被告と原告との間で締結された専属契約のうち、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が、何らかの制限なく原始的に原告に帰属すると定めた条項、及び専属契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を原告の諾否に係らしめるものと定めた条項が、いずれも社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効であると判示した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)原告は、演劇・音楽のタレントの要請及びマネージメント等を業とする株式会社である。
訴外株式会社F(以下「訴外会社」という。)は、原告と同じ企業グループに属する会社である。
被告は、平成11年5月20日、訴外会社との間で専属契約(以下「本件契約」という。)を締結した者である。
(2)本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には、以下の定めが含まれている。
ア 2条
被告は訴外会社に対し、1999年6月1日より2004年5月31日までの間、被告のアーティストとしての活動について全世界においてマネージメントを行うことを独占的に委託し、被告は訴外会社の専属アーティストとして原告の指示に従い、以下の活動を行う。
a)コンサート、映画、演劇、テレビ、ラジオ、コマーシャル、公演、取材、その他出演業務(注:本件契約書では、これらの業務を「出演業務」と呼称している。)。
b)〜d) 略
イ 8条
被告の出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的に原告に帰属する。
ウ 10条
被告は本契約期間中はもとより契約終了後においても、訴外会社の命名した以下の芸名および名称を原告の承諾なしに使用してはならない。
「C」
エ 12条
被告または訴外会社が、本契約の期間満了2年前までに相手方に対し、文書をもって別段の意思表示をしないときは、本契約は満了日より2年間、更新延長され、以後これを繰り返すことになる。
(3)被告は、平成12年2月1日、訴外会社との間で、アーティスト報酬契約書(以下「本件報酬契約書」という。)を締結した。本件報酬契約書には、以下の定めが含まれている。
ア 1条
訴外会社は、被告との間の専属契約に基づき、被告に対して、以下の報酬を支払う。
イ 2条
a)報酬は、固定給とし、訴外会社は、2000年2月1日より2001年3月31日まで毎月25日に被告に金10万円(源泉所得税込)を支払う。
b)被告のアーティスト活動実績に著しい変動が生じた場合は、訴外会社はその都度、前項の条件を見直すものとする。
c) 訴外会社において必要と判断した場合には、第1項は歩合給とする。
ウ 5条
第2項第3項の歩合給は、次に定める売上の70%とする(但し、著作隣接権使用料は含まない。)。なお、その必要経費に関しては、原則として売上から控除しないものとする。
a)出演料、吹込料、編曲料
b)原稿料、講演料
(4)訴外会社、原告及び被告は、平成16年3月18日、移籍契約書(以下「本件移籍契約書」という。)を締結し、これにより、原告は、訴外会社の本件契約上の地位を承継した。
本件移籍契約書には、以下の定めが含まれている。
ア 3条
a)被告、訴外会社及び原告は、2004年3月31日をもって、それ以前に被告の出演業務によって発生した著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権並びにパブリシティ権、その他全ての権利、ならびに、被告が作成した作品の著作権(翻訳権、編曲権、映画化権、その他の翻案権のすべてを含む)が、何らの制限なく原告に譲渡されるものであることを確認する。
b)〜d) 略
イ 4条
被告、訴外会社及び原告は、原契約(注:本件契約等を指す。)に基づき訴外会社が収受して被告に分配している被告の楽曲の著作権使用料その他印税等の報酬請求権について、それぞれ下記の期間まで訴外会社が収受し被告に分配することとし、期間満了後、原告が収受して原契約の規定に従い被告に分配することに合意する。
a)著作権使用料(2004年1期分)
b)〜e) 略
(5)被告は、平成12年3月のCDデビューにより「C」という名称(以下「本件芸名」という。)を用いた芸能活動を開始したが、平成22年12月31日をもって、本件芸名を用いた芸能活動を停止した。
被告は、原告との間で、本件契約を終了させる旨の書類は作成していないが、被告は、同日より後に、原告からいわゆる印税以外の金員の支払は受けていない。
(6)被告は、平成27年9月頃から「D」の名称で、また、平成30年頃からは「E」の名称で、それぞれ芸能活動を行っていたが、令和3年3月、本件芸名で芸能活動を行うことを公表した。
被告は、本件芸名で芸能活動を行うことについて原告の承諾を受けていない。
(7)原告は、本件訴訟を提起して、被告において、本件契約書10条に反して、原告の承諾なしに「C」という名称を使用して芸能活動を行っていると主張して、被告に対し、上記約定に基づき、被告の芸能活動における本件芸名の使用の差止めを求めた。
【争点】
(1)本件契約が終了しているか否か(争点1)
(2)本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等(争点2)
(3)本件契約書10条の有効性(争点3)
(4)本件芸名の使用禁止が権利濫用として許されないか(争点4)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件契約が終了しているか否か)について
本件契約は、平成22年12月31日をもって、原告と被告との間で本件契約を更新しない旨又は本件契約を解約する旨の黙示の合意が成立し、これにより同日をもって終了したものと認めるのが相当である(注:詳細については省略する。)。
(2)争点2(本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等)について
ア パブリシティ権の内容等
a)人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。こうした氏名、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)は、氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる(最高裁平成24年2月2日判決)。
そして、芸能人等がその活動で使用する芸名等の名称についても上述したことが当てはまる。
b)被告が、平成12年から平成22年末までの約10年間に、多数のC Dを発売したり、テレビ番組に出演したりするなどの本件芸名を用いた芸能活動を継続し、その芸能活動に係る配信やC Dの販売は、現在も続いていることが認められる。
このような事実関係に照らせば、上記期間における被告の芸能活動の結果として、上記期間における被告の芸能活動の結果として、需要者に被告を想起・識別させるものとして、本件芸名には相応の顧客吸引力が生じているといえるから、本来、被告に、本件芸名に係るパブリシティ権が認められるというべきである。
イ パブリシティ権の譲渡性について
a)ところで、本件契約書8条は、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が原告に原始的に帰属する旨を定めている。
この点、パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属するとは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。
しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。
b)もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権にかかる部分が、
①それによって原告の利益を保護する必要性の程度
②それによってもたらされる被告の不利益の程度
③代償措置の有無
といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。
c)そこで、まず、上記①について検討すると、確かに、本件契約が継続していた間の被告の芸能活動は、原告のマネージメント業務により支えられてきた側面があり、そのために原告において一定の営業上の努力や経済的負担をしており、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、そのような原告が投下した資本の回収の一手段として位置づけることができる。
しかし、原告による投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、(専属契約について)合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものあるから、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によって原告の利益を保護する必要性の程度は必ずしも高いとはいえない。
d)次に、上記②について検討すると、本件芸名の顧客吸引力は、飽くまでも被告の芸能活動の結果生じたものであり、需要者が本件芸名によって想起・識別するのも実際に芸能活動等を行なった被告であって、原告ではない。
それにもかかわらず、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、被告が、原告の所属から離れた場合に、自らの活動の成果が化体した本件芸名を(原告の許諾なしに)芸能活動に使用できなくするものであり、実質的に、原告の所属から離れて芸能活動をすることを制約する効果を有し、さらには、本件契約の契約期間満了後の自由な移籍や独立を萎縮させる効果をも有するといえる。
原告は、被告が本件芸名を用いないで芸能活動をすることは制約していないと主張するが、本件芸名に相応の顧客吸引力が認められる以上(前記アb))、本件芸名の使用を認めないことは、被告の芸能活動を制約することと変わらないといえる。そして、被告本人は、本件芸名を用いることができるか否かで、芸能活動の機会の多寡や出演料等の条件に差が生じている旨供述するところ、上述したとおり本件芸名に相応の顧客吸引力があることからすれば、当然の結果であるといえ、被告は、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の存在により、現実的にも不利益を被っているといえる。
したがって、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によってもたらされる被告の不利益の程度は大きいといえる。
e)さらに、上記③について検討すると、本件契約書において、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分による不利益を被告に課すことに対する(被告への)代償措置の定めはなく、本件契約以外で、原告と被告との間で代償措置に関する合意がなされたことを認めるに足りる証拠もない。
なお、原告は、(被告が活動を停止した)平成23年1月以降も、いわゆる印税に相当する金員を被告に支払っているが、その中に、原告が本件芸名に係るパブリシティ権を原始的に取得することに対する対価又は代償措置に相当すると認められるものは存在しない。
f)以上で検討したことからすれば、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、原告による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、適切な代償措置もなく、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであるというべきであるから、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるというべきである。
なお、訴外会社、原告及び被告の三者間で締結された本件移籍契約書3条においても、本件契約書8条と同様に、被告の出演業務により生ずるパブリシティ権を被告に帰属させるといった趣旨の定めが設けられているが、上述したことと同様の理由から、公序良俗に反し無効であるというべきである。
ウ 小括
本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分(及び上述した本件移籍契約書の同趣旨の定め)が無効となる以上、本件芸名に係るパブリシティ権は、需要者が本件芸名によって想起・識別するところの被告に帰属するものと認めるのが相当である。
(3)争点3(本件契約書10条の有効性)について
ア 本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を原告の諾否に係らしめるものである。
イ しかしながら、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分については、無効であると認められるところ(前記(2)イ)、本件契約が既に終了しているにもかかわらず(前記(1))、原告が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない。また、本件契約の終了後も、本件契約書10条による制約を課すことに対する代償措置が講じられていることを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、本件契約書10条に、原告が被告の芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段を原告に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でない原告に、被告に対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限に被告による本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない。
ウ 小括
本件契約書10条のうち、少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。
(4)結論
本件において、本件契約が既に終了している以上、原告が本件の差止請求の根拠とする本件契約書10条は無効であるから、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例は、アーティストである被告とプロダクションである原告との間で締結された専属契約のうち、
①被告の出演業務により発生するパブリシティ権が、何らの制限なく原始的に原告に帰属すると定めた条項
②専属契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を原告の諾否に係らしめるものと定めた条項
が、いずれも社会的相当性を欠き、公序良俗(民法90条)に反するものとして無効であると判示した事例です。
本裁判例の示した判断枠組み((2)イb))に従えば、プロダクションからアーティストに対して、相応の金銭的な補償(代償措置)を行わない限り、上記の結論が導かれる可能性が高いものと思われます。