東京地裁平成31年2月22日判決(自保ジャーナル2045号111頁)

自動二輪車を運転する原告は、必要がないのに急ブレーキをかけた結果、自車のコントロールを失って転倒したとして、原告に8割の過失を認めた事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成26年6月2日午後8時35分頃
 イ 発生場所 東京都世田谷区(地番略)先の交差点(以下「本件交差点」という。)
 ウ 原告車  原告運転の普通自動二輪車
 エ 被告車  被告運転の普通乗用自動車
 オ 事故態様 原告車が、片側1車線の道路(以下「本件道路」という。)を走行し、対面信号機の青色表示に従って本件交差点に直進入する際に、左方の交差道路(以下「本件交差道路」という。)から本件交差点に左折進入しようとした被告車との衝突を避けようとして転倒した(なお、被告車が交差点内に進入したかどうかは争いがある。)。

(2)原告(昭和43年7月生、本件事故時45歳。)は、本件事故により、右鎖骨骨折、右第2助骨骨折、右大腿部打撲等の傷害を負った。原告は、Bセンターその他の医療機関及びC整骨院に、平成26年6月2日から平成28年2月2日まで(注:症状固定後の通院を含む。)入通院した。
   Bセンターの医師は、平成27年1月30日、以下の内容を記載した後遺障害診断書を作成した。
 ア 症状固定日 平成27年1月14日
 イ 傷病名 右鎖骨骨折
 ウ 自覚症状 右鎖骨周囲しびれ、右小指前腕にしびれ、右手筋力低下
 エ 精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果 感覚神経伝達速度低下、MRIで右肩板部分断裂、右肩しびれ、右手筋力低下
 オ 関節機能障害 肩:屈曲 右100度、左180度 伸展 右30度、左50度

(3)原告は、平成27年12月4日、自賠責保険の後遺障害認定手続において、右肩関節の拘縮による可動域制限については後遺障害等級12級6号(1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの)に、右鎖骨周囲のしびれについては後遺障害等級14級9号(局部に神経症状を残すもの)に、それぞれ該当し(併合12級)、右小指及び前腕のしびれ、右手筋力低下については自賠責保険における後遺障害に該当しないと判断された。
   原告は、平成27年12月8日、自賠責保険金224万円の支払を受けた。


【争点】

(1)事故態様、双方の過失の有無及び割合(争点1)
(2)原告の損害(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、争点1に関する各当事者の主張は、以下のとおりである。
  (原告の主張)
   原告は、原告車を運転して本件道路を時速約50㎞で走行し、対面信号機の青色表示に従って本件交差点に進入しようとしていたが、被告車が本件交差道路上の横断歩道に車体前方がかかった位置に静止しているのを発見し、本件交差点に進入するために安全確認をしているものと考えて注視していた。そうしたところ、被告車が突然本件交差点に右折進入してきたため、原告は、被告車との衝突を避けるために急制動の措置を講じ、バランスを崩して転倒した。
  (被告の主張)
   被告は、被告車を運転して本件交差道路を走行し、本件交差点手前の停止線で一時停止して左右の安全確認をした上で、時速約5㎞で前進した時に、右方の本件道路から原告車がスピードを出して進行してくるのに気付き、本件交差道路上の横断歩道に車体が差し掛かる地点(注:本件交差点に進入する前の地点)で停止した。被告車は本件交差点に進入しておらず、原告車の進路にも進入していない。


