東京地裁平成31年2月27日判決(判例時報2459号88頁)

労働者の業務成績が不良であったことを認めつつ、使用者は、解雇に先だって、PIP等の業務改善指導を行うとともに、労働者の能力、適正等に鑑みて配置転換を検討、実施する必要があり、そのような業務成績改善の機会を与えずになされた解雇を無効と判断した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、通信ネットワークシステム等の企画、研究、開発等の事業を行う株式会社であり、親会社を中心とするYグループに属する世界規模の外資系企業である。
   原告(昭和37年生まれの女性)は、平成23年4月30日、被告との間で雇用契約を締結した。原告は、被告において、ジョブグレード8(注:非管理職の中で最も上の等級である。)であり、プロジェクトコーディネーター(注:業務単位であるプロジェクトの管理者であるプロジェクト・マネージャーを補助する立場である。)の役職につき、プロジェクトマネージメント等の業務に従事した。

(2)原告は、平成23年4月から平成25年11月までの間、携帯電話通信事業者であるC株式会社(以下「C社」という。)に対するサービスを提供するC事業部において、各種プロジェクトに従事した。
   原告は、平成25年11月、C事業部からグローバル・デリバリー・センター(注:顧客である通信事業者向けに遠隔接続である基地局の設定作業等を行う部署である。以下「GDC」という。)に異動し、それ以降、GDC内のグローバル・デリバリー・マネージメントにおいて、携帯電話通信事業者の工事作業プロジェクト(検収業務)に関するマネージメント等の業務に従事した。
   原告は、平成27年2月頃又は3月頃以降、GDCにおいて、「Performance Improvement Plan」(業務改善計画。以下「PIP」という。)として、Cronos(注:基地局の製造、販売、設置等に関する個々の業務の進捗状況を世界規模で記録し、可視化するためのアプリケーションである。)導入に関するプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)に従事した(注:原告にとって、2回目のPIPである。)。 GDCのP3本部長は、本件プロジェクトにつきその入力率が100%になったことを考慮して、原告の改善対象であったプロジェクト・マネジメントスキルについては一定の改善をみて、改善傾向にあると判断して、PIPを成功と判定した。

(3)被告は、平成27年8月18、全従業員に対し、電子メールを送信して、被告グループの業績不振、構造改革の必要性等を説明した上で、希望退職者を募集し人員整理(以下「本件人員整理」という。)を勧めることを通知した。P3本部長は、本件人員整理の一環として、GDC内の人員削減目標として25名を割り当てられ、P4ラインマネージャー(以下「P4LM」という。)はそのうち3名を割り当てられた。P4LMは、同日、原告に対し、退職勧奨しようとしたところ、原告から即時に退職勧奨を拒絶されてしまった。その後、被告の人事部は、再三、退職勧奨を行うため、原告と面談することを試みたが、結局、上記の面談は実施されなかった。

(4)被告は、平成27年7月、GDCの内部にビジネス・オペレーション・アンド・トランスフォーメーション(注:被告社内のコスト削減等を含む業務改革等を所管する部署である。以下「BOAT」という。)が新たな組織として発足させた。BOAT所属のP4LMの統括するチームのうちコスト削減を検討する業務(以下「コスト削減業務」という。)に取り組む3、4名(以下「コスト削減班」といい、同班に所属する構成員を「コスト削減班員」という。)は、平成27年に、同年の予算から510万ユーロのコストを削減する業務に取り組んでいたところ、P4LMは、同年9月11日、原告に対し、同年末(注:その後、平成28年1月末に変更された。)までに、上記目標額510万ユーロのうち20万ユーロを削減することを目標として設定し、その遂行を指示した。なお、平成27年度の被告の予算は約4300万ユーロであった。
   コスト削減班は、平成27年末までに目標510万ユーロの削減を達成した。同年度のコスト削減班員の一人当たりのコスト削減結果は、最高額200万ユーロ以上、平均額約50~60万ユーロ以上、最低額約50万ユーロであったが、原告の削減額は0ユーロであった。また、原告が平成28年1月末までに達成したコスト削減額も0ユーロであった。

