【労働】福岡高裁平成29年9月7日判決(労働判例1167号49頁)

使用者が労働者の定年退職後の再雇用の雇用条件として月収ベースで約75%の賃金を削減する提案をしてそれに終始したことは、継続雇用制度の導入の趣旨に反し裁量権を逸脱又は濫用したものであるとして、上記の条件を承諾しなかった当該労働者に対する不法行為の成立を認めた事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)被控訴人(第1審被告)は、惣菜製造加工並びに販売等を目的とし、昭和44年10月31日に設立された株式会社である。
   控訴人(第1審原告。昭和30年3月○日生)は、昭和48年3月から、被控訴人において期間の定めのない労働者として勤務してきたが、平成27年3月○日に60歳に達し、同月31日付で定年退職した。
   控訴人は、特別の役職のつかない一般職員であり、かつては給与計算や経理などの事務を行っていたが、定年前頃には、経理課長や経理主任の下で各店舗の決算業務、棚卸表入力及び消耗品の送付のみ担当していた。
   被控訴人における賃金は、毎月末日締めの翌15日払であり、定年退職前の控訴人の賃金(通勤手当を除く。)は月額335500であった(以下、これを「定年前賃金」という。)。

(2)被控訴人は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」という。)9条1項2号に定める継続雇用制度を導入しており、就業規則において、従業員が満60歳に達した月の月末をもって定年とした上で、定年後も引き続き勤務を希望した場合は、労使間で締結した「継続雇用の選定基準等に関する協定書」(ただし、平成25年4月1日施行の高年法の改正に伴い廃止されている。)の基準を満たしたと認めた者を再雇用するものと定め(就業規則35条)、再雇用後の労働条件等については、定年後再雇用規程において、定年後の再雇用は原則として期間を1年とした期間の定めのある労働契約とし(同規程3条)、再雇用にあたって会社が提示する労働条件は、正社員時の労働条件と異なる場合があり、定年後再雇用契約は、会社の提示する労働条件に合意し雇用契約書を交わして成立することなどを定めている(同規程4条)。

(3)控訴人は、定年退職前の平成26年12月12日、被控訴人代表者との面談において、定年後再雇用の希望を述べた。控訴人は、同月18日、被控訴人から雇用期間を1年、勤務日を週3日、賃金を時間給900円とする再雇用の雇用条件を受けた。
   控訴人は、被控訴人に対し、フルタイムで働くことや、社会保険をつけ、高年齢雇用継続基本給付金(注:60歳以上65歳未満の者で、60歳以後の賃金が60歳時点の賃金の75%未満になった者に対して支給される給付金であり、賃金が61%以下に低下した場合には、当該月に支払われた賃金の15%相当額が給付金として支給されるものである。)を受けられるようにするよう求めた。被控訴人は、平成26年12月25日、平成27年1月13日、控訴人に対し、勤務日を週4日、社会保険(雇用保険、健康・介護保険、厚生年金)付きに雇用条件を変更した提案(以下「本件提案」という。)を含む提案(以下「本件提案等」という。)を行ったが、フルタイムでの雇用はできないとした。

(4)控訴人は、フルタイムでの勤務を希望していたため、本件提案では再雇用に応じられないと考え、平成27年1月14日、A組合に加入し、同月15日、団体交渉の申入れを行い、団体交渉が同年2月26日及び同年3月31日の2回実施された。その際、被控訴人は、本件提案等の理由として、経営する店舗数が減少傾向にあり、今後もその傾向が続く見込みで合って業務量が減少することを前提に検討した結果であると説明し、加えて、控訴人には厚生年金や高年齢雇用継続基本給付金も支給される予定であることを指摘した。

(5)控訴人は、平成27年3月末日をもって被控訴人を定年退職し、控訴人が担当していた業務については、総務部の他の従業員に割り振られ、同部署に新しく雇用されたり、配属されたりした者はいなかった。
   定年退職に伴い、控訴人には退職金として総額189万円が支払われた。また、控訴人は、昭和58年7月に夫を亡くし、以降、遺族厚生年金を受給しており、近時の受給額は月額7万7475円である(老齢厚生年金は、併給調整のため、支給停止となっている。)。
   本件提案により雇用された場合の賃金は、月額86400(900*6*16。通勤手当11000円を除く)であり、社会保険を控除した7万2197円が手取り額となる。また、高年齢雇用継続基本給付金14610円97,400*0.15)程度が支給されることが見込まれていた。控訴人には、定年前から扶養を要する親族はいない。

