神戸地裁平成30年1月30日判決(交通民集51巻1号108頁)

駐車区画から退出する車両の運転者は、停止状態から発進することから、通路走行車両の運転者よりも重い注意義務があると判示した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平28年2月17日午後4時30分頃
 イ  発生場所 兵庫県三木市a店(以下「本件店舗」という。)駐車場(以下「本件駐車場」という。)
 ウ 原告車両 自家用普通乗用自動車
   運転者  原告A(事故当時39歳)
   所有者  原告B
   被告車両 自家用普通乗用自動車
   運転者  被告(事故当時65歳)
 オ 事故態様 道路から右折して本件駐車場に進入し、駐車区画に駐車しようとした原告車両の右フロントドア付近と、本件駐車場の駐車区画から後退して駐車場を出ようとした被告車両の後面右側が衝突した。

(2)原告Aは、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右半身打撲と診断され、平成28年2月19日から同年5月14日まで、C整形外科に通院した(原告Aが本件事故により受傷したか否か及び通院期間等の相当性は主要な争点である。)。


 【争点】

(1)本件事故態様及び被告の過失の有無、過失割合
(2)損害の有無及びその算定
   以下、上記についての、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、被告は、(1)に関して、本件事故時に原告車両が停止していなかったことを主張し、(2)に関して、原告Xが受傷するような外力は加わっていないことを主張した。


