東京地裁平成30年6月8日判決(判例タイムズ1467号185頁)

配置転換の約1年後になされた転居命令が、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効であると判示した事例(控訴後控訴棄却)


【事案の概要】

(1)原告は、東京都板橋区に妻と長男(平成13年生)と同居しており、平成20年1月1日、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結した。
   被告は、外資系企業であり、金属製組み立て式天井板及び建物外装等の輸出入、製造及び販売等事業を営む株式会社である。

(2)被告は、平成20年1月1日当時、①建築建材を取り扱うAP事業部、②ブラインド・シェード製品を取り扱うWCP事業部、③総務・人事・経営管理を行う経理管理グループ、④製品の製造を行う茨城工場の4部門があり、東京都品川区にある京浜急行電鉄立会川駅近くの本社に①から③の各部門が、茨城県小美玉市内に④があった。④茨城工場への交通手段は、東京都内からJR常磐線で石岡駅まで行き、同駅からはバスに乗ってグリーンバス(かしてつバス)新高浜駅(以下「新高浜駅」という。)で下車する方法である。
   原告は、平成20年1月1日当時、①AP事業部内の営業をサポートする技術支援チームに所属しており、新規物件の見積もり依頼への対応、技術資料図書の整備等の業務に従事していた。

(3)被告は、平成23年12月から同24年1月にかけて本社を移転し、AP事業部はJR浜松町駅の近くの浜松町事務所、WCP事業部と経営管理グループは六本木の本社(以下「六本木本社」という。)に移転した。その後、被告は、AP事業が業績不振であったことから、平成27年11月30日、AP事業部から撤退するとともに、浜松町事務所を閉鎖した。
   平成27年11月の時点でAP事業部にいた社員(7名)のうち、原告、A、B及びCの4名が、同年12月1日付けで茨城工場へ異動した(以下「本件配置転換」という。)。原告の業務は梱包作業となった。原告の茨城工場への通勤経路は、東武東上線ときわ台駅から池袋駅、日暮里駅での乗り換えを経てJR石岡駅まで電車で行き、そこからバスでかしてつバス新高浜駅まで行くものであり、乗車時間は2時間45分程度であった。また、原告の自宅から東武東上線ときわ台駅までは徒歩で約13であった。
   原告と被告は、平成20年1月1日に、期間の定めのない労働契約を結んだが、給与は毎月20日締めの25日払い、通勤交通費は会社の認める通勤経路に要する実費につき全額支給とされていた。被告は、本件配置転換後の平成27年12月25日及び平成28年6月に、原告に対し、それぞれ通勤交通費30万6680円(石岡駅から新高浜駅までのバス6か月定期5万8320円とときわ台駅から石岡駅までの電車6か月定期代24万8360円の合計額)を支払った。

(4)被告の経営管理グループのDは、平成28年11月4日、六本木本社で、原告に対し、同年12月1日から茨城工場の近くに単身で転居するよう命令した(以下「本件転居命令」という。)。
   原告は、同年11月7、8日頃及び同月11日、Dに対し、通勤費を自己負担した上で東京の自宅から通勤したい旨を伝えたが、これに対し被告は、安全管理の見地から認められないと回答した。Dは、その際、原告に対し、茨城工場での勤務が長期化し、原告が東京勤務になる見込みはないことから、原告の健康や安全管理、業務の円滑のため社宅を付与することを説明した。また、原告は、共働きの妻と中学生の子がいるので転居せず今まで通り通勤させて欲しいと話していた。
   被告は、同年11月24日、原告に対し、赴任手当を13万5000円支給すること、付帯費用(引越代)は全額会社が負担すること、別居手当の支給はないこと、敷金・礼金は被告が負担すること、借上社宅の賃料3万5000円は原告が負担することなどを提案したが、原告は、これに応じなかった。