(6)控訴人は、本件訴訟を提起して、被控訴人に対し、①主位的に、被控訴人は高年法9条1項2号に基づき継続雇用制度を設けているところ、控訴人は、被控訴人の提示した再雇用条件を承諾しなかったが、定年後も被控訴人との間の雇用契約関係が存在し、その賃金につき定年前賃金の8割相当とする黙示的合意が成立していると主張し、控訴人が労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、控訴人が定年退職した日(平成27年3月31日)の翌日から判決確定の日まで毎月15日限り月額27万7200円(退職時の賃金の8割)の賃金の支払いを求め、②予備的に、賃金が著しく低廉で不合理な労働条件の提示しか行わなかったことは、控訴人の再雇用の機会を侵害する不法行為を構成する旨主張して、逸失利益1663万2000円及び慰謝料500万円、合計2163 万2000円及び遅延損害金の支払いを求めた。

(7)原審(福岡地裁小倉支部平成28年10月27日判決・労働判例1167号58頁)は、①控訴人は再雇用に至らなかったから、被控訴人との間の労働契約上の権利を有する地位にあると認めることはできない、被控訴人が提示した労働条件が不合理なものとまでは認め難く、他に控訴人の主張を裏付ける的確な主張立証も存しないから、被控訴人について不法行為の成立を認めることはできないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
   これに対し、控訴人が、原判決の全部を不服として控訴した。


【争点】

(1)控訴人に労働契約上の地位が認められるか否か(主位的請求)(争点1)
(2)被控訴人が不法行為責任を負うか(予備的請求)(争点2)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(控訴人に労働契約上の地位が認められるか否か)について
 ア 控訴人は、平成27年3月31日をもって被控訴人を定年退職し、被控訴人が設けた継続雇用制度(高年法9条1項2号)に基づき、定年後の再雇用を希望したが、被控訴人が提示した再雇用の労働条件(本件提案)を控訴人が応諾していないから、控訴人と被控訴人との間において、具体的な労働条件を内容とする定年後の労働契約につき、明示的な合意が成立したものと認めることはできない。
   控訴人の援用する最高裁平成24年11月29日判決(注:労働判例1064号13頁)は、定年後有期労働契約を締結した労働者が、その期間満了後2回目の際雇用契約が成立したと主張して労働契約上の権利を有する地位の確認等を求めたものであり、本件と事案を異にする。
 イ 以上によれば(注:理由の詳細については、省略する。)、被控訴人の主位的請求(労働契約上の権利を有する地位の確認請求及び賃金請求)はいずれも理由がない。

