張せず、別件事故発生時まで完全な労働能力を有していたことを前提とする主張をしていたにもかかわらず、本件では、本件事故による労働能力喪失があるとの矛盾する主張を行っており、民事訴訟法上の信義則違反(禁反言)に当たるとも主張する。
   しかし、本件に先立って審理された、別件事故に基づく訴訟当時、本件事故による労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、本件事故の後遺障害等級認定手続すらされていなかった。よって、原告らが、別件事故の訴訟において本件事故による労働能力喪失を主張しなかったことが、信義則違反に該当するということはできない。
 カ 以上から、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えない。

(3)損害
 ア 後遺障害逸失利益
   Aは、平成24年11月に職務に復職し、平成25年1月31日以降は休業しなかったのであるが、本件事故日である平成24年7月30日から同年12月までの間に、90日の休業があった。にもかかわらず、Aは、平成24年には4,360,808円の給与所得があり、平成23年の年間所得額4,044,027円よりも増加している。しかし、このように収入が増加した事情は不明であり、長期間にわたり収入が維持されるか否かは定かでない。
   よって、Aの労働能力喪失率は、20%(注:原告の主張は、35%)と認める。
   (計算式)4,044,027円×0.2×16.5469(注:症状固定時(31歳)から67歳までの36年間のライプニッツ係数)=13,383,222円
 イ 後遺障害慰謝料
   後遺障害等級9級の慰謝料としては、6,900,000円が相当である(注:争いなし)。

(4)結論
   原告らの請求額合計36,918,539円(又は36,287,874円)のうち、23,197,744円及び遅延損害金の支払いを認めた(一部認容)。


【控訴審の判断】   

   平成31年3月12日、①後遺障害逸失利益を0円、②後遺障害慰謝料を10,500,000円として、控訴人が、被控訴人に対し、一定額を支払う内容で、和解が成立した。
   なお、控訴人は、控訴理由において、Aの労働能力喪失に関し強く争っていたところ、裁判所は、和解協議の過程において、以下のような判断を示した。
  ①後遺障害逸失利益について
   Aの症状固定後の減収は認められず、また、受傷後に勤務先において不利益な扱いを受けていたとも認められないことから、差額説を前提とする逸失利益の算定において、後遺障害による逸失利益は認めらない。
  ②後遺障害慰謝料について
   後遺障害による身体的障害を持ちながら、従前の収入と同額の収入を得るために特段の努力を要し、将来的な収入の減少の可能性を否定し難いところであり、これらについては、和解による解決を前提として、慰謝料において考慮する。