(5)被告(P4LM)は、平成28年2月10日、原告に対し、平成27年の業績評価の仕組み(注:平成26年度以前は4段階評価(相対評価)であったが、平成27年度以降は4段階評価(絶対評価)がされていた。)を説明した上で、原告が最低評価(注:各評価項目について、いずれも「#2」であった。これは、4段階中最低評価であり、GDCの中の下位1.6%に相当するものである。なお、平成26年度の原告の業績評価の各評価項目も、いずれも「improvement Required」であった。これは、4段階中最低評価であり、全体の下位約5%に相当するものである。)を付された理由等をフィードバックした上で、退職勧奨したが、原告は、即時にこれを拒絶した。    
   その後、被告の人事部は、平成28年3月14日まで、再三、退職勧奨を行うため、原告と面談することを試みたが、結局、上記の面談は実施されなかった。
   被告は、平成28年3月15日、原告に対し、就業規則26条3号(注:普通解雇事由として、職務遂行能力、業務成績又は勤務態度が不良で、社員として不適格と認められる場合などを定めている。)及び6号に基づき、同日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。


【争点】

(1)本件解雇の有効性(争点1)
(2)退職勧奨、パワハラ等による不法行為の成否(争点2)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件解雇の有効性)について
 ア 原告の業務成績について
   原告にはその職位に照らして職務遂行上必要とされる能力等が不足しており、このため期待された職務を適正に遂行することができず、その業務成績は客観的にみて不良であるとの評価を免れない。そして、平成23年から平成26年までの4年間のうち2年間はいずれも最低評価(下記5%)を受けていることも併せて考慮すれば、上記能力等の不足は、解雇を検討すべき客観的な事情として一応認められるものである(注:理由の詳細については、省略する。)。
 イ 原告の業務成績改善の可能性について
  a)PIPによる改善傾向
   本件プロジェクトに関する原告の職務の遂行は不完全であったが、他方で、原告は、別件プロジェクトを参考にしながら、本件プロジェクトの全体計画の要旨を策定したり、WP(注:ワークパッケージ、すなわち基地局の設定等の業務ごとに必要な作業内容等を示す情報のことである。)や入力データの書式を作成したり、補助者が作成した手順書等を加筆修正したり、その進捗状況を上長に対して報告するなどの一定の作業は行っており、上長や補助者による少なくない助力を得ながら、結果としては、本件プロジェクトの入力率100%という当初設定された目標を達成している。上長は、本件プロジェクト実施期間中、原告に対して特段の注意などもすることなく、かかる目標達成という結果に着目して、改善対象であったプロジェクト・マネージメントスキルについては改善傾向にあると判断して、2回目のPIP(注:平成27年3月ころから同年8月ころまで)を成功と判定している。
   また、原告は、平成24年の業務成績は最低評価であったが、その翌年の平成25年に1回目のPIP(注:平成25年3月28日から同年8月15日まで)が実施されて成功と判定されたところ、同年の業務成績は前年から一段階評価が上がって最低評価から脱している。そうすると、原告は過去にPIPの実施により業績が改善した実績があるとみることができる。
   これらの事情を考慮すれば、原告に対してPIP等による指導を施すことによって、その業務成績を改善する余地がないとはいえない。
  b)コスト削減業務の難度
   コスト削減業務は、GDCが被告から割り当てられた一定のコストに基づいて各種プロジェクトを実施する部署であり、そのコストを低減することは重要な任務であったこと、ジョブグレード7、8のコスト削減班員は同業務において一定の成果を挙げていることからすれば、これらの職務等級の従業員が従事する業務として相応しいものであったといいうことができる。そして、前記アで説示したところ(略)によれば、原告はコスト削減業務の結果という観点からしてその業績は優れたものではなかったと評価せざるを得ない。