(5)被告は、平成29年3月31日、原告に対し、同日付で解雇することを通知し(以下「本件解雇」という。)、解雇予告手当65万5220円(注:解雇時の原告の給与は、年俸750万6000円(毎月62万5500円)であった。)を支払った。また、被告は、同年4月14日、原告に対し、退職金366万9173円を支払った。
   被告は、原告に対し、同年10日付け解雇理由説明書を送付した。そこには、解雇理由として、就業規則25条16号(略)で定められた「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があったとき」に該当すること、具体的には本件転居命令に対し、繰り返しの説明、説得にも関わらず、不合理な反抗を続け、正当な理由なく本件転居命令に従わなかったことがこれに当たる旨が記載されている。


【争点】

(1)本件転居命令の有効性
(2)通勤交通費の有無及び額
(3)慰謝料請求の有無及び額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件転居命令の有効性
 ア 憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」としており、同条は民法90条を介して原告と被告の労使関係にも一定の拘束力がある。しかし、被告の就業規則には、被告は「その判断で社員の配置転換又は転勤を命じることができ」(10条)、「業務上の必要若しくは業務上の都合により、社員に対し就業場所若しくは従事する職務の変更を命じることがあ」り(13条)、「人事異動により居住地の変更を要する場合の取扱いは別に定める」(15条)との定めがあるから、被告は、原告との個別の同意なくして原告の勤務地を決定し、勤務先の変更に伴って居住地の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する。
 イ さらにその権限に基づき、使用者は、配置転換等の業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定することができる。
   しかしながら、転居は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権(転居命令権)は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないことはいうまでもない。転勤命令(転居命令)につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない。
   そして業務上の必要性については、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定される(転勤命令権につき、最高裁昭和61年7月14日判決参照)。
 ウ 本件について業務上の必要性をみるに、被告は、往復6時間の長時間通勤は、原告の健康不安、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等から、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできず、本件転居命令には業務上の必要性がある旨主張する。
   しかし、
  a)本件転居命令は、本件配置転換の約1年後に出されたもので、原告は、その期間、転居せず自宅から茨城工場に通勤していたこと
  b)原告の茨城工場での業務内容は梱包作業であり、早朝・夜間の勤務は必要なく、緊急時の対応も考え難いこと
  c)原告不在時には他の従業員が原告の業務に対応することができたこと
  d)原告に残業が命じられることはなかったこと
  e)原告は、片道3時間かけて通勤しているが、交通事故のために休職した期間と一度の電車遅延による遅刻の他は遅刻や欠勤はなく、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出ることもほとんどなかったことが認められる。
   そうすると、原告が転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみても、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえず、業務の必要があるとは認められない。
   また、被告は、AP事業部の再開が見込まれないため、原告が東京勤務になる見込みがなく、今後も継続して長時間通勤を原告に課すことは、労働契約法や労働安全衛生法上不相当であると主張する。
   しかし、単身赴任による負担と長時間通勤の負担を比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。したがって、被告の上記主張は採用しない。
   以上によれば、本件転居命令には業務上の必要性があるとは認められず、被告の上記主張は採用しない。
 エ 以上によれば、本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。そうすると、原告は本件転居命令に従う義務はないし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、客観的合理的理由を欠いており、社会通念上も相当であるとは認め難いから、本件解雇は労働契約法16条により無効である。

(2)通勤交通費の有無及び額
   被告は、原告に対し、平成28年12月1日から平成29年3月31日まで(4か月)の原告の最寄り駅である東武東上線ときわ台駅からJR石岡駅までの定期代を支払うべきところ、原告の請求する3か月分13万3970円について未払のままであると認められる。
   また、被告は、平成28年12月22日にバス定期代を支払っているから、同日が交通費の支払日であると認められる。

