東京地裁平成29年11月28日判決(自保ジャーナル2014号1頁)

19歳男子の高次脳機能障害については,7級認定したが、顔面醜状(9級)については、労働能力喪失に結び付かないとして、56%の喪失率で逸失利益を認定した事例 (確定)

【事案の概要】

(1)交通事故の概要
   日時  平成24年(2012年)3月14日午前6時35分頃
   場所  栃木県宇都宮市内B自動車道下り線路上
   被告車 普通乗用自動車(レンタカー:
               被告乙山運転、被告会社所有)
   態様  被告乙山は、被告車を運転して、本件道路の第2車線をCインターチェンジ方面からDインターチェンジ方面に向かい進行するに当たり、自車が道路右側の中央分離帯に寄りそうになったことから、同中央分離帯との衝突回避のため左に急転把して自車を左前方に逸走させた上、道路左側に設置されたガードロープに自車を衝突させ、さらに、自車を右前方に暴走させて中央分離帯のガードレールに衝突させ、被告車の後部座席右側に同乗していた原告に傷害を負わせた。

(2)原告の入通院状況
   原告は、本件事故により脳挫傷、びまん性軸索損傷、硬膜下血腫、右側頭部挫傷の傷害を負った。入通院期間は、入院2月、通院19月である。

(3)後遺障害診断書
  ①H病院精神神経科(戊田医師)
   傷病名:高次脳機能障害、頭部外傷後遺
   症状固定日:2013年8月15日
   検査結果等:頭部MRIでは、明らかな損傷の残存なし。
         神経心理学的検査では、トレイルメイキングテストがA95s、B91sと遅れが見られる。標準注意力検査PASATもカットオフ以下と成績低下が見られる。
   医学的意見:障害は軽度で、アルバイトは継続できている。
  ②H病院形成外科(巳川医師)
   傷病名:右前額部肥厚性瘢痕
   症状固定日:2013年12月14日
   自覚症状:平成24年3月14日に行われた外傷性くも膜下出血手術の右前額部の術創が肥厚性瘢痕となり、平成25年6月6日当科受診。7月11日に切除術を施行。
   醜状障害:顔面部、約6㎝の線状瘢痕

(4)損害保険料率算出機構の判断
  ①高次脳機能障害:後遺障害等級7級4号
  ②外貌醜状:後遺障害等級9級16号 
        人目につく程度以上、長さ5㎝以上
       →外貌に相当程度の醜状を残すもの
  ③以上より、併合6級

【争点】

(1)原告の症状固定日
  (原告の主張)
   高次脳機能障害:平成25年8月15日、右前額部の瘢痕:平成25年12月14日
  (被告らの主張)
   平成25年2月22日(注:F病院のリハビリ科の医師が、脳挫傷、びまん性軸索損傷、硬膜下血腫について、同日を症状固定日としている。)

(2)原告の後遺障害の内容・程度
  (原告の主張)
  ・高次脳機能障害:7級4号(注:一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの)
  ・右前額部の瘢痕:9級16号→併合6級
  (被告らの主張)
  ・高次脳機能障害:9級10号(注:一般就労を維持できるが、問題解決能力などの傷害が残り、作業効率や作業持続力などに問題のあるもの)
  ・ 右前額部の瘢痕 :非該当

(3)過失相殺
  (原告の主張)過失相殺すべきでない。
  (被告らの主張)原告にはシートベルト不装着の過失があり、少なくとも2割5分の過失相殺をすべき

(4)原告の損害(原告の主張:7、195万0、391円)
  ①休業損害(注:原告は、平成24年11月9日付けで飲食店の給仕のアルバイトとして再就職している。)
  (原告の主張)132万4、376円
   休業期間平成24年3月15日~平成24 年11月8 日(約8ヶ月)の休業損害88万5、328円の他、「再就職後から症状固定日までの減収」として、43万9、045円を請求する。
  (被告らの主張)39万6、000円
   休業証明書の提出されている、平成24年3月14日~同年5月31日までの損害額についてのみ、認める。
  ②逸失利益
  (原告の主張)5、439万7、271円
   (計算式)454万0、800円×0.67×17.8801≒5、439万7、271円
   高次脳機能障害(7級4号)及び外貌醜状(9級16号)の併合6級で、労働能力喪失率は67%
  (被告らの主張)否認
   後遺障害等級は9級で、労働能力喪失率は35%
  ③後遺障害慰謝料
  (原告の主張)1、180万円(注:赤本では6級相当)
  (被告らの主張)後遺障害等級9級相当(注:赤本では690万円)