   もっとも、コスト削減業務の内容が社内の異なる複数に及び各部署のコストを調査・検討した上で、これを削減するものであることからすれば、その性質上、本質的に当該部署の予算、人員、労働力を削ぐことにつながりかねないものであり、当該部署の業務内容の事前の周到な調査、把握と慎重な協力依頼が奏功しない場合には当該部署からの反発を招くおそれが大きいものといえる。そうすると、同業務を遂行するに当たっては、調査、分析、調整、コミュニケーション等に関する総合的調整能力が相応に必要とされるということができ、コスト削減業務は被告における他の業務と比較して容易なものであるということはできない。そのような意味で、コスト削減業務は、上記のとおり、非管理職の従業員の中でもジョブグレードが比較的高い従業員が担当すべきものであると理解することができる。
   また、原告は約4ないし5か月で20万ユーロ(年額約48万ユーロないし60万ユーロ)のコスト削減を目標として設定されているところ、この目標額はコスト削減班員(いずれもジョブグレードは原告と同等かやや下)のコスト削減結果の平均額とほぼ符合していることからすれば、上記目標額についてはジョブグレード7、8の標準的な従業員との比較において必ずしも達成が容易なものであったとみることはできない。
   しかも、上記のコスト削減業務の内容に鑑みると、その着手から成果が出るまで一定期間を要する可能性がある。そして、コスト削減業務の従事期間についてみると、他のコスト削減班員が1年の期間を与えられていたが、他方、原告が与えられた期間は上記のとおり4ないし5か月にとどまる。そうすると、原告に対してコスト削減業務を遂行するのに十分な期間が与えられていたかについてはやや疑問がある(もっとも、このことはその期間で何らのコスト削減の具体的方策を提示できなかったという結果までをも正当化するものではない。)。
   以上の事情によれば、P4LMが定期的な指導、支援をしていたとしても、原告が従事したコスト削減業務やその目標額は、ジョブグレード8の標準的な従業員を基準にしても、必ずしも容易であったとまでは認め難い。
   また、原告は、過去にbプロジェクトというコスト削減業務に従事していた経験はあるものの、それは自らが従事している業務分野のコスト削減に限られており、実施期間も1か月程度と短期間であり、他の従業員の助力を得て遂行したに過ぎないものであって、その他にコスト削減業務ないしこれに類する業務に従事したことは窺われないことからすれば、コスト削減業務に慣れておらず、所定の期間内に20万ユーロのコストを削減することができなくともやむを得ない面がないとはいえず、原告だけがコスト削減につき具体的な目標額が課されていたというのも、他のコスト削減班員との比較においてやや酷であるとも考えられる。
   そして、原告については、そのプロジェクト・マネージメントスキルについて改善傾向を示しており、実際にPIPにより業績評価が改善した実績がある中で(前記a)、上記のとおり、直近に従事していたコスト削減業務が必ずしも容易であったとまでは認め難いのであることを考慮すると、仮に同業務の成績が不良であったとしても、被告が原告に対し、例えば配置転換をするなどしてその適性や能力に見合った業務内容に変更したり、あるいは、職務等級(降級)や役職の引き下げを行って職務の難易度を下げたりするなどの措置を執った場合には、原告の業務成績が向上する可能性があったことを否定することができない。    なお、被告は。コスト削減業務の目標額が予算全体に占める割合や下請先企業3社分との契約解除で賄えるとして、非常に簡単なものであり、実際に、一人で200万ユーロ(チーム全体の目標額の約半分)を達成した従業員がいることも指摘する。
   しかし、上記に説示したコスト削減業務の性質や実際のコスト削減班員の実績からすれば、同業務が非常に簡単なものであるとまで評価することはできない。また、200万ユーロのコスト削減を達成した例は、飽くまでコスト削減班員のうち突出して優秀な実績を挙げた者に過ぎない。よって、被告の上記主張は採用することができない。
  c)小括