【裁判所の判断】

(1)事故態様、双方の過失の有無及び割合(争点1)
 ア 認定事実
  a)本件道路は、制限速度が40㎞の片側1車線道路で、両側に外側線が引かれ、歩道が設置されている。走行車線(両側の外側線の間)の幅は対向2車線を合わせて6.1m、両側の外側線と歩道の間は各1.0m、原告車の進路左方の歩道の幅は約3.7mであって、本件交差点において対面に信号機が設置され、本件交差点手前の本件道路上には横断歩道及び停止線がある。
   本件交差道路は、制限速度が30㎞の道路で、両側に歩道が設置されている。車道の幅は4.9mであって本件交差点において対面に信号機はなく、一時停止の規制がされ、本件交差点手前の本件道路上には横断歩道及び停止線がある。
  b)被告は、平成26年6月2日午後8時35分頃、被告車を運転して本件交差道路を走行し、本件交差点に至った。被告は、本件交差点手前の停止線付近で停止した後、徐行して本件道路を走行する車両の動向を見ながら前進したが、その進路右方から本件道路を走行してくる原告車に気付いて停止した。被告車が停止した位置は、本件交差道路上の横断歩道から車体の前部が本件交差点側に約0.9m進入した地点であった。
  c)原告車は、その頃、原告車を運転し、本件道路をa方面からb方面に走行し、本件交差点に至った。原告は、時速約50㎞で走行し、対面信号機の青色表示に従って本件交差点に進入しようとしていたが、本件交差道路上の被告車を発見し、被告車が本件交差点に向かって進行してきたため、車線の中央付近を走行していた原告車の進路上に進入してくると考え、急ブレーキをかけて被告車との衝突を避けようとしたが、本件道路上の横断歩道及びマンホールで滑って転倒した。
 イ 被告は、本件交差点に進入する前の地点で停止したと主張し、平成26年6月14日に実施された実況見分では同様の指示説明をしているが、本件事故を目撃した第三者が、被告車は横断歩道寄り本件交差点側に進入していたと指示説明していることに反するものであるから、被告車の停止位置に関する被告の主張は採用することができない。
 ウ 以上の事実によれば、被告は、その進路右方から原告車が本件道路を走行してきて対面信号機の青色表示に従って本件交差点に進入しようとしているのに、本件交差点に被告車を進入させた過失があり、被告車が本件交差点に進入したことが原告車の転倒の誘因になったと認められる。
   もっとも、左右の見通しの悪い交差点において停止線で一時停止した後に交差道路の状況を見通すことができる位置まで前進すること自体は適切な運転であり、被告は、徐行して前進する間に原告車に気付いて、本件道路の走行車線の延長上にまでは至ることなく、被告車が横断歩道から本件交差点側に約0.9m進入した地点で被告車を停止させたのであるから、被告は一定の注意を払って進行していたといえる。
   他方で、原告は、制限速度を10㎞程度超過して走行してきた上、急ブレーキをかけたため、横断歩道及びマンホールで滑って転倒したものであるが、被告車は徐行して前進し、原告車の進路上にも走行車線にも進入することなく停止しているから、急ブレーキをかけて衝突を避ける必要はなかったといえる。そうすると、原告は、被告車が原告車の進路に進入してくると考え、必要がないのに急ブレーキをかけた結果、原告車のコントロールを失って転倒したといえるから、原告の過失は大きい。
 エ 前記の事故態様並びに過失の内容及び程度を考慮すると、本件事故については原告の過失が大きいというべきであるから、過失割合は、原告8割、被告2とするのが相当である。

(2)原告の損害(争点2)
 ア 治療費     560,525円
 イ 入院雑費      15,000円
 ウ 通院等交通費       34,249円
 エ 文書料      110,480円
 オ 逸失利益   16,780,750円
  a)基礎収入
   証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、
  ①原告が、本件事故当時、柔道整復師として、整骨院を経営し、平日の午前中は同院で施術を行うとともに、株式会社K(原告と代表取締役の2名で各50%出資して設立した訪問マッサージ業を目的とする株式会社である。)の取締役を務め、平日の午後は同社の会議に出席し、マッサージ師に対する施術指導を行っていたこと、
  ②原告の平成25年度の収入が青色申告特別控除前の事業所得46万6,017円及び役員報酬1,440万円であったこと、
  ③同社は、役員が原告と代表取締役の2名、正社員が8名(うちマッサージ師1名)、パートが3名(うちマッサージ師1名)、業務委託先のマッサージ師が23名であること、
  ④同社の代表取締役の報酬は年1,680万円であり、営業職及びマッサージ師に対する給与及び賞与は年500万円から580万円程度であったこと
が認められる。
   以上のことからすれば、株式会社Kの役員報酬1,440万円のうち労務対価分は600万円であると認められ、これと事業所得46万6,017円の合計額646万6,017円を基礎収入とするのが相当である。
  b)労働能力喪失率 14%
  c)労働能力喪失期間 22年間(対応するライプニッツ係数は13.1630)
 カ 入通院慰謝料  1,400,000円
 キ 後遺障害慰謝料    2,900,000円
 ク 小計       21,801,004円
 ケ 過失相殺    ▲17,440,803円(80%)
   コ 損害の填補   ▲1,908,506円
   損害後の残額  2,451,695円
   原告は、平成27年12月8日、自賠責保険金224万円の支払を受けたが、これはまず同日までの遅延損害金(33万1,494円)に充当され、その残額である190万8,506円が元本に充当される。
 サ 弁護士費用      240,000円
 シ 合計      2,691,695円