【裁判所の判断】

(1)原告の症状固定日
  ・高次脳機能障害:平成25年8月15日
   「H病院における診療経過をみると、積極的な治療は行われていないものの、神経学的検査が継続的に実施され、生活状況についての問診によれば原告の就労状況や対人関係等についてやや改善している様子が見られ、その結果、医学的資料に基づく戊田医師の症状固定の診断がなされている」
  ・右前額部の瘢痕:平成25年12月14日
   「原告の瘢痕の状況から切除術が必要と診断され、手術が実施されている」ことから、「手術に対する原告の認識にかかわらず」、その症状固定日は上記の日時とするのが相当

(2)原告の後遺障害の内容・程度
  ・高次脳機能障害:7級4号
  ①原告は、平成24年11月9日に、飲食店でのアルバイトを再開しているところ、「同アルバイト先において、メニューを覚えられない、トッピング・材料を覚えられない、メモをとっているが覚えられない、忙しくなると混乱してしまう、2つ同時にこなすことができないなどの支障がみられた」
  ②「日常生活においては、仕事のミスや不手際からイライラして母に暴力的な言動をとるなどし、アルバイトの給料等を散在するようになり、金銭が足りなくなれば強い口調で母に無心するようになり、会話の中でも同じ話を繰り返したりし、友人関係においても、盛り上がると止まらなくなることがあること」
  ③「H病院において、平成25年5月22日~同年6月13日の間に3回に亘り実施された神経心理学的検査によると、複雑な課題になるほど、視覚的及び聴覚的な注意の低下が疑われ、指示が複雑あるいは同時に作業をこなさなくてはならないという状況が苦手であるかもしれないとされており、医師からは、軽度だが、注意・集中力、課題解決能力、記憶の障害がみられると診断されていること」などの諸事情を考慮して、「原告は記憶障害や問題解決能力の低下により、一般就労を維持できるが、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないというべき」
  ・右前額部の瘢痕:9級16号
   「右前額部に約6㎝の瘢痕が残存しており、人目につく程度以上のものと捉えられ、長さ5㎝以上と認められる」ことから、「外貌に相当程度の醜状を残すもの」として、上記の等級に該当

(3)過失相殺 5%
   「原告は、本件事故当時、被告車の運転席側後部座席に乗車しており、シートベルトは締めていなかったこと」、シートベルトを締めていた同乗者に目立った怪我はなかったが、シートベルトを締めていなかったもう1人の同乗者は、車外に放り出され、左上顎骨骨折等の傷害を負ったこと等を考慮

(4)原告の損害 6、121万4、747円(注:原告主張額の約85%)
  ①休業損害 88万5、328円
   「原告は、再就職先において、週3~6日働き、キッチン、ホール、会計など何でもやっており、バイトリーダー的な立場で働いており、事故前3ヶ月における原告の稼働状況と遜色のない稼働状況にあったと認められることから、再就職後に関しては休業損害の発生を認めるに足りない。」
  ②逸失利益 4、546万6、376円
   (計算式)454万0、800円×0.56×17.8801≒4、546万6、376円
       (原告主張との差額893万0、895円)
   労働能力喪失率56%を認定
   高次脳機能障害については、7級に相当
   他方、外貌醜状については、「その瘢痕の位置が頭髪で隠すことも可能な位置にあり、原告が実際にはホールでの接客も行っていたことなどからすると、直接的に労働能力喪失に結び付くものとは認められない。もっとも、原告が、右前額部の瘢痕により、人と接することに対し消極的になるなど間接的に労働能力に影響した面があることも否定はできないことから、この点については後遺症慰謝料において斟酌するものとする。」
  ③後遺障害慰謝料 1、180万円(被告ら主張との差額490万円)
   「原告に残存した外貌醜状が間接的に労働能力に与える影響の程度」等を考慮

東京地裁平成29年4月10日判決(自保ジャーナル2014号71頁)

57歳(症状固定時58歳)男子(歯科技工士)による、左母指関節機能障害 8級相当45%労働能力喪失の主張に対し、14級相当、9年間10%の喪失率で逸失利益を認定した事例 (控訴後和解)