【裁判所の判断】

(1)本件事故態様及び被告の過失の有無、過失割合
 ア 本件事故態様
  a)本件駐車場は、本件店舗側に駐車区画として5区画が設けられ、本件駐車場と本件車道との間には幅員約5.6mの歩道(以下「本件歩道」という。)が設けられ、本件歩道と本件駐車場との間には有蓋側溝が設けられている。本件車道から本件駐車場に出入りするための特別の進入・退出口は設けられていない。
  b)原告Aは、本件車道を南進して本件駐車場手前で右折し、本件車道に進入しようとし、本件歩道上を本件駐車場に向けて走行していた際、本件駐車場の北から2区画目に、車両前方を本件店舗側に向けて駐車していた被告車両が、後進しようとするのを発見した。
  c)原告Aは、本件駐車場の北から4番目の駐車区画手前の通路部分に進入し、被告車両が駐車していた区画の南側(本件駐車場の北から3番目の区画)駐車しようとし、被告車両の動静をうかがったところ、被告車両は、左折後進して原告車両の方へ向かってきており、原告Aは原告車両を別紙図面(略。以下同じ。)の㋐の位置に停止したところ、被告車両は一旦停止したが、なおも後進を続けたため、同図面の✕付近で、被告車両の右後角部辺りを原告車両の右フロント付近に衝突させた。原告車両は衝突後にクラクションを鳴らした。
  d)被告は、被告車両の保有者であるところ、被告車両を本件駐車場から発進するため、上記駐車区画から後進させようとし、その際は、目視で後方を確認したが、その後は被告車両に備え付けられたカメラのモニター画面を見ながら後進を続けた。
   もっとも、被告の供述によれば、本件衝突前にはギアをニュートラルに入れていたため、上記モニター画面は作動しておらず、また被告は、少なくともモニター画面を見始めてからは直接目視で又はルームミラーやドアミラーを通じて、後方を確認することは一切なかった。したがって、被告は、本件事故まで原告車両の存在に全く気付いておらず、制動装置をとることもなかった。
  e)被告車両は、本件事故により右後角部に損傷が生じ、見かけ上損傷は酷くはないが、バックドアパネルの修理、リアバンパカバーの取替等を要し、修理費用として13万5000円を要した。
   他方、原告車両は、右フロントドアに相当の凹みが生じており、右ドアミラーが倒れた際、ミラーベースと接触しミラー内側が損傷する等の損傷を受け、これらの取替を要し、修理費用12万9000円を要した。
イ 被告の過失の有無
  本件事故は、被告車両の保有者である被告が、本件駐車場から発進するため、駐車区画に駐車していた被告車両を後進させる際、後方確認不十分のまま後進を続けて過失により、折から本件駐車場内で被告車両の動静を見るために停止していた原告車両に衝突させたものと認められる。よって、被告には、自賠法3条に基づき原告Aに生じた人身損害及び民法709条に基づき原告Bに生じた物的損害を賠償する責任がある。
ウ 過失割合
 a)店舗駐車場においては複数の車両が出入庫を行い、その動きも複雑となる場合が多い。そのため、駐車のため駐車場内通路を走行する車両及び駐車区画から退出する車両ともに、通路内走行車両や駐車区画出入車両の動静に注意し、衝突を回避できるような速度と方法で通路を走行し又は出入庫すべき義務があるというべきである。そして、駐車区画から退出する車両の運転者は、停止状態から発進することになるから安全確認等がより容易であるといえ、通路走行車両の運転者よりも重い注意義務があるというべきである。
   加えて、本件のように退出車両が後進する場合には、車両後方の視界が前進する際よりも制限されるため、退出車両の運転者は、よりいっそう慎重に走行すべき義務があるといえる。
   さらに、前記認定のとおり、本件駐車場は、通路の左右に駐車区画が設置されているわけではなく、道路の一方(本件店舗側)に駐車区画があるうえ、通路部分は、本件歩道や本件車道に向かって見通しがよいことも考慮すると、駐車区画から退出する車両の運転者である被告は、通路走行車両の有無及び動静をより容易に確認できるということができる。
   しかるに、前記認定のとおり、被告は、自車の進行方向である後方を全く見ていなかった上、通路部分で停止していた原告車両に衝突したのであるから、被告の注意義務違反の程度が著しいといえ、上記のとおり本件事故時には停止状態であった原告Aとしては、事故の発生を未然に防ぎ、これを回避する措置はほぼ期待できなかったといえる。
  b)もっとも、原告Aとしても、本件駐車場の通路に進入する前に被告車両が後進して駐車区画から退出しようとしていることを確認しているのであるから、原告車両停止位置である通路部分まで原告車両を進入させずにその手前で停止させるべきである。また、原告Aは、停止後も被告車両の動静を注視しており、被告車両が原告車両に向かって後進し、危険を感じたのであるから、被告の注意を促すためにクラクションを鳴らすなどの措置をとるべきであったといわざるを得ない。
   よって、これらの過失を斟酌すれば、原告らに生じた損害の5%を過失相殺として減じるべきである。
  c)この点、被告は、原告車両が停止していたことを否認する。
   しかし、被告は、本件事故発生まで原告車両の有無にすら気付いていなかったのであるから、原告車両の動静については、特にその内容等に不自然なところがない限り、原告A本人の供述(陳述書の記載を含む。以下同じ。)に準拠せざるを得ない。そして、同供述に特段不自然なところはない。