(3)結論
   原告の請求は、269万1,695円及びこれに対する平成27年12月9日(自賠責保険金の支払日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の限度で理由がある(一部認容)。


 

京都地裁平成30年2月28日判決(労働判例1177号19頁)

本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠け、人事権の濫用として無効であり、原告に対する不法行為を構成する旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、海運航空貨物取扱業、通関業等を業とする株式会社であり、香港にある○○ CHINA CO. LTD(以下「○○チャイナ」という。)の100%親会社である。
   原告は、昭和53年から被告に勤務し、平成25年2月26日に60歳の定年を迎えた後、嘱託社員として再雇用された。原告の再雇用後の賃金は月額23万3684円であった。

(2)被告の嘱託就業規則には、以下の定めがある。
   第9条 会社は、業務上必要がある場合、嘱託社員に配置転換、勤務場所の変更を命じることがある。
     2 前項の命令を受けた嘱託社員は、正当な理由なく、これを拒むことができない。

(3)原告は、平成25年12月1日、経営管理本部A監査室室長に異動した。そして、A監査室室長の任が他の嘱託社員に比べると重いことから、原告と被告との間では、平成25年12月26日、以下のとおり、「60歳再雇用に関する特約」が締結された(以下、この特約を「本件特約」という。)。
   第1条 会社は、A監査室室長の職責に対する対価として、室長に在籍する間、第2条に定める額を補填する。
   第2条 補てん額は、以下の額とする。 50,000円/月
   第3条 補てん額は、退職時に、補てん退職金として支給する。
   第4条 略
   第5条 補てんは、平成25年12月より開始する。

(4)原告は、平成27年1月6日、経理課のGが退社することになったことに関して、L経営管理本部長及びM関西営業本部長(注:これらの者は、被告の取締役らが、平成27年8月頃、○○チャイナの担当者であったIに指示して約1000万円を被告の取締役4名の個人口座に送金させたこと(以下「本件送金」という。)などに関して、原告と問題意識を共有していた。)に、「昨年H社(注:被告の重要顧客兼株主)に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」などと記載された社内メールを送った。

(5)被告は、①平成27年1月14日、同月15日付けで原告を経営管理本部本部長付参事A監査室室長から、経営管理本部本部長付参事に異動させる配転命令をし、②同月26日、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をした(以下、これらの配転命令を「本件配転命令」という。)。


【争点】

(1)本件配転命令が違法無効なものか。
 ア 原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるか。
 イ 本件配転命令につき、原告の同意があるか。
 ウ 本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものか。
(2)原告の損害額
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるかについて
   被告の嘱託就業規則には配置転換を命じる規定があることからすると、原告と被告との間で配置転換のない職種限定としての労働契約が締結されたと認め得るためには、就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情が必要であると解される。
   この点、平成26年11月2日付けの嘱託雇用契約書では、「従事すべき業務の内容」として「経営管理本部(本部長付)・A監査室(室長)関連業務およびそれに付随する業務全般」と記載されている。
   しかし、職種限定合意がない場合でも、労働契約書や労働条件通知書において、当面従事すべき業務を記載することは、通常行われることである。よって、上記の記載をもって、直ちに職種を限定する趣旨であると認めることはできない。むしろ、平成25年12月26日の本件特約では、退職金の補てんは、「室長に在籍する間」との限定を付していることからしても、原告がA監査室室長を離れる場合を念頭に置いていたものと認められる。
   したがって、原告と被告との労働契約において職種限定の合意があったとは認められないから、本件配転命令が労働契約に違反するとは認められない。 

