【交通事故】山口地裁下関支部令和2年9月15日判決(労働判例1237号37頁)

本件事故時17歳の全盲の視覚障害者である原告の後遺障害逸失利益の基礎収入額について、その就労可能期間を通じて、平成28年賃金センサス第1巻第1表、男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(468万9300円)の7割と判示した事例(控訴審継続中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成20年5月20午前7時30分頃
 イ 発生場所 山口県下関市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 原告A  歩行者(平成3年生全盲の視覚障害者
 エ 被告車両 被告が運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 被告が被告車両を運転していたところ、横断歩道を歩行していた原告に衝突した。

(2)原告Aは、本件事故により、右急性硬膜下血腫、脳挫傷(右前頭葉)及び外傷後水頭症等の傷害を負い、D医療センターその他医療機関に入通院した。
   原告Aは、D医療センターの医師により、認知困難、記憶困難、周囲困難、課題遂行困難、嗅覚脱失等について、平成28年5月26症状固定と診断された。

(3)原告Aは、平成29年2月28、自動車損害賠償責任保険の後遺障害認定手続において、本件事故後の後遺症につき、後遺障害等級が別表第二併合第1に該当すると判断された。

(4)原告Aは、本件事故により被った損害について、被告が任意に締結していた保険会社から、2317万2973の支払を受けた。
   原告Aは、平成29年3月2、被告が契約する自動車損害賠償責任保険の保険会社から、原告Aの人身損害に関し、3000万円の支払を受けた。

(5)原告A並びに原告Aの父である原告B及び母である原告Cが、本件訴訟を提起して、被告に対し、損害賠償金及び遅延損害金の支払をそれぞれ求めた。


【争点】

(1)原告Aの損害額(争点1)
(2)原告B及び原告Cの各損害額(争点2)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


      なお、上記(1)のうち原告Aの基礎収入に関する被告の主張は、概要、以下のとおりである。
 ア 後遺障害を被った年少者の逸失利益の算定に当たっては、でき得る限り蓋然性のある額を算出するように努め、ことに蓋然性に疑いが持たれる時は被害者側にとって控え目な算出方法を採って算出すべきである。
   このような考え方に立った裁判例等を踏まえると、原告Aの基礎収入の認定においては、原告Aと同様の障害(全盲)を持つ進学、就労状況(進路)の資料等を前提に、将来得られる蓋然性の高い収入を基礎収入とすべきである。
 イ 厚生労働省による障害の内容、程度を区別しない身体障害者全体の平均賃金月額に関する障害者雇用実態調査の結果では、身体障害者の平成25年10月における平均賃金月額は22万3000で、年収換算すると、同じ年の平成25年賃金センサスの男女計・学歴計・全年齢平均の年収額468万9300円の57%程度にとどまっている。
   したがって、原告Aの基礎収入は、上記調査結果の平均収入を基礎に判断されるべきである。
 ウ 本件事故当時に原告Aが高校生で年少者であったことを考慮し平成28年の賃金センサスの女性、企業規模計、全年齢、学歴計の平均賃金376万2300を前提に、上記の調査結果を踏まえて、原告Aの基礎収入は、上記賃金センサスの57%である214万4511を超えることはないと認めるのが相当である。