(2)損害の有無及びその算定
 ア 原告Aの損害
  a)受傷の有無について
   原告Aは、本件事故によって、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右半身打撲の傷害を受け、その治療のため平成28年2月19日から同年5月14日まで、C整形外科に通院(実通院日数24日)した。
   被告は、原告Aの受傷を否認する。
   しかし、前記認定のとおり、原告車両の右フロントドアは相当程度凹んでおり、被告車両の見た目の損傷状況にかかわらず、原告車両の運転席にいた原告Aに相当の衝撃が加わったことは優に推認できる。また、外力の入力方向が原告の身体の右から左にかけてであることから、原告Aが被告車両の動静を見ていたとしても、なお原告Aに捻挫等を生じさせるような外力が加わったことは否定できないというべきである。
  b)必要な治療期間について
   被告は、平成28年月中(22日ころ)には原告Aの症状は軽快していた旨主張する。
   しかし、カルテには、平成28年2月22日欄に「痛み軽い」と、同月24日欄に「鎮痛剤なくても良いぐらい」との記載があるが、上記「痛み軽い」の後ろには「鎮痛剤少し効果あり」との記載がある。また、同じカルテによれば、原告Aは医師に対し、平成28年2月19日から3月1日まで会社を休んだことを訴えている上、原告Aは、その後も通院治療中、時折痛みを訴えており、医師も物理療法や投薬を継続していることが認められる。よって、被告の上記主張は採用できない。したがって、上記の通院期間は原告Aの受傷を治療するのに必要な期間であったというべきである。
  c)損害の算定
  ①治療費 2万7100円
  ②傷害慰謝料 48万円
   原告Aの受傷内容が他覚的所見に乏しいこと、通院期間が86日(実通院日数27日)であること等を考慮すれば、上記金額が相当である。
  ③休業損害 16万9502円
   前記a)の原告Aの通院状況、受傷内容等を総合すれば、原告Aは、平成28年3月末日まで(通院期間44日)、部分的に休業を余儀なくされ、その間の実通院日数17日について、平成27年度賃金センサスの女子・学歴計・全年齢平均賃金である372万7100円を365日で除した日額1万0211円の50%相当の、その余の27日について上記日額の30%相当の休業損害が発生したと認めるのが相当である。
   (計算式)3,727,100円÷365日=10,211円
        10,211円×(17日×0.5+17日×0.3)=169,502円
  d)合計額及び過失相殺
   上記の合計は、67万6602円となり、その5%を減ずれば、64万2771円となる。
 イ 原告Bの損害
   前記(1)アe)のとおり、原告車両の修理費として12万9000円を要し、これは原告Bの損害と認められる。
   過失相殺としてその5%を減ずれば、12万2550円となる。

(3)結論
   原告Aの請求は64万2771円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告Bの請求は64万2771円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


 

大阪地裁平成28年12月9日判決(労働判例1162号84頁)

医療法人貴医会事件(控訴中)


【事案の概要】

(1)被告は、平成8 年に設立され、〇〇病院(以下「本件病院」という)を経営する医療法人である。
   原告は、平成7年6月16日から本件病院の医事課においてレセプト業務等の医療業務に従事していた者であり、被告設立と同時に被告と労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。そして、原告は、同年12年6月16日、医事課主任に昇進し、同24年6月16日、新たに設置された病診連携室の主任に配置転換された。

(2)医事課の業務は、主に初診・再診受付、会計、院外処方箋渡し、診療報酬請求事務からなり、同課に設置されたコンピューター(サーバー本体1台、端末7台)を使用して行われている。そして、医事課のコンピュータには、診療情報システム(以下「本件システム」という。)であるソフトウェアがインストールされている。
   医事課の中心作業は、本件システムの「外来会計」で、外来患者の診療当日の診療内容を診療録(医師の手書きによるもの)に基づき入力し、診療報酬明細書及び院外処方箋を発行することであり、その入力権限を有しているのは、医事課の正職員のみである。他方、原告は、平成26年当時、病診連携業務のため、本件システムの診療情報を閲覧する権限を有していたが、本件システムに診療内容を入力する権限は有しなかった。

(3)被告代表者は、平成26年10月24日(金曜日)、本件病院の院長室において、被告関係者らの立合いの下、原告に対し、本件システムの診療情報を改ざんしたことを問い質したところ、原告は、これを否認した。
   ところが、原告は、休み明けの同月27日(月曜日)、本件病院の理事長室を訪れ、被告代表者に対し、「一身上の都合におり来る平成26年11月15日をもって退職したくお願い申し上げます。」と記載した退職届(以下「本件退職届」という。)を提出した。そして、原告は、同年10月29日の午後に退勤し、以後出勤しなかった。

(4)原告は、被告に対し、平成27年2月13日到達の内容証明郵便をもって、被告の退職金規定に基づき退職金の支払を求める旨を通知した。
   これに対し、被告は、原告に対し、同年3月18日頃、同日付け書面をもって、平成26年8月頃から本件システムの診療情報を改ざんしたことが、被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)69条11号の懲戒事由に該当するなどと通知した。そして、被告代表者は、平成27年4月1日、原告を懲戒解雇することを決定し、同月3日頃、原告にその旨通知した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