(2)本件配転命令につき、原告の同意があるかについて
   原告は、平成27年1月16日にA監査室室長業務を外した嘱託契約書を、いったん持ち帰った後に署名捺印しており、同月26日には経営管理本部・本部長付としての業務の引継ぎもしている。
   しかし、被告では、既に既に同月14日付けで原告をA監査室室長から外す旨の配転命令を発しており、同月16日には原告が一度提出した始末書を書き直させることもしており、さらに原告は同月22日に労働組合に加入して本件配転命令の撤回を求めていることからすると、原告が同月16日に嘱託契約書に署名捺印したのは、本件配転命令に不服があったものの、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   また、被告では、同月26日に、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をしたのであるから、それに基づいて原告が引き継ぎをしたことについても、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   そして、配転命令が、その本来の適法性いかんにかかわらず、労働者の同意によって有効とされるためには、配転命令が違法なものであってもその瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意であることを要すると解するのが相当であるから、本件では、原告がこのような同意をしたとは認められない。
   したがって、本件配転命令が原告の同意を理由に有効であるとは認められない。

(3)本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものかについて
 ア 使用者の就業規則に従業員を配置転換させることができる旨の規定がある場合、使用者は、職種や勤務場所の限定がない限り、業務上の必要に応じ、個別同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有するが、配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解され、その場合の業務上の必要性については、企業の合理的運営に寄与する点があれば、業務上の必要性が肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件・労働判例477号6頁参照)。
 イ まず、原告は、本件配転命令は、原告がA監査室室長として被告の取締役らの不正を調査することを妨害する目的でされたものであると主張する。
   しかし、被告は、原告がA監査室室長に就任する以前に、顧問会計士や社外監査役からの指摘をきっかけに、顧問の会計士とも相談して、本件送金をめぐる税務会計上の処理と役員個人の税務申告を終え、それが反映された株主総会決議を経ているのであるし、原告の調査が特段進展していたわけでもないから、被告の役員らの主観として、原告の調査を妨害する必要を感じていたとは考えがたいところである。
   したがって、本件配転命令が不当な目的によるものとは認められない。
 ウ 次に、本件配転命令の業務上の必要性について検討する。
  a)この点、被告は、以下の事実を挙げて、原告がA監査室室長としては不適格であると判断したと主張する。
  ・原告は、平成25年3月頃、根拠不明の役員批判の電子メールを社内で送信したことで、始末書を提出した。
  ・原告は、同年12月頃、Fとの間で業務時間中に業務と直接関係のない私用メールをくり返しやりとりしていた。
  ・原告は、平成27年1月6日頃、他の従業員に対し、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から、現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けた旨の、被告の財政不安を煽る虚偽の内容の電子メールを就業時間中に送信していた.
  b)しかし、まず、平成25年3月頃の役員批判の電子メールの送信は、それにもかかわらず、被告は原告をA監査室室長の地位に就けているのであるから、A監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものではなかったと認められる。
   また、同年12月頃のFとの私用メールのやりとりについても、その内容は不明であるから、それがA監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものとは認められない。
  c)そこで、平成27年1月頃の社内メールの件について検討する。
   この社内メールでは、「昨年H社に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」と記載されており、その趣旨は、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けたというものであると認められる。しかし、被告は役員賞与が支給できない状況ではあったものの、資金繰りに問題が生じるほどの状況であったことをうかがわせる証拠はない。また、原告本人は、このような発言をH社の社員から聞いたと供述するが、その氏名も明らかでなく、それを否認する被告代表者の供述からすると、そのような事実はなかったと認められる。そうすると、原告の上記社内メールの内容は、根拠のないものであったと認められる。
   しかし、原告がこの社内メールを送信した相手は、元経営管理本部長のLと元関西営業本部本部長のMといった元上級幹部2名のみであり、社内事情にも相応に通じていると考えられる者のみであるし、被告の手持ち現金の多寡は、決算書を見れば容易に判明するのであるから、この社内メールで原告が被告の財務事情が悪いとの噂を社内に広めたとは認められない。確かに、この社内メールは業務時間中に作成されているものではあるが、根拠を欠くとはいえ、社内状況を憂える内容でもあるから、直ちに私用とも言い難いものである。
   そうすると、A監査室室長の地位が、被告の業務の内部監査と社員の研修を行う立場にあることを考慮しても、この社内メールをもって原告がA監査室室長として不適格であると認定することは、いささか早計に過ぎるというべきである。
   そして、原告をA監査室室長から外すことにより、原告が本件特約による退職金の補てん措置の対象外となることを考慮すると、本件配転命令は実質的に減給措置を伴うものといえ、原告に経済的な不利益を及ぼすものでもある。
   これらの点を考慮すると、本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠けるというべきである。
 エ したがって、本件配転命令は、人事権の濫用として無効であり、被告がそれを強行したことは、原告に対する不法行為を構成すると認めるのが相当である。

