神戸地裁姫路支部平成31年3月18日判決(労働判例1211号81頁)

違法な退職勧奨・自宅待機命令後になされた配転命令について、権利濫用に当たるというべき特段の事情は見当たらず、無効であるとは認められないと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、株式会社U(以下「U」という。)及びその100%子会社であるUT株式会社(以下「UT」という。)の子会社で、真空機器・装置、熱分析装置等の分析測定装置の販売等を目的とし、Uの製品の販売を主な業務とする株式会社である。被告は、東京都に本社を置き、平成29年6月までは、兵庫県T市に営業所を有していたが(以下「姫路営業所」という。)、姫路営業所は同年7月に閉鎖された。
   原告は、平成21年1月、営業本部営業本部長付専任室長として被告に中途採用され、東京都の本社で、新商品開発部の専任室長として、新規業務の輸出入営業を担当していた者であり、遅くとも平成24年1月には新商品開発部と海外業務部を兼務していたが、同年3月7日に海外業務部を解任された。また、平成25年1月以降は、姫路営業所で、規格品等の販売営業を担当していた。原告は、以前の勤務先では、コンポーネント装置、半導体製造装置等を扱い、「真空技術」、「半導体製造プロセス」を専門技術とし、輸出入関連業務に携わっていた。

(2)Bは、取締役兼営業本部長として、原告の上司であった者である。
   D社長(以下「D」という。)は、原告を採用した者で、原告が本社に勤務していた当時、代表取締役であり、被告が事業構造改革を行った後となる平成24年7月1日から平成25年8月28日までは、取締役副社長であった者である。
   Hは、平成22年9月から平成26年6月まで姫路営業所所長として勤務し、原告が姫路営業所で勤務していた当時、原告の直属の上司であった者である。

(3)Bは、平成24年6月7日、原告に対し、本社の会議室において、再就職の支援としてK社と相談し次の就職先を探し、退職金として加算金を受領し同月末に退職することを考えてほしい旨を伝えた。原告は、これに対し、退職するつもりはない旨を回答した。
   Bは、少なくとも同月12日及び15日にも、原告に対し、退職勧奨をしたが、原告はいずれも断った。同じ時期に退職勧奨を受けた社員は、約50人の社員のうち、主として営業職と経理関係の職にある9名の者であった。また、退職勧奨の対象者の基準は明らかにされていなかった。

(4)B及びL管理本部部長は、平成24年6月29日、原告に対し、同年7月1日から無期限で自宅待機を命じる旨の辞令を交付し、荷物をもって退去するよう指示をして、原告から被告の入門証、携帯電話及びパソコンを回収した(以下「本件自宅待機命令」といい、これによる自宅待機を「本件自宅待機」という。)。
   被告は、平成24年7月1日、Uの国内営業部門の統合に伴い、旧社名から現在の社名に商号変更をして、Uの製品の国内総販売元となった。

(5)被告は、平成24年12月21日付の辞令により、平成25年1月1日付で原告を営業本部西日本営業統括部大阪支店姫路営業所専任室長として、姫路営業所勤務を命じる旨の配転命令をした(以下「本件配転命令」といい、これによる配置転換を「本件配転」という。)。原告は、転居して、同月21日から、姫路営業所での勤務を開始した。
   被告は、平成26年1月、就業規則を変更し、職能資格等級制度及び評価給制度という新しい給与制度を導入した(以下「本件就業規則変更」という。)。

(6)原告は、平成26年12月10日、被告を相手方として、本件自宅待機命令、本件配転命令、本件就業規則変更及び新しい就業規則に基づく原告の査定が、いずれも業務上の必要性がなく、不当な動機、目的に基づくものであるなどと主張して、姫路営業所で勤務する義務のないことの確認等を求める訴訟(以下「甲事件」という。)を提訴した。

(7)被告は、平成27年3月9日、原告を解雇した(以下「本件解雇」という。)。その解雇通知書には、解雇理由として、①取引先とのトラブルの頻発、②指示の無視と上司への虚偽報告、③上司及び社内関係者に対する不適切な発言とそれによる信頼関係の破壊が記載されていた。
   原告は、被告を相手方として、本件解雇は、客観的理由がなく無効であると主張して、雇用契約上の地位の確認等を求める訴訟(以下「乙事件)という。)を提起した。