(2)争点2(被控訴人が不法行為責任を負うか)について
 ア 緒言
   高年法9条1項2号に基づく継続雇用制度の下において、事業主が提示する労働条件の決定は、原則として、事業主の合理的裁量に委ねられているものと解される。控訴人は、被控訴人のした本件提案には、被控訴人の裁量権を逸脱した違法があると主張するので、以下、この点につき被控訴人の主張に即して判断する。
 イ 労働契約法20条違反を主張する点について
   本件提案が、労働契約法20条に違反するとは認められない(詳細については、省略する。)。
 ウ 公序良俗違反等を主張する点について
  a)控訴人は、本件提案は高年法の趣旨に反するもので、公序良俗に反すると主張する。
   高年法は、「定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進(略)等の措置を総合的に講じ、もって高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与すること」を目的とし(1条。なお、同法にいう、「高年齢者」とは55歳以上の者をいう(同法2条1項、同法施行規則1条)。)、65歳未満の定年の定めをしている事業主に対して、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するための措置として、一定の公法上の義務(同法9条1項所定の高年齢者雇用確保措置を講じる義務等)を課すものである。
   同法9条1項に基づく高年齢者雇用確保措置を講じる義務は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるといった私法上の効力を有するものではないものの、その趣旨・内容に鑑みれば、労働契約法制に係る公序の一内容を為しているというべきであるから、同法(同措置)の趣旨に反する事業主の行為、例えば、再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示す行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有するものであり、事業主の負う高年齢者雇用確保措置を講じる義務の反射的効果として当該高年齢者が有する、上記措置の合理的運用により65歳までの安定的雇用を享受できるという法的保護に値する利益を侵害する不法行為となり得ると解するべきである。
   その判断基準を検討するに、継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引上げ」(同1号)及び「当該定年の定めの廃止」(同3号)と単純に併置されており、導入にあたっての条件の相違や優先順位は存しないところ、高二者は、65歳未満における定年の問題そのものを解消する措置であり、当然に労働条件の変更を予定ないし含意するものではないこと(すなわち、当該定年の前後における労働条件に継続性・連続性があることが前提ないし原則となっており、仮に、当該定年の前後で、労働者の承諾なく労働条件を変更するためには、別の観点からの合理的な理由が必要となること)からすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当であり、このように解することが上記趣旨(高年齢者の65歳までの安定雇用の確保)に合致する。
   また、有期労働契約者の保護を目的とする労働契約法20条の趣旨に照らしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、有期労働契約に転換したことも事実上影響して再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されないものと解される(同法3条所定の労働契約の諸原則もそのような解釈を補強するものである。)。
   したがって、例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要であると解する。
  b)以上を踏まえて、被控訴人において本件提案をし、それに終始したことが、高年齢者雇用確保措置の一つである継続雇用制度の導入の趣旨に反する違法なものといえるかを検討する。
  ⅰ)本件提案は、定年退職前はフルタイムの労働者であり、フルタイムでの再雇用を希望していた控訴人を短時間労働者とするものである。一般に、労働時間の短縮自体は労働者に不利益ではなく、控訴人がフルタイムを希望したのも、長時間労働することが目的ではなく主に一定額以上の賃金を確保するためであると解される。
   そこで、賃金について見ると、控訴人の定年前の月額賃金(33万5500円)を時給に換算すると1944円になり(弁論の全趣旨)、本件提案における時給900円はその半額にも満たないばかりか、月収ベースで比較すると、本件提案の条件による場合の月額賃金は8万6400円(1か月の就労日数を16日とした場合)となり、定年前の賃金の約25%に過ぎない。この点で、本件提案の労働条件は、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。したがって、本件提案が継続雇用制度の趣旨に沿うものであるといえるためには、そのような大幅な賃金の減少を正当化する合理的な理由が必要である。
  ⅱ)この点につき、被控訴人は、店舗数減少の影響を挙げる。確かに平成25年以降、被控訴人の店舗数は減少傾向にあり、控訴人が定年退職した前後を通じて、店舗数の減少が見られ(ただし、近時においては増加しており、これが一時的減少か否かは不明である。)、本件提案時、被控訴人において店舗数減少を見込んでいたとの説明自体にはそれなりの根拠があったと言える。
   これらの事情(詳細については、省略する。)によれば、平成25年以降の店舗数の減少により、そもそも被控訴人において控訴人を定年退職後に再雇用する必要性がそれほど高い状況ではなかった可能性は否定できないし、再雇用後さらに控訴人の業務量は減少し得る状況であったといえる。
   以上によれば、本件提案において、被控訴人が控訴人に対し短時間労働者への転換を提案したことには一定の理由がある。
