京都地裁平成30年2月28日判決(労働判例1177号19頁)

本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠け、人事権の濫用として無効であり、原告に対する不法行為を構成する旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、海運航空貨物取扱業、通関業等を業とする株式会社であり、香港にある○○ CHINA CO. LTD(以下「○○チャイナ」という。)の100%親会社である。
   原告は、昭和53年から被告に勤務し、平成25年2月26日に60歳の定年を迎えた後、嘱託社員として再雇用された。原告の再雇用後の賃金は月額23万3684円であった。

(2)被告の嘱託就業規則には、以下の定めがある。
   第9条 会社は、業務上必要がある場合、嘱託社員に配置転換、勤務場所の変更を命じることがある。
     2 前項の命令を受けた嘱託社員は、正当な理由なく、これを拒むことができない。

(3)原告は、平成25年12月1日、経営管理本部A監査室室長に異動した。そして、A監査室室長の任が他の嘱託社員に比べると重いことから、原告と被告との間では、平成25年12月26日、以下のとおり、「60歳再雇用に関する特約」が締結された(以下、この特約を「本件特約」という。)。
   第1条 会社は、A監査室室長の職責に対する対価として、室長に在籍する間、第2条に定める額を補填する。
   第2条 補てん額は、以下の額とする。 50,000円/月
   第3条 補てん額は、退職時に、補てん退職金として支給する。
   第4条 略
   第5条 補てんは、平成25年12月より開始する。

(4)原告は、平成27年1月6日、経理課のGが退社することになったことに関して、L経営管理本部長及びM関西営業本部長(注:これらの者は、被告の取締役らが、平成27年8月頃、○○チャイナの担当者であったIに指示して約1000万円を被告の取締役4名の個人口座に送金させたこと(以下「本件送金」という。)などに関して、原告と問題意識を共有していた。)に、「昨年H社(注:被告の重要顧客兼株主)に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」などと記載された社内メールを送った。

(5)被告は、①平成27年1月14日、同月15日付けで原告を経営管理本部本部長付参事A監査室室長から、経営管理本部本部長付参事に異動させる配転命令をし、②同月26日、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をした(以下、これらの配転命令を「本件配転命令」という。)。


【争点】

(1)本件配転命令が違法無効なものか。
 ア 原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるか。
 イ 本件配転命令につき、原告の同意があるか。
 ウ 本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものか。
(2)原告の損害額
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるかについて
   被告の嘱託就業規則には配置転換を命じる規定があることからすると、原告と被告との間で配置転換のない職種限定としての労働契約が締結されたと認め得るためには、就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情が必要であると解される。
   この点、平成26年11月2日付けの嘱託雇用契約書では、「従事すべき業務の内容」として「経営管理本部(本部長付)・A監査室(室長)関連業務およびそれに付随する業務全般」と記載されている。
   しかし、職種限定合意がない場合でも、労働契約書や労働条件通知書において、当面従事すべき業務を記載することは、通常行われることである。よって、上記の記載をもって、直ちに職種を限定する趣旨であると認めることはできない。むしろ、平成25年12月26日の本件特約では、退職金の補てんは、「室長に在籍する間」との限定を付していることからしても、原告がA監査室室長を離れる場合を念頭に置いていたものと認められる。
   したがって、原告と被告との労働契約において職種限定の合意があったとは認められないから、本件配転命令が労働契約に違反するとは認められない。 

(2)本件配転命令につき、原告の同意があるかについて
   原告は、平成27年1月16日にA監査室室長業務を外した嘱託契約書を、いったん持ち帰った後に署名捺印しており、同月26日には経営管理本部・本部長付としての業務の引継ぎもしている。
   しかし、被告では、既に既に同月14日付けで原告をA監査室室長から外す旨の配転命令を発しており、同月16日には原告が一度提出した始末書を書き直させることもしており、さらに原告は同月22日に労働組合に加入して本件配転命令の撤回を求めていることからすると、原告が同月16日に嘱託契約書に署名捺印したのは、本件配転命令に不服があったものの、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   また、被告では、同月26日に、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をしたのであるから、それに基づいて原告が引き継ぎをしたことについても、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   そして、配転命令が、その本来の適法性いかんにかかわらず、労働者の同意によって有効とされるためには、配転命令が違法なものであってもその瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意であることを要すると解するのが相当であるから、本件では、原告がこのような同意をしたとは認められない。
   したがって、本件配転命令が原告の同意を理由に有効であるとは認められない。

