【交通事故】最高裁令和5年10月16日判決(裁判所ウェブサイト)

保険会社が、保険金請求権者に対し、人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合には、保険金請求権者との間で、いわゆる人傷一括払合意をしていたとしても、上記保険会社が支払った金員は、特段の事情のない限り、その全額について人身傷害保険金として支払われたものと解すべき旨判示した事例(一部自判)


【事案の概要】

(1)交通事故の発生
 ア 発生日時 平成28年5月2日
 イ 事故態様 Aが、車道上に横臥していたところを被上告人Y1運転の普通乗用自動車によりれき過され、更にその約8分後、その場に横臥していたところを被上告人Y2運転の普通乗用自動車にれき過されて、その後、死亡した(以下、これらの事故を「本件事故」という。)。

(2)当事者等
   上告人X1は、Aの配偶者であり、上告人X2、同X3、同X4(以下、併せて「上告人子ら」といい、上告人X1と併せて「上告人ら」という。)は、いずれもAの子である。
   被上告人Y1及び同Y2(以下「被上告人ら」という。)は、いずれも本件事故においてAをれき過した者である。
   上告補助参加人(以下「参加人」という。)は、本件事故当時、Aとの間で、同人を被保険者とする、人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた保険会社である。

(3)損害の額
   本件事故によりAに生じた損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、合計8,285万2,813円であり、上告人X1が2分の1、上告人子らが各6分の1の各割合で、Aの被上告人らに対する損害賠償請求権を相続した。
   上告人らの固有の損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人X1につき、350万円であり、上告人子らにつき、各100万円である。
   本件事故におけるAの過失割合は3割であることから、上記割合により過失相殺をすると、上告人らが被上告人らに対して損害賠償請求することができる損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人X1については3,144万8,484円(円未満切捨て。以下同じ。)となり、上告人子らについては各1,036万6,161円となる。

(4)本件約款における人身傷害保険金の定め
 ア 本件約款中の人身傷害条項及び基本条項には、要旨、次のような定めがあった。
  a)参加人は、被保険自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者又は配偶者若しくは子等に生じた損害に対して、人身傷害保険金を支払う。
  b)参加人の支払う人身傷害保険金の額は、人身傷害保険金額を限度として、本件約款所定の算定基準に従い算定された損害額(その額が自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から支払われる金額を下回る場合には、自賠責保険によって支払われる金額となる。また、賠償義務者があり、かつ、判決又は裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が上記算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、その基準により算出された額のうち、訴訟費用等を除いた額となる。)から、人身傷害保険金の請求権者に対して自賠責保険によって支払われた金員等の既払額を差し引いた額とする。
  c)上記アの損害が生じたことにより人身傷害保険金の請求権者が損害賠償請求権その他の債権を取得し、その損害に対して参加人が支払った人身傷害保険金の額がその損害の額の全額に満たない場合には、上記債権の額から、人身傷害保険金が支払われていない損害の額を差し引いた額の限度で、上記債権は参加人に移転する(以下「本件代位条項」という。)。
 イ 参加人は、本件保険契約に基づき、本件事故によって生じた損害について、上告人らに対して人身傷害保険金を支払う義務を負うところ、本件保険契約における人身傷害保険金額は、3,000万円であり、本件約款所定の算定基準に従い算定される損害の額は、上記人身傷害保険金額を超えるものであった。

(5)人身傷害保険金の支払
 ア 参加人は、平成28年9月6日、上告人らに対し、8,640を支払った(以下、この支払金を「本件支払金1」という。)。また、参加人は、同年12月15日、上告人X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書1」という。)を受領し、同月28日、上告人らに対し、2,999万1,360を支払った(以下、この支払金を「本件支払金2」といい、本件支払金1と併せて「本件支払金1・2」という。)。
   本件仮協定書1には、
  a)参加人により支払われる保険金の合計3,000万円であり、これは自賠責保険の保険金を含む旨、
  b)今回支払われる保険金を受領することにより、本件事故を原因とする上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権上記保険金の額を限度として参加人に移転することを承認する旨、
  c)参加人が自賠責保険への精算を行った後に、精算額を限度として最終協定を行うことを認める旨の各記載があった。
  なお、本件支払金1・2についての上告人らの各受領額は、上告人X1が1、500万円、上告人子らが各500万円である。
 イ 参加人は、平成29年5月24日、本件事故について、被上告人Y1との間で自賠責保険の契約を締結していた保険会社から、損害賠償額の支払として3,000万円を受領した。
 ウ 参加人は、その後、上告人X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書2」という。)を受領し、平成29年11月17日、上告人らに対し、3,000万円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金3」といい、本件支払金1・2と併せて「本件各支払金」という。)。
   本件協定書2には、
   参加人により支払われる保険金の合計6,000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨のほか、上記アのb)及びc)と同様の記載があった。
   なお、本件支払金3についての上告人らの各受領額は、上告人X1が1、500万円、上告人子らが各500万円である。
 エ 参加人は、平成30年1月11日、本件事故について、被上告人Y2との間で自賠責保険の契約を締結していた保険会社から、損害賠償額の支払として3,000万円を受領した。
 オ 参加人は、本件各支払金の全額について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であるとして内部処理をしている。
   上告人らと参加人は、本件仮協定書1及び本件仮協定書2に記載された最終協定を締結していない。

