熊本地裁令和2年2月21日判決(自保ジャーナル2076号56頁)

主治医により作成された2通の後遺障害診断書の症状固定日の記載が異なるところ、先に作成された後遺障害診断書記載の日をもって症状固定日を認定した事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成27年5月12日午後2時35分頃
 イ 発生場所 熊本市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 原告車両 原告が運転する普通乗用自動車
 エ 被告車両 被告が運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 被告車両が原告車両に追突した。

(2)原告は、本件事故後、次のとおり医療機関又は整骨院に入通院し、診療又は施術を受けた。
 ア B病院 
   傷病名 頭部打撲、頸椎捻挫等 
   平成27年5月12日の1回通院
 イ C病院
   傷病名 頸椎捻挫、両膝部打撲傷等 
   平成27年5月14日から同月19日までの間に3回通院
   平成27年5月20日から同年8月15日まで88日間入院
   平成27年8月21日から平成29年8月29日までの間に56日間通院
   処方に係る薬局 D薬局、E薬局、F薬局
 ウ その他
   医療機関 5箇所
   整骨院 1箇所

(3)C病院医師は、平成28年12月2日、原告の外傷性頸部症候群、頸椎捻挫、両膝部打撲傷、左足趾打撲傷の症状は、平成27年12月15固定した旨の後遺障害診断書を発行した。しかし、同医師は、平成29年9月14日、原告の頸椎捻挫、両膝部打撲傷、外傷性頸部症候群、末梢神経症状の症状は、平成29年8月29固定した旨の後遺障害診断書を発行した。


【争点】

(1)本件事故による症状の範囲(争点1)
(2)本件事故と相当因果関係のある診療の範囲(争点2)
(3)原告の後遺障害の有無(争点3)
(4)原告の損害額(争点4)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件事故の態様について
   本件事故は、被告が、交差点手前で前方車両に追従停止していた原告車両の約3.4m後方で被告車両を追従停止させた後、原告車両が発進していないにもかかわらず被告車両を発進させ、約2.3m進行したところで危険を感じてブレーキをかけたが、間に合わず被告車両を原告車両に衝突させたものである。
   本件事故により、原告車両には後部バンパーの擦過痕及凹損が、被告車両には前部バンパーの擦過痕及び前部ボンネットの凹損が生じた。しかし、これらの損傷はいずれも軽度のものであった。

(2)争点1(本件事故による症状の範囲)について
 ア 原告は、本件事故直後から後頸部痛及び頭痛を訴えていたほか、同年5月14に両下肢の痛みを、同月16に腰痛を訴え、同月19に疼痛の増強を訴え、同月26日以降は左第4中足骨部の疼痛や上下肢のしびれを訴えていた。C病院における理学療法の内容に照らすと、原告は、同月19日以降は、疼痛が歩行時の日常生活に困難を生じる程度に増強した旨訴えていたものと考えられる。
 イ 一般に、交通事故等によって身体に外力がはたらいてから数日が経過した後に神経症状を生じること自体は少なからず見られるところではある。しかし、その後に歩行等の日常生活に困難を生じるほどにまで神経症状が増強する例が多いとは考え難い。
   また、本件事故の際の被告車両の走行速度はごく低速であったと考えられ、原告の身体に歩行等の日常生活に困難を生じるような傷害を生じさせる強い外力がはたらいたとは考え難い。
   さらに、原告には腰部脊柱管狭窄症の既往歴があるほか、C病院における原告の両膝部の治療が平成28年1月8日以降は両変形性膝関節症の傷病名で行われている。
   よって、仮に原告が訴えていたように平成27年5月19日以降の神経症状の増強が生じたものであるとしても、経年性の疾患によって生じた可能性を否定することはできず、本件事故によるものとは認められない。
   なお、原告の左膝については、平成29年5月30日の左膝MRI検査において、半月板変性が疑われる旨の所見が示されている。しかし、これについても経年性の疾患と日常生活上ではたらいた外力によって生じた可能性を否定できず、本件事故によるものとは認められない。
 ウ 以上によれば、原告は、本件事故により、頭部、頸部、腰部、両膝部の疼痛を生じたものであるが、平成27年5月19日以降の神経症状の増悪や神経症状の部位の拡大は、本件事故によるものとは認められず、その他の頻尿や皮膚科症状も本件事故によるものとは認められない。