(3)本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものかについて
 ア 使用者の就業規則に従業員を配置転換させることができる旨の規定がある場合、使用者は、職種や勤務場所の限定がない限り、業務上の必要に応じ、個別同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有するが、配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解され、その場合の業務上の必要性については、企業の合理的運営に寄与する点があれば、業務上の必要性が肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件・労働判例477号6頁参照)。
 イ まず、原告は、本件配転命令は、原告がA監査室室長として被告の取締役らの不正を調査することを妨害する目的でされたものであると主張する。
   しかし、被告は、原告がA監査室室長に就任する以前に、顧問会計士や社外監査役からの指摘をきっかけに、顧問の会計士とも相談して、本件送金をめぐる税務会計上の処理と役員個人の税務申告を終え、それが反映された株主総会決議を経ているのであるし、原告の調査が特段進展していたわけでもないから、被告の役員らの主観として、原告の調査を妨害する必要を感じていたとは考えがたいところである。
   したがって、本件配転命令が不当な目的によるものとは認められない。
 ウ 次に、本件配転命令の業務上の必要性について検討する。
  a)この点、被告は、以下の事実を挙げて、原告がA監査室室長としては不適格であると判断したと主張する。
  ・原告は、平成25年3月頃、根拠不明の役員批判の電子メールを社内で送信したことで、始末書を提出した。
  ・原告は、同年12月頃、Fとの間で業務時間中に業務と直接関係のない私用メールをくり返しやりとりしていた。
  ・原告は、平成27年1月6日頃、他の従業員に対し、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から、現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けた旨の、被告の財政不安を煽る虚偽の内容の電子メールを就業時間中に送信していた.
  b)しかし、まず、平成25年3月頃の役員批判の電子メールの送信は、それにもかかわらず、被告は原告をA監査室室長の地位に就けているのであるから、A監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものではなかったと認められる。
   また、同年12月頃のFとの私用メールのやりとりについても、その内容は不明であるから、それがA監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものとは認められない。
  c)そこで、平成27年1月頃の社内メールの件について検討する。
   この社内メールでは、「昨年H社に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」と記載されており、その趣旨は、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けたというものであると認められる。しかし、被告は役員賞与が支給できない状況ではあったものの、資金繰りに問題が生じるほどの状況であったことをうかがわせる証拠はない。また、原告本人は、このような発言をH社の社員から聞いたと供述するが、その氏名も明らかでなく、それを否認する被告代表者の供述からすると、そのような事実はなかったと認められる。そうすると、原告の上記社内メールの内容は、根拠のないものであったと認められる。
   しかし、原告がこの社内メールを送信した相手は、元経営管理本部長のLと元関西営業本部本部長のMといった元上級幹部2名のみであり、社内事情にも相応に通じていると考えられる者のみであるし、被告の手持ち現金の多寡は、決算書を見れば容易に判明するのであるから、この社内メールで原告が被告の財務事情が悪いとの噂を社内に広めたとは認められない。確かに、この社内メールは業務時間中に作成されているものではあるが、根拠を欠くとはいえ、社内状況を憂える内容でもあるから、直ちに私用とも言い難いものである。
   そうすると、A監査室室長の地位が、被告の業務の内部監査と社員の研修を行う立場にあることを考慮しても、この社内メールをもって原告がA監査室室長として不適格であると認定することは、いささか早計に過ぎるというべきである。
   そして、原告をA監査室室長から外すことにより、原告が本件特約による退職金の補てん措置の対象外となることを考慮すると、本件配転命令は実質的に減給措置を伴うものといえ、原告に経済的な不利益を及ぼすものでもある。
   これらの点を考慮すると、本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠けるというべきである。
 エ したがって、本件配転命令は、人事権の濫用として無効であり、被告がそれを強行したことは、原告に対する不法行為を構成すると認めるのが相当である。

