東京地裁平成30年6月8日判決(判例タイムズ1467号185頁)

配置転換の約1年後になされた転居命令が、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効であると判示した事例(控訴後控訴棄却)


【事案の概要】

(1)原告は、東京都板橋区に妻と長男(平成13年生)と同居しており、平成20年1月1日、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結した。
   被告は、外資系企業であり、金属製組み立て式天井板及び建物外装等の輸出入、製造及び販売等事業を営む株式会社である。

(2)被告は、平成20年1月1日当時、①建築建材を取り扱うAP事業部、②ブラインド・シェード製品を取り扱うWCP事業部、③総務・人事・経営管理を行う経理管理グループ、④製品の製造を行う茨城工場の4部門があり、東京都品川区にある京浜急行電鉄立会川駅近くの本社に①から③の各部門が、茨城県小美玉市内に④があった。④茨城工場への交通手段は、東京都内からJR常磐線で石岡駅まで行き、同駅からはバスに乗ってグリーンバス(かしてつバス)新高浜駅(以下「新高浜駅」という。)で下車する方法である。
   原告は、平成20年1月1日当時、①AP事業部内の営業をサポートする技術支援チームに所属しており、新規物件の見積もり依頼への対応、技術資料図書の整備等の業務に従事していた。

(3)被告は、平成23年12月から同24年1月にかけて本社を移転し、AP事業部はJR浜松町駅の近くの浜松町事務所、WCP事業部と経営管理グループは六本木の本社(以下「六本木本社」という。)に移転した。その後、被告は、AP事業が業績不振であったことから、平成27年11月30日、AP事業部から撤退するとともに、浜松町事務所を閉鎖した。
   平成27年11月の時点でAP事業部にいた社員(7名)のうち、原告、A、B及びCの4名が、同年12月1日付けで茨城工場へ異動した(以下「本件配置転換」という。)。原告の業務は梱包作業となった。原告の茨城工場への通勤経路は、東武東上線ときわ台駅から池袋駅、日暮里駅での乗り換えを経てJR石岡駅まで電車で行き、そこからバスでかしてつバス新高浜駅まで行くものであり、乗車時間は2時間45分程度であった。また、原告の自宅から東武東上線ときわ台駅までは徒歩で約13であった。
   原告と被告は、平成20年1月1日に、期間の定めのない労働契約を結んだが、給与は毎月20日締めの25日払い、通勤交通費は会社の認める通勤経路に要する実費につき全額支給とされていた。被告は、本件配置転換後の平成27年12月25日及び平成28年6月に、原告に対し、それぞれ通勤交通費30万6680円(石岡駅から新高浜駅までのバス6か月定期5万8320円とときわ台駅から石岡駅までの電車6か月定期代24万8360円の合計額)を支払った。

(4)被告の経営管理グループのDは、平成28年11月4日、六本木本社で、原告に対し、同年12月1日から茨城工場の近くに単身で転居するよう命令した(以下「本件転居命令」という。)。
   原告は、同年11月7、8日頃及び同月11日、Dに対し、通勤費を自己負担した上で東京の自宅から通勤したい旨を伝えたが、これに対し被告は、安全管理の見地から認められないと回答した。Dは、その際、原告に対し、茨城工場での勤務が長期化し、原告が東京勤務になる見込みはないことから、原告の健康や安全管理、業務の円滑のため社宅を付与することを説明した。また、原告は、共働きの妻と中学生の子がいるので転居せず今まで通り通勤させて欲しいと話していた。
   被告は、同年11月24日、原告に対し、赴任手当を13万5000円支給すること、付帯費用(引越代)は全額会社が負担すること、別居手当の支給はないこと、敷金・礼金は被告が負担すること、借上社宅の賃料3万5000円は原告が負担することなどを提案したが、原告は、これに応じなかった。