(4)結論
   原告の本件請求は、不法行為に基づき214万5000円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


 

大阪高裁平成31年1月31日判決(労働判例1219号32頁)

1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったとして、民法722条2項の類推適用による減額をしなかった事例(上告後上告不受理)


【事案の概要】

(1)1審原告(昭和51年〇月生・男性)は、平成21年7月25日、訴外B株式会社(以下「B社」という。)の「〇〇店」(以下「本件店舗」という。)のアルバイトとして採用され、同年8月1日、正社員となった。その後、B社が1審被告に吸収合併されたため、1審被告の社員となった。
   A班長(昭和54年〇月生)は、平成21年12月に1審被告に入社し、平成24年4月、本件店舗に転入した。

(2)A班長は、ホールスタッフが全員装着しているインカムを通じて、従業員やアルバイトに対し、大声でミスを指摘したり、激しく叱責した。A班長は、注意の口調が厳しいばかりか、注意を受けた者が言い訳をすると、激昂して、「帰るか。」「しばくぞ。」「殺すぞ。」といった発言をした。1審原告が、平成24年5月か6月、A班長に対し、上記のような指導方法は適切でないと述べた。すると、A班長は、その後、1審原告を個人的に攻撃対象とするようになった(詳細略)。

(3)1審原告は、平成24年10月2日勤務終了後から不眠状態となった。1審原告は、同月6日、意欲減退、倦怠感、食欲不振、睡眠障害を訴えて、E病院を受診し、うつ病と診断された。1審原告は、同日付診断書を1審被告に提出し、同日から1審被告を休職した。その後、1審原告は、平成25年1月31日付け退職届を1審被告に提出した。

(4)北大阪労働基準監督署長は、平成25年10月11日、1審原告のうつ病発症に1審被告における業務起因性を認め、平成24年10月6日から平成25年9月30日までの間の休業補償給付190万0311円(給付基礎日額8872円・休業補償給付金日額5323円)の支給決定をした。
   その後も、休業補償給付金の支給は継続され、1審の口頭弁論終結日である平成30年3月27日までに1審原告が受領した休業補償給付金額は合計1056万5914円となった。

(5)原判決(大阪地裁平成30年5月29日判決・労働判例1210号43頁)は、1審原告の本件請求を、572万3434円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却したため、双方が控訴を提起した。


【争点】

(1)A班長のパワハラの有無(争点1)
(2)D店長によるパワハラ容認の有無(争点2)
(3)原告のうつ病の状態(治癒の有無)(争点3)
(4)上記(1)(2)と原告のうつ病との因果関係の有無(素因減額の当否を含む)(争点4)
(5)被告の法的責任の有無(争点5)
(6)原告の損害(争点6)
   以下、争点4(因果関係)のうち、素因減額の当否についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、A班長のパワハラ行為(争点1)及び素因減額の当否(争点4)に関して、1審は、以下のとおり判示した。
 ア A班長のパワハラ行為について
   「原告のうつ病発症前6か月間を検討するに、平成24年4月に本件店舗に転入したA班長は、原告の勤務態度を問題視して降格的配置をしたり、叱責を繰り返したばかりか、とりわけ、同年7月15日、本件店舗の経験の長い原告がA班長と対立した際には、「お前もほんまにいらんから帰れ。迷惑なんじゃ。」と発言して、パチンコ台の鍵を取り上げようとし、同年9月6日には、「お前をやめさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としていないんじゃ。」と発言して、スピーカー線破損の始末書作成を強要し、同年10月2日には些細な指示命令違反の有無を捉えて、「嘘つけ。お前いうこと聞かんし。そんなんやったらいらんから帰れや。」と発言した上、反抗に対する懲罰として、原告を1時間にわたって、カウンター横に立たせたこと(以下「本件パワハラ行為」という。)は、業務指導の域を超えた原告に対する嫌がらせ、いじめに該当し、その発言は、原告の人格を否定するような内容であって、パワハラに該当する。」
 イ 素因減額の当否について
   「ストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、前記1(1)の認定事実(略)によれば、原告とA班長は常時同勤ではなかったこと(勤務時間が重なるのは半分程度)、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度とまではいえないこと、更には、原告のうつ病は既に5年半に及ぶも改善の目途が立っていないことが認められ、これらの事実によれば、個体側の脆弱性がうつ病発症及び長期化の素因となっているものというべきであって、それは、損害賠償額の認定に当たっては衡平の観点から斟酌すべきであって、民法722条2項の類推適用により、原告の損害からは、25%の減額を行うのが相当である。」