【事案の概要】

(1)交通事故の概要
   日時  平成24年9月7日午前9時40分頃  
   場所  川崎市内
   被告車 事業用中型貨物自動車(冷蔵冷凍自動車)
   原告車 自家用普通自動二輪車
   態様  上記場所の変形丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告乙山が被告車を運転して、a方面からb方面に向かって時速40㎞で直進するに当たり、対面信号機の信号表示に留意せずに上記速度で進行した過失によって、上記信号機が赤色信号を表示しているのを看過して本件交差点に侵入し、折から被告乙山の左前方道路を進行してきた原告運転の原告車に被告車前部を衝突させて原告車もろとも原告を路上に転倒させた(ただし、原告の対面信号が赤色表示であったかどうかについては、争いがある。)。

(2)原告の入通院状況
   原告は、本件事故により顔面損傷、脳震盪、左母指基節骨骨折の傷害を負った。入通院期間は、B病院に、平成24年9月7日から同月12日までの6日、通院期間は、同月14日から平成25年10月21日(症状固定日)までの約13月(実日数22日)である。
   なお、原告は、平成24年9月20日に左母指基節骨骨折につき、骨折経皮的鋼線刺入固定術が施行されている。

(3)後遺障害診断書
   B病院精神神経科(巳川医師)
   傷病名:左親指の指節間関節(IP)可動域制限(注:判決書からの推測)
   症状固定日:平成25年10月21日
   検査結果等:屈曲可動域 右90度、左60度

【争点】

(1)本件事故の態様、原告の過失の有無等
  (原告の主張)
   原告は、本件交差道路から青色信号に従って本件交差点に右折侵入した。原告は、被告車の速度等から本件事故を回避する手段はなく、原告に本件事故発生について過失はない。
  (被告らの主張)
   原告は、対面信号が赤色であるのに本件交差点に進入した(※)。そして、本件事故は、原告及び被告乙山のいずれも赤色信号で本件交差点に進入した出会頭の衝突事故であるところ、被告が先に本件交差点に進入していたことも踏まえると、その過失割合は原告55%、被告45%である。

   ※)ドライブレコーダーの画像によれば、被告乙山の対面信号が黄から赤に変わってから約5秒後(注:正しくは、5.8秒)に、本件事故が発生しているところ、信号サイクルによれば被告乙山の対面信号が黄から赤に変わった後の3秒は全ての信号が赤になり、原告が停止線から衝突地点までの14.5mを進行するのに3秒以上(注:正しくは、3.1秒)かかる。

   仮に原告が、対面信号が青に変わってから直ちに急加速して本件交差点に進行したのだとしても、赤信号を看過して進行してきている被告車を視認することが容易であるのに被告車を認識せずに本件交差点に侵入している点や不適切なショートカットをして被告車の進路上に進行してきている点で過失があり、原告の過失割合は25%である。

(2)原告の損害(原告の主張:3、475万1、322円)
  ①休業損害
  (原告の主張)305万円
   休業期間:平成24年9月7日~平成25 年10月21 日(410日)に、①修理ギター検品係業務分として112万円、②歯科技工士売上分として193万円の休業損害が生じた。
  (被告らの主張)否認
  ②逸失利益
  (原告の主張)2、212万8、562円
  (計算式)554万8、300円×0.45×8.863=2、212万8、562円
    基礎収入:57歳の平成24年賃金センサス高卒男子平均年額554万8、300円
    労働能力喪失率:原告は、本件事故によって左母指の指節間関節(IP)の可動域が右側の可動域の2分の1以下となって「手指の用を廃した」(10級7号相当)ところ、原告の職業が歯科技工士であることを考慮すると、後遺障害等級8級に相当する左手親指第1関節可動域制限の後遺障害が残存して45%の労働能力を喪失した。
    労働能力喪失期間:就労可能年数12年(ライプニッツ係数8.863)
  (被告らの主張)否認
  ③後遺障害慰謝料
  (原告の主張)870万円(注:赤本では、8級は830万円)
  (被告らの主張)否認
  ④既払金
  (原告の主張)163万8、700円
  (被告らの主張)182万6、760円
   上記既払金については、治療費、休業損害を発生した都度支払ってきたものであるから、元本充当の黙示の合意がある。

