最高裁平成30年9月27日判決(判例タイムズ1458号100頁)

自賠法16条1項に基づく直接請求権を行使する被害者は、被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について、労災保険法12条4項1項により移転した直接請求権を行使する国に優先すると判示した事例(一部破棄差戻)

【事案の概要】

(1)次の交通事故が発生した。
 ア 発生日時 平成25年9月8日午後11時29分頃
 イ 発生場所 静岡県駿東郡小山町中島国道246号上り線91.6キロポスト付近
 ウ 加害車両 A運転の軽自動車
 エ 被害車両 上告人兼被上告人(以下「第1審原告」という。)運転の中型貨物自動車
 オ 事故態様 加害車両が、中央線を超え、反対車線を走行していた被害車両に正面衝突した(以下「本件事故」という。)

(2)第1審原告は、本件事故後、B病院に救急搬送され、その後、平成25年9月9日から平成26年10月31日まで、C病院に、左肩腱板断裂、右膝打撲、骨盤打撲、頸椎捻挫の傷病名で通院した。
   Aは、加害車両について、被上告人兼上告人(以下「第1審被告」とう。)との間で自賠責保険契約を締結していた。なお、Aは、本件事故により死亡し、その相続人らは相続を放棄した。また、加害車両について、任意の自動車責任保険契約を締結していなかった。

(3)第1審原告は、被害車両の所有者であるDのトラック乗務員であり、本件事故当時、Dの業務として、被害車両を運転して、荷物を運搬していた。
   労働者災害補償保険(労災保険)において、本件事故は第三者行為による業務災害であると認められ、原告に対し、療養(補償)給付、休業(補償)給付合計410万7225円及び障害(補償)一時金498万1490円が給付された。
   このことから、本件事故に係る第1審原告の第1審被告に対する自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)が、労災保険法12条の4第1項により、上記の労災保険給付の限度で国に移転した。
   第1審原告が上記の労災保険給付を受けてもなお填補されない本件事故に係る損害額は、傷害につき303万5467円、後遺障害につき290万円である(注:控訴審の認定)。
   なお、労災保険で認定された原告の障害の程度は、左肩の可動域制限が障害等級10級の9、頸部の疼痛が障害等級14級の9であり、併合10級である(右肩の可動域制限は、災害によるものとは認められなかった。)。

(4)第1審原告は、平成27年2月、本件事故に係る自賠責保険の保険金額(以下「自賠責保険金額」という。)は傷害につき120万円、後遺障害につき461万円(注:後遺障害等級10級相当)であるなどと主張して、本件訴訟を提起した。
   原審は、第1審原告の請求につき、本件事故に係る自賠責保険金額は、傷害につき120万円、後遺障害につき224万円(注:後遺障害等級12級相当)の合計である344万円およびこれに対する原判決確定の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
   これに対し、第1審原告及び第1審被告の双方が、上告受理申立てをしたところ、最高裁は、いずれの申立ても上告審として受理した(ただし、第1審原告の申立ての理由中、後遺障害の有無及び程度に関する部分は、排除した。)。