(4)結論
   原告の本件請求は、不法行為に基づき214万5000円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


 

大阪高裁平成31年1月31日判決(労働判例1219号32頁)

1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったとして、民法722条2項の類推適用による減額をしなかった事例(上告後上告不受理)


【事案の概要】

(1)1審原告(昭和51年〇月生・男性)は、平成21年7月25日、訴外B株式会社(以下「B社」という。)の「〇〇店」(以下「本件店舗」という。)のアルバイトとして採用され、同年8月1日、正社員となった。その後、B社が1審被告に吸収合併されたため、1審被告の社員となった。
   A班長(昭和54年〇月生)は、平成21年12月に1審被告に入社し、平成24年4月、本件店舗に転入した。

(2)A班長は、ホールスタッフが全員装着しているインカムを通じて、従業員やアルバイトに対し、大声でミスを指摘したり、激しく叱責した。A班長は、注意の口調が厳しいばかりか、注意を受けた者が言い訳をすると、激昂して、「帰るか。」「しばくぞ。」「殺すぞ。」といった発言をした。1審原告が、平成24年5月か6月、A班長に対し、上記のような指導方法は適切でないと述べた。すると、A班長は、その後、1審原告を個人的に攻撃対象とするようになった(詳細略)。

(3)1審原告は、平成24年10月2日勤務終了後から不眠状態となった。1審原告は、同月6日、意欲減退、倦怠感、食欲不振、睡眠障害を訴えて、E病院を受診し、うつ病と診断された。1審原告は、同日付診断書を1審被告に提出し、同日から1審被告を休職した。その後、1審原告は、平成25年1月31日付け退職届を1審被告に提出した。

(4)北大阪労働基準監督署長は、平成25年10月11日、1審原告のうつ病発症に1審被告における業務起因性を認め、平成24年10月6日から平成25年9月30日までの間の休業補償給付190万0311円(給付基礎日額8872円・休業補償給付金日額5323円)の支給決定をした。
   その後も、休業補償給付金の支給は継続され、1審の口頭弁論終結日である平成30年3月27日までに1審原告が受領した休業補償給付金額は合計1056万5914円となった。

(5)原判決(大阪地裁平成30年5月29日判決・労働判例1210号43頁)は、1審原告の本件請求を、572万3434円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却したため、双方が控訴を提起した。


【争点】

(1)A班長のパワハラの有無(争点1)
(2)D店長によるパワハラ容認の有無(争点2)
(3)原告のうつ病の状態(治癒の有無)(争点3)
(4)上記(1)(2)と原告のうつ病との因果関係の有無(素因減額の当否を含む)(争点4)
(5)被告の法的責任の有無(争点5)
(6)原告の損害(争点6)
   以下、争点4(因果関係)のうち、素因減額の当否についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、A班長のパワハラ行為(争点1)及び素因減額の当否(争点4)に関して、1審は、以下のとおり判示した。
 ア A班長のパワハラ行為について
   「原告のうつ病発症前6か月間を検討するに、平成24年4月に本件店舗に転入したA班長は、原告の勤務態度を問題視して降格的配置をしたり、叱責を繰り返したばかりか、とりわけ、同年7月15日、本件店舗の経験の長い原告がA班長と対立した際には、「お前もほんまにいらんから帰れ。迷惑なんじゃ。」と発言して、パチンコ台の鍵を取り上げようとし、同年9月6日には、「お前をやめさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としていないんじゃ。」と発言して、スピーカー線破損の始末書作成を強要し、同年10月2日には些細な指示命令違反の有無を捉えて、「嘘つけ。お前いうこと聞かんし。そんなんやったらいらんから帰れや。」と発言した上、反抗に対する懲罰として、原告を1時間にわたって、カウンター横に立たせたこと(以下「本件パワハラ行為」という。)は、業務指導の域を超えた原告に対する嫌がらせ、いじめに該当し、その発言は、原告の人格を否定するような内容であって、パワハラに該当する。」
 イ 素因減額の当否について
   「ストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、前記1(1)の認定事実(略)によれば、原告とA班長は常時同勤ではなかったこと(勤務時間が重なるのは半分程度)、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度とまではいえないこと、更には、原告のうつ病は既に5年半に及ぶも改善の目途が立っていないことが認められ、これらの事実によれば、個体側の脆弱性がうつ病発症及び長期化の素因となっているものというべきであって、それは、損害賠償額の認定に当たっては衡平の観点から斟酌すべきであって、民法722条2項の類推適用により、原告の損害からは、25%の減額を行うのが相当である。」


