東京地裁立川支部令和2年7月1日判決(労働判例1230号5頁)

原告の直属の上司が原告に対して行った数々の発言が、職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える行為に当たるものとして、国賠法上違法と認められた事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告(昭和35年生)は、平成17年4月に被告の設置する公立F病院(以下「本件病院」という。)において勤務をしている者である。原告は、平成25年4月1日以降、本件病院の事務部D課長の地位にあった。
   被告は、本件病院を設置、運営する主体である。A事務次長は、平成27年4月1日以降、本件病院の事務次長の地位にあった者である。
   B事務長は、本件病院の事務長として、C庶務課長は、本件病院庶務課の課長として、それぞれ勤務していた者である。

(2)A事務次長は、平成28年10月から平成29年2月にかけて、原告に対し、次のような発言をした。
 ア ①平成28年10月28日9時頃、B事務長、A事務次長、C庶務課長、原告及び他1名が出席する事務部調整会議(事務部管理職会議)において、A事務次長は、原告の報告に対し、「なぜ、そういう嘘をつくの。」、「おまえ作り事言ってんじゃないの。」、「嘘つきじゃないの。」、「作り事じゃんかよー。」、「日本語は、よーく覚えてくれなー。」、「馬鹿じゃねえ。」、「日本語もっと、しっかりとして使って言ってくんないとさー。嘘にしか聞こえないよ。もう。」、「偉そーに言ってるからむかつくんだよ。」、「偉そーに言ってじゃねえよ。ばーか(ペンで机を叩く。)」、「偉そーにさ、(ペンで机を叩く。)ペラペラペラペラくっちゃべんだったらやりゃいいじゃねーかよー。」、「えー、偉そーな態度いらないんだよ。」、「テメーつうか。ばっかして、はんさつすぎるよ。本当に。」、「毎週出てんぜおめー始末書みていの。」、「あいつ(原告)が言ってる今のも嘘なのよ。」、「それじゃ益々ずっとやってたの嘘じゃんかよ。」、「D課としてどうしてんだって言ってんだよ馬鹿。いちいち言い訳べー(ママ)しやがって。」の言葉(以下「引用発言」という。)を含む発言をした(以下「発言1」という。)。
 イ ②平成28年11月10日午前10時30分頃、ミーティングルームにおいて、③同年12月9日午後2時頃、B事務長、A事務次長、C庶務課長、原告及び他1名が出席する事務部調整会議において、④同日午後、上記③の事務部調整会議の後、事務室内において、⑤平成29年1月24日午後、ミーティングルームにおいて、⑥同年1月26日午後、ミーティングルームにおいて、⑦同年年2月27日、ミーティングルームにおいて、A事務次長は、原告に対し、それぞれ別紙1(略)の該当欄記載の言葉を含む発言をした。

(3)原告は、平成29年4月17日にE病院の精神科を受診し、適応障害で3か月間の休養が必要との診断を受けた。原告は、同日から同年7月16日までの3か月の病気休暇を取得した。被告は、同年7月15日付けで、原告に対し、同年7月16日から同年10月15 日までの期間、休職を命じた。

(4)原告は、平成29年7月27日及び同年8月19日付けで、原因となった職場の上司と直接関わりをもたなければ、職場復帰が可能であるとの診断を受けた。被告は、同年8月21日付けで、原告に対し復職を命じた。

(5)原告は、①A事務次長からパワーハラスメントを受け、さらに②B事務長及びC庶務課長が、A事務次長のパワーハラスメント行為について適切な対応を採らなかったとして、これらにより適応障害、睡眠障害等を発症したと主張し、被告に対し、上記①につき国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項及び上記②につき債務不履行(安全配慮義務)に基づく損害賠償として、5,472,036円(治療費、慰謝料等の合計額。なお、慰謝料以外の損害については訴訟物①及び②は選択的併合の関係にあり、慰謝料に関しては、①に対する慰謝料として3,000,000円、②に対する慰謝料として1,000,000円の単純併合の関係にある。)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める訴えを提起した。


