東京地裁平成28年2月19日判決(LLI/DB判例秘書登載)

即時解雇に値する重大な事由が存しないのに、自ら定めた就業規則上の手続的要件も無視して行われた即時解雇が、懲戒権を濫用したものとして無効とされた事例(控訴後和解)

【事案の概要】

(1)被告は、東京都内に1校舎、千葉県内に2校舎を有する学習塾の運営等を目的とする株式会社である。
   原告は、昭和59年〇月〇日生まれの女性であり、平成18年7月20日、被告の関連会社である株式会社A(以下「A」という。)との間で、「教育・マネジメント業務」を業務の内容とする、期限の定めのない労働契約を締結した。そして、原告は、平成20年5月からは、千葉県松戸市内所在の「△△〇✕学校」(以下「〇✕校」という。)の教室長として勤務してきた。
   Aの学習塾経営事業は、平成20年10月、Aから被告に事業譲渡された。これに伴い、被告は、原告とAとの労働契約を承継し、原告は、そのまま〇✕校での教室長としての勤務を継続した。

(2)被告は、原告に対し、平成22年11月から、家族手当、食事手当等を除き、毎月必ず支給する給与として月31万円を支給し、その内訳を「基本給」26万円及び「役付手当」5万円と表示していた。

(3)被告は、次の要旨の定めを含む就業規則を定め、平成23年9月1日から施行していた。
 ア 女子の時間外勤務の制限(37条2項)
   満18歳以上の女子は、従業員代表との協定による場合でも1週間6時間、1年150時間を超えて時間外勤務をさせることはない。
 イ 退職(67条)
   退職を希望する者は1か月以前に(主任以上の職にある者又は勤続5年以上の者は3か月以前)、その理由を付して所属長を経て申し出て会社の承認を受けなければならない(以下省略)。
 ウ 懲戒(75条)
   懲戒は譴責、減給、降格、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇とし、その行為の軽重又は情状によって裁定する。懲戒解雇は、予告期間を設けることなく即時解雇し、予告手当(平均賃金の30日分)及び退職金は支給しない。 
 エ 懲戒事由(77条)
   (以下の事由を含む懲戒事由が、列挙されている。)
 (ア)勤務を著しく怠った者
 (イ)会社に重大な不利益を及ぼした者
 (ウ)その他、前各号に準じる程度の不都合な行為をした者

 オ 即時解雇(78条)
   従業員が、次の各号の一に該当するときは、67条によらず、労働基準監督署長の認定を受けた上で即時解雇する。
 (ア)77条各号の行為にして特に情状の重い者
   (以下省略)

(4)被告は、平成23年9月5日、従業員らに対して、固定残業代を導入し、その分基本給を切り下げる賃金変更を提示し、同年10月25日支払の給与から実施した(以下、被告が導入した固定残業代制度を「本件固定残業代制度」という。)。原告の同日支払分の給与明細では、家族手当等を除き、毎月支給する給与31万円の内訳が「基本給」14万6000円、「固定残業」11万4000円及び「役付手当」5万円と記載されるようになった。

(5)原告は、平成26年7月5日、被告の取締役で、エリア長であるBに対して、同日付け退職届(以下「本件退職届」という。)を提出して、一身上の都合で同年10月10日をもって退職し、退職までの間、同年8月に5日、同年9月に勤務日前日(24日)、同年10月に8日間の有給休暇を取得することを届け出た。
   そして、原告は、弁護士に依頼して、被告に対し、平成26年8月21日、平成23年7月11日から平成26年7月10日までの残業に係る残業代及びその遅延損害金として金765万2324円の支払を催告する通知書を発送した(以下「本件催告」という。)。

(6)これに対し、被告は、平成26年8月30日、原告代理人に対し、同月29日付け通知書を発送し(同年9月2日到達)、本件催告における残業代の計算根拠を争うとともに、労働基準法115条による2年の消滅時効を援用した。
   さらに、被告は、同月30日、同月29日付け通知書(以下「本件通知書」という。)を発送して(同年9月2日到達)、①原告を懲戒解雇し(以下「本件解雇」という。)、②退職金の支給も行わず、③原告が回収を怠った〇✕校在籍の生徒の未収金合計68万0570円を支払うよう通知した。
   被告は、本件通知書内で、本件解雇の理由として、原告が教室長の職務として生徒に対する月謝支払の督促等の回収業務を行う義務があるところ、被告が何度注意をしても全く滞納月謝の回収行為をしなかったこと、その結果、〇✕校の平成24年度決算で、金91万7970円の未収金が生じ、やむなくそのうち金19万3860円を雑損処理し、現在も金48万6710円の未収金が残存していること等を挙げて、就業規則77条(ア)から(ウ)までの定める懲戒事由に該当する旨を記載した。

(7)原告は、弁護士に依頼して、平成26年9月9日、本件解雇の撤回などを求める回答書を発送した。しかし、被告は、これに応ぜず、離職年月日を平成26年9月3日として、離職理由を「重責解雇」と記載した、原告の雇用保険被保険者離職票を発行した。