   以上に加え、原告がこれまでの業績評価(注:平成23年から平成27年まで)についても2回(注:平成23年及び平成25年。ただし、いずれも4段階評価中下から2番目の評価である。)は最低評価を免れていること、平成26年以前の業績評価は相対評価であって、同年以前の2回の最低評価から直ちに解雇に値する重大な能力不足が推認されるわけではないこと、平成25年までは業績評価に関与した直属の上司から改善点の指摘が多いながらも肯定的な評価を受けている箇所も散見されること、被告に貢献しようとする一応の意欲がみられること、業務成績不良等を原因とするものも含めてこれまで懲戒処分を受けたことはないことをも併せて考慮すれば、原告は、その業務成績は不良であるものの、改善指導によって是正し難い程度にまで達していると認めることはできない。
 ウ 被告の解雇回避措置について
   前記イで説示した原告の業務不良の程度に加えて、被告はGDCだけでも120人を超えるなど人的規模の大きい会社であること、本件雇用契約において職務の内容を限定する旨の定めはないこと、本件雇用契約締結時の経緯(略)をみても原告に一定の高度な職務遂行能力が備わっていることが当然の前提とされているとも解されないこと、被告は原告に対して2回配置転換を実施していることからすれば、被告は、本件解雇に先だって、PIP等の業務改善指導を行うとともに、原告の能力、適正等に鑑みて配置転換を検討、実施する必要があったというべきである。
   もっとも、前記アの能力不足の程度によっては、配置転換だけでは業績改善に至らないことも十分想定されるところ、そのような場合には、職務等級(降級)や役職の引き下げを検討ないし実施して、業績改善を試みる必要がある。
   この点に関し、被告は、原告が平成28年3月以降、業績改善の取組み、配置転換等に関する人事面談を4回にわたって拒絶していることを指摘している。
   しかし、就業規則の定めを見ても、配置転換や降級等の措置を執るために本人の同意が不可欠であるとは解されないから、被告は、上記面談の拒絶をもって原告がその処遇について要望を述べる機会を放棄したとみなして、そのような態度も考慮の上、上記各措置を講じれば足りるのであって、原告の面談拒絶をもって解雇回避措置を検討ないし実施することの必要性までもが否定されるとは認め難い。
   被告は、本件解雇に先立って上記解雇回避措置を実施するなど業務成績改善の機会を与えていないのであって、前記に説示したように原告の能力不足に関する客観的事情(前記ア)が直ちに解雇しなければならないほどのものとまではいえない以上、そのような状況でされた本件解雇が社会的に相当であるともいえない。
 エ 原告の業務成績不良以外の解雇事由について 略
 オ 小括
   以上によれば、原告につき、本件解雇当時において「職務遂行能力、業務成績又は勤務態度が不良で、社員として不適格と認められる場合」又は「将来もその職務に見合う業務を果たすことが期待し得ないと認められる場合」のいずれかに該当するとは認め難く、その他に解雇事由に該当する事実は見当たらない。本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない(労働契約法16条)から、無効である。

(2)争点2(退職勧奨、パワハラ等による不法行為の成否)について
   原告が主張する退職勧奨、パワハラ等の事実については、そもそも事実自体が認められないか、又は、原告に対する関係で不法行為を構成するとはいえない(注:理由の詳細については、省略する。)。

(3)結論
   以上によれば、本件解雇は無効であり、原告は、本件解雇以降も、雇用契約上の権利を有する地位にあるとともに、本件解雇により労務を提供することができなくなったため賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)から、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求及び本件解雇後の賃金請求ついてはいずれも理由がある。
   他方で、原告が主張する違法な退職勧奨及びパワハラ等はいずれも認められないから、これらを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない(一部認容)。