東京高裁令和元年11月28日判決(労働判例1215号5頁)

報道機関に対する記者会見における一審原告(元従業員)の各発言が、一審被告(使用者)の名誉または信用を毀損するものとして、一審被告の一審原告に対する損害賠償請求が認められた事例(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)一審被告は、英語及び中国語のコーチングスクールであるPの運営等を主たる事業とする、資本金1200万円、従業員数約22名の株式会社である。一審被告代表者は、昭和49年7月生まれの女性である。一審被告は、一審被告代表者の亡夫が設立した会社であり、一審被告代表者は、平成23年に夫が死亡した後、一審被告の監査役となり、平成26年4月、一審被告の代表取締役となった。
   一審原告は、昭和56年○月生まれの女性である。一審原告は、平成20年7月9日、一審被告との間で、期限の定めのない労働契約(以下「本件正社員契約」という。)を締結し、以後、Pにおいてコーチとして稼働していた。平成24年11月当時の本件正社員契約における一審原告の労働条件は、所定労働時間を1日7時間(完全フレックス制)、賃金等を1か月48万円(ただし、本給35万3640円、定額時間外手当12万6360円の合計)などとするものであった。

(2)一審原告は、平成25年1月、出産のために産前休暇を取得し、同年3月2日に長女を出産した後、産後休暇及び育児休暇(終了日は子が1歳に達する日の前日である平成26年3月1日)を取得した。その後、一審原告の育児休業期間は、6か月延長(終了日は子が1歳に達する日の前日である平成26年9月1日)された。

(3)一審原告は、平成26年9月1日、一審被告代表者、B(注:Pの執行役員)及びC社労士(注:一審被告の顧問社会保険労務士)と面談した上で、労働条件として、契約期間を「期間の定めあり(平成26年9月2日から平成27年9月1日まで)」、雇用形態を「契約社員」、始業・終業の時刻及び休憩時間を「原則水・土・日曜日/4時間勤務」,賃金を「月額10万6000円(クラス担当業務:7万6000円、その他業務:3万円)」などとする記載のある雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)に署名し、これを一審被告に交付した(以下「本件合意」といい、本件合意に基づく雇用契約を「本件契約社員契約」という。ただし、合意の解釈については争いがある。)。一審原告は、保育園が決まれば週5日勤務の正社員に復帰できるのかと質問したが、Bは、クラススケジュールの問題がある旨述べ、C社労士は、正社員としての労働契約に変更するには一審被告との合意を要する旨述べた。

(4)一審原告は、平成26年9月8日、Bに対し、メールを送信して、○○にある保育園から同年10月に空きが出るとの電話連絡があった旨連絡した。また、一審原告は、同年9月9日、Bに対し、電話で、同年10月から週5日勤務の正社員として就労したい旨を申し出た。これ以降、一審原告は、一審被告に対し、「【P】コーチの従業形態:2014年4月以降」と題する書面(注:平成26年4月1日施行の一審被告の就業規則等の改定に合わせて作成された書面。一審被告は、同年2月26日、一審原告に対し、面談をし、個別に説明した。)の補足説明として記載されている「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約変更が前提です」との内容に基づいて、週5日勤務の正社員に戻すように求め、何度か交渉をしたが、一審被告はこれに応じなかった。

(5)一審被告は、一審原告に対し、平成27年7月11日頃、同月12日以降自宅待機を命じ、同月31日差出しの内容証明郵便をもって、本件契約社員契約を同年9月1日限り期間満了により終了する旨通知した(以下「本件雇止め」という。)。

(6)一審原告は、平成27年10月22日、東京地方裁判所に本訴を提起し、一審原告訴訟代理人弁護士らとともに、厚生労働省記者クラブにおいて、記者会見(以下「本件記者会見」という。)をし、一審原告の指名は匿名としながら、一審被告の名称を公表して、本訴を提起したこと等を説明し、その中で、次のような発言(以下、各発言を総称して「本件各発言」という。)をした。
 ア 平成26年9月に育児休業期間終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため休職を申し出たものの認められず、一審被告から週3日間勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた(以下「本件発言①」という。)。
 イ やむを得ず契約社員としての雇用契約を締結したところ、1年後に雇止めされた(以下「本件発言②」という。)。
 ウ 子を産んで戻ってきたら、人格を否定された(以下「本件発言②」という。)。
 エ 上司の男性が、「俺は彼女が妊娠したら俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言した(以下「本件発言③」という。)。
 オ 一審原告が労働組合に加入したところ、一審被告代表者が「あなたは危険人物です」と発言した(以下「本件発言⑤」という。)。