(3)慰謝料請求の有無及び額 
   本件転居命令が無効であり、それに従わないことを理由にした本件解雇が無効であるからといって、被告が原告に対して、本件転居命令に従うよう求めたことが直ちに不法行為に当たるとは認められない(詳細は省略する。)。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び本件転居命令に従う義務のないことの確認、平成29年4月5月の未払賃金125万1000円並びに同年6月から本件確定の日までの賃金月額62万5500円及びこれに対する遅延損害金、未払交通費13万6970円及びこれに対する遅延損害金の支払請求は理由がある(一部認容)。


 

神戸地裁姫路支部平成31年3月18日判決(労働判例1211号81頁)

違法な退職勧奨・自宅待機命令後になされた配転命令について、権利濫用に当たるというべき特段の事情は見当たらず、無効であるとは認められないと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、株式会社U(以下「U」という。)及びその100%子会社であるUT株式会社(以下「UT」という。)の子会社で、真空機器・装置、熱分析装置等の分析測定装置の販売等を目的とし、Uの製品の販売を主な業務とする株式会社である。被告は、東京都に本社を置き、平成29年6月までは、兵庫県T市に営業所を有していたが(以下「姫路営業所」という。)、姫路営業所は同年7月に閉鎖された。
   原告は、平成21年1月、営業本部営業本部長付専任室長として被告に中途採用され、東京都の本社で、新商品開発部の専任室長として、新規業務の輸出入営業を担当していた者であり、遅くとも平成24年1月には新商品開発部と海外業務部を兼務していたが、同年3月7日に海外業務部を解任された。また、平成25年1月以降は、姫路営業所で、規格品等の販売営業を担当していた。原告は、以前の勤務先では、コンポーネント装置、半導体製造装置等を扱い、「真空技術」、「半導体製造プロセス」を専門技術とし、輸出入関連業務に携わっていた。

(2)Bは、取締役兼営業本部長として、原告の上司であった者である。
   D社長(以下「D」という。)は、原告を採用した者で、原告が本社に勤務していた当時、代表取締役であり、被告が事業構造改革を行った後となる平成24年7月1日から平成25年8月28日までは、取締役副社長であった者である。
   Hは、平成22年9月から平成26年6月まで姫路営業所所長として勤務し、原告が姫路営業所で勤務していた当時、原告の直属の上司であった者である。

(3)Bは、平成24年6月7日、原告に対し、本社の会議室において、再就職の支援としてK社と相談し次の就職先を探し、退職金として加算金を受領し同月末に退職することを考えてほしい旨を伝えた。原告は、これに対し、退職するつもりはない旨を回答した。
   Bは、少なくとも同月12日及び15日にも、原告に対し、退職勧奨をしたが、原告はいずれも断った。同じ時期に退職勧奨を受けた社員は、約50人の社員のうち、主として営業職と経理関係の職にある9名の者であった。また、退職勧奨の対象者の基準は明らかにされていなかった。

(4)B及びL管理本部部長は、平成24年6月29日、原告に対し、同年7月1日から無期限で自宅待機を命じる旨の辞令を交付し、荷物をもって退去するよう指示をして、原告から被告の入門証、携帯電話及びパソコンを回収した(以下「本件自宅待機命令」といい、これによる自宅待機を「本件自宅待機」という。)。
   被告は、平成24年7月1日、Uの国内営業部門の統合に伴い、旧社名から現在の社名に商号変更をして、Uの製品の国内総販売元となった。

(5)被告は、平成24年12月21日付の辞令により、平成25年1月1日付で原告を営業本部西日本営業統括部大阪支店姫路営業所専任室長として、姫路営業所勤務を命じる旨の配転命令をした(以下「本件配転命令」といい、これによる配置転換を「本件配転」という。)。原告は、転居して、同月21日から、姫路営業所での勤務を開始した。
   被告は、平成26年1月、就業規則を変更し、職能資格等級制度及び評価給制度という新しい給与制度を導入した(以下「本件就業規則変更」という。)。

