大阪地裁令和2年2月21日判決(判例タイムズ1472号173頁)

使用者の安全配慮義務違反と、労働者が心筋炎を発症・劇症化して重症心不全によるショック状態に陥り死亡したことの間の相当因果関係を認めた事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告会社は、平成15年頃から、「Y」との名称のフレンチレストラン(以下「本件レストラン」という。)を経営しており、被告Yはオーナーシェフとして本件レストランの運営に当たっていた。
   A(昭和55年10月○日生)は、平成21年6月頃から本件レストランにおいて調理師として稼働するにようになった。

(2)平成24年当時、本件レストランは、座席数が29席(カウンター9席、テーブル20席)であり、ランチの営業が午前11時30分から午後2時(ラストオーダーの時間)、ディナーの営業が午後6時から午後10時(ラストオーダーの時間)であった。もっとも、ランチ及びディナーの終了時刻は、ラストオーダーの1~2時間後になることが多かった。また、本件レストランの定休日は日曜日であった。
   本件レストランで就労していたのは、調理担当がオーナーシェフである被告Y以外に2~3名程度、接客担当が1名であり、その他3名程度のアルバイト従業員がいた。

(3)平成23年当時、本件レストランで調理を担当していたのは、オーナーシェフである被告Yを除くと、平成21年よりも以前から本件レストランに勤務していたB、A及び平成23年4月頃から本件レストランに勤務するようになったCの3名であった。同年9月にBが退職した後は、調理師の中で、被告Yの次に経験が長いAが、前菜の調理等を担当するほか、その他の調理師に対する指導や教育に当たっていた。
   Aは、真面目な性格で、非常に仕事熱心であり、毎日の仕事を意欲的に行っており、被告Yも、Aの料理人としての技量を信頼し、期待を寄せていた。なお、Aは、本件レストランで稼働するようになって以降、定休日以外に休みを取ることはなかった。

(4)Aは、本件レストランから自転車で5分程度のところに住んでいたことから、同レストランの営業日には、午前8時頃までには出勤し、本件レストランを開錠した後、翌日の午前1時から2時過ぎ頃まで稼働することが多かったことから、その間の休憩時間を30分として計算した場合、平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間におけるAの1か月当たりの平均時間外労働時間は、約250時間に上っていた。また、Aの睡眠時間は、定休日以外の日については、1日当たり5時間以下であることが常態化していた。
   Aは、平成21年6月に本件レストランで稼働するようになった当時から、3年程度本件レストランで稼働した後は、独立してバスク料理の店を開きたいとの希望を持っており、予めその旨を被告Yに伝えていたが、平成23年9月にBが退職したこともあって、予定どおりに退職することができなかった。

(5)Aは、平成24年11月20日に帰宅した際、頭痛や関節痛を訴えていた。その後、症状が更に悪化したため、Aは、同月23日(祝日)、原告X(注:Aの妻)と共に休日診療所を受診したところ、医師から、翌日以降に病院に行くように言われた。原告Xは、Aに対し、仕事を休むように求めたものの、Aは、同日は本件レストランが予約で満席の状態であり、自分が出勤しないと店が困るとして、そのまま本件レストランに出勤した。
   被告Yは、同日、本件レストランに出勤したAから、病院に行き、医師から改めて検査した方がよいと言われた旨を聞いたものの、休むように指導することはなかった。同日、Aが帰宅したのは午後11時50分頃であり、その時点で、体温は38度8分に上がっていた。