【争点】

(1)残業代、同相当損害金
  ア 原告の管理監督者性
  イ 残業代の基礎賃金
   ①役付手当の参入
   ②本件固定残業代制度導入の有効性
   ③時間単価の算定
  ウ 労働時間
  エ 残業代不払による不法行為性
(2)本件解雇の有効性
(3)本件解雇の不法行為性
 以下、(1)イ②および(2)についての裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件固定残業代制度導入の有効性について
   使用者と労働者の合意によれば、強行法規等に反しない限り、既存の労働条件を労働者の不利益に変更することはできるが(労働契約法8条)、特に労働の対価たる賃金の減額は、合意を成立させる同意が労働者の自由意思においてなされたと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在することを要する。
   この点、本件では、以下の事情が認められる。
  ・原告から本件固定残業代制度の導入に同意する旨の明示の意思表示はされていない。
  ・本件固定残業代制度は、基本給を減額し、その分を固定残業代に振り替えることで、それまでのサービス残業の実態を温存し、残業代の発生を制限する重大な不利益変更を内容とし、合理的なものともいえない。
  ・それにもかかわらず、従業員らに対しては、この不利益性や不合理性が明確にされず、むしろ、「サービス残業対策」と、あたかも労働条件の改善を図る、又は単に「給与の明細変更」に過ぎないように説明されており、協議や意見交換の機会も設けられてない。
  ・本件固定残業代導入の際に、長時間労働を抑制するための実効的な措置が講じられたことがうかがわれない。
  ・本件固定残業代自体、被告自らが就業規則で定めた女子の年間150時間の時間外勤務制限にも反する、月60時間以上の時間外労働を予定している。
  ・本件固定残業代制度とほぼ同時に、労働時間の管理方法を出退勤時刻の機械的把握が可能なタイムカードの利用から従業員の自己申告による出勤簿に変更した。
   上記の事情に鑑みれば、(仮に原告が本件固定残業代制度導入に関して黙示に同意したことが認められるとしても、)その同意が原告の自由意思においてなされたと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するとはいえない。

(2)本件解雇の有効性について
 ア 被告は、就業規則上、懲戒解雇である即時解雇の事由を、懲戒事由の中でも「特に情状の重い者」に限定しているところ、懲戒解雇は、最も重い懲戒処分で、労働者を雇用関係から排除して、その名誉にも重大な悪影響を及ぼし、再就職の重大な障害にもなる懲戒解雇の性質に照らしても、懲戒解雇に値する懲戒事由は相当に重大なものでなければならない。よって、懲戒解雇に値する懲戒事由は、行為の性質及び態様その他の事情に照らして、その悪質性が著しく、雇用関係における信頼関係を根本的に破壊する、又は労働者を制裁として雇用関係から排除しなければ企業秩序の回復は望めない程度のものであることを要すると解する。
 イ この点、原告は、授業料の出納管理の点を除くと、その勤務態度には見るべき問題点があったとはうかがわれない。むしろ、被告は、本件催告を不快に感じて、原告に対抗・報復する意図のもと、性急に本件解雇を行ったと推認できる。
 ウ ところで、労働基準監督署長の解雇予告除外事由の認定(労働基準法20条3項、19条1項但書)は、一般には即時解雇の意思表示の後でもよく、その性質は行政庁による事実の確認手続に過ぎず、即時解雇の効力に直ちに影響を及ぼすものではない。にもかかわらず、被告の就業規則では、「労働基準監督署の認定を受けた上で即時解雇する」ことが明記されている。これは、不適切な即時解雇の防止に万全を期すために、労働基準法による最低基準を超えて、中立性と専門性を有する労働基準監督署の認定を経ることを即時解雇の手続的要件として定めたものと解される。よって、上記の手続を履践しないことは、即時解雇の要件欠如にほかならず、労働契約上定められた懲戒権の範囲を逸脱することになるから、労働基準監督署長の認定を得られることが確実に予想されるような場合を除いて、一般に軽微な瑕疵に過ぎないとはいえない。
 エ 本件催告での残業代請求は、その相当部分が正当なもので、正当な権利行使に当たるから、使用者である被告が、これを不利益に扱うことは当然許されない。
 オ 以上によれば、本件解雇は、即時解雇に値する重大な懲戒事由が存しないにもかかわらず、本件催告に対抗・報復する意図のもと、原告からの弁明聴取を経ず、自ら定めた労働基準監督署長の除外認定の事前取得を求める就業規則も無視して、退職を容認する態度を突如翻して強行されたものである。したがって、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上も相当とはいえず、懲戒権を濫用したものとして無効である(労働契約法15条、16条)。
 カ したがって、原告は、平成26年9月の本件解雇の後も、本件退職届による退職予定日である同年10月10日までは在籍し、有給休暇を取得中であったから、被告は、その間の賃金支払義務を免れない(未払賃金6万9648円、同26万9428円を認容)。
   また、本件解雇は無効である以上、退職金を減額又は不支給とする事由には当たらず、原告が本件退職届に基づいて円滑な手続により退職した者とみることは妨げられない(退職金54万9167円を認容)。

(3)結論
   上記(2)カに加えて、未払残業代473万8203円、付加金358万9821円、本件解雇による損害賠償金(経済的損害194万4000円、慰謝料120万円)並びにこれらの遅延損害金が認容された。

【控訴審】

   平成28年6月20日、①控訴人(一審被告)が、被控訴人(一審原告)に対する平成26年9月2日付け懲戒解雇を撤回し、②被控訴人が、平成26年10月10日付けで、控訴人を自己都合退職したものとし、③控訴人が、被控訴人に対し、本件解決金として、一定額を支払う等の内容で、和解が成立した。