(6)原告は、平成26年12月10日、被告を相手方として、本件自宅待機命令、本件配転命令、本件就業規則変更及び新しい就業規則に基づく原告の査定が、いずれも業務上の必要性がなく、不当な動機、目的に基づくものであるなどと主張して、姫路営業所で勤務する義務のないことの確認等を求める訴訟(以下「甲事件」という。)を提訴した。

(7)被告は、平成27年3月9日、原告を解雇した(以下「本件解雇」という。)。その解雇通知書には、解雇理由として、①取引先とのトラブルの頻発、②指示の無視と上司への虚偽報告、③上司及び社内関係者に対する不適切な発言とそれによる信頼関係の破壊が記載されていた。
   原告は、被告を相手方として、本件解雇は、客観的理由がなく無効であると主張して、雇用契約上の地位の確認等を求める訴訟(以下「乙事件)という。)を提起した。


【争点】

(1)本件配転命令の有効性
(2)本件自宅待機期間中の賃金減額の有効性
(3)本件就業規則変更による賃金減額の有効性
(4)本件査定の違法性
(5)本件解雇の有効性
(6)被告の不法行為(本件自宅待機命令及び本件配転命令等)の有無
(7)原告の未払賃金等
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件配転命令の有効性
 ア 被告は、平成29年7月に姫路営業所を閉鎖したから、本件配転命令が有効か無効かにかかわらず、原告には被告の姫路営業所において勤務する雇用契約上の義務がなくなったことが認められ、原告の甲事件請求(1)(略)について、確認の利益を認めることができない。したがって、本件配転命令の無効確認を求める訴えは、不適法となり、その訴えを却下せざるを得ない。
   もっとも、本件配転命令が有効か無効かは、本件配転命令の違法性及び解雇後の原告の賃金相当額の前提となるため、以下検討する。
 イ 被告が就業規則4条に基づき原告の配転命令権を有すること、また、労働者の採用に際し、勤務地を限定する合意がなされた事情がないことについては、当事者間に争いがない。したがって、被告は、原告について、業務上の必要に応じ、個別の同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有する。
   もっとも、配転命令について業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解される。そして、その場合の業務上の必要性は、当該配転先への異動がその者以外では容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率推進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等、企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件参照)。
   そこで、以下、本件配転命令が権利の濫用に当たるか否かについて検討する。
 ウ 業務上の必要性の有無
   原告は、平成24年7月以降の新体制においても、原告が従前所属していた部署及び担当していた業務が存在していることなどから、本件配転命令には、業務上の必要性がない旨主張する。しかし、
  ①新体制移行後、確かに原告の所属部署・担当業務は存在していたものの、縮小傾向であって原告の担当業務が減少又は消滅する見込みであり、実際に平成25年7月1日には閉鎖されたこと、
  ②姫路営業所においては、二人分の業務が存在するところ、平成24年6月末に一人が退職し、一人分の欠員が出ていたこと、
  ③原告はU製品の営業経験がなく、自宅待機中もU製品の勉強をしていないなど、U製品に関する知識が十分でないものの、コンポーネント装置の取扱経験を有し、真空技術の知識に強みがあったところ、姫路営業所では、U製品の取り扱いがない上、真空コンポーネント装置の取り扱いがあって、原告に適性があるといえること、他方、