【争点】

(1)本件配転命令の有効性
(2)本件自宅待機期間中の賃金減額の有効性
(3)本件就業規則変更による賃金減額の有効性
(4)本件査定の違法性
(5)本件解雇の有効性
(6)被告の不法行為(本件自宅待機命令及び本件配転命令等)の有無
(7)原告の未払賃金等
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件配転命令の有効性
 ア 被告は、平成29年7月に姫路営業所を閉鎖したから、本件配転命令が有効か無効かにかかわらず、原告には被告の姫路営業所において勤務する雇用契約上の義務がなくなったことが認められ、原告の甲事件請求(1)(略)について、確認の利益を認めることができない。したがって、本件配転命令の無効確認を求める訴えは、不適法となり、その訴えを却下せざるを得ない。
   もっとも、本件配転命令が有効か無効かは、本件配転命令の違法性及び解雇後の原告の賃金相当額の前提となるため、以下検討する。
 イ 被告が就業規則4条に基づき原告の配転命令権を有すること、また、労働者の採用に際し、勤務地を限定する合意がなされた事情がないことについては、当事者間に争いがない。したがって、被告は、原告について、業務上の必要に応じ、個別の同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有する。
   もっとも、配転命令について業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解される。そして、その場合の業務上の必要性は、当該配転先への異動がその者以外では容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率推進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等、企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件参照)。
   そこで、以下、本件配転命令が権利の濫用に当たるか否かについて検討する。
 ウ 業務上の必要性の有無
   原告は、平成24年7月以降の新体制においても、原告が従前所属していた部署及び担当していた業務が存在していることなどから、本件配転命令には、業務上の必要性がない旨主張する。しかし、
  ①新体制移行後、確かに原告の所属部署・担当業務は存在していたものの、縮小傾向であって原告の担当業務が減少又は消滅する見込みであり、実際に平成25年7月1日には閉鎖されたこと、
  ②姫路営業所においては、二人分の業務が存在するところ、平成24年6月末に一人が退職し、一人分の欠員が出ていたこと、
  ③原告はU製品の営業経験がなく、自宅待機中もU製品の勉強をしていないなど、U製品に関する知識が十分でないものの、コンポーネント装置の取扱経験を有し、真空技術の知識に強みがあったところ、姫路営業所では、U製品の取り扱いがない上、真空コンポーネント装置の取り扱いがあって、原告に適性があるといえること、他方、
  ④被告の他の営業所においては、Uの真空装置の営業を主にしており、その営業にあたって必要な真空装置の専門知識や経験に関して十分なものを有していない原告が、他の営業所において営業職を行うことは難しいと考えられたこと(D)などからすれば、
原告を姫路営業所に配置転換することは、労働力の適正配置等の観点から、被告の合理的運営に寄与するものであったといえる。この点は、Dも、本件配転命令を原告に伝えるに当たって、上記③の理由を述べているとおりである。
   したがって、本件配転命令には業務上の必要性が認められる。
 イ 他の不当な動機・目的
   原告は、本件配転命令に至る経緯から、本件配転命令の主たる動機が、原告が本件退職勧奨を拒否したことへの意趣返しという不当な動機・目的であることは明白であると主張する。しかし、
  ①退職勧奨時に原告が姫路へ行くと回答していること、
  ②姫路営業所には欠員が出ており、実際には原告の担当する業務が存在した上、Hが原告の活躍を期待して当初から単独で営業を任せ、多くの案件を担当させていたこと(H)、
  ③被告において姫路営業所への配転が左遷を意味するなどなどの慣習はないことなどからすると、
前記経緯(注:被告が原告を強硬に退職させようとしていたこと)を踏まえても、本件配転命令が、原告が退職しなかったことへの意趣返しという不当な動機のみによってされたものであるとまで認めることは困難である。
   よって、本件配転命令が、業務上の必要性の他の不当な動機・目的をもってなされたものであると認めることはできない。
 ウ 労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否か
   原告は、本件配転命令当時、原告の長女が高校3年生で大学受験を控えている状況であったこと、原告の妻が、乳がんに罹患して放射線治療を受けていたことのほか、メンタルヘルスクリニックにも通院していたことを理由として、本件配転命令が原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると主張する。
   しかし、原告が、原告の長女の事情を被告に伝えたと認めるに足りる証拠は存在しない。
   また、原告が、平成24年12月21日、Dに対して、妻が乳がんに罹患して手術を受けたが、今後も再発の可能性があり、その場合には放射線治療を受ける必要があって、精神的に不安定なことを伝えた事実は認められるが、原告は、上記事情を、本件自宅待機期間中に減額された賞与を支払ってほしいという交渉の中で、金銭が必要な事情として伝えたに過ぎない。かえって、本件配転との関係では、Dの方から転勤できるかと聞かれたのに対し、「転勤はします。」と答えるのみで、これに対し、Dが渋っても、「あ、いいです。それは、ま、社長がそういうお気持ちがあるっていうことで。」などと述べて、妻の乳がんとの関係で本件配転が不利益である事情や、本件配転への異議は一切述べていないことが認められる。
   そのほか、姫路駅は東海道・山陽新幹線の停車駅であり、週末等に帰郷することが容易であった容易であるところ、平日に妻の看護が必要である、妻の病状が予断を許さない状況であるなど、週末等に容易に帰郷することができたとしてもなお不利益が大きい旨の事情を認めるに足りる証拠もない。
   以上を勘案すると、本件配転命令が、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものであったと認めることはできない。
   なお、原告は、この点について、半年間もの本件自宅待機命令を受け、強く復職を望んでいた原告にとっては、表面上配転を受け入れる反応をするしかなかったなどと主張するが、その点を踏まえたとしても、上記事情からすれば、原告が意に反して配転命令を受け入れたと認めるに足りる事情はなく、上記結論を左右するものではない。
 エ 以上のほか、本件配転命令が権利濫用に当たるというべき特段の事情は見当たらない。したがって、本件配転命令が無効であるとは認められない。

(2)結論
   原告の請求は、甲事件につき、本件配転命令の効力の確認を求める点については、確認の利益を認めることができないので、不適法として訴えを却下するが、甲事件のそのほかの請求及び乙事件については、一部理由を認めることができる(一部認容)。