(3)争点2(本件事故と相当因果関係のある診療の範囲)について
 ア B病院における診療
   本件事故との相当因果関係が認められる。
 イ C病院における診療
   原告は、平成27年5月20日から同年7月15日までC病院に入院している。しかし、その入院の必要性は、同年5月19日以降の神経症状の増悪や神経症状の部位の拡大によって生じたものと考えられ、本件事故によって生じたとは認められない。
   また、平成27年12月以降の膝関節部への薬剤注射は、両膝部の疼痛が本件事故による両膝打撲傷の症状を超えるものであることを前提として実施されたものと考えられるから、本件事故によって必要性が生じたとは認められない。
   他方で、平成27年5月19日以降の神経症状の増悪や神経症状の部位の拡大がなかったとしても、原告の本件事故による頭部、頸部、腰部、両膝部の疼痛が一定期間継続することは不自然でなく、これに対して湿布薬の処方等を行う必要性もあると考えられる。そして、C病院における診療経過及び同病院医師の診断状況に照らすと、原告の本件事故によるこれらの症状は、平成27年12月15日に症状固定したものと認めるのが相当である。
 ウ その他の医療機関又は整骨院におけるに診療又は施術
   本件事故との相当因果関係は認められない。

(4)争点3(原告の後遺障害の有無)について
   平成27年12月15日の症状固定時点において、原告の頭部、頸部、腰部、両膝部に神経症状が残存していたとしても、これは同年5月19日以降に増悪した神経症状が残存したものと考えられ、本件事故によって生じた原告の頭部、頸部、腰部、両膝部に神経症状は、症状固定時までに労働能力に影響を生じない程度に軽減されていたと考えられるから、本件事故によって原告に後遺障害が残存したとは認められない。

(5)争点4(原告の損害額)について
 ア 治療費
  a)B病院の治療費50,100円
   本件事故との相当因果関係が認められる。
  b)C病院の平成27年5月及び同年8月から同年12月15日までの通院治療費合計65,088円
   平成27年5月19日以降の神経症状の増悪や神経症状の部位の拡大によって費用が増大した部分もあると考えられること(なお、同年12月8日及び同月15日の治療費には、膝関節部への薬剤注射の費用も含まれている。)を考慮し、その7割に相当する45,561円の限度で本件事故との相当因果関係が認められる。
  c)C病院の通院治療に伴うD薬局の平成27年5月から同年12月15日までの薬剤費合計11,100円
   上記b)と同様に、その7割に相当する7,770円の限度で本件事故との相当因果関係が認められる。
  d)C病院の平成27年5月20日から同年8月15日までの入院治療費合計314,650円
   本件事故による入院の必要性は認められないし、上記入院中の診療は、同年5月19日以降の神経症状の増悪や神経症状の部位の拡大によって必要性が生じたもののほか、ドライアイ等の本件事故と無関係の傷病に対するものも含まれている。
   他方で、上記入院期間中についても、本件事故による神経症状に対する診療の必要性自体は継続していたと考えられるところ、C病院への通院を開始した平成27年5月14日から原告の症状が固定した同年12月15日までの216日間のうち、上記入院期間88日間を除いた128日間について、本件事故と相当因果関係の認められるC病院の通院治療費及びD薬局の薬剤費が合計53,331円(上記b)、c))であることに鑑みると、上記入院期間の入院治療費のうち本件事故と相当因果関係のある額は36,665円(53,331÷128×88=36,665円)であると認められる。
  e)その他の治療費
   本件事故との相当因果関係は認められない。
 イ 休業損害
   原告本人尋問の結果によれば、原告は、葬儀社であるR会社や不動産会社である有限会社Sを経営していたことが認められる。仮に、原告が家事労働に従事していたものであるとしても、本件事故前の原告の経営者としての収入が女性の平均賃金額を上回るものである場合には、本件事故による原告の経営者としての収入の減少をもって原告の休業損害と解すべきところである。しかし、本件事故の前後の原告の経営者としての収入に関する証拠は提出されていない。よって、原告に休業損害が生じたとは認められない。
   なお、原告は、本件事故当時、独居生活していたところ、本人尋問において、週に3、4日長女宅に行って家事全般に従事していた旨供述する。しかし、家事に従事していた状況を的確に裏付ける証拠はない。また、原告は、本件事故当時、要支援1の介護保険認定を受けて、毎週水曜日に通所介護(デイサービス)及び訪問介護を受けていた。よって、原告が、長女宅の家事の運営に責任を負う立場で家事に従事していたものとも考え難い。
 ウ その他の損害 略

(6)結論
   原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、未填補の人身損害額755,335円(注:請求額17,184,538円)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。