(6)本件訴訟の経緯
   上告人ら(一審原告ら)が、本件訴訟を提起して、被上告人ら(一審被告ら)に対して、民法709条、719条等に基づき、損害賠償を求めた。
   これに対して、被上告人らは、本件各支払金の支払自賠責保険からの自動車損害賠償保障法16条1項に基づく損害賠償額の支払の立替払であるとして、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から上記金員に相当する額を全額控除すべきであると主張した(なお、仮に、上記金員の支払が本件保険契約に基づく人身傷害保険金としての支払であるとすると、本件代位条項によれば、上記金員の額と上告人らの被上告人らに対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、過失相殺前の損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、参加人が上記損害賠償請求権を保険代位により取得し、上告人らの上記損害賠償請求権の額が減少するにとどまることになる。)。
   原審(東京高裁令和3年11月17日判決)は、要旨次のとおり判断して、上告人X1の請求を、357万9,854円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容すべきものとし、上告人子らの各請求を、それぞれ、105万0,761円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容した。
   参加人は、上告人らに対し、自賠責保険からの損害賠償額の支払分を含めて参加人が一括して支払をすることとして本件各支払金を支払っており、その合計額(6,000万円)は本件保険契約における人身傷害保険金額(3,000万円)を超えるものであることに加え、参加人が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合計額と同額の6,000万円を受領したことや、参加人における内部処理の状況を考慮すれば、
   本件各支払金は、人身傷害保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと認められる。
   したがって、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から本件各支払金全額控除すべきである。
   これに対し、上告人らが、上告受理の申立てをした。


