東京高裁令和元年11月28日判決(自保ジャーナル2063号93頁)

控訴人らが被控訴人の加入する任意保険会社による事前認定申請に協力しなかった期間、当事者間で示談交渉が継続していたとは認められないことから、被控訴人による消滅時効の援用は信義則に反しない旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成18年11月19日午後2時45分頃
 イ 発生場所 埼玉県行田市内に所在するコンビニエンスストアの駐車場(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 控訴人車両 控訴人Aが運転し、控訴人Bが同乗する普通貨物自動車
 エ 被控訴人車両 被控訴人が運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 本件事故現場において、被控訴人車両が後退するに当たり、後方の安全確認を怠った過失により、被控訴人車両の後部左側を停止していた控訴人車両の左側面後部に衝突させた。

(2)控訴人Aは、本件事故により背腰部挫傷等の傷害を負い、平成18年11月25日から同年12月16日までの間、C病院において、通院加療を受けた。控訴人Bは、本件事故により頸椎鞭打損傷等の傷害を負い、同年11月22日から同年12月26日までの間(うち、同年11月25日から同年12月26日までは入院)、C病院において、入院及び通院加療を受けた。被控訴人が加入する保険会社(以下「被控訴人保険会社」という。)は、控訴人らの請求を受け、控訴人らからC病院宛ての医療記録の取り付けのための診療情報開示の同意書(以下「同意書」という。)の提出を受け、控訴人らの診療記録を確認した上で、控訴人らの治療費を支払った。

(3)控訴人Aは、平成18年12月28日から平成23年7月20までの間、腰部挫傷等の治療のためにD大学病院に通院し、同日、腰部挫傷について症状が固定したとの診断を受けた。控訴人Bは、平成18年12月28日から平成23年7月20までの間、頸部挫傷及び腰部挫傷等の治療のためにD大学病院に通院し、同日、頸部挫傷及び腰部挫傷について症状が固定したとの診断を受けた。

(4)控訴人ら代理人弁護士は、平成24年10月3日、被控訴人保険会社に対し、控訴人らが本件事故により後遺障害を負ったとして、後遺障害診断書を提出し、事前認定申請(注:交通事故の被害者が加害者側の任意保険に委任して後遺障害等級認定の申請を行うこと)を行うよう求めた。
   控訴人らは被控訴人保険会社から、後遺障害等級認定手続に要する同意書の提出を求められ、D大学病院宛ての同意書を提出したが、C病院宛ての同意書については、提出を求められても、これを提出することはなかった。
   被控訴人保険会社は、控訴人ら代理人弁護士に対し、平成27年11月30日付け書面により、C病院宛ての同意書を依頼してから2年が経過し、進展がないことから、事前認定申請により後遺障害等級認定を進めていくことは適切であるとはいえず、控訴人らによる被害者請求の手続により後遺障害等級認定を進めていただきたいなどと伝え、後遺障害診断書等を返却した。

(5)被控訴人は、平成28年1月16、控訴人らを被告として、さいたま地方裁判所熊谷支部(以下「原審」という。)に対し本件事故に係る不法行為による損害賠償請求権について債務不存在確認請求訴訟を提起し(以下「本件訴訟」という。)、控訴人らに対し、同月28日送達の訴状をもって、本件事故に係る不法行為による損害賠償請求権について、控訴人らが症状固定時であると主張する平成23年7月20日から3年が経過しているから、消滅時効を援用するとの意思表示をした。なお、被控訴人は、控訴人らが平成29年2月25に損害賠償請求をする反訴(以下「本件反訴」という。)を提起したため、本件訴訟を取り下げた。
   原審は、令和元年6月19日、本件反訴について控訴人らの請求をいずれも棄却した(自保ジャーナル2063号100頁参照)ので、控訴人らがこれを不服として控訴した。


 【争点】

(1)損害の範囲(争点1)
(2)消滅時効の援用が信義則に反するか(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、控訴人らは、争点(2)について以下のとおり主張した。
   控訴人らは、平成24年10月3日、被控訴人保険会社に対し、後遺障害診断書、D大学病院宛ての同意書及び被控訴人保険会社に対する個人情報取扱いについての同意書等を提出し、事前認定申請を行うよう求めるとともに、損害賠償についての示談交渉を求めた。控訴人らは、被控訴人保険会社からC病院宛ての同意書の提出も求められたが、既に平成18年12月8日付け同意書を提出していたことから、更に同意書を提出することに抵抗感があり、提出しなかった。   
   被控訴人保険会社は、既に提出した上記同意書に基づき、控訴人らの医療情報の入手が可能であり、実際に診療録等を入手していたのであるから、改めてC病院宛ての同意書がなくても事前認定申請及び示談交渉を行うことができた。 以上のことから、控訴人らは、被控訴人保険会社と損害賠償に関する交渉を行っており、被控訴人保険会社から損害賠償額の提示等がされ、交渉が継続するものと認識していたのであり、このような状況の中での消滅時効の援用は信義則に反し許されない。