(5)被告は、平成29年3月31日、原告に対し、同日付で解雇することを通知し(以下「本件解雇」という。)、解雇予告手当65万5220円(注:解雇時の原告の給与は、年俸750万6000円(毎月62万5500円)であった。)を支払った。また、被告は、同年4月14日、原告に対し、退職金366万9173円を支払った。
   被告は、原告に対し、同年10日付け解雇理由説明書を送付した。そこには、解雇理由として、就業規則25条16号(略)で定められた「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があったとき」に該当すること、具体的には本件転居命令に対し、繰り返しの説明、説得にも関わらず、不合理な反抗を続け、正当な理由なく本件転居命令に従わなかったことがこれに当たる旨が記載されている。


【争点】

(1)本件転居命令の有効性
(2)通勤交通費の有無及び額
(3)慰謝料請求の有無及び額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件転居命令の有効性
 ア 憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」としており、同条は民法90条を介して原告と被告の労使関係にも一定の拘束力がある。しかし、被告の就業規則には、被告は「その判断で社員の配置転換又は転勤を命じることができ」(10条)、「業務上の必要若しくは業務上の都合により、社員に対し就業場所若しくは従事する職務の変更を命じることがあ」り(13条)、「人事異動により居住地の変更を要する場合の取扱いは別に定める」(15条)との定めがあるから、被告は、原告との個別の同意なくして原告の勤務地を決定し、勤務先の変更に伴って居住地の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する。
 イ さらにその権限に基づき、使用者は、配置転換等の業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定することができる。
   しかしながら、転居は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権(転居命令権)は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないことはいうまでもない。転勤命令(転居命令)につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない。
   そして業務上の必要性については、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定される(転勤命令権につき、最高裁昭和61年7月14日判決参照)。
 ウ 本件について業務上の必要性をみるに、被告は、往復6時間の長時間通勤は、原告の健康不安、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等から、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできず、本件転居命令には業務上の必要性がある旨主張する。
   しかし、
  a)本件転居命令は、本件配置転換の約1年後に出されたもので、原告は、その期間、転居せず自宅から茨城工場に通勤していたこと
  b)原告の茨城工場での業務内容は梱包作業であり、早朝・夜間の勤務は必要なく、緊急時の対応も考え難いこと
  c)原告不在時には他の従業員が原告の業務に対応することができたこと
  d)原告に残業が命じられることはなかったこと
  e)原告は、片道3時間かけて通勤しているが、交通事故のために休職した期間と一度の電車遅延による遅刻の他は遅刻や欠勤はなく、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出ることもほとんどなかったことが認められる。
   そうすると、原告が転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみても、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえず、業務の必要があるとは認められない。
   また、被告は、AP事業部の再開が見込まれないため、原告が東京勤務になる見込みがなく、今後も継続して長時間通勤を原告に課すことは、労働契約法や労働安全衛生法上不相当であると主張する。
   しかし、単身赴任による負担と長時間通勤の負担を比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。したがって、被告の上記主張は採用しない。
   以上によれば、本件転居命令には業務上の必要性があるとは認められず、被告の上記主張は採用しない。
 エ 以上によれば、本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。そうすると、原告は本件転居命令に従う義務はないし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、客観的合理的理由を欠いており、社会通念上も相当であるとは認め難いから、本件解雇は労働契約法16条により無効である。

(2)通勤交通費の有無及び額
   被告は、原告に対し、平成28年12月1日から平成29年3月31日まで(4か月)の原告の最寄り駅である東武東上線ときわ台駅からJR石岡駅までの定期代を支払うべきところ、原告の請求する3か月分13万3970円について未払のままであると認められる。
   また、被告は、平成28年12月22日にバス定期代を支払っているから、同日が交通費の支払日であると認められる。

(3)慰謝料請求の有無及び額 
   本件転居命令が無効であり、それに従わないことを理由にした本件解雇が無効であるからといって、被告が原告に対して、本件転居命令に従うよう求めたことが直ちに不法行為に当たるとは認められない(詳細は省略する。)。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び本件転居命令に従う義務のないことの確認、平成29年4月5月の未払賃金125万1000円並びに同年6月から本件確定の日までの賃金月額62万5500円及びこれに対する遅延損害金、未払交通費13万6970円及びこれに対する遅延損害金の支払請求は理由がある(一部認容)。