【争点】

(1)自動車の運行によって生命又は身体を害された者(以下「被害者」という。)の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
   以下、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)被害者の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
 ア 第1審被告は、被害者の直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合には、被害者は、その直接請求権の額が、上記合計額に対して占める割合に応じて案分された、自賠責保険金額の限度で、損害賠償額の支払を受けることができるにとどまる旨をいう。
 イ しかし、被害者が、労災保険給付を受けてもなお填補されない損害(以下「未填補損害」という。)について、直接請求権を行使する場合は、他方で、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合であっても、被害者は、国に優先して、自賠責保険の保険会社から、自賠責保険金額の限度で、自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができる。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条1項は、同法の3条の規定による保有者の損害賠償責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では、確実に損害の填補を受けられることにして、その保護を図るものである(同法1条参照)。
   それゆえ、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険全額について支払いを受けられないという結果が生ずることは、同法16条の趣旨に反する。
  b)労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた損害について生じた事故について労災保険給付が行われた場合には、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権は国に移転するものとしている。
   同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合に、受給権者において填補された損害の額を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償を免れる理由はないことによるものと解される。
   労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするために必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付の価額を、国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。
   したがって、同項により国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わない。
 ウ 以上によれば、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
 ア 原審は、次のとおり判断して、原判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却すべきものとした。
  a)被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合には、裁判所は、自賠法16条の3第1項に規定する支払基準によることなく、損害賠償額を算定して支払を命じる判決をすることとなるため、保険会社は、上記判決が確定するまで損害賠償額を確認することができない。
  b)そうすると、この場合における同法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情のない限り、上記判決が確定するまでの期間をいうものと解すべきである。
  c)したがって、上記特段の事情が認められない本件においては、第1審被告の損害賠償額支払債務は、原判決の確定時まで遅滞に陥らない。
 イ しかし、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条の9第1項は、同法16条1項に基づく損害賠償額支払債務について、損害賠償額の支払請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞に陥らない旨を規定する。
   この規定は、自賠責保険においては、保険会社は損害賠償額の支払をすべき事由について必要な調査をしなければ、その支払をすることができないことに鑑み、民法412条3項の特則として、支払請求があった後、所要の調査に必要な期間が経過するまでは、その支払債務は遅滞に陥らないものとし、他方で、その調査によって確認すべき対象を最小限にとどめて、迅速な支払の要請にも配慮したものと解される。
  b)そうすると、自賠法16条の9第1項にいう、「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社において、被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する期間をいうと解すべきである。
   そして、その期間については、事故又は損害賠償額に関して、保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期、損害賠償額についての争いの有無及びその内容、被害者と保険会社との間の交渉の経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である。
   このことは、被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合であっても、異なるものではない。
  c)したがって、第1審原告が直接請求権を訴訟上行使した本件において、第1審被告が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がないからといって、直ちに第1審被告の損害賠償額支払債務が、原判決の確定時まで遅滞に陥らないとすることはできない。
 ウ 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(3)結論
 ア 争点(1)について
   第1審被告の上告は、これを棄却する。
 イ 争点(2)について  
   原判決中、344万円に対する、訴状送達の日の翌日である平成27年2月20日から本判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分は、破棄を免れず、この部分については、第1審被告の損害賠償支払債務が遅滞に陥る時期について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。

札幌地裁平成29年6月23日判決(自保ジャーナル2028号18頁)

原告の請求により、将来介護費用の他、逸失利益についても定期金賠償が認められた事例(控訴審判決後上告受理申立中)

【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成19年2月3日午後1時15分頃
 イ 発生場所 北海道千歳市内の市道(以下「本件市道」という。)
 ウ 被害者  歩行者(平成14年〇月〇〇日生)   
 エ 加害車両 大型貨物自動車(以下「本件車両」という。)
 オ 事故態様 原告X1が、本件市道を横断中、被告Y1の運転する本件車両と衝突した。

(2)原告X1(当時4歳)は、本件事故により、脳挫傷、びまん性軸索損傷、左中指末節骨骨折等の傷害を負い、受傷直後はJCS200の状態にあり、札幌医科大学附属病院(以下「札幌医大病院」という。)に入院した当初も、意識障害、呼吸障害が続いた。しかし、原告X1は、平成19年2月19日頃から、意識障害が改善し、同月22日、小児科に転科した。
   原告X1は、札幌医大病院で実施されたリハビリテーションにより歩行可能となったものの、発語稚拙、歩行ふらつきの状態にあったほか、左手外傷後瘢痕拘縮についての治療を受けた。原告X1は、同年4月25日、札幌医大病院を退院した(同年2月3日から、82日間)。その間、原告X3(注:原告X1の母)は、同年4月以降は休職して、原告X1の入院治療に毎日付き添っていた。
   原告X1は、同年5月16日から同年7月30日までの間(76日間)、北海道立子ども総合医療・療育センター(以下「子ども医療センター」という。)に入院し、引き続き、日常生活動作等に関するリハビリテーションを受けた。また、原告X1は、同年8月27日から同月28日までの間(2日間)、札幌医大病院に入院した。その間、原告X3は、原告X1の入院治療に毎日付き添ったほか、同年9月3日から同月21日までの間(19日間)、退院後の家庭で行うリハビリテーションの習得を目的として、子ども医療センターに原告X1とともに入院した。
   子ども医療センターを退院後、原告X1は、引き続き、札幌医大病院、子ども医療センター及びAクリニックで、歩行運動障害等についてリハビリテーションを中心とした通院治療を受けた。しかし、X1は、平成24年12月27日、症状固定となった。この間、原告X3は、原告X1の通院に付き添った。