【裁判所の判断】

(1)争点1(原告Aの損害額)について
 ア 治療関係費 2193万2172円
 イ 入院付添費 335万4000円
 ウ 通院・自宅付添費 70万9500円
 エ 症状固定後の治療費 0円
 オ 将来治療費 0円
 カ 将来通院交通費 0円
 キ 将来介護費 5396万5790円
 ク 家屋改造費 0円
 ケ 入通院慰謝料 410万円
 コ 後遺障害逸失利益 4043万7404円
  a)原告Aの後遺障害逸失利益の算定に当たって、労働能力喪失率(100%)及び労働能力喪失期間(42年間)については、いずれも当事者間に争いがない。
   以下、原告Aの基礎収入額について検討する。
  b)不法行為により後遺症が残存した年少者の逸失利益については、将来の予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、損害の公平な分担という趣旨に反しない限度で、できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるのが相当である。
   そこで検討するに、
  ・原告Aと同様の視覚障害のある者の雇用実態に関する公的な調査結果が判然としないこと
  ・厚生労働省による平成25年度障害者雇用実態調査において、平成25年10月の身体障害(身体障害のある被調査者の内訳は、肢体不自由が43%、内部障害が28.8%、聴覚言語障害が13.4%)の平均賃金が22万3000円であったこと
が認められる。
   これらの事実に加えて、本件全証拠によっても、上記調査以降に賃金格差や就労条件等が明らかに変わったと窺える事情も見当たらないことを踏まえると、現時点において、健常者と身体障害者との間で基礎収入については差異があるといわざるを得ない。
  c)一方、我が国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応、障害者に関する関係法令の整備状況、企業における支援の実例等の事情を踏まえると、身体障害を有する年少者出会っても、今後は、今まで以上に、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することのできる社会の実現が図られていくと認められる。
   また、原告Aは、本件事故時17であったこと、平成16年3月にD盲学校小学部を卒業したこと、同年4月にE盲学校中学部に入学し、平成18年3月にF盲学校中学部に転入するまで在籍していたこと、平成19年3月に同学校中学部を卒業し、同年4月に同学校高等部普通科に入学したこと、平成30年度のE盲学校中等部の卒業生全員が同学校上級部に進学し、高等部普通科や専攻科の生徒が大学や短大、就職をしている例もあること、原告AがF盲学校高等部に在籍していたときに職業見学や大学見学に参加していたこと等の事情が認められる。
   これらのことからすると、原告Aについては、全盲の障害があったとしても、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があったと推測される。
  d)他方、健常者と障害者との間に現在においても存在する就労格差や賃金格差に加えて、就労可能年数のいかなる時点で、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することができるかは不明であるというほかなく、その実現には所要の期間の年数を要すると思われる。
   以上の事情を総合考慮すると、原告Aにはその就労可能期間を通じて、平成28年賃金センサス第1巻第1表、男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(468万9300円)の7割である342万9020円の年収を得られたものと認めるのが相当である。
   そうすると、原告Aの後遺障害逸失利益は、以下のとおり、4043万7404円となる。
   342万9020円(基礎収入)×1(労働能力喪失率)×(18.2559[本件事故時から原告Aの就労可能年齢67歳までの年数50年に対応する中間利息の控除に関するライプニッツ係数]− 6.4632[本件事故時から症状固定時までの年数8年に対応する中間利息の控除に関するライプニッツ係数])≒4043万7404円(小数点以下切捨て)
 サ 後遺障害慰謝料 2800万円 
 シ 小計 1億6828万6866円
 ス 損益相殺 5317万2973円
 セ 弁護士費用 1100万円
 ソ 原告Aの総損害額 1億3929万3345円
   以上を前提に、自賠責の保険金受領日までの確定遅延損害金1317万9452円(小数点以下切捨て)を加えると、原告Aの本件事故による総損害額は、上記の金額となる。

(2)争点2(原告B及び原告Cの各損害額)について
 ア 近親者慰謝料 各200万円
 イ 弁護士費用 各20万円
 ウ 合計 各220万円

(3)結論
   原告Aは、被告に対し、1億3929万3345円及び遅延損害金の支払いを求める限度で、原告B及び原告Cは、被告に対し、各220万円及び遅延損害金の支払いを求める限度でそれぞれ理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、原告の後遺障害逸失利益の基礎収入額を、平成28年賃金センサス第1巻第1表、男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(468万9300円)の7割である342万9020円と判示しました。
   しかし、厚生労働省による平成25年度障害者雇用実態調査における、同年10月の身体障害の平均賃金(平均賃金月額は22万3000円で、年収換算267万6000円)が、同年の賃金センサスの男女計・学歴計・全年齢平均の年収額468万9300円の57%程度であることを考慮すると、上記の7割の根拠は不明といわざるを得ません。
   なお、上記の342万9020円は、平成28年の賃金センサスの女性、企業規模計、全年齢、学歴計の平均賃金376万2300円の約9割に相当します。