(5)本件就業規則には、以下の定めがある。
 ア 27条1項(退職手続き)
   職員が自己の都合により退職しようとするときは、少なくとも1ヶ月前に退職事由を明記した退職届を病院に提出しなければならないものとします。
 イ 69条(制裁の基準)
   職員が次の各号の一つに該当するときは、これを制裁するものとします。
   1号ないし10号 省略
   11号 刑法その他の刑罰法規に触れる行為をし、その犯罪事実が明らかなとき。
   12号 その他前各号に準ずる行為があったとき。

(6)被告の退職金規定(以下「本件退職金規定」という。)には、以下の定めがある。
 ア 2条4号 職員が自己都合により退職したときに退職金を支給する。
 イ 4条 退職金の額を、退職日のおける職員の基本給に勤続年数(1年未満の端数切捨て)に対応する支給率(注:別表1にて定めるもの)を乗じて得た額と定める。 
 ウ 3条 次の各号のいずれかに該当する者には支給しない。
   1号 懲戒解雇された者
   2号及び3号 省略

(7)原告の平成26年11月当時の基本給の額が26万7700円であり、本件退職金規定の別表1が原告の勤続年数19年に対応する支給率を19と定めていることから、原告が同月に退職した場合の本来の退職金額は、同規定4条により、508万6,300円となる。
   (計算式)基本給26万7,700円×19=508万6,300円


【争点】

(1)退職金請求
 ア 退職金不支給の可否(争点1)
 イ 退職金不支給事由の存否(争点2)
 ウ 退職金不支給の当否(争点3)
(2)不法行為に基づく損害賠償請求
 ア 不法行為の有無(争点4)
 オ 損害(争点5)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)退職金不支給の可否(争点1)
 ア 被告は、本件懲戒解雇が有効であることを前提として、これが本件退職金規定3条1号所定の退職金不支給事由(懲戒解雇)に該当すると主張し、原告の退職金請求権の発生を争う。
   しかし、原告が、本件退職届を提出した日の翌々日(平成26年10月29日)の午後以降、労務を提供しなかったことなどによれば、原告は、本件退職届において確定的に退職する意思を表示していたといえる。よって、本件退職届は、合意解約の申込みではなく、一方的な解約の申入れ(辞職)であると解するのが相当である。
   そして、原告の賃金は月給制であるから、本件労働契約の解約申入れには民法627条2項が適用されるところ、同項及び本件就業規則27条1項により、本件労働契約は、遅くとも本件退職届が提出された日の1か月後である平成26年11月27日までには終了したといえる。したがって、本件懲戒解雇は、既に本件労働契約が終了した後になされたものであるから、法的な効力を有しない。よって、被告の上記主張を採用することはできない。
 イ しかしながら、当該退職金が賃金の後払い的性格と共に功労報酬的性格も有するといえる場合には、労働者においてそれまでの勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったと認められるとき、使用者は、その労働者による退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たるとして、その支給の全部または一部を拒むことができると解される。
   そして、本件退職金規則に基づく退職金は、退職金不支給条項が置かれ、功労報酬的な性格を有するといえる。よって、原告の退職金請求の当否を判断するにあたっては、原告において在職中の勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったか否かを検討する必要があり、以下これを検討する。