【裁判所の判断】

(1)本件事故の態様、原告の過失の有無等
   原告に過失はないので、過失相殺はしない。

  (裁判所の認定した本件事故の態様) 
  ア 本件交差点は、a方面とb方面を結ぶ直進道路(以下「本件直進道路」という。)にa方面とc方面を結ぶ道路(以下「本件交差道路」という。)が鋭角に交差する変形交差点であり、信号による交通整理が行われている。
  イ 原告は、c方面から本件交差道路を進行し、本件交差点から本件直進道路をa方面に進行しようと、本件交差点手前の停止線手前に先頭で赤色信号に従って原告車を停止させていたが、青色信号に変わったので停止線から原告車を発進させ、その進行方向内寄りにゼブラゾーンの左側を走行して本件交差点に進入した。
  ウ 被告乙山は、被告車を運転し、a方面からb方面に向かって本件直進道路を時速約40㎞で走行していたところ、目を手でこする等して本件交差点手前の信号機が赤色信号を表示しているのを見落として本件交差点に進入したため、折から本件交差点に進入してきた原告車と衝突した。衝突地点と原告が停止していた停止線までの距離は14.5mである。

 (被告らの主張に対する補足説明)
  確かに、被告乙山の対面信号が青から赤に変わってから本件事故発生までの間隔は、5ないし6秒(注:正しくは、5.8秒)であり、同信号が黄から赤に変わった後の3秒は全ての信号が赤信号となるが、原告による再現実験の結果等に照らしても停止線から衝突地点まで3秒かからずに(注:正しくは、2.8秒)到達できることに照らせば、上記停止線から衝突地点までに3.1秒以上かかったと認めることはできない。よって、原告が、赤信号で本件交差点に進入したと認めることはできない。
  また、被告らが、仮に原告が、対面信号が青に変わってから直ちに急加速して本件交差点に進行したのだとしても、原告には何らかの過失があると主張する点についても、①青色信号に従って本件交差点に進入している原告において被告車が停止するものと思ってそのまま発進をして進行方向内寄りに本件交差点に進入したとしても、原告に何らかの本件事故についての安全確認や回避措置懈怠があったとは評価できないし、②被告らが指摘する急発進の事実は、原告がこれを否定しており、証拠上もこれを認めることはできない。

(2)原告の損害 603万1、800円(注:原告主張額の約17%)
  ①休業損害 205万8、570円
  (計算式)7、710円×267=205円
    基礎収入:①歯科技工士分(108万1、987円+33万9、885円+48万円)+②修理ギター検品作業分(91万2、600円)=年額281万4、472円(日額7、710円
    休業期間:平成24年9 月7日から平成25年5月31日までの267日
    原告の左母指は、平成24年12月13日にはレントゲンにおいて骨癒合が良好であることが確認されて、戊田医師からは2、3ヶ月のリハビリを行うよう指示され、平成25年3月1日には、戊田医師が屈曲可動域の改善があり、ほぼ症状固定の状態であると判断していた。よって、原告の仕事が歯科技工士として指を使う仕事であること等も考慮しても、平成25年6月の段階では、就労可能な状態にあった。     
  ②逸失利益 200万0、470円
  (計算式)281万4、472円×0.1×7.1078=200万0、470円(原告主張との差額2、012万8、092円)
    基礎収入:年額281万4、472円(休業損害と同じ)
    労働能力喪失率:10%
    a) 巳川医師による平成25年10月21日の後遺障害診断書には、右90度、左60度と記載され、b) 同年7月29日における左母指IPの可動域についても、屈曲につき他動については「制限なし」とされ、自動については「2分の1以上」とされている。さらに、c) 平成26年3月10日付けの「手指の関節機能障害」と題する書面に、左母指のIPの他動値は、右90度、左60度と記載され、d) 平成26年10月27日に原告が再度受診した際にも、左母指IPについて右90度、左50度と計測されていることから、原告については、左母指のIP屈曲可動域につき、右側に比べて2分の1以下になったとは認め難い。
    もっとも、本件事故による受傷によって、原告の左母指について現時点でも痛みや熱さ等を感じる感覚が減退している等の神経症状が残存していることから、後遺障害等級14級に相当する後遺障害が残存したと認める(なお、原告が歯科技工士であることについては、労働能力喪失率の点で考慮する。)。
    労働能力喪失期間:9年(ライプニッツ係数7.1078)
    原告の症状固定時の年齢(58歳)、原告の左母指の感覚の障害も治療中にも徐々に回復してきていることを考慮
  ③後遺障害慰謝料 120万円(赤本では、14級は110万円)(原告主張との差額750万円)
   「原告の歯科技工士としての仕事に影響があったこと」等を考慮
  ④既払金 被告らの主張を、認める。