(3)子ども医療センター所属のB医師作成の後遺障害診断書及び神経系統の障害に関する医学的意見書等によると、原告X1は、日常生活動作において粗大運動等については課題が少ない状態になるまで発達しているが、手指巧緻性の低下、片足立ち困難、軽度バランス障害があり、多動、衝動性があり、コミュニケーション及び自己統制は困難であり、家庭、地域社会等における全般的活動状況及び適応において支援が必要と指摘されている。

(4)自賠責保険による後遺障害の認定は、以下のとおりである。
   原告X1については、頭部画像に明らかな脳損傷の所見が認められ、受傷当初から意識障害が継続して認められることや、その後の症状経過を踏まえると、本件事故に起因する脳損傷による高次脳機能障害が残存しており、その障害の程度については、心理検査結果報告書、WISC―Ⅳ検査結果報告書、日常生活状況報告書その他の資料を含めて総合的に評価し、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当するとして、後遺障害等級3級3号に該当する。他方、原告X1の左手指の瘢痕については、自賠責保険における後遺障害等級には該当しない。

【争点】

(1)本件事故の態様及び過失割合
(2)損害の発生及びその額

【裁判所の判断】

(1)本件事故の態様及び過失割合
  ・被告Y1は、本件事故現場付近にある✕✕会館又はその周囲から、場合によっては人が道路に出てくる可能性があることを予見することは十分に可能であった。
  ・本件事故当時、本件事故現場付近は圧雪アイスバーンの状態にあり、急な飛び出しがあるとこれを回避することは困難であった。
  ・被告Y1の供述及び陳述(以下「陳述等」という。)によっても、被告Y1は、本件市道の制限速度を若干上回る速度で本件車両を走行させ、これにより原告X1に重篤な障害を残す脳挫傷等の傷害を負わせた。
   他方、
  ・原告X1が当時4歳の幼児であったから、原告X3は、その保護者として、原告X1が道路に飛び出すことがないように看視、監督すべきであったのに、本件事故が起きるまで原告X1の挙動について把握していなかった(被害者側の過失)。
   そして、原告X1は、本件車両がわずか19.6mの距離に接近している状態で本件市道を横断したこと、その他一切の事情を考慮すると、被告Y1と原告X1側の過失割合は、前者に8割の過失があるというべきである。