(7)一審被告は、平成27年10月23日、一審被告の公式ウェブサイトに、本件記者会見における一審被告の元従業員の主張は。全く事実と反する内容であり、元従業員は自らの意思で契約社員を選択したものであって、元従業員との雇用契約の終了は、飽くまで元従業員の問題行動が理由であり、育児休業の取得その他の出産・育児等を理由とした不利益な取扱い(マタニティハラスメント)に当たる事実は一切ない旨の記事を掲載した。

(8)原審(東京地裁平成30年9月11日判決・労働判例1195号28頁)は、本件合意によって本件正社員契約は解約されたものの、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとして、一審原告の契約社員としての地位の確認請求及び未払賃金等請求並びに慰謝料100万円及び弁護士費用10万円の合計110万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度理由があると判示した。

(9)一審被告は、一審被告の公式ウェブサイトに、平成30年9月12日、「今回出された第1審判決について、一部のマスコミの報道では、弊社のマタハラが認定されたかのように報じられているものがございますが、そのような事実はございません。」などの記載のある記事を掲載した。


【争点】

(1)本件合意の解釈及びその有効性
 ア 本件合意は本件正社員契約を解約するとの合意を含むものであか。
 イ 本件合意は均等法や育介法に違反し又は錯誤等により無効であるか。
 ウ 本件合意は停止条件付き無期労働契約の締結を含むものであるか。
 エ 本件合意は正社員復帰合意を含むものであるか。
(2)本件契約社員契約の更新の有無
   本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であると認められるか。
(3)一審被告による不法行為の有無
   一審被告が一審原告を契約社員にした上で正社員に戻すことを拒んだことやこれに関連していた行為は違法であるか。
(4)一審原告による不法行為の有無(注:反訴請求に関するもの)
   一審原告が本件記者会見においてした本件各発言は内容虚偽のものであり、これにより一審被告の信用等が毀損されたか。
   以下、上記(4)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、裁判所は、(1)本件合意は本件正社員契約を解約するとの合意を含むものであり、かつ、有効とした上で、(2)本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であるとして、本件契約社員契約は、期間満了により終了しているから、一審原告の契約社員としての地位の確認請求及び未払賃金等請求は、いずれも理由がないと判示し、また、(3)一審原告が就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨を記載したメールを第三者に送信したことについてのみ不法行為が成立するとして、慰謝料5万円及び弁護士費用5000円の合計5万5000円並びにこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があると判示した。


【裁判所の判断】

(1)本件記者会見は、本訴を提起した日に、一審原告及び一審原告訴訟代理人弁護士らが、厚生労働省記者クラブにおいて、クラブに加盟する報道機関に対し、訴状の写し等を資料として配付し、録音データを提供するなどして、一審被告の会社名を明らかにして、その内容が広く一般国民に報道されることを企図して実施されたものである。
   そして、報道機関に対する記者会見は、弁論主義が適用される民事訴訟手続における主張、立証とは異なり、一方的に報道機関に情報を提供するものであり、相手方の反論の機会も保障されているわけではないから、記者会見における発言によって摘示した事実が、訴訟の相手方の社会的評価を低下させるものであった場合には、名誉毀損、信用毀損の不法行為が成立する余地がある。
   一審原告は、記者会見は、報道機関に対するものであるから、記者らにとっては、記者会見における発言は、当事者が裁判手続で立証できる範囲の主張にすぎないと受け止めるものである、訴状を閲覧した報道機関からの取材に応じることと何ら変わるものではないなどと主張する。
   しかしながら、一審原告らは、報道機関からの取材に応じるのとは異なり、自ら積極的に広く社会に報道されることを期待して、本件記者会見を実施し、本件各発言をしており、報道に接した一般人の普通の注意と読み方を基準とすると、それが単に一方当事者の主張にとどまるものではなく、その発言には法律上、事実上の根拠があり、その発言にあるような事実が存在したものと受け止める者が相当程度あることは否定できない。実際、一審被告に対しては、マタハラ行為をしたとして苦情のメールがあったところでもある。そして、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告らは、本件記者会見において各発言をしたことが認められるから、その発言内容を事実として摘示したものというべきである。

(2)そこで、本件各発言が一審原告の名誉または信用を毀損するものといえるかにつき検討する(注:以下、本件発言①についての判断のみを示す。なお、裁判所は、本件発言②については、一審被告の社会的信用を低下させるものではなく、本件発言③ないし⑤については、一審被告の社会的信用を低下させるものと判示した。)。
 ア 本件発言①は、一審原告は、平成26年9月に育児休業終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため、一審被告に対し、休職を申し出たものの認められず、一審被告から週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られたものというべきであり、これに対応して、「育児休業を取った後に正社員から契約社員になることを迫られ」た(本件報道①(注:平成27年10月○日付けG新聞電子版))又は「育休開けに正社員から非正規社員への変更を迫られ」た(本件報道②(注:平成27年10月○日付けH新聞電子版))との報道がされたことが認められる。同発言部分は、一般読者の普通の注意と読み方によれば、一審被告が育児休業終了後復職しようとする一審原告に対し、正社員から契約社員への変更又は自主退職を迫ったとの事実を摘示するものであり、一審被告が育児休業後復職しようとする従業員に不利益な労働条件を押し付け、退職を強要するなど労働者の権利を侵害する企業であるかの印象を与えるものであるから、一審被告の社会的地位を低下させるものといえる。
 イ したがって、本件発言①、③ないし⑤は、いずれも一審被告の社会的評価を低下させるものというべきである(なお、本件報道②は、一審被告の会社名を明らかにしたものではないが、本件各発言は、一審被告の会社名を明らかにしてされたものである上、本件報道①及び③は、一審被告の会社名を明らかにしているから、本件報道②も他の情報と併せれば一審被告についての報道であることが容易に特定できるものである。)。