  ④被告の他の営業所においては、Uの真空装置の営業を主にしており、その営業にあたって必要な真空装置の専門知識や経験に関して十分なものを有していない原告が、他の営業所において営業職を行うことは難しいと考えられたこと(D)などからすれば、
原告を姫路営業所に配置転換することは、労働力の適正配置等の観点から、被告の合理的運営に寄与するものであったといえる。この点は、Dも、本件配転命令を原告に伝えるに当たって、上記③の理由を述べているとおりである。
   したがって、本件配転命令には業務上の必要性が認められる。
 イ 他の不当な動機・目的
   原告は、本件配転命令に至る経緯から、本件配転命令の主たる動機が、原告が本件退職勧奨を拒否したことへの意趣返しという不当な動機・目的であることは明白であると主張する。しかし、
  ①退職勧奨時に原告が姫路へ行くと回答していること、
  ②姫路営業所には欠員が出ており、実際には原告の担当する業務が存在した上、Hが原告の活躍を期待して当初から単独で営業を任せ、多くの案件を担当させていたこと(H)、
  ③被告において姫路営業所への配転が左遷を意味するなどなどの慣習はないことなどからすると、
前記経緯(注:被告が原告を強硬に退職させようとしていたこと)を踏まえても、本件配転命令が、原告が退職しなかったことへの意趣返しという不当な動機のみによってされたものであるとまで認めることは困難である。
   よって、本件配転命令が、業務上の必要性の他の不当な動機・目的をもってなされたものであると認めることはできない。
 ウ 労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるか否か
   原告は、本件配転命令当時、原告の長女が高校3年生で大学受験を控えている状況であったこと、原告の妻が、乳がんに罹患して放射線治療を受けていたことのほか、メンタルヘルスクリニックにも通院していたことを理由として、本件配転命令が原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると主張する。
   しかし、原告が、原告の長女の事情を被告に伝えたと認めるに足りる証拠は存在しない。
   また、原告が、平成24年12月21日、Dに対して、妻が乳がんに罹患して手術を受けたが、今後も再発の可能性があり、その場合には放射線治療を受ける必要があって、精神的に不安定なことを伝えた事実は認められるが、原告は、上記事情を、本件自宅待機期間中に減額された賞与を支払ってほしいという交渉の中で、金銭が必要な事情として伝えたに過ぎない。かえって、本件配転との関係では、Dの方から転勤できるかと聞かれたのに対し、「転勤はします。」と答えるのみで、これに対し、Dが渋っても、「あ、いいです。それは、ま、社長がそういうお気持ちがあるっていうことで。」などと述べて、妻の乳がんとの関係で本件配転が不利益である事情や、本件配転への異議は一切述べていないことが認められる。
   そのほか、姫路駅は東海道・山陽新幹線の停車駅であり、週末等に帰郷することが容易であった容易であるところ、平日に妻の看護が必要である、妻の病状が予断を許さない状況であるなど、週末等に容易に帰郷することができたとしてもなお不利益が大きい旨の事情を認めるに足りる証拠もない。
   以上を勘案すると、本件配転命令が、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与えるものであったと認めることはできない。
   なお、原告は、この点について、半年間もの本件自宅待機命令を受け、強く復職を望んでいた原告にとっては、表面上配転を受け入れる反応をするしかなかったなどと主張するが、その点を踏まえたとしても、上記事情からすれば、原告が意に反して配転命令を受け入れたと認めるに足りる事情はなく、上記結論を左右するものではない。
 エ 以上のほか、本件配転命令が権利濫用に当たるというべき特段の事情は見当たらない。したがって、本件配転命令が無効であるとは認められない。