【裁判所の判断】

(1)素因減額の当否について
 ア 本件のように、上司からパワーハラスメントを受け、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求においても、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生または拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で考慮することができると解される。
   しかし、企業等に雇用される労働者の性格等は多様のものであるところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格等が当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができ、しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するかどうかを判断して、その配置先、遂行すべき業の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格を考慮することができるものである。
   したがって、労働者の性格が、上記同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、上司からパワーハラスメントを受けて、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として考慮することはできないというべきである(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件・労働判例779号13頁参照)。
 イ これを本件についてみるに、本件全証拠によっても、1審原告の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできない。
 ウ これに対し、1審被告は、本件では、以下のとおり、1審原告については80%の素因減額を行うべきであると種々主張するが、1審被告のこれらの主張は採用することができない。その理由は、以下のとおりである。
  a)1審原告は、いわゆるストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、1審原告が本件パワハラの違法性の程度に比し、長期間にわたり就労不能の状態が継続していることには、1審原告の脆弱性が大きく寄与していると主張する。
   そして、1審原告とA班長とは、週6日勤務のうち、一緒に勤務していたのが3日程度であって、常時一緒に勤務していたものではなかったこと、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度であったとまではいえないこと、1審原告のうつ病は、発症後平成30年3月27日の原審口頭弁論終結時まで、既に約5年6月以上に及んでいるにもかかわらず、改善の目途が立っていないことが認められる。これによれば、1審原告の性格等がうつ病発症及び長期化の素因の一部となっていることは、否定し難いところといわざるを得ない。
   しかし、1審原告の性格等が、パチンコ店のホールスタッフとして、接客業務や清掃当の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであることを適格に認めるに足る証拠はない。かえって、大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は1審原告の個体側の要因は、調査の範囲内では「不明」であるとしているほか、証拠(略)によれば、同部会の専門医の意見として、「性格傾向については、本人の申立書によると、『温厚で、他人に気をつかう事が多い。』と記されている。I(1審原告の同僚)の聴取書によると、『落ち着いているという印象です。』と述べ、F(注:平成24年8月19日にA班長からパワハラ行為を受けたことを契機に退職した、1審原告の同僚)の陳述書によると、『きちんと常識を持った普通の方だと思います。』と述べている。その他、既往歴、生活史(社会適応状況)、アルコール等依存状況については、調査した範囲内では不明であると言わざるを得ない。」としており、上記各聴取書には、現にそのような記載があることに照らせば、1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったと認められる。
  b)1審被告は、1審原告は、就労不能とされている期間中に麻雀大会で優勝等したほか、種々の事情が存しており、こうした業務遂行の態様や生活態度も、1審原告のうつ病に寄与していると考えらえると主張する。
   そして、1審原告は、本件発症後、うつ病が継続中の平成27年5月に、以前の勤務先(注:1審原告は、平成13年2月から約5年2か月間、有限会社G(麻雀店経営)に勤務した。)等が主催する麻雀大会で優勝するなどの好成績をおさめたことが認められる。
   しかし、その他1審被告が指摘する各事情(①本件店舗従業員で1審原告以外にうつ病を発症した者はいないこと、②超過勤務の不存在、③麻雀等、私生活における睡眠不足、④労災申請書に、それまでE病院でも訴えていなかった「希死念慮」を記載するなどの虚偽の記載をしたこと、⑤妻との不仲(注:1審原告は、平成21年11月、婚姻し、平成23年には長女が生まれたが、休職開始後の平成24年12月からは、子供のため、妻子は近隣の妻の実家暮らしを始めた。)等)については、いずれもこれを適確に認めるに足りる証拠はない。また、上記事情のうち、②及び④については、強い心理的負担の有無とは直接関係がないというべきである。
 エ 以上によれば、1審原告の性格等をその脆弱性として、民法722条2項の類推適用により、その損害額から減額することは相当ではないというべきである。