(2)原告X1の損害
 ア 原告X1の治療費 292万9060円
 イ 原告X1の入院雑費 26万8500円
 ウ 通院交通費 104万5357円
 エ 装具費用等 44万4540円
 オ 症状固定前の付添看護日費、介護費用 1149万5000円
  ①原告X3が休職していた平成19年9月末日まで
   上記【事案の概要】(2)の原告X1の治療経過からすると、原告X1は、本件事故時は4歳であり、受傷後は意識がなく、意識が回復した後も重篤な傷病のために、原告X3が休職して原告X1の入院治療に毎日付き添っていたものと認められる。よって、原告X3が休職していた平成19年9月末日までの入院付添費及び自宅付添費に関しては、1日当たり8000円をもって相当と認める。
  ②平成19年10月1日以降
   原告X1の治療経過及び症状固定時における障害等に鑑みれば、原告X1の治療に関しては、通院のための付添の必要性はもとより、自宅における日常生活においても、原告X3らによる声がけや援助が必要であったと認められる。よって、平成19年10月1日以降の通院付添費及び自宅付添費に関しては、1日当たり5000円をもって相当と認める。
 カ 不動産賃借料 0円
 キ 将来介護費用(定期金賠償)
   上記【事案の概要】(3)の原告X1の症状固定時の状況等によれば、原告X1は、本件事故に起因する脳外傷による高次脳機能障害が残存し、平成19年6月11日付けの知能検査(WPPSI)では全IQ79、平成26年1月8日付けの知能検査(WISC―Ⅳ)では全検査69点であり、知的検査はやや遅れであり、年齢が上がるに従って学習に付いていけなくなり、小学校5年生以降は特別支援学級に進学していること、食事や排泄は自立、入浴もほぼ自立しており、1人でバスで移動し、近所への買い物一応は可能であるが、他方で、易怒性、固執性があり、感情の起伏があって粗暴になることもあり、対人関係の構築は難しく、また、金銭管理も困難であり、原告X3の援助によって通学のための準備ができていることの各事実が認められる。
   上記認定事実によれば、高次脳機能障害の後遺障害のある原告X1が、将来にわたって完全に自立した生活を送ることができる見込みがあるとは到底認めがたく、日常生活を送る上で他人の看取や支援が必要であると認められるから、将来にわたって介護の必要性があると認められる(注:介護費用の認定額は、後記シ③参照)。
 ク 逸失利益(定期金賠償)
   上記【事案の概要】(3)の原告X1の症状固定時の状況等によれば、原告X1は、本件事故により労働能力を完全に喪失したと認めることができる。そうすると、原告X1の症状固定時(平成24年12月27日)の賃金センサス(男子・学歴計・全労働者平均賃金)529万6800円を基礎収入とし、原告X1が後遺障害逸失利益に関して毎月22日限りの定期金賠償を求めているから、原告X1が就労可能となる年齢に達する日(平成32年〇月〇〇日)から原告X1が67歳に達する日(平成81年〇月〇〇日)までの間、毎月22日限り、44万1400円が後遺障害逸失利益として支払われるべきである。
 ケ 慰謝料 
  ①入通院慰謝料 310万円
  ②後遺障害慰謝料 1990万円
 コ 損害の填補及び充当
   原告X1については、a平成26年3月12日、自賠責保険により2219万円が支払われたこと、b被告Y3(注:被告側の任意保険会社)から治療費として468万5944円が支払われたことが認められる。そこで、aについては法定充当し、bについては元本に充当すると、原告X1の損害(ただし、弁護士費用を除く。)は、以下のとおりとなる。
  ①将来介護費用(ただし、平成25年1月(注:症状固定日は、平成24年12月24日)分から平成28年10月分まで(注:口頭弁論終結時まで)を含む。)及び逸失利益、弁護士費用を除く損害金の合計 3918万2457円
  ②過失相殺後の残額(=①×0.8) 3134万5965円
  ③bを②に元本充当 2666万0021円(=3134万5965円―468万5944円)
  ④aを③に法定充当 1393万9806円(=2666万0021円―(2219万円―946万9785円(③の7年38日間の遅延損害金)))
 サ 弁護士費用 900万円
 シ 小括
  ①将来介護費用及び逸失利益を除く損害額
   2293万9806円(=1390万9806円+900万円)
  ②平成25年1月分から平成28年10月分まで(46月間)の介護費用
   335万8000円(=9万1250円×46×0.8)
  ③将来介護費用(定期金賠償)
   毎月27日限り、以下の金額
  a)平成28年11月から平成30年3月(X1の義務教育期間終了)まで、7万3000円(=9万1250円×0.8)
  b)平成30年4月から平成46年6月(X3が67歳に到達)まで、20万1666円(≒25万2083円×0.8)
  c)平成46年7月以降X3が死亡するまで、24万3333円(≒30万4166円×0.8)
  ④逸失利益(定期金賠償)
   平成32年9月から平成81年8月まで、毎月22日限り、35万3120円