(3)事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分で真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日判決、最高裁昭和58年10月20日判決参照)。
   そこで、公共性、公益目的については、しばらく措き、本件発言①、③ないし⑤について、摘示された事実がその重要な部分について真実であるといえるか又は真実と信じるについて相当の理由があるといえるかを検討する(注:以下、本件発言①についての判断のみを示す。なお、裁判所は、本件発言④で摘示された事実については、真実であると認められると判示し、本件発言③及び⑤で摘示された事実については、真実であるとの立証があるとは認められず、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるものとも認められないと判示した。)。
 ア 前記説示によれば、一審原告が一審被告との間で本件合意をしたことについては、一審原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものであって、一審被告が正社員であった一審原告に対し、契約社員に変更するか又は自主退職するかを迫ったものではないから、本件発言①で摘示された事実については、真実であるとは認められない。また、この点については、一審被告から、繰り返し、指摘をされているところであって、一審原告は、これについて有意な反論もできなかったこと、本件合意の成立過程に自ら関与していることなどからすると、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるとも認められない。
 イ したがって、本件発言①、③及び⑤で摘示された事実については、真実であるとの立証があるとは認められず、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるものとも認められない。そして、このように相当性がないことは、一審原告が、一審被告からマスコミに対し事実と異なる情報を提供しないように指導され、警告されていたこと(証拠略)、一審原告自身が、マタハラが脚光を浴びているとして、記者会見を一審被告に社会的制裁を与えて自己の金銭的要求を達成するための手段と考えている趣旨のメール(証拠略)を作成していることなどからも裏付けられる。

(4)損害
   本件各発言に基づく報道は、語学スクールを経営する一審被告があたかもマタハラ企業であるような印象を与えて社会的評価を低下させるものであり、実際に、一審被告を非難する意見等も寄せられたのであるから、本件核発言に基づく報道によって一審被告の受けた影響は小さくないが、本件各発言に基づく報道の中には一審被告の主張も併せて紹介したものがあったことや一審被告の公式ウェブサイトにおいて一審被告の見解を表明して反論していることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、一審原告らによる本件発言①、③及び⑤がされ、これに基づく報道がされたことにより、一審被告が被った名誉または信用を毀損されたことによる無形の損害は、50万円と認めるのが相当である。

(5)結論
   一審被告の不法行為に基づく損害賠償請求は、一審原告に対し、無形の損害50万円及び弁護士費用5万円の合計55万円並びにこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


 

札幌地裁令和元年10月30日判決(労働判例1214号5頁)

雇止め事由である原告による新人の同僚へのハラスメントを否認して、雇止めを無効と判示した事例(控訴審継続中)


【事案の概要】

(1)原告は、平成4年4月に被告が運営するA幼稚園の教諭として勤務し、平成27年3月末日に60歳で定年退職した後、同年4月1日から、定年後の再雇用契約により被告に勤務し、平成29年4月1日以降は、3歳児の園児のクラスである年少組のB組の補助担任業務に就いていた。
   被告は、学校法人であり、原告が勤務していたA幼稚園を含む複数の学校を設置し、幼児教育を行っていた。
   訴外Cは、平成28年6月20日から10日間程度、A幼稚園で教育実習を行い、被告から勧誘を受けて、平成29年4月1日に被告に雇用された。Cは、A幼稚園にてB組の担任業務に就いていたが、同年10月26日、D園長に対し、今年度をもって退職するとの意向を伝え、平成30年1月末日に退職した。

(2)原告と被告は、平成28年4月1日及び平成29年4月1日に、上記の内容で再雇用契約を更新した(以下「本件再雇用契約」という。)。
   なお、原告と被告は、再雇用契約に当たり契約書を作成したことはなく、労働条件について特段確認されることもなかった。