(2)退職金不支給事由の存否(争点2)
 ア 認定事実
  a)平成26年7月下旬頃、医事課の職員(A主任、B,C,D)が、診療録に基づき本件システムに診療内容を入力するという作業を行う中で、当日の診察の処方の内容が前回の処方の内容と異なるという不自然なことが頻発し、人為的な操作による改ざんがなされていることが疑われた。E事務長及び医事課の正職員4名は、相談の上、同年8月4日からコンピュータの各端末のアクセスログ(コンピュータの接続履歴を記録したファイル)の保存を開始し、各端末で患者を検索したときの検索日時、端末名及び患者番号の確認を行えるようにしたところ、その後も診療情報の改ざんが続発し、それらは、WS002の番号を付された端末(以下「本件端末」という。)で行われたことが判明した。   
  b)被告は、診療情報の改ざんが行われている端末が特定されたことにより、同年9月2日から医事課職員に対し、本件端末を使用するときは、使用台帳(以下「本件台帳」という。)に使用者名、使用の開始時刻・終了時刻及び業務内容を記載させることとしたが、依然として診療情報の改ざんが収まらなかったことから、前医事課主任であり、病診連携室の業務のために本件端末を使用することがある原告の仕業であることが疑われた。
  c)被告が、同年9月26日、コンピュータのデスクトップ上の画面を録画するソフトウェア(以下「本件録画ソフト」という。)を本端末にインストールしたところ、同年10月7 日午前8時57分頃から同時59分頃まで、本件端末に接続されたUSBメモリ(病診連携室関係の情報が多数保存されたもの)の中から「介護支援連携指導料」、「介護意見書診察」、「介護意見書2」といったファイルが閲覧され、その直後の午前9時頃に本件改ざん(26)が実行されている画面が録画された。A主任は、この録画を見て原告が同改ざんの実行者であると確信し、被告代表者にその旨報告した。
  d)同年10月7日午後1時32分頃から同時37分頃まで、本件端末に接続されたUSBメモリ(病診連携室関係の情報が多数保存されたもの)の中から「職場責任者会議支援患者」というファイルが閲覧され、その直後の午後1時38分頃、本件改ざん(27)が実行されているところが、本件録画ソフトにより録画された。
  e)Cは、同月22日午後1時頃、原告が本件端末を操作しているところを現認し、本件台帳の使用者欄に「X」、開始時間欄に「13:06」、終了時間欄に「13:10」と記入して、事故の押印をした。
   本件改ざん(28)は、同日午後1時8分に本件端末を利用して実行され、同(29)は、その約1分後に本件端末を利用して実行された。
 イ 判断
   原告は、平成24年6月16日に病診連携室へ配置転換されるまで医事課主任を務めていたところから、本件システムの扱い方を熟知していたことが認められることに加えて、前記アe)の事実によれば、原告が、本件改ざん(28)及び(29)の実行者であると認められる。
   また、前記アc)及びd)の各事実によれば、本件改ざん(26)及び(27)が行われた直前に、その当時原告のみが担当していた病診連携室の業務に関係するファイルが閲覧されていることから、本件改ざん(26)及び同(27)の実行者も原告であることが推認される。

(3)退職金不支給の当否(争点3)
 ア 原告において在職中の勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったか否かを検討するに、原告は、18個の本件改ざん行為(注:前記(2)イで認定された本件改ざん(26)から同(29)を含む。)を行い、改ざんされた診療情報に基づいて保険請求がなされる危険があり、証拠(略)によれば、実際に本件改ざん⑱の不正な診療情報に基づき保険請求がなされ、改ざん発覚後、同請求を取り下げたことが認められる。
   このように、原告の改ざん行為は、不正な保険請求の危険を生じさせ、その結果、被告の医療機関としての信用を失墜させる危険のある悪質な行為であり、少なくとも本件就業規則69条12号所定の懲戒事由に該当するといわざるをえない。
   さらに、証拠(証人A、同E、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、医事課職員を中心とした被告職員は、診療情報の改ざんが発覚した直後から、改ざんの発見、改ざんの証拠保全、データの復旧、行為者の特定に多大の労力を要したことが認められる。
   他方、上記のとおり、実際に本件改ざん⑱の不正な診療情報に基づき保険請求がなされたものの、速やかに同請求を取り下げたことにより、被告の信用失墜に至らずに済んだことが認められる。
 イ そうすると、原告の本件改ざん行為は、懲戒解雇事由に該当する悪質な行為であり、原告が19年余にわたり本件病院に勤務して積み上げてきた功労を減殺するものといえるものの、被告の信用失墜には至らなかったことを考慮すると、原告の功労を全部抹消するほどに重大な事由であるとまではいえない。
   そして、本件改ざん行為の性質、態様及び結果その他本件に顕れた一切の事情にかんがみると、被告は、原告に対し、本来の退職金の支給額の2分の1を支給すべきであったといえる。したがって、原告が被告に対し本来の退職金の支給額の2分の1を超えて退職金を請求することは、権利の濫用として許されない。
 ウ 本件退職金規定8条は、退職金の支払は、原則として一時払いとし、退職又は解雇の日から起算して3か月以内に支払うものと定めるから、原告の退職金の弁済期は、遅くとも平成27年2月27日までには到来した。