【争点】

(1)国賠法1条1項に基づく請求
 ア A事務次長の行為の違法性(争点1)
 イ A事務次長の行為と原告の適応障害との因果関係(争点2)
 ウ A事務次長の行為と因果関係のある損害(争点3)
(2)債務不履行に基づく損害賠償請求
 ア B事務長及びC庶務課長の行為についての安全配慮義務違反(争点4)
 イ B事務長及びC庶務課長の行為と因果関係ある損害(争点5)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)発言1に関する認定事実
 ア 被告においては、平成27年4月から、経営調整会議(注:本件病院の経営にかかわる事項を決定する経営会議の下部組織として、本件病院の重要事項について検討する会議である。)に臨むに当たり、事前に事務部の管理職で議案を検討する場を設けることとした。そして、被告は、そのような場として、事務部内に事務部管理職会議(事務部調整会議)を新たに設け、事務長、事務次長及び課長が出席し、経営調整会議に提出する議題を検討するとともに、それ以外の事務部内の課題等についても検討するようにした。
 イ 発言1は、原告が、平成28年10月28日9時頃、事務部調整会議において、入院患者数集計表における入院患者数(以下「地区別ベースの患者数」という。)と、診療行為分析表(注:本件病院が、病院情報システム管理業務を委託するN株式会社(以下「N社」)という。が作成するものである。)における入院患者数(以下「請求ベースの患者数」という。)の差異が大きくなったことについて報告を行ったことが発端となったものである。
   地区別ベースの患者数及び請求ベースの患者数は、それぞれの前提となる集計方法が異なるため、通常、両数値は一致しない。しかし、平成28年9月分の両数値の差異が他の月よりも大きかった。そのため、D課の担当職員は、同年10月21日頃、N社に問い合わせをしたところ、N社は、同月28日の午後4時に、差異の原因についての中間報告を行った。両数値の差異が大きくなった原因は、N社の条件設定漏れであり、後に該当期間の帳票は修正された。
 ウ A事務次長は、発言1の際、引用発言の前に、「何でどうしようとしたの結局」、「いつまでたっても直ってない現状に対して、報連相(ホウレンソウ)もなくて、何もしないでやってるのが、現実のD課なの。それで、結局、経理が分かるかってこと。おかしいぜ、そのロジックどう考えても。」などと発言した。
   また、B事務長は、引用発言の途中において、「時間がないんで、ちょっと文書かなんかにされて。今、最初に言ってることと、今、言ってることと違っているから。」などと発言し、文書での提出を命じて締め括ろうとした。しかし、A事務次長は、その後も、引用発言を続けた。
   発言1がなされた際のやり取りは、時間にして14分程度であった。
 エ B事務長及びC庶務課長は、発言1等がなされた事務部調整会議に出席していたが、A事務次長の発言に対して、制止や注意等はしなかった。
   B事務長は、原告の休職後、A事務次長に対し、この時代では、この言葉を使うと、パワーハラスメントという風に取られてしまうという旨の注意をした。
   A事務次長は、本件に関し訓告処分を受けたが、懲戒処分は受けていない。

(2)争点1(A事務次長の行為の違法性)について
 ア 前提
   被告は、特別地方公共団体(一部事務組合)であり、その職員に対する指揮監督ないし安全管理作用は、国賠法1条1項にいう「公権力の行使」に当たると解される。
   そして、一般に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、肉体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいい、この限度に至った行為は、国賠法上も違法と評価すべきである。
   本件で、A事務次長は、原告の直属の上司であり、両名の会話の内容や、このときの双方の態度に鑑み、A事務次長が原告の報告を受け、助言をするような優位の立場であったことは、明らかというべきである。そこで、原告の主張する7つの発言について、それぞれが上記違法行為に該当するか検討する。
 イ 発言1について
  a)A事務次長による発言1は、平成28年9月の地区ベースの患者数と請求ベースの患者数の差異が75件に達したことについて、事務部調整会議において、原告に対し、担当課長として説明を求めた際のものと認められる。
  b)その際の原告の説明は、D課の担当者が、地区別ベースの患者数と請求ベースの患者数の差異があったことに気が付いた時期、差異が生じることに対する対策、原告の事実関係の把握等について、B事務長等から尋ねられたことに対して回答しているものである。しかし、その説明内容は曖昧であり、会議の当初と途中の説明内容が食い違うとも受け取られる内容であって、要領を得ない説明内容であったといわざるを得ない。
   そのような原告の説明内容からすると、原告に対し、事実関係を把握した的確な報告をするよう求めることは、上司であるA事務次長の職責の範囲内のものというべきである。
   この点、A事務次長が、原告に対し、「何でどうしようとしたの結局」、「いつまでたっても直ってない現状に対して、報連相(ホウレンソウ)もなくて。何もしないでやってるのが、現実のD課なの。それで、結局、経理が分かるかってこと。おかしいぜ、そのロジックどう考えても。」などと発言した部分(前記(1)ウ)は、原告がD課長として現状把握が不十分であること、対応策を十分検討していないこと等を指摘するものであって、業務上の必要性を否定することはできないというべきである。
  c)もっとも、上記b)の点を踏まえても、発言1の内容は、上記の部分を超え、原告が嘘つきである、偉そうに言ってるからむかつくなどと叱責ないし罵倒するものであって、ペンで机を叩く動作も交えられたものであった。加えて、他の管理職が居合わせる会議の最中に、14分間近くにわたって厳しい叱責や侮辱的な発言をし、B事務長が文書での提出を命じて締め括ろうとした後も、さらに非難を続けたのである(前記(1)ウ)。
   このような発言1の内容や態様からすると、発言1は、業務上の必要性を超え不必要に原告の人格を非難するに至っているものと認められる。
   特に、原告の説明が嘘だという点について、確かに、問合せを含む従前のチェック体制に不十分な点があったために、この時点まで問題が顕在化しなかった可能性はある。しかし、証拠(注:録音反訳)によると、原告はこれについて「定期的に調べて下さいっていう形でやって、直したり、直さなかったりとずっと来てたみたいなんです。」と、担当の対応に、直さない、すなわち不十分な点があったことを述べている。また、「その段階で、僕もキャッチしてれば良かったんですけどすいません。」と、自身も差異が大きくなっていたことを把握していなかったのも認めており、殊更に虚偽を述べたというべき様子はない。これらのことを考慮すると、発言1は、職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える行為に当たるものと認められる。
   したがって、発言1は、国賠法上違法というべきである。
 ウ 発言2から7までについて
   いずれについても、国賠法上違法というべきである(詳細については、省略する。)。