(6)Aは、同月24日早朝、胸が苦しいと言い出し、熱を測ると39度6分に上がっていたため、原告Xと共にタクシーでD病院に向かい、同病院の医師の診察を受けた。その後、Aは、検査の結果、急性心筋炎と診断され、同病院に緊急入院することになった。
   Aの心機能は、同日夜から急速に低下し、同月25には循環動態が破綻して循環補助を要する状態になり、そのままでは臓器障害が進行する可能性があったことから、同月26日、E病院に転院することとなった。
   E病院に転院した時点で、Aは、劇症型心筋炎の状態となっていて、重症心不全によるショック状態に陥っており、両心室はほぼ無収縮の状態となっていたことから、同月26、AにBiVAD(両心補助人工心臓)が装着された。その後、担当の医師は、Aの心機能について回復の可能性がないと判断したことから、同弁12月19日、Aについて心移植登録をした上で、まず左心についてEVAHEART(補助人工心臓)を植え込み、平成25年1月7日には、右心についてJarvik2000(補助人工心臓)が植え込まれた。
   E病院における手術時に行われた心筋組織の病理学的検索によって、Aの症状は、リンパ球性心筋炎と診断されたが、その原因を特定することはできなかった。
   Aは、平成25年9月2日、リハビリを終え、全身状態が改善したことから、E病院を一旦退院したが、同年12月下旬頃から倦怠感や仰臥位での呼吸苦を自覚するようになり、平成26年1月に入ると発熱も見られるようになったことから、同月3日、心不全の診断で同病院に再入院した。その後、Aには、同年2月1日には右後頭葉くも膜下出血が見られたことから、コイル塞栓術が行われた。
   Aは、同年4月2日以降は一般病室に移動するなど回復傾向にあったところ、同年5月27日、突然の嘔吐とともに意識混濁に陥った。検査の結果、Aには、左前頭葉に出血が認められたところ、脳障害が極めて強く、回復は難しいと考えられたことから保存的加療を継続することとなった。
   Aは、同年6月2日、劇症型心筋炎による補助人工心臓装着状態における重篤な合併症である脳出血によって死亡した。

(7)原告X及び原告YZ(注:Aの両親)は、Aの使用者である被告会社に対しては、会社法350条又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償として、被告会社の代表者である被告Yに対しては、不法行為又は会社法429条1項に基づく損害賠償として、合計9834万4872円及びこれらに対する遅延損害金の各連帯支払を求めた。


【争点】

(1)被告Yにおいて、Aの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠ったといえるか否か等(争点1)
(2)被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無(争点2)
(3)Aに生じた損害及びその額(争点3)
   以下、争点1及び2についての、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(被告Yにおいて、Aの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠ったといえるか否か等)について 
 ア 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件参照)。
 イ 被告Aは、平成24年11月24日にAが心筋炎との診断を受けて入院するに至るまでの間、Aの負担を軽減させるための措置を一切講じようともしなかったのみならず、同月23日にAが体調の負担を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも休息等を取るように命じることもなく、Aの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたのであるから、被告Aに上記の注意義務違反(過失)があったことは明らかである。