【裁判所の判断】

(1)素因減額の当否について
 ア 本件のように、上司からパワーハラスメントを受け、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求においても、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生または拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で考慮することができると解される。
   しかし、企業等に雇用される労働者の性格等は多様のものであるところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格等が当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができ、しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するかどうかを判断して、その配置先、遂行すべき業の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格を考慮することができるものである。
   したがって、労働者の性格が、上記同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、上司からパワーハラスメントを受けて、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として考慮することはできないというべきである(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件・労働判例779号13頁参照)。
 イ これを本件についてみるに、本件全証拠によっても、1審原告の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできない。
 ウ これに対し、1審被告は、本件では、以下のとおり、1審原告については80%の素因減額を行うべきであると種々主張するが、1審被告のこれらの主張は採用することができない。その理由は、以下のとおりである。
  a)1審原告は、いわゆるストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、1審原告が本件パワハラの違法性の程度に比し、長期間にわたり就労不能の状態が継続していることには、1審原告の脆弱性が大きく寄与していると主張する。
   そして、1審原告とA班長とは、週6日勤務のうち、一緒に勤務していたのが3日程度であって、常時一緒に勤務していたものではなかったこと、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度であったとまではいえないこと、1審原告のうつ病は、発症後平成30年3月27日の原審口頭弁論終結時まで、既に約5年6月以上に及んでいるにもかかわらず、改善の目途が立っていないことが認められる。これによれば、1審原告の性格等がうつ病発症及び長期化の素因の一部となっていることは、否定し難いところといわざるを得ない。
   しかし、1審原告の性格等が、パチンコ店のホールスタッフとして、接客業務や清掃当の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであることを適格に認めるに足る証拠はない。かえって、大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は1審原告の個体側の要因は、調査の範囲内では「不明」であるとしているほか、証拠(略)によれば、同部会の専門医の意見として、「性格傾向については、本人の申立書によると、『温厚で、他人に気をつかう事が多い。』と記されている。I(1審原告の同僚)の聴取書によると、『落ち着いているという印象です。』と述べ、F(注:平成24年8月19日にA班長からパワハラ行為を受けたことを契機に退職した、1審原告の同僚)の陳述書によると、『きちんと常識を持った普通の方だと思います。』と述べている。その他、既往歴、生活史(社会適応状況)、アルコール等依存状況については、調査した範囲内では不明であると言わざるを得ない。」としており、上記各聴取書には、現にそのような記載があることに照らせば、1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったと認められる。
  b)1審被告は、1審原告は、就労不能とされている期間中に麻雀大会で優勝等したほか、種々の事情が存しており、こうした業務遂行の態様や生活態度も、1審原告のうつ病に寄与していると考えらえると主張する。
   そして、1審原告は、本件発症後、うつ病が継続中の平成27年5月に、以前の勤務先(注:1審原告は、平成13年2月から約5年2か月間、有限会社G(麻雀店経営)に勤務した。)等が主催する麻雀大会で優勝するなどの好成績をおさめたことが認められる。
   しかし、その他1審被告が指摘する各事情(①本件店舗従業員で1審原告以外にうつ病を発症した者はいないこと、②超過勤務の不存在、③麻雀等、私生活における睡眠不足、④労災申請書に、それまでE病院でも訴えていなかった「希死念慮」を記載するなどの虚偽の記載をしたこと、⑤妻との不仲(注:1審原告は、平成21年11月、婚姻し、平成23年には長女が生まれたが、休職開始後の平成24年12月からは、子供のため、妻子は近隣の妻の実家暮らしを始めた。)等)については、いずれもこれを適確に認めるに足りる証拠はない。また、上記事情のうち、②及び④については、強い心理的負担の有無とは直接関係がないというべきである。
 エ 以上によれば、1審原告の性格等をその脆弱性として、民法722条2項の類推適用により、その損害額から減額することは相当ではないというべきである。

(2)結論
   1審原告の本件請求は、1116万9214円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却すべきであり、これと異なる原判決は失当であるから、1審原告の控訴に基づき、これを上記のとおり変更し、1審被告の控訴は理由がないから、これを棄却する。