(3)原告X2(注:原告X1の父)及び原告X3の損害
 ア 慰謝料 各120万円(=150万円×0.8)
 イ 弁護士費用 各12万円
 ウ 小括 各132万円

【控訴審の判断】

   札幌高裁平成30年6月29日判決(判例タイムズ1457号73頁、自保ジャーナル2028号1頁)は、原告X1の将来介護費用(定期金賠償)のうち、義務教育期間終了後(上記【裁判所の判断】(2)シ③b及びc)について、①原告X1において、義務教育期間終了後も高等支援学校に進学し、また、②原告X1の成長に伴い介護の負担の程度が軽減することなどを考慮して、職業介護による介護費用及び親族介護による費用の日額を、いずれも20パーセント減額して、原審を変更したが、その余については、原審の判断を維持した(上告及び上告受理申立中)。

東京高裁平成30年8月8日判決(判例タイムズ1455号61頁)

反訴被告の提出した私的鑑定書及び実験結果報告書の信用性を否定して、反訴原告が本件事故によって傷害を負ったことを認めた事例(確定)

【事案の概要】

(1)次の交通事故が発生した。
 ア 発生日時 平成28年8月16日午後3時20分頃
 イ 発生場所 省略(以下「本件交差点」という。)
 ウ 被控訴人(以下「反訴原告」という。)車両(以下「加害車両」という。) 普通乗用自動車
 エ 原審本訴事件相被告A(以下、単に「A」という。)車両(以下「被害車両」という。) 普通乗用自動車
 オ 事故態様 Aが運転し控訴人(以下「反訴原告」という。)が助手席に同乗していた被害車両が市道を北進し本件交差点に直進進入したところ、対向車線を南進してきた反訴原告の運転する加害車両が本件交差点に右折進入してきたことから、Aは右ハンドルを切りブレーキをかける回避措置(以下「本件回避措置」という。)をとり、衝突は回避された(以下「本件事故」という。ただし、非接触事故である。)

(2)原審では、当初、反訴被告がA及び反訴原告の両名を被告として債務不存在確認請求本訴事件を提起した。これに対し、反訴原告は、本件事故によって急激な負荷を受けて頚椎捻挫及び腰椎捻挫の傷害を負ったとして、反訴被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として43万3568円及び遅延損害金の支払いを求める反訴事件を提起した。そのため、本訴事件のうち反訴原告を被告とする部分は取り下げられた。
   原判決は、反訴原告の請求を棄却したことから、反訴原告がこれを不服として控訴した。なお、本訴事件のうちAに対する部分については、債務不存在確認請求を認容する原判決が確定している。

 【争点】
(1)判決文からは不明(注:事故態様と思われる。)
(2)反訴被告の過失
(3)反訴原告の受傷の有無
(4)反訴原告に生じた損害

【裁判所の判断】

(1)反訴被告の過失
   反訴被告は、加害車両を運転して本件交差点を右折しようとしていたのであるから、直進車の進行を妨害しないという義務を負うにもかかわらず、直進車である被害車両の進行を妨害して右折開始を実行したという過失がある(注:反訴原告の過失は、認定されていない。)。

(2)反訴原告の受傷の有無
 ア 反訴原告は、本件事故によって頚椎捻挫及び腰椎捻挫(いわゆるむち打ち症の比較的軽度のもの)の傷害を負ったものと認められる。

 イ これに対し、反訴被告は、本件回避措置によって加わる程度の数値の加速度で傷害が発生することはあり得ない旨主張する。そして、反訴被告提出に係る株式会社B鑑定事務所所属・B作成の鑑定書と題する文書(いわゆる私的鑑定書である。)及び実験結果報告書には、大要、以下の記載がある。
  a)「摩擦力は接触面に作用する垂直方向の力(垂直抗力)に比例し、接触面積には無関係」というクーロンの法則の下では、走行中の車両が、摩擦係数0.50~1.00の路面上でどのような激しい急旋回及び急制動をしても、その車両に加わる加速度は1.0Gを超えない。
  b)本件回避措置時に被害車両に生じた加速度(衝撃)の大きさを測定するために、同型車を用いて本件交差点において再現実験を実施した。実況見分調書記載の指示説明どおりの運転を再現すると、同型車に加わる最大加速度は、前後方向が0.40G、左右方向が0.53Gであった。実況見分調書記載の指示説明よりも急なハンドル・ブレーキ操作を行った場合でも、最大加速度は前後方向が0.83G、左右方向が0.61Gであった。
  c)人間が日常生活で一般に体験する加速度は、以下のとおりである。
  ・人の身体が動いていない状態で受ける加速度 1.0G
  ・遊園地のアトラクションに発生する加速度 3.50~5.26G
  ・エレベータの急停止時の減速による加速度 2.5
  ・地震体験車で体験する加速度 1.60G(水平方向)~2.01G(垂直方向)  
  d)結局、被害車両には本件回避措置によって日常生活で何ら異常ではない程度の加速度0.46G~0.53G(より急なハンドル・ブレーキ操作を施したとしても0.61G~0.83G)しか発生しなかった。また、理論的な最大値である1.0Gであったとしても、人間が日常生活で一般に体験する加速度と比較して高くはない値である。よって、本件においては被害車両の乗員に頚椎捻挫等の衝撃による傷害が発症する可能性は否定することが自動車工学的にみて合理的である。