(2)結論
   1審原告の本件請求は、1116万9214円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却すべきであり、これと異なる原判決は失当であるから、1審原告の控訴に基づき、これを上記のとおり変更し、1審被告の控訴は理由がないから、これを棄却する。


 

東京地裁平成29年3月13日判決(労働判例1189号129頁)

労働者が、違法な退職強要行為によりうつ病を悪化させた場合、労働基準法19条1項の趣旨から、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告(昭和39年〇月生)は、平成14年6月に資格取得講座を開設する会社を退職後、非正規社員として稼働しながら、税理士の資格取得を目指して勉強を続けていた。そして、原告と株式会社E(以下「被告会社」という。)は、平成25年3月4日、被告会社の顧問であるK公認会計士(以下「K会計士」という。)の紹介で、同年1月1日付けで、期限の定めのない雇用契約を締結した。
   被告会社は、介護保険法に基づく居宅サービス事業等を目的とする会社である。被告会社は、本社に総務部、経理部等を置くほか、首都圏を中心に合計21箇所の事業所を設置している。

(2)原告は、被告会社に入社後、主としてCの指導の下、同人とともに、帳簿入力その他の経理業務を行っていたが、仕事の覚えは芳しいものではなかった。また、原告は、Cが平成25年6月17日から産休に入ったため、上記業務を概ね1人で担当することとなったが、その処理に誤りが多いことから、同年7月頃からは、FやAらが原告の経理業務を補助したり確認したりするようになった。原告は、この頃から、勤務中に過呼吸状態になることや精神状態が不安定になることがあり、応接室で横になって休憩することもあった。
   原告は、平成25年秋頃から平成26年3月にかけて、Fらから従前の経理業務のほかに、銀行とのファクタリング契約の更新手続その他の業務を指示され、これを行った。しかし、原告の経理業務には、処理の誤りなどが多く、Fがこれについて注意指導しても改められず、同様の誤りを繰り返していた。
   原告は、平成26年1月6日、本社が暫く休業していたため、通常よりも多量な経理業務を処理していたところ、不安、めまい、ふるえ、過呼吸等の症状が出たため早退した。原告は、同月8日、D医師の診察を受けたところ、同医師の診断は、ごく軽症であって就労継続も可能というものであった(なお、原告の傷病手当金の支給申請書におけるD医師の意見欄では、原告のうつ病発症時期は、平成26年1月頃とされている。)。しかし、原告は、同月13日頃にも、勤務時間中に無意識に上体を大きく回すなど精神的に不安定な状態が続いていた。

(3)原告は、平成26年1月頃から同年3月頃までの間、種々の業務上のミスを発生させた。そこで、被告会社は、平成26年5月初め頃、原告を経理業務の主担当から外し、これを同年4月21日に育休から復帰したCと経理業務の経験がある派遣社員のJに行わせ、原告については、経理業務の補助と電話対応業務等を行わせることとした上、同年5月8日、原告に対し、経理業務に使用するパソコンが設置されている席から他の席への移動を命じた(本件配転命令1)。
   被告会社の代表取締役である被告乙は、平成26年5月21日、原告に対し、「もう経理の仕事はない。自分で何ができるか考えろ。」などと述べた(本件退職強要行為1)。このような状況の元、原告は、同月26日以降、出勤をせず、L弁護士に被告会社との交渉を委任した。L弁護士は、同年6月11日、被告会社に対し、原告に対する退職強要行為を止め、経理業務に復帰させるよう要求した。これを受けて、Bは、L弁護士との間で、復帰後に原告が担当する業務内容等について相談をした。
   被告乙、B及びAは、平成26年6月16日、原告と面談した。この際、被告乙は、原告に対し、時折大声を出して一方的に捲し立てた。また、Bは、原告に、今後の業務内容等についての誓約書を書かせた(本件退職強要行為2)。