  ⅲ)しかしながら、
  ・本件提案における控訴人の決算業務に係る担当店舗数は43店舗とされており定年退職直前の46店舗とさほど変わらないものであるところ、店舗の決算業務が控訴人の主たる業務であったと認められることも考慮すれば、控訴人の担当業務の量が本件提案において大幅に減ったとまではそもそもいえないこと
  ・被控訴人の店舗減少の実績は、控訴人の定年退職の前後を通じて1割弱(平成25年からの比較においても2割程度)の減少にとどまっており、しかも、それが定年直後に一時に生じたと認めるに足りる証拠はないこと(被控訴人において、上級実績値以上の店舗減少を合理的に見込んでいたと認めるに足りる証拠はない。)
  ・本件提案において、控訴人の担当すべき業務の範囲は定年退職前のものよりも(若干ではあるが)限定的なものとされていると解されるが、担当から外された業務の中には、棚卸表の入力・送付等といった、店舗数減少と完全には連動していないもの(すなわち、店舗数が減少したからといって直ちに同業務の全てが無くなるわけではないもの)も含まれており、被控訴人の定年退職を機にその担当業務を本件提案の内容に限定するのが必然であったとまではいえないこと
  ・被控訴人において、控訴人の継続雇用についての希望の有無等を確認した上で、本社事務職の人員配置及び業務分担の変更等の措置を講じ、予め定年後の再雇用において控訴人の担当する業務量をフルタイム稼働に見合う程度にしておくことも可能であったと考えられること
  ・控訴人としては、定年時の賃金を基準として再雇用時の条件が提示されるものと期待することが想定されるところ、控訴人の定年時の賃金が担当業務に比して高額になっていたというのであれば、被控訴人において、予め、これを是正するなど、控訴人に過大な期待を抱かせることのないように何らかの方策を採ることが可能であり、また、望ましいといえること
を総合考慮すれば、本件提案によった場合の労働時間の減少(1か月当たりの労働時間が、定年前には172.5時間であった(弁論の全趣旨)のに対し、本件提案によれば継続雇用後には96時間(1か月16日勤務とする。)となっており約45%減となっている。)が真にやむを得ないものであったと認めることはできない。
   そうすると、月収ベースの賃金の約75%減少につながるような短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由があるとは認められない。
   なお、労働時間が減少しても、極端な収入減少にならないような時間給とすれば問題はないが、本件提案ではそれがなされていない。したがって、本件提案において、控訴人を所定労働時間が一般従業員より短いパートタイマーとして再雇用するものとしたことが、事実上賃金の大幅減少に影響を与えたといえる。
  ⅳ)その他に、
  ・定年退職後の再雇用において、賃金を定年前より減額することが許されないとまでは解されないこと
  ・本件提案における時給は、被控訴人におけるパートタイマー従業員の時給に比べれば高額であること(ただし、被控訴人の他の事務職員の賃金を時給に換算した金額と比べると若干低額である(弁論の全趣旨)。)
  ・本件提案による賃金減少に伴い、高年齢雇用継続基本給付金が月額1万4610円程度給付される見込みであったこと
等を併せ考慮しても、本件提案を正当化する合理的な理由があるとは認められない。
  ⅴ)以上によれば、被控訴人が本件提案をしてそれに終始したことは、継続雇用制度の導入の趣旨に反し、裁量権を逸脱又は濫用したものであり、違法性があるものといわざるを得ない。よって、控訴人に対する不法行為が成立すると認められる。
 エ 損害について
  a)逸失利益
   本件に顕れた諸般の事情を総合しても、本件提案がなければ、控訴人と被控訴人が、退職前賃金の8割以上の額を再雇用の賃金とすることに合意した高度の蓋然性があると認めることはできず(高年法の趣旨に照らし、あるべき再雇用の賃金が退職前賃金の8割以上であるということもできない。)、合意されたであろう賃金の額を認定することは困難である。
   したがって。被控訴人の上記不法行為と相当因果関係のある逸失利益を認めることはできない。
  b)
  ・月収ベースで約75%の賃金を削減する本件提案の内容が定年退職前の労働条件との継続性・連続性を著しく欠くものであること
   他方で、
  ・店舗数減少を踏まえて被控訴人が本件提案をしたことにはそれなりの理由があったこと
  ・控訴人が、遺族厚生年金(月額7万7475円)を受給しており、本件提案により再雇用された場合には高年齢雇用継続基本給付金(1万4610円程度)も受給できる見込みであったこと、控訴人には扶養すべき親族はいなかったことからすれば、本件提案の内容は、控訴人につき特別支給の老齢厚生年金の定額部分の支給が開始していない年齢であったことを考慮してもなお、直ちに控訴人の生活に破綻を来すようなものではなかったといえること
・その他(控訴人の勤続年数等)の諸事情
を総合考慮すれば、慰謝料額は100万円とするのが相当である(なお、控訴人は、労使交渉が実質的には行われていないと主張するが、一定の交渉はあったといえるので、少なくとも、交渉経緯をもって慰謝料を増額する事情とすることはできない。)。

(3)結論
   控訴人の主位的請求(労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する請求及び定年退職後本判決確定の日までの賃金支払請求)は理由がなく、予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)は、金100万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(予備的請求を棄却した部分を変更)。


【コメント】

   本裁判例は、本件提案について控訴人に対する不法行為の成立を認めましたが、他方で、本件提案がなければ、控訴人と被控訴人が合意したはずの賃金の額を認定することは困難として、上記の不法行為と相当因果関係のある逸失利益を否認しました。それゆえ、控訴人の請求に対する認容額は、慰謝料100万円のみに留まっています。