 ウ 上記イ記載のB作成の鑑定書と題する文書及び実験結果報告書は、採用することができない。その理由は、次のとおりである。
  a)上記イのa)は、理論的な解析値としては誤りではない。
  b)上記イのb)の再現実験は、さほど重視することができない。車体に加わる加速度が1.0Gを超えないこと自体は、上記イのa)で解析済である。
  c)上記イのc)は、垂直方向に上から下に常時加わる1Gの重力加速度と、上記イの(c)に記載されている別の加速度(加わる方向も異なれば、普段は加わっておらず突然に加わるという点でも異なる。)とを、比較して考察している。
   しかし、このように単純に数値だけで比較することは、数値の比較として意味のないことである。突然、垂直方向以外の予期しない方向から加速度が加わると、たとえ0.2~0.5G程度の加速度であっても、人体が負傷する可能性には無視できない大きさがある。
   また、垂直方向以外の方向の加速度については、加速度がかかることが予告され(地震起動装置など)、かつ準備対策(アトラクションの安全装置など)がとられている場合と、予告もなければシートベルト以外の準備対策もない場合(本件事故)を単純に比較することも、意味のないことである。
   さらに、物体に加わる加速度は、物体が一個の剛体である場合と、そうでない場合とでも、物体に与える影響は異なる。剛体である車体の重心に加わった加速度を算出しても、車内の人体に与える影響は判断できない。すなわち、シートベルトで固定されていない頭部や左右の上肢、下肢は、胴体部分と関節などで連接されている物体にすぎない。胴体にかかった急激な加速度の変化によって、連接部分を中心に、頭部、上肢及び下肢にダメージを受けることは、容易に想定できる。
   とりわけ、頚部は、細く、ぜい弱な構造で成り立ち、決して軽いとはいえない頭部を支えている。このようなぜい弱な構造の頚部に偶然の要素が加わると(例えば、たまたま不安定な態勢であったところに予期せぬ加速度が予想外の方向にかかると)、負傷することもあるのが常識である。B作成の鑑定書と題する文書の記載は、負荷の加わる部位や態様に応じた人体のぜい弱性に目を配ることなく、単純に加速度の数値のみに着目して結論を導いている点で、採用できない。

 エ 以上に検討したところによれば、本件回避措置によって生じる程度の数値の加速度で傷害が発生することはあり得ないという加速度の数値のみに着目した経験則は存在しないから、この点に関する反訴被告の主張は採用することができない。

 オ B作成の鑑定書と題する文書は、現実の交通事故や人間の実生活において起こる出来事についての目配りや想像力が欠如し、文献上の数値や実社会と隔離された研究室の中で得られた数値を形式的に組み合わせただけの内容のものに過ぎない。B作成の鑑定書と題する文書は、いわば数字のマジックによって、読者を誤解に導き、裁判を混乱に陥れるものであって、鑑定書という表題を付するに値しない。B作成の鑑定書と題する文書及び実験結果報告書は、採用することができない。

(3)反訴原告に生じた損害
   本件事故によって、反訴原告の主張するとおりの損害合計43万3568円が反訴原告に生じたものと認められる。

(4)結論
   原判決を取り消した上、反訴原告の請求を全部認容する。