【争点】

   本件各支払金について、上告人らの損害賠償請求権の額から控除することができる額
   以下、裁判所の判断の概要を述べる。


【裁判所の判断】

(1)原審の判断のうち、本件支払金3に関する部分は是認することができるが、本件支払金1・2に関する部分是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 ア 判断枠組み
   本件約款によれば、人身傷害条項の適用対象となる事故によって生じた損害について参加人が保険金請求権者に支払う人身傷害保険金の額は、保険金請求権者が上記事故について自賠責保険から損害賠償額の支払を受けていないときには、上記損害賠償額を考慮することなく所定の基準に従って算定されるものとされている。
   このような約款が適用される自動車保険契約を締結した保険会社が、保険金請求権者に対し、人身傷害保険金として給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合には、保険金請求権者との間で、上記保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険からの損害賠償額の支払額を含めて一括して支払う旨の合意(以下「人傷一括払合意」という。)をしていたとしても、上記保険会社が支払った金員は、特段の事情のない限り、その全額について、上記保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものというべきである。
   なぜなら、上記の場合には、保険金請求権者としては上記保険会社が給付義務を負う人身傷害保険金が支払われたものと理解するのが通常であり、人傷一括払合意をしていたということだけで、上記金員に自賠責保険からの損害賠償額の支払分が含まれているとみるのは不自然、不合理であり(最高裁令和4年3月24日判決参照)、
   加えて、上記金員に自賠責保険からの損害賠償額の支払分が含まれていると解すると、保険金請求権者の有する損害賠償請求権の額から控除される額に差異が生ずる結果、遅延損害金等の額において保険金請求権者に不利益が生じ得ることをも考慮すると、
   上記金員は、他にその支払の趣旨について別異に解すべき特段の事情のない限り、人身傷害保険金として支払われたものと解するのが当事者の合理的意思に合致するものというべきである。
   このことは、上記保険会社が、保険金請求権者に対し、当初、上記人身傷害保険金額に相当する金額を支払い、その後、自賠責保険から損害賠償額の支払を受けて追加で金員を支払ったことにより、人身傷害保険金額を超える額の金員を支払うに至ったからといって、上記の当初支払分について、異なるものではない。
 イ 本件支払金1・2について
   これを本件についてみると、参加人が上告人らに対して支払った本件支払金1・2の額の合計は、参加人が本件保険契約に基づいて給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額である。
   そして、本件仮協定書1には、本件支払金1・2について、自賠責保険の保険金額を含む旨や、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権が本件支払金1・2の額を限度として参加人に移転することを承認する旨の記載があるものの、これらの記載は、本件代位条項を含む本件約款の内容も併せ考慮すると、参加人が人身傷害保険金の支払により本件代位条項に基づき保険代位することを承認する趣旨のものと解するのが相当であって、本件支払金1・2の支払について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であることを確認あるいは合意する趣旨を含むものと解することはできないし、他に、そのような趣旨を含む記載があることはうかがわれない。
   そのほか、参加人が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合意額と同額を受領したことや参加人おける内部処理の状況を踏まえても、本件支払金1・2について、人身傷害保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと解すべき特段の事情があるとはいえない。
   以上によれば、本件支払金1・2は、その全額について、本件保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものというべきであるから、参加人は、この支払により保険代位することができる範囲において、上告人らの被上告人らに足しうる損害賠償請求権を取得し、これにより上告人ら上記損害賠償請求権をその範囲で喪失したこととなる。
   したがって、本件支払金1・2については、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から、参加人が本件支払金1・2の支払により保険代位することができる範囲を超える額控除することはできないというべきである。
 ウ 本件支払金3について
   他方、本件約款によれば、参加人は、人身傷害保険金額を超えて人身傷害保険金を支払う義務を負わないから、本件支払金3は、人身傷害保険金として支払われたものでないことは明らかであり、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものというべきである。
   したがって、本件支払金3については、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額からその全額控除することができる
 ウ 小括
   以上によれば、原審の本件支払金3に関する判断は、正当として是認することができるが、本件支払金1・2に関する原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(2)上告人らが被上告人らに対して賠償請求することができる損害金の元本は、次のとおりである(いずれも弁護士費用相当額を除く。)。
 ア 上告人X1
  a)過失相殺後の上告人X1の損害賠償請求権に係る損害金元本の額である3,144万8,484と、本件支払金1・2のうち上告人X1が受領した1,500万円との合計額4,644万8,484は、過失相殺前の上告人X1の損害の額である4,492万6,406を上回り、参加人は、その上回る部分に相当する152万2,078円の範囲で、本件支払金2の支払時に上告人X1の上記損害金元本の支払請求権を保険代位により取得する。
(計算式)(3,144万8,484円+1,500万円)-4,492万6,406円=152万2,078円
   よって、上記金額の限度で上告人X1は上記請求権を失うから、上記金額を上記損害金元本の額から控除すべきであり、本件支払金2が支払われた後の上告人X1の損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、2,992万6,406となる。
(計算式)3,144万8,484円-152万2,078円=2,992万6,406円
  b)本件事故から上記の代位取得の日である本件支払金2の支払日までの遅延損害金は、105万5,394であり、上記支払日の翌日から本件支払金3の支払日までの遅延損害金は、132万8,206である。
   本件支払金3のうち上告人X1が受領した1,500万円は、上記各遅延損害金にまず充当され、その充当後の残額が上記損害金元本に充当される。
   そうすると、本件支払金3が支払われた後の上告人X1の損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、1,729万0,006となる。
(計算式)2,992万6,406円-{1,500万円―(105万5,394円+132万8,206円)}=1,729万0,006円
 イ 上告人子ら 略

(3)結論
   以上によれば、上告人X1の請求は、被上告人らに対し、1,901万0,006円(弁護士費用相当額172万円を含む。)及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、上告人子らの各請求は、それぞれ、被上告人らに対し、613万5,430円(弁護士費用相当額55万円を含む。)及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある(一部変更)。


【コメント】

   本裁判例は、保険会社が、保険金請求権者に対し、人身傷害保険金として給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合には、保険金請求権者との間で、上記保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険からの損害賠償額の支払額を含めて一括して支払う旨の合意(人傷一括払合意)をしていたとしても、上記保険会社が支払った金員は、特段の事情のない限り、その全額について人身傷害保険金として支払われたものと解すべき旨判示した事例です。
  上記の判示事項は、既に最高裁令和4年3月24日判決で示されていたところですが、本裁判例では、その理由として、「このことは、上記保険会社が、保険金請求権者に対し、当初、上記人身傷害保険金額に相当する金額を支払い、その後、自賠責保険から損害賠償額の支払を受けて追加で金員を支払ったことにより、人身傷害保険金額を超える額の金員を支払うに至ったからといって、上記の当初支払分について、異なるものではない。」との判示が付加されている点が注目されます。