(4)被告会社が、平成26年6月17日以降、原告に対し、預金口座の残高確認等の業務をさせていたところ、Aは、同年8月12日、原告に対し、被告会社が計画中であった立川分社化パイロットプロジェクトに関するレポート(以下「本件レポート」という。)を1週間以内に提出するよう命じた。原告は、K会計士からの助言も参考として、同月19日、A及びBに対し、本件レポートを提出した。
   A及びBは、同日、原告と面談した。この際、A及びBは、原告に対し、本件レポートの内容が分かりにくいなどと述べるとともに、「お願いしている方が間違い?」、「ご自分でこれはできるというのはないんですか。」などと述べた。原告は、「掃除とかですね、皿洗いとかできるかなと。」などと述べた(本件退職強要行為3)。
   A及びBは、平成26年8月26日、原告と面談を行った。この際、Aは、原告に対し、同人を同年9月1日付けで立川事業所に異動させ、清掃スタッフとして介護施設等の清掃業務に従事させるとともに(本件配転命令2)、その雇用条件を正社員からパート社員に変更するとの提案をした上で(本件雇用条件変更)、同月28日午後3時までに回答をもらうこととして面談を終了した(本件退職強要行為4)。

(5)原告は、平成26年8月27日、D医師の診察を受け、病名「うつ病」、同年1月頃より不安、めまい、ふるえ、過呼吸、職場の対人関係の葛藤等があり、同月8日に同院を初診、精神症状が改善しないため、同年8月27日より向後1か月間の自宅療養と外来通院治療を必要とするとの診断を受けた。
   原告は、同月28日、被告会社に電話をかけて、Aに対し上記診断の概略を伝えた。
   その後、被告会社は、原告から郵送で上記診断書の提出を受けたことから、原告に対する配転命令を発令せず、同人に対し、就業規則40条ないし42条に基づき、同月27日から同年11月26日までの間の本件休職辞令を発令した。
   なお、原告は、同年8月27日から現在まで、被告会社に出勤しておらず、被告会社は、同日以降の賃金を支払っていない。


【争点】

(1)違法な退職強要行為、配転命令及び雇用条件変更命令の有無、雇用契約上の義務の不存在確認請求・慰謝料請求・将来の退職強要行為の差止請求の可否(争点1)
(2)本件休職の帰責性、地位確認請求及び賃金請求の可否(争点2)
(3)未払割増賃金の有無及び付加金請求の可否(争点3)
   以下、上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(3)について、裁判所は未払割増賃金32万3237円及びこれと同額の付加金の支払請求を認めた。