(2)結論
   原告の請求は、甲事件につき、本件配転命令の効力の確認を求める点については、確認の利益を認めることができないので、不適法として訴えを却下するが、甲事件のそのほかの請求及び乙事件については、一部理由を認めることができる(一部認容)。


 

京都地裁平成30年2月28日判決(労働判例1177号19頁)

本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠け、人事権の濫用として無効であり、原告に対する不法行為を構成する旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、海運航空貨物取扱業、通関業等を業とする株式会社であり、香港にある○○ CHINA CO. LTD(以下「○○チャイナ」という。)の100%親会社である。
   原告は、昭和53年から被告に勤務し、平成25年2月26日に60歳の定年を迎えた後、嘱託社員として再雇用された。原告の再雇用後の賃金は月額23万3684円であった。

(2)被告の嘱託就業規則には、以下の定めがある。
   第9条 会社は、業務上必要がある場合、嘱託社員に配置転換、勤務場所の変更を命じることがある。
     2 前項の命令を受けた嘱託社員は、正当な理由なく、これを拒むことができない。

(3)原告は、平成25年12月1日、経営管理本部A監査室室長に異動した。そして、A監査室室長の任が他の嘱託社員に比べると重いことから、原告と被告との間では、平成25年12月26日、以下のとおり、「60歳再雇用に関する特約」が締結された(以下、この特約を「本件特約」という。)。
   第1条 会社は、A監査室室長の職責に対する対価として、室長に在籍する間、第2条に定める額を補填する。
   第2条 補てん額は、以下の額とする。 50,000円/月
   第3条 補てん額は、退職時に、補てん退職金として支給する。
   第4条 略
   第5条 補てんは、平成25年12月より開始する。

(4)原告は、平成27年1月6日、経理課のGが退社することになったことに関して、L経営管理本部長及びM関西営業本部長(注:これらの者は、被告の取締役らが、平成27年8月頃、○○チャイナの担当者であったIに指示して約1000万円を被告の取締役4名の個人口座に送金させたこと(以下「本件送金」という。)などに関して、原告と問題意識を共有していた。)に、「昨年H社(注:被告の重要顧客兼株主)に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」などと記載された社内メールを送った。

(5)被告は、①平成27年1月14日、同月15日付けで原告を経営管理本部本部長付参事A監査室室長から、経営管理本部本部長付参事に異動させる配転命令をし、②同月26日、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をした(以下、これらの配転命令を「本件配転命令」という。)。


【争点】

(1)本件配転命令が違法無効なものか。
 ア 原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるか。
 イ 本件配転命令につき、原告の同意があるか。
 ウ 本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものか。
(2)原告の損害額
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるかについて
   被告の嘱託就業規則には配置転換を命じる規定があることからすると、原告と被告との間で配置転換のない職種限定としての労働契約が締結されたと認め得るためには、就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情が必要であると解される。
   この点、平成26年11月2日付けの嘱託雇用契約書では、「従事すべき業務の内容」として「経営管理本部(本部長付)・A監査室(室長)関連業務およびそれに付随する業務全般」と記載されている。
   しかし、職種限定合意がない場合でも、労働契約書や労働条件通知書において、当面従事すべき業務を記載することは、通常行われることである。よって、上記の記載をもって、直ちに職種を限定する趣旨であると認めることはできない。むしろ、平成25年12月26日の本件特約では、退職金の補てんは、「室長に在籍する間」との限定を付していることからしても、原告がA監査室室長を離れる場合を念頭に置いていたものと認められる。
   したがって、原告と被告との労働契約において職種限定の合意があったとは認められないから、本件配転命令が労働契約に違反するとは認められない。 

(2)本件配転命令につき、原告の同意があるかについて
   原告は、平成27年1月16日にA監査室室長業務を外した嘱託契約書を、いったん持ち帰った後に署名捺印しており、同月26日には経営管理本部・本部長付としての業務の引継ぎもしている。
   しかし、被告では、既に既に同月14日付けで原告をA監査室室長から外す旨の配転命令を発しており、同月16日には原告が一度提出した始末書を書き直させることもしており、さらに原告は同月22日に労働組合に加入して本件配転命令の撤回を求めていることからすると、原告が同月16日に嘱託契約書に署名捺印したのは、本件配転命令に不服があったものの、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   また、被告では、同月26日に、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をしたのであるから、それに基づいて原告が引き継ぎをしたことについても、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   そして、配転命令が、その本来の適法性いかんにかかわらず、労働者の同意によって有効とされるためには、配転命令が違法なものであってもその瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意であることを要すると解するのが相当であるから、本件では、原告がこのような同意をしたとは認められない。
   したがって、本件配転命令が原告の同意を理由に有効であるとは認められない。