東京地裁平成29年5月8日判決(労働判例1187号70頁)

東京商工会議所(給与規程変更)事件(確定)

【事案の概要】

 被告が、就業規則を変更し、年齢に応じて昇給する「年齢給」等を内容とする年功序列型賃金体系を改め、「役割給」等を内容とする成果主義型賃金体系を導入したところ、被告の正職員である原告が、かかる就業規則の変更(以下「本件変更」という。)は、原告にとって不利益変更にあたり、合理性を欠き無効であると主張して、①本件変更前の就業規則に基づく賃金を受給する地位の確認と、②本件変更により具体的に減額された給与及び賞与部分について未払賃金が発生しているとして、その支払いを求めた事案。

【争点】

 本件変更が合理性を有するものとして労働契約法10条に基づき原告を拘束するか否か、具体的には、①本件変更の必要性、②本件変更による不利益の内容及び程度、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合との交渉の状況その他の事情を考慮した合理性の有無

【裁判所の判断】

 以下のとおりに諸事情を考慮した結果、本件変更の合理性を認めた(請求棄却)。

(1)本件変更の必要性
 被告における本件変更前後の全職員の給与総額が減少していないことなどから、本件変更は、賃金配分の見直しを目的としたものと認められる。そして、賃金体系をどのようなものにするかは、使用者側の経営判断に委ねられているところ、年功序列型から成果主義型の賃金体系に変更するとした経営判断自体に合理性がないとはいえない。よって、変更の必要性が認められる。

(2)本件変更による不利益の内容及び程度
 原告は、本件変更の前後で、調整給を除いた支給額が月額ベースで約11%減額されるなど、小さいとはいえない不利益を受けている。しかし、本件変更は、評価次第で増額・減額のいずれもあり得る制度変更であり、原告のように一度減額されてもその後の努力次第で増額の余地も残されているものであるから、本件変更時の減額幅をそのまま制度変更の合理性の判断に投影させるのは相当ではない。よって、上記の原告の賃金の減額幅は、賃金体系変更の合理性を否定する決定的要素とまでは考えられない。

(3)変更後の就業規則の内容の相当性
 被告における新たな賃金体系は、成果主義に立脚して、どの従業員に対しても人事評価の結果次第で等しく昇級及び昇給の機会が与えられるという意味で公平性がある。また、それぞれの等級の役割に関する定義の内容を見ても、等級が上がるごとに徐々にリーダーシップの発揮やマネジメントの役割が求められていくというもので、一般的な合理性が認められる。
 他方、本件変更と併せて実施された新たな人事評価制度の内容は、被考課者が考課者と面談して策定した成果目標等を目安としつつ、その達成度を考課者が被考課者の自己評価も踏まえて評価し、その結果、現等級以上の役割を果たしているかが数値化して検討できるようになっており、さらに、その結果が被考課者に開示され、異議申立てもできる、というものである。
 かかる仕組みは、できる限り客観性と透明性を保って人事評価をしようとするものといえ、本件変更の合理性を判断するに当たり、人事評価制度として必要とされる程度の合理性を備えたものといえる。 

(4)労働組合との交渉の状況その他の事情
 被告には、非管理職である従業員が全員加入する職員労働組合(以下「本件組合」という。)があり、原告も組合員となっている。そして、被告は、本件変更の約1年前には本件組合に対して人事制度改正の概要に関する内規の改正案の提示を行っているところ、これらに前後して本件組合からも数次にわたり意見が示され、被告は、その意見も一部反映させながら具体的な制度設計を進めている。そして、労働基準監督署に就業規則の変更を届ける段階に至っても、本件組合から本件変更それ自体に関しては、特段異議が示されていない。
 また、被告は、本件変更の8か月前には調整給の支給対象者に対して特別の説明会を開催し、別途通知書を交付し、各人の役割給・調整給のシミュレーションを示すなど、丁寧な説明の機会を設けている。そして、原告以外の職員から、特段の異論や不満が表明されたことはない。
 これらの経過は、本件変更の合理性を基礎づけるものといえる。