(4)不法行為の有無(争点4)
 ア 退職勧奨
   原告は、本人尋問において、「(平成26年10月24日、院長室で被告代表者らと30分ぐらい話をした際、)退職の話は出てなかったです。」,「(同日、帰宅した後、本件退職届を)一応いつでも渡せるようには書いておきました。」、「(同月27日、被告代表者から)俺が許しても理事会で許さんようなことを言われまして、手でこう、退職届をくれというふうに言われたんで、ああ、それなら、お渡ししますということで(本件退職届を)お渡ししました。」と供述している。とすれば、同供述によったとしても、本件退職届は、原告が自発的に作成したものであり、被告代表者に対して任意に提出されたものと認められる。よって、被告代表者が原告に対し違法な退職勧奨を行ったことは認められない。
 イ その他の不法行為(証拠のねつ造及び名誉棄損) 省略
 ウ 原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、その余を検討するまでもなく理由がない。

(5)結論
   原告の各請求は、被告に対し、退職金請求に基づき254万3,150円及びこれに対する平成27年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある(一部認容)。


 

東京地裁平成30年7月5日判決(労働判例1200号48頁)

フーズシステムほか事件(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、平成17年2月から、派遣会社との間の派遣労働契約に基づき、被告会社に派遣されて就労を開始したが、後記のとおり、平成24年4月1日、被告会社との間で直接の雇用契約を締結した。
   被告会社は、鮪の卸業等を営む株式会社である。そして、被告Aは、被告会社の取締役である。

(2)原告は、平成24年4月1日、被告会社との間で、以下の内容の雇用契約を締結した(雇用契約書。以下「当初雇用契約書」といい、これにより締結された雇用契約を「当初雇用契約」という。)
 ア 雇用形態 嘱託社員
 イ 役職 事務統括(主任)
 ウ 就業時間 午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)
 エ 賃金 時給1,700円、賞与あり
 オ 賃金の支払方法 毎月末日締め、翌月25日払い
 カ 手当 事務統括手当 月額1万円
   なお、当初雇用契約書の雇用期間の欄には、平成24年4月1日からとのみ記載されており、終期の記載はない。

(3)原告は、平成24年11月初旬頃、第1子を妊娠し、平成25年6月1日以降、出産のためしばらく出勤せず、同年7月3日に第1子を出産した後の平成26年4月14日以降、再度被告会社で再就労するようになった。
   原告と被告会社との間において平成26年7 月2日付けで作成された雇用契約書(パート雇用契約書(兼労働条件通知書)。以下「パート契約書」といい、これにより被告が締結したと主張する契約を「パート契約」ということがある。)には、以下の趣旨の記載がある。
   雇用期間 平成26年4月1日から同年8月31日まで
   就業時間 9時から16時まで
   時給 1,700円、賞与なし、毎月末日締め、翌月25日払い
   なお、原告は、第1子出産後、被告会社に復帰するに当たり、平成26年4月上旬頃、被告A及びB課長と面談を行った。原告は、同面談において、夕方4時から5時の間に終業できる時短勤務を希望したところ、平成Aは、勤務時間を短縮するためにはパートタイム社員になるしかない旨説明した。被告Aは、嘱託社員の立場のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をすることもなく、原告は、雇用形態が嘱託社員からパート社員へと変更され、賞与も支給されなくなることについて釈然としないまま、有期雇用の内容を含むパート契約書に署名押印した。

(4)原告は、平成26年11月頃、第2子を妊娠し、平成27年5月下旬頃から産休を取得し、同年7月に第2子を出産した後、平成28年4月に被告会社に復帰した。
   被告会社は、平成28年8月20日頃、原告に対し、原告との雇用契約について、同年8月末日をもって雇用期間満了により終了させるとの通知をした。