(3)争点2(A事務次長の行為と原告の適応障害との因果関係)について
   原告は、睡眠障害や、耳鳴り、食欲不振、胃腸痛等の症状を覚るようになり、平成29年4月17日、E病院において、A事務次長から過度に威圧的な言動を受け続けたことによる適応障害との診断を受けた。さらに、原告は、同年8月1日及び同月3日に、本件病院の精神科であるQ医師及び被告産業医であるR医師の診察を受け、両医師が適応障害の診断を肯定し、産業医は、事務次長のパワーハラスメントが誘引であると判断している。
   以上の事情からすると、原告は、A事務次長のパワーハラスメント行為が原因で適応障害を発症したというべきであり、A事務次長の行為と原告の適応障害との間には、相当因果関係が認められる。

(4)争点4(B事務長及びC庶務課長の行為についての安全配慮義務違反)について
   B事務長は、使用者に代わって従業者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者であったと認められ、被告には、安全配慮義務違反の債務不履行が認められる(詳細については、省略する。ただし、C庶務課長は、原告に対し、安全配慮義務を負う立場にはないと認定した。)。

(5)争点3、5(因果関係のある損害)について
 ア 原告は、A事務次長の行為(国賠法上の違法行為)により、また被告で安全配慮義務を負う立場のB事務長が、負担軽減のために適切な措置を採らなかったこと(安全配慮義務違反)により、適応障害を発症して、通院治療を要した。また、原告は、胃腸痛や食欲不振の症状を来し、その治療のために消化器系の病院に通院し、内視鏡検査等の治療を受けたことが認められる。
 イ これらによって原告の受けた損害は、次のとおり認められる。
  a)治療費等 略
  b)通院交通費等 略
  c)休業損害 略
  d)慰謝料 合計1,000,000円
  ①A事務次長が原告に対して行った行為は、「精神障害者」、「生きてる価値なんかない。」、「嘘つきと言い訳の塊の人間」、「最低だね。人としてね。」などといった著しい人格否定の言葉を投げつけるほか、時に事務室内の衆人環境や、会議中の他の管理職の面前において、また時に長時間にわたって、合理的理由に乏しい執拗な叱責を一方的に浴びせるものであり、少なくとも4か月にわたってパワーハラスメント行為が繰り返されていることも考慮すると、全体として悪質と評価するほかない。
   A事務次長に(注:原告が主張するような)原告を精神疾患に陥れる積極的意図までは認められないものの、これら行為の内容、程度に照らし、原告が適応障害に罹患したことは。無理からぬものというべきであって、その精神的苦痛は、重大であったと認められる。
   その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、A事務次長からパワーハラスメント行為を受けたことによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、800,000円が相当であると認められる。
  ②また、B事務長が、業務上の指揮監督を行う者として採るべき措置を怠ったことにより、原告の精神的苦痛は増大したものといえ、その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、これによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、200,000円が相当であると認められる。
  e)弁護士費用 略
 ウ 以上より、本件と因果関係のある相当な損害額は、合計2,068,864円と認められる。

(6)結論
   以上によれば、原告の請求は、①国賠法1条1項に基づく損害賠償請求につき1,848,864円及びこれに対する遅延損害金(なお、選択的併合に係る債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求は上記認容額を上回るものではない。)、②債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求につき220,000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。