(2)争点2(被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無)について
 ア Aは、平成24年11月20日頃から頭痛や関節痛を訴えるようになり、同月24日には急性心筋炎と診断されたところ、その後、急速に症状が進行して劇症型心筋炎に起因する重症心不全によるショック状態に陥って心機能の回復が見込めない状況になり、植込み型の補助人工心臓を装着することを余儀なくされた結果、重篤な合併症である脳出血を起こして、平成25年6月2日に死亡するに至ったというのである。
   この点について、原告らは、被告Aの注意義務違反によって、Aは過労状態となって免疫力が低下し、その結果、ウイルスに感染した際に、これが体内で増殖しやすくなり、そのために心筋炎を発症し、これが劇症化するに至った旨などを主張する。
   そこで、以下では、被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無について検討する。
   なお、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、特定の事実が特定の結果発生を将来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日判決・ルンバール・ショック事件)から、本件においてもこのような観点から検討することとする。
 イ Aの心筋炎は劇症型心筋炎であり、その原因については特定されてはいないものの、E病院における手術時に行われた心筋組織の病理学的検索によって、Aの症状はリンパ球性心筋炎と診断されたというのである。そして、リンパ球性心筋炎は、ウイルス感染によるものが多いとされているところからすると、Aの心筋炎は、ウイルス感染による急性心筋炎であった可能性が高いということができる。
   Aは、平成21年に本件レストランにおいて勤務するようになって以降、過酷な長時間労働に従事しており、平成24年11月24日にD病院を受診して心筋炎と診断されるまでの約1年間における1か月の当たりの平均時間外労働時間は、約250時間(ただし、1日当たりの休憩時間を30分として計算した場合)にも上っており、その睡眠時間は、定休日以外の日については、1日当たり5時間以下であることが常態化していたというのであるから、心筋炎を発症した当時、著しい長時間労働とこれに伴う睡眠不足によって、過労の状態にあったことは想像に難くないところである。
   また、このことに加え、Aは、同月20日頃から頭痛や関節痛を訴えるようになっており、これは急性心筋炎の前駆症状であったとみるのが相当であるところ、本件レストランにおける仕事が繁忙であったことから、Aは、上記の症状が続いているにもかかわらず、同月21日及び同月22日にも本件レストランに出勤し、通常どおりの勤務を行い、さらに、同月23日においても、38度を超える発熱等もあって相当程度体調が悪化していたにもかかわらず、仕事が繁忙であったことから、休日診療所を受診した後に、体調不良を押して出勤した上、午後11時過ぎまで勤務を続けており、帰宅時の体温は38度8分に上っていたというのである。
   このような事情に照らすと、Aにおいては、日常業務において過労の状況にあったところに加えて、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、ほぼ従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたのであるから、そのことによって更に体力を奪われ、極めて疲弊した状態に陥っていたことは明らかである。
 ウ 感染症においては、宿主側の状態が、病原体の感染・発症の成立を決定する重要な要素であるとされており、何らかの理由で自然免疫応答と獲得免疫応答による生体防御反応が損なわれた場合には、感染症による傷害の可能性が高くなるとされていて、低栄養や過労の状態では、一般に病原体に対する抵抗力(生体防御能)が弱くなり、感染して発病しやすいとされている。
   また、睡眠は免疫調整に関与しており、長期的かつ重度の睡眠遮断は、自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うとされているところ、健康な男性ボランティアを対象として、夜の早い時間帯における部分的睡眠遮断と免疫応答に対する影響を調べた実験結果によると、わずかな睡眠遮断でも自然免疫応答とT細胞のサイトカインの産生が低下することが示されたほか、健康な男女を対象とした睡眠と風邪感受性についての実験結果によると、睡眠時間が5時間未満及び5時間以上6時間未満の場合には、7時間睡眠の場合と比較して、風邪への罹患リスクが統計学的に増加することが示されたというのである。
   これらの事情は、過労の状態や睡眠不足が、ウイルス等の病原体に対する生体防御機能を低下させる要因の一つとなっていることを示しているところ、このことと心筋炎の前駆症状が現れた平成24年11月20日過ぎの時点におけるAの状態を併せ考えると、この当時、Aは、過労や睡眠不足によって、生体防御機能が低下した状態であり、体内に侵入したウイルスが増殖して感染を成立させ、感染症を発症しやすい状況にあったということができる。