   他方、被控訴人は、争点(2)について以下のとおり主張した。
   後遺障害等級の事前認定申請を行うためには、損害保険料率算出機構による審査のために初診から終診に至るまでのすべての診療記録の診断書・診療報酬明細書のほか検査画像等を提出しなければならず、審査期間中には適宜医療機関とやり取りをしなければならないこともあるから、任意保険会社は、通常、以前に診療記録等の開示についての同意書の提出を受けてから、半年から1年以上の期間が空く場合には、診療情報というプライバシー性の高い情報の取扱いに細心の注意を払うために新たな同意書の提出を求めている。    
   被控訴人保険会社は、最初に控訴人らからC病院宛ての同意書の提出を受けてから5年以上が経過していたことから、改めて同意書の提出を求めたのであって、被控訴人保険会社の行為には合理性が認められる。控訴人らは、同意書を提出することに抵抗感があったと主張するが、控訴人らは、弁護士である代理人を通じて後遺障害等級の事前認定申請を求めていたのであるから、同意書の提出を求められていることや同意書を提出しなければならない状況であることについて必要かつ十分な説明を適切に受けることができたのであり、診療情報の開示に同意しているのであれば、その旨文書にて明らかにすることは極めて容易なはずである。
   また、控訴人らにおいて、時効中断の措置を取るために損害賠償請求訴訟を提起することが困難な事情は認められない。    
   以上のことからすれば、被控訴人が消滅時効を援用することは信義則に反しない。


【裁判所の判断】

(1)争点2(消滅時効の援用が信義則に反するか)について
 ア 消滅時効期間の経過について    
   民法724
にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味し、同条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時を言うと解するのが相当である。
   控訴人等らは、いずれも平成23年7月20に症状固定の診断を受け、これに基づき被控訴人保険会社に対して事前認定申請を行うよう求めたのであるから、控訴人らは、遅くとも症状固定の診断を受けた同日には、損害の発生を現実に認識し、加害者に対する得賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。
   そうすると、本件事故に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、遅くとも同日から進行すると解されるから、本件反訴提起時(注:平成29年2月25日)には、上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していることが明らかである。
 イ 消滅時効の援用が信義則に反するか
  a)控訴人らは、被控訴人保険会社に対して事前認定申請及び示談交渉を求め、同社との間で損害賠償に関する交渉が継続していると認識していたのであるから、被控訴人が消滅時効を援用することは信義則に反して許されないと主張する。
   しかし、控訴人ら代理人弁護士は、平成24年10月3日に被控訴人保険会社に対して事前認定申請を行うよう求めたが、控訴人らは、被控訴人保険会社からC病院宛ての同意書も提出するよう求められたにもかかわらず、2年間にわたり提出しなかったことから、被控訴人保険会社は、事前認定申請を行わないこととし、平成27年11月30日付け書面により控訴人ら代理人弁護士に対してその旨を伝えたことが認められるのであるから、控訴人らと被控訴人との間において示談交渉が継続していたと認めることはできない。   
  b)控訴人らは、平成18年12月8日付け同意書を提出している点を指摘する。
   しかし、平成18年12月から相当の年数が経過していることに照らすと、医療情報についてのプライバシー保護の観点から控訴人らの意思確認を再度必要とした被控訴人保険会社の判断には合理性が認められるし、控訴人ら代理人弁護士に手続を委任していた控訴人らにおいても、被控訴人保険会社から事前認定申請や示談交渉のために改めてC病院宛ての同意書の提出を求められたのであるから、事前認定申請や示談交渉を進めるために上記同意書が必要であることは容易に認識できたというべきである。
  c)その他控訴人らにおいて、時効中断の措置を執ることが困難な事情は認められない
  d)以上のことからすれば、被控訴人が消滅時効を援用することが信義則に反するものとはいえない。

(2)結論
   控訴人らの請求は、争点1を判断するまでもなく、いずれも理由がない。
   原判決は相当であり、本件控訴は理由がない(控訴棄却)。