(3)本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものかについて
 ア 使用者の就業規則に従業員を配置転換させることができる旨の規定がある場合、使用者は、職種や勤務場所の限定がない限り、業務上の必要に応じ、個別同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有するが、配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解され、その場合の業務上の必要性については、企業の合理的運営に寄与する点があれば、業務上の必要性が肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件・労働判例477号6頁参照)。
 イ まず、原告は、本件配転命令は、原告がA監査室室長として被告の取締役らの不正を調査することを妨害する目的でされたものであると主張する。
   しかし、被告は、原告がA監査室室長に就任する以前に、顧問会計士や社外監査役からの指摘をきっかけに、顧問の会計士とも相談して、本件送金をめぐる税務会計上の処理と役員個人の税務申告を終え、それが反映された株主総会決議を経ているのであるし、原告の調査が特段進展していたわけでもないから、被告の役員らの主観として、原告の調査を妨害する必要を感じていたとは考えがたいところである。
   したがって、本件配転命令が不当な目的によるものとは認められない。
 ウ 次に、本件配転命令の業務上の必要性について検討する。
  a)この点、被告は、以下の事実を挙げて、原告がA監査室室長としては不適格であると判断したと主張する。
  ・原告は、平成25年3月頃、根拠不明の役員批判の電子メールを社内で送信したことで、始末書を提出した。
  ・原告は、同年12月頃、Fとの間で業務時間中に業務と直接関係のない私用メールをくり返しやりとりしていた。
  ・原告は、平成27年1月6日頃、他の従業員に対し、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から、現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けた旨の、被告の財政不安を煽る虚偽の内容の電子メールを就業時間中に送信していた.
  b)しかし、まず、平成25年3月頃の役員批判の電子メールの送信は、それにもかかわらず、被告は原告をA監査室室長の地位に就けているのであるから、A監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものではなかったと認められる。
   また、同年12月頃のFとの私用メールのやりとりについても、その内容は不明であるから、それがA監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものとは認められない。
  c)そこで、平成27年1月頃の社内メールの件について検討する。
   この社内メールでは、「昨年H社に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」と記載されており、その趣旨は、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けたというものであると認められる。しかし、被告は役員賞与が支給できない状況ではあったものの、資金繰りに問題が生じるほどの状況であったことをうかがわせる証拠はない。また、原告本人は、このような発言をH社の社員から聞いたと供述するが、その氏名も明らかでなく、それを否認する被告代表者の供述からすると、そのような事実はなかったと認められる。そうすると、原告の上記社内メールの内容は、根拠のないものであったと認められる。
   しかし、原告がこの社内メールを送信した相手は、元経営管理本部長のLと元関西営業本部本部長のMといった元上級幹部2名のみであり、社内事情にも相応に通じていると考えられる者のみであるし、被告の手持ち現金の多寡は、決算書を見れば容易に判明するのであるから、この社内メールで原告が被告の財務事情が悪いとの噂を社内に広めたとは認められない。確かに、この社内メールは業務時間中に作成されているものではあるが、根拠を欠くとはいえ、社内状況を憂える内容でもあるから、直ちに私用とも言い難いものである。
   そうすると、A監査室室長の地位が、被告の業務の内部監査と社員の研修を行う立場にあることを考慮しても、この社内メールをもって原告がA監査室室長として不適格であると認定することは、いささか早計に過ぎるというべきである。
   そして、原告をA監査室室長から外すことにより、原告が本件特約による退職金の補てん措置の対象外となることを考慮すると、本件配転命令は実質的に減給措置を伴うものといえ、原告に経済的な不利益を及ぼすものでもある。
   これらの点を考慮すると、本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠けるというべきである。
 エ したがって、本件配転命令は、人事権の濫用として無効であり、被告がそれを強行したことは、原告に対する不法行為を構成すると認めるのが相当である。

(4)結論
   原告の本件請求は、不法行為に基づき214万5000円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。