 エ また。Aは、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、本件レストランにおける仕事が繁忙であったことから、仕事を休んで安静を図ることができなかったのみならず、ほぼ従前どおりの過酷な長時間勤務を継続していたというのである。そして、ウイルス感染の増悪因子の一つとして過労が挙げられていて、急性心筋炎における急性期の治療の第一は、増悪因子の除去、すなわち安静及び心負担の軽減を図ることが必要であるとされており、また、活動性ウイルス感染時に運動をすることでウイルス複製が亢進することから、急性心筋炎の患者は身体活動を制限する必要があるとされており、さらに、新潟県内で発症した劇症型心筋炎の集計によると、18例のうち、最初の医療機関の受診時に入院観察の対象となった6例は全員生存退院できたのに対し、初回に自宅療養の方針となった12例のうち9例は急性期に死亡したというのである。
   このような諸事情を考慮すると、Aが、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたことが、その急性心筋炎の症状をより悪化させる要因になったことは否定し難いといわざるを得ない。
 オ 被告Yは、被告会社の代表者として、被告会社が雇用する労働者を指揮・監督する立場にあったのであるから、Aについて、業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積してその健康を損なうことがないように注意すべき義務を負っていたにもかかわらず、Aにおいて、恒常化した著しい長時間労働によって十分な睡眠時間を確保することができなくなり、その結果、業務の遂行に伴う疲労が過度に蓄積する状況になっていたにもかかわらず、そのような状況に全く無頓着なまま、Aの負担を軽減させるための措置を一切講じようとしなかったのみならず、同月23日にAが体調の不良を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも、休息等を取るよう命じたこともなく、Aの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたというのである。
   そして、前記ウ及びエで指摘したような諸事情に鑑みると、被告Yにおいて、恒常化した著しい長時間労働によって、Aの疲労が蓄積する状態になる以前に、従業員を増員するなどして、これを回避するための措置を取っていれば、Aにおいて急性心筋炎を発症するには至らなかった可能性があるし、また、少なくとも、実際にAが体調不良の状況に陥り、そのことを被告Yにおいて認識した時点において、直ちに休息を命じるなどの対応を取っていたとすれば、Aの急性心筋炎の症状がより一層悪化するという事態を招くことを回避できた可能性がなかったということはできない。
   そうすると、被告Yの上記義務違反と、Aがウイルスに感染して心筋炎を発症し、その症状が沈静化することなく進行したこととの間には、相当因果関係があるというべきである。
 カ そして、Aの心筋炎は、平成24年11月25日の時点では、劇症型心筋炎の状態となっていたということができ、同月26日には重症心不全にショック状態に陥っていたというのであるが、一般に、心筋炎発症に関連する危険因子としては、病原以外に個体因子(遺伝的背景、男女、年齢等)と環境因子(住居、職場、仕事内容、作業時間、睡眠時間等)が考えられている。そして、心筋炎及び致死性心筋炎の発症率は、男性の方が女性よりも高いとされており、また、心筋炎の原因となる心臓作用性ウイルスには、咳嗽の原因となる一般的なウイルスが含まれていて、これに罹患した者のうち、ごく少数の者のみが心筋炎の臨床学的症状を示すとされていることからすると、臨床学的心筋炎の進行等には、男女差のほか、何らかの遺伝的背景が関与しているものと考えられ、さらに、心筋炎が劇症化する予測因子としても、罹患時の心筋病変の範囲・重症度等以外に、患者個体の何らかの遺伝的・自己免疫的素因等の関与がある可能性があるとも考えられる。
   しかしながら、仮に、心筋炎の発症やその劇症化に、男女の差や、患者の何らかの遺伝的・自己免疫的素因等の関与があったとしても、男女の差はもとより、上記遺伝的・自己免疫的素因等については、その実態すら明らかではない上、これらの因子が何らかの疾患に当たるものであったり、極めてまれな特異体質に当たるようなものであることを認めるに足りる証拠は存在しないのであるから、これらは個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものであるというべきである。
 キ 以上によると、心筋炎の発症の原因となるウイルスに感染した者が、長期間にわたる長時間労働やこれに伴う睡眠不足のため過労の状態にあったところに、心筋炎の前駆症状が現れた後も数日間にわたって過重な労働を続けたことで、より一層生体防御機能を低下させ、その結果、ウイルスの増殖を食い止めることができずに、心筋炎を発症するに至った場合には、一定の遺伝的・自己免疫的素因等(上記のとおり、これらは個々人の個体差の範囲内のものにすぎない。)を有するものにおいて、心筋炎が劇症化することは、因果の流れとして一般に想定されるものであったといわざるを得ない。
   そうすると、被告Yの上記注意義務違反と、Aが心筋炎を発症し、その後、これが劇症化して重症心不全によるショック状態に陥ったこととの間には、相当因果関係があるというべきである。
   そして、Aは、劇症型心筋炎の状態になった結果、重症心不全によるショック状態に陥って、左心及び右心に補助人工心臓を植え込むことになり、これによる重篤な合併症である脳出血によって死亡したというのであるから、被告Yの上記注意義務違反と、Aの死亡との間にも、相当因果関係があるといわざるを得ない。

(3)結論
   被告Yは不法行為に基づく損害賠償として、被告会社は会社法350条に基づく損害賠償として、それぞれ連帯して、原告らに対して、合計8,430万7,865円及び遅延損害金の支払義務を負う。原告らの請求は、上記の限度で理由がある(一部認容)。