札幌地裁令和2年3月13日判決(労働判例1221号29頁)

原告の上司によるセクシャルハラスメントは、継続していないが、「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった」場合に該当し、その心理的負荷の評価は「強」となると判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、昭和53年生まれの女性であり、平成27年6月3日から平成29年1月31日までの間、株式会社K(以下「本件会社」という。)にアルバイトとして雇用されていた者である。本件会社は、チルド食品等の配送、物流センター代行業務等を業とする株式会社である。B(以下「B」という。)は、昭和43年生まれの男性であり、平成27年6月当時、本件会社のAセンター長の地位にあった者である。

(2)原告は、札幌東労働基準監督署長に対し、本件会社においてセクシャルハラスメント等を受け、もって業務により精神障害(うつ病)を発病したとして、平成28年5月以降、労災保険法に基づく休業補償給付及び療養補償給付の支給を請求した。札幌東労働基準監督署長は、同年10月以降、これらの請求のいずれについても支給しない旨の決定(以下「本件各処分」という。)をした。
   原告は、平成29年1月30日北海道労働者災害補償保険審査官に対し、本件各処分につき審査請求をした。同審査官は、同年7月27日、原告が複数のセクシャルハラスメントを受けたと認定しつつも、心理的負荷による精神障害の認定基準の要件を満たさないとして、審査請求を棄却する旨の裁決をした(以下「本件審査決定」という。)。
   原告は、平成29年12月19日、本件訴訟を提起した。

(3)厚生労働省労働基準局長による平成23年12月26日付け「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号。以下「認定基準」という。)の概要は、以下のとおりである。
 ア 認定要件
   次のいずれをも満たすときは、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
  a)ICD-10(国際疾病分類第10回修正版)第Ⅴ章に分類される精神障害であって器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くもの(これには、うつ病が含まれる。以下「対象疾病」という。)。
  b)対象疾病の発症前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  c)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
 イ 業務による心理的負荷の強度の判断
   「業務による心理的負荷評価表」を指標として「強」「中」「弱」の3段階に区分する(詳細は省略する。)。
 ウ 出来事が複数ある場合の全体評価 略
 エ セクシャルハラスメント事案について
   セクシャルハラスメント事案おける心理的負荷の強度の判断の具体例は、以下のとおりである(「業務による心理的負荷評価表」項目36)。
  a)「弱」になる例 略
  b)「中」になる例
   胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであっても、行為が継続しておらず、会社が適切かつ迅速に対応し発病前に解決した場合(以下略)
  c)「強」になる例
   胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであって、継続して行われた場合
   胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合(以下略)
 オ その他心理的負荷の強度が「強」となる出来事の例
  a)退職勧奨 略
  b)非正規社員であるとの理由等により、仕事上の差別、不利益取扱いを受けた場合、原則として心理的負荷の強度は「中」であり、(中略)心理的負荷を「強」と評価する(「業務による心理的負荷評価表」項目24)。
  c)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた場合 略
 カ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断 略


【争点】

    本件会社での業務に起因して原告が精神障害(うつ病)を発病したといえるのか否か
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)原告は、平成28年1月3日以降、不眠等の症状が生じて、同月18日に医療社団法人H会I病院の医師の診察を受けた際、同年に入ってから不眠や不安感等の症状が生じた旨を訴えていたのであり、原告の診察を行った医師は、こうした原告の状況を踏まえ、同月上旬にうつ病が発現し、うつ病を発病したと判断したのであって、その診断は合理的ということができ、J病院における診断もこれと矛盾するものではない。そうすると、原告が精神障害(うつ病)を発病した時期は、同年1月上旬と認めるのが相当である。
   そこで、以下、認定基準を踏まえ、原告の発病(平成28年1月上旬)前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷と評価し得る出来事があったか否かについて検討する。