【裁判所の判断】

(1)争点(1)について
   原告は、被告乙、A及びBは、違法な退職強要行為1ないし4を繰り返し、業務上の必要性のない本件配転命令1、2及び本件雇用条件変更命令を行ったと主張するので、以下検討する。
 ア 本件退職強要行為1及び本件配転命令1
   被告乙ないしその意を受けたA及びBが、原告を経理業務の主担当から外したことは、原告を退職に追い込もうとするなどの不当な目的によるものとは認め難く、業務上の必要性に基づくものと認められ、原告に通常甘受し難い不利益を与えるものとも認められないから、不当ないし違法ということはできない。
   また、被告乙が、原告に対し、経理の仕事はないとか、自分で何ができるか考えろと述べたことは、被用者に対する配慮に欠ける面はあるものの、退職を強要するものとまではいえず、直ちに違法不当ということはできない。
   したがって、被告乙、A及びBによる原告に対する違法な本件退職強要行為1及び本件配転命令1は、認めることはできない。
 イ 本件退職強要行為2
   原告が経理業務の主担当から外されたことに不満を持ち、あっせんの申立てをしたり、弁護士に交渉を委任すること自体は何ら不当なではなく、被告会社が原告を経理業務の主担当から外した経緯等を踏まえても、上記乙やBによる本件退職強要行為2(注:その詳細につき、別紙2・労働判例1189号・145頁以下参照)が正当化される余地はなく、その態様の悪質性からしても違法というほかない。
 ウ 本件退職強要行為3、4、本件配転命令2及び本件雇用条件変更命令
   被告会社が原告に対し、立川事業所において清掃スタッフとして勤務することを命ずる旨の本件配転命令2やこれに伴い原告の雇用条件を正社員からパート社員に変更する旨の本件雇用条件変更命令を発令したと認めることはできない。
   しかし、A及びBは、本件退職強要行為2やその後の処遇に委縮する原告に対し、上記配転命令発令の可能性に言及しつつ、辞職を迫ったものであり(注:その詳細につき、別紙3及び同4・労働判例1189号・146頁以下参照)、その態様等に照らして、本件退職強要行為3、4を正当化することはできず、違法と認められる。
 エ 雇用契約上の義務の不存在確認請求の可否
   上記ウによれば、被告会社は、本件配転命令2を発令したと認めることはできず、現時点においても、これを前提とした主張はしていないから、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益が認められず、不適法却下を免れない。
 オ 慰謝料請求の可否
   上記イ及びウによれば、被告乙、A及びBによる本件退職強要行為2ないし4は違法であり、原告に対する不法行為に当たる。
   被告らの不法行為による原告の損害は、合計33万円と認めるのが相当であり、他にこの認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
 カ 将来の退職強要行為の差止請求の可否
   原告の被告らに対する将来の退職強要行為の差止請求は、認めることができない(詳細略)。

(2)争点(2)について
 ア 平成26年1月頃発症したうつ病自体に業務起因性が認められるか否かは判然としない。しかし、原告は、その後も勤務自体は可能であったところ、被告乙、A及びBによる違法な本件退職強要行為2ないし4によりうつ病を悪化させ、職務に従事することができなくなったものと認められる。
   そうすると、原告は、業務上の事由による傷病により就業できなくなったものであり、就業規則40条(1)「業務外の傷病」には当たらない上、労働基準法19条1項の趣旨に照らすと、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない。
 イ 上記(1)ウのとおり、被告会社の原告に対する本件雇用条件変更命令の発令は認められない。しかし、被告会社は、原告が休職期間満了に伴い退職したとして、本件雇用契約の終了を主張している。よって、原告の被告会社に対する地位確認請求は、原告が、被告会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める限度で理由がある(注:他方、正社員として勤務する雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は認められない。)。
 ウ 上記アのとおり、原告は、本件退職強要行為2ないし4により。うつ病が重篤化して就労ができなくなったのである。よって、本件休職期間中の労務提供の不履行は、使用者である被告会社の責に帰すべき事由によるものであるから、原告は、民法536条2項に基づき、以下のとおり、被告会社に対する賃金請求権を有する(なお、原告が、(注:平成27年9月頃)傷病手当金の支給申請をし、これを受給していたとしても、これをもって原告が業務外の傷病であることを自認したとか、本件休職期間中の賃金請求権を喪失したと解することはできない。)。
  a)平成26年8月分の未払賃金(欠勤控除分) 2万9241円
  b)同年9月分以降の賃金 月額21万2000円(基本給15万7000円、業務手当5万5000円の合計。なお、原告は、平成26年8月27日以降、被告会社に出勤していないから、通勤費2万2940円の請求は認められない。)

(3)結論
   以上によれば、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益がないからこれを却下し、原告のその余の請求は、主文第2項ないし第6項(略)の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する(一部認容)。