【争点】

   本案前の争点を含めて多岐にわたるが、以下、下記の争点に絞って、裁判所の判断の概要を示す。

(1)原告と被告との間で平成26年4月に締結したパート契約の有効性
(2)被告会社による平成28年8月31日の原告に対する解雇又は雇止めの有効性


【裁判所の判断】

(1)原告と被告との間で平成26年4月に締結したパート契約の有効性
 ア 前記【事案の概要】(3)のとおり、原告は、第1子出産後の平成26年4月上旬頃の面談において、被告Aらに対し、育児のための時短勤務を希望したところ、被告Aから、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ、パート契約書に署名押印したことが認められる。
 イ 育児休業法23条は、事業主は、その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮すること(以下「育児のための所定労働時間の短縮申出」という。)により当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならないとし、同法23条の2は、事業主は、労働者が前条の申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。
   これは、この養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、これらの者の職業生活と家庭生活の両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため、育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し、同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。
   上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同条に違反するものとして違法であり、無効である。
 ウ もっとも、同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから、当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない。
   ただし、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも合致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。
   そうすると、上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。
 エ これを本件についてみるに、
  a) それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、原告に相当の不利益を与えるものであること
  b) 賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であること
などを総合すると、原告と被告会社とのパート契約締結は、原告に対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。加えて、
  c) 被告Aは、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、原告に対し、被告会社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと
  d) 平成26年4月上旬頃の面談においても、被告Aは、原告に対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと
  e) パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生じることについて、被告会社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと
  f) 原告は、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑を掛けているとの気兼ねから同契約の締結に至ったこと
などの事情を総合考慮すると、パート契約が原告の自由な意思に基づいてされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない。
   以上のとおり、原告が自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから、その成立に疑問があるだけでなく、この点を措くとしても、被告会社が原告との間で同契約を締結したことは、育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認められる。
   したがって、原告と被告会社と間で締結した前記パート契約は、同法23条の2に違反し無効というべきである。


(2)被告会社による平成28年8月31日の原告に対する解雇又は雇止めの有効性
 ア 既に説示したところによると、原告は、平成28年8月時点で、被告会社において、期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきであるから、被告会社が原告に対してした同月末日で雇用契約関係が終了した旨の通知は、雇止めの通知ではなく、原告に対する解雇の意思表示であると認められる。
 イ そこで、この解雇の有効性について検討するに、被告会社主張の解雇事由である、
  a)原告が殊更に被告会社を批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと
  b) 前記認定に係る原告が他の従業員のパソコンを使用した理由(注:知人や親戚に被告会社の商品を送るため、他の従業員のパソコンに入っている住所録から発送先の住所や電話番号等を調べたというもの)は違法又は不当なものとまではいえないこと
  c) 被告会社の経営状況が原告の解雇を相当とするほどに悪化していたことを認めるに足りる証拠はないこと
などの事情を総合考慮すると、被告会社による解雇は、客観的に合理的に理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、労働契約法16条により無効というべきである。
 ウ したがって、原告は、被告会社に対し、期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、前判示(略)のとおり、原告は、事務統括から降格された事実が認められず、事務統括の地位にあることによって事務統括手当月額1万円の支払を受けることができ、事務統括という地位は、事務統括手当の支払を受けるべき職位とみることができるから、その地位にあることを確認する訴えの利益が認められる。
   よって、原告の被告会社に対する事務統括たる期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は、全部理由がある。
 エ また、原告は、民法536条2項により、当初雇用契約に基づき、前記解雇日以降の賃金請求権を有することになる。原告は、解雇期間中の賃金額について、所定労働時間を8時間とした賃金の支払を請求しているところ、原告が短時間勤務から徐々に勤務時間を延ばすことを希望していたことはうかがわれるものの、所定労働時間を8時間とする合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、被告が支払うべき賃金額は、解雇前3か月の賃金額を平均した月額21万2,286円と認められる(注)。


注)平成28年10月から本判決確定の日まで、毎月25日限り賃金月額21万2,286円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容した(一部認容)。