(2)セクシャルハラスメント該当性
   Bは、平成27年6月27日から同年8月25日までの間、原告に対し、
  ①原告が気持ち悪さを感じるような態様で、その頭を3回なでた
  ②「この匂い、○○さん?」と言いながら、原告の胸や脇の辺りに顔を近づけて匂いを嗅いだ
   ③菓子を口に含んだ上、顔を原告に近づけて、口移しをするようなしぐさをした
   ④原告の容姿につき「眼鏡を外した方がかわいいよ。」、「かわいい」などと言った
   ⑤「○○さん、うまいでしょう」、「ねぇ、ここでして、ここでしてよ。」などと言いながら股間部分を指差して性行為(口淫)を求めた
ものである(原告が札幌東労働基準監督署に提出した平成28年5月31日付け陳述書、同署での同年6月27日付け聴取署等)。
   これらの各行為は、直接の身体接触を伴うか(上記①)、顔、胸及び脇といった身体のデリケートな部分に極めて近接するものであり(上記②及び③)、しかも、性行為を求めたり(上記⑤)性的に不適切な言動をしたりしたものであって(上記②~④)、セクシャルハラスメントと評価されるべきものである。
   そして、これらの行為は約2か月間の間に連続して行われたものであって、繰り返される出来事として一体のものとして評価すべきであるから、一体として、「胸や腰等の身体接触を含むセクシャルハラスメント」と評価すべきものというべきである。
    なお、上記各行為の当時、BはAセンター長の地位にあったのに対し、原告は入社したばかりのアルバイトであり、年齢もBの方が原告よりも10歳年上であった上、原告は、当時、アルバイトから嘱託職員への登用を望んでいたものであって、Bは、雇用契約上、原告に対して優越的な地位にあったというべきである。そうすると、この点は、原告の心理的負荷を強める要素として評価すべきことになる。
   また、Bは、平成27年8月26日、結婚を報告した原告に対し、「なんで結婚したの。」、「結婚したら国からお金もらえないべや。俺の知り合いなんてわざと籍を入れないで生活保護を受けてるやついるぞ。」などと言った事実も認められるところ、この行為はセクシャルハラスメントそのものではないものの、上記⑤の翌日の出来事であり、また原告に不快感を及ぼすものであるから、心理的負荷の判断に当たっては、上記①ないし⑤の行為と関連のある出来事として評価するのが相当である。

(3)「会社が適切かつ迅速に対応し発病前に解決した」か否か
 ア ところで、Bによるセクシャルハラスメントは、上記(2)⑤の行為が最後であり、平成27年9月以降にセクシャルハラスメントが継続することはなかったのであるから、本件は、認定基準にいう「身体接触を含むセクシャルハラスメント」であって「行為は継続していない」場合に当たる。
   この場合、認定基準によれば、「会社が適切かつ迅速に対応し発病前に解決した」のであれば、心理的負荷の程度は「中」にとどまる一方、「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談の後に職場の人間関係が悪化した」のであれば、心理的負荷の強度は「強」となる。
   そこで、以下、本件会社が適切かつ迅速に対応し、発病前に解決したといえるのか否かについて検討する。
 イ 原告は、平成27年9月4日、原告の直属の上司でありCセンター長であるGに対し、Bからセクシャルハラスメントを受けている旨報告したが、Gは、これをさらに上司に報告することなく、そのまま放置していたものである。
   また、原告は、同月6日、匿名で、経営管理部長であり内部通報の担当者であるEに対し、セクシャルハラスメントを受けている旨のメールを送信し、また、同月9日、経営政策統括部長であるD及びEとの面談の際、Bからセクシャルハラスメントを受けたことを報告したが、Eらからは「ちょっといいです。もう。ちょっとね。」と報告を止められ、その以上の聞き取りは行われなかった。
   その後も原告は、Eに対し、Bからセクシャルハラスメントを受けた旨のメールを繰り返し送信し、同年10月19日には「お待ちしています。お話聞いてください。」として再面談を求めるメールを送信したが、その間、Eによる再面談は行われておらず、この時点で本件会社が原告の心理的負荷を軽減するような適切かつ迅速な対応を行ったということはできない。
   さらに、本件会社は、同月24日以降、Eによる原告及びBとの各面談を実施し、調査結果の内容をまとめた書面を作成した上、対応策を検討しているものの、その検討状況等については、原告が同年12月16日に問い合わせるまでの間、「何をどう調査しているのか、何か注意をしたのか」も含め、原告に何も知らせていなかったのであって、原告を不安な状態に置いたままにしていたものである。
   そして、Eは、同月24日、原告に対し、Bに厳重注意を実施した旨のメールを送信しているが、その後も、パーテーションの設置や原告及びBの接触を回避するような措置も採らなかったものである。
   以上によれば、本件会社は、Bによるセクシャルハラスメントにつき、少なくとも原稿が認識し得る形で対応したことはなく、Bによる接触を回避する措置も採らなかったものであって、原告が精神障害を発病した平成28年1月上旬までの間、「適切かつ迅速に対応し発病前に解決した」ものということはできない。
   したがって、Bによる一連の行為は「胸や腰等への身体接触を含むセクシャルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合」に該当するのであって、これに、上記(2)アにおいて指摘した諸点も併せて考慮すると、その心理的負荷の評価は「強」となるものというべきである。
   したがって、原告の精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷があったと認められる。

(4)以上によれば、本件における原告の精神障害(うつ病)の発病は、認定基準の要件のいずれをも満たすから、認定基準上、原告の精神障害の発病が業務に起因するものと認められ、本件全証拠によっても、これを左右する事実関係は認められない。

(5)結論
   原稿の請求はいずれも理由がある(請求認容)。