(3)被告における60歳定年退職後の再雇用規程(以下「本件規程」という。)には、次のとおりの規定がある。
   適用基準(第5条)
   1項 再雇用契約の締結は、再雇用申請書を提出した教職員であって、次の各号に掲げる適用基準のすべてを満たす者を対象とする。
   ①再雇用を希望し、勤務に精勤する意欲がある者
   ②直近の健康診断において業務遂行に問題がない者
   ③勤続5年以上の者で、業務に必要な資格・技能等を有する者
   2項 再雇用契約更新時の基準についても、第1項を適用する。
   契約期間(第6条)
   再雇用契約の期間は1年間とし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳に達するまで更新することができる。

(4)E理事長は、平成29年10月18日、原告と面談し、Cに対するハラスメントにより今年度で原告を雇止めする旨を告げた。
   被告は、原告に対し、平成30年2月9日付けの雇用契約の終了予告通知書にて、本件再雇用契約を、平成30年3月31日をもって終了し、更新をしない旨通知した(以下「本件雇止め」という。)。
   原告は、本件雇止めを不当として、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める本訴を提起した。

(5)被告は、本訴訟において、主としてCの陳述書(以下「C供述」という。)、G(注:Cの母)の証言及び陳述書(以下「G証言」という。)及びD園長の陳述書及び証言を根拠とし、本件雇止めの事由として、原告のCに対する以下のハラスメントを主張した
  ①平成29年5月の子どもの日の前頃、鯉のぼりの作成に関するD園長への報告時におけるCとの打合せ時の態度を翻す発言
  ②同月初旬頃、給湯室のガスの元栓の閉め忘れの責任がCにあると決めつけるなどの発言
  ③同月11日の避難訓練の反省会後の、Cの危機管理能力が低いという発言
  ④同月の母の日の前頃、原告の指示に従って行った園児の椅子の向きについて、教務主任から注意を受けた際の、指示をしたことを否定する発言
  ⑤同月中旬頃の制作の時間、事前の確認どおりに原告に園児の名前を呼ぶことを依頼した際、できるわけないと否定した発言
  ⑥同月24日、保育参観後の反省会で、Cが勝手に別の行動をしたとの発言
  ⑦同月下旬頃、運動会における親子競技のテーマに関し、D園長から再考をするよう指示を受けた際の、Cとの打合せ時の態度を翻す発言
  ⑧同年8月28日の歌の時間、園児らの面前で顔面麻痺により歌えなくなったCに対する発言
  ⑨同年12月初旬頃、職員室で作業をしていたCに対し定規を投げて渡した行為


【争点】

(1)本件雇止めの効力
 ア 本件雇止めの事由の存否(争点1)
 イ 本件雇止めの事由が存在する場合、それが更新を妨げる特段の事情といえるか否か(争点2)
 ウ 本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期(争点3)
 エ 賃金額(争点4)
(2)不法行為の成否及び損害額(争点5)
   以下、争点1から3までについての、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件雇止めの事由の存否)について
 ア ハラスメント①ないし⑧までについては、いずれについても、被告主張の原告によるハラスメントがあったと認めることはできない(詳細については、省略する。)。
   ハラスメント⑨については、Cに対し、原告が以前に指摘していたにもかかわらず指摘どおりに行わないからとの理由で30㎝の長さの定規を投げて渡すという行為は、ハラスメントと評価できる。しかしながら、原告は、かかる行為以前に、理事長から次年度の契約を更新しないことを告げられているのであるから、本件雇止めの事由とみることは相当でないというべきである。
   したがって、被告主張のハラスメント①ないし⑨について、いずれもハラスメントと認めることはできない。 
 イ この点、被告は、原告は何かが起こると一方的にCの責任にして自らには責任がないとの態度を取り続けていた、ハラスメント①ないし⑨以外にも数多くのハラスメントがあった旨主張し、これに沿う、C供述、G証言もある。
   確かに、原告のCに対する言動には、ごく短期間のうちに、適切とは言えず、ややもすると配慮に欠けるものが何度かあったことは否定できない。また、原告が幼稚園で採られている方法を画一的に実施せずに、原告の視点から園児を指導するようCに指示したり、訓練の手順を誤解するなどの確認不足による行動を取ったことで、Cが教務主任や園長から指導、注意を受ける事態を招くなどしたことにより、Cに混乱を生じさせたり、不満や不快な思いを抱くことが重なったであろうとは推察される。
   しかしながら、原告とCの具体的なやり取りや発言経過が不明確である点を措くとしても、原告は、新人であるCに対し、単なる補助者としてだけではなく、指導や助言を行う立場でもあったのだから、このような立場から、経験を活かして厳しい姿勢や言葉で対応することが、必ずしも指導を超えるハラスメントとなるものとはいえない。
   また、子の成長・発達状況や環境を踏まえて柔軟な対応をすることが、必ずしも園の教育方針に反する不適切な内容と評されるものとはいえない。
   そして、ハラスメント①ないし⑨以外のものとして被告が主張するところは、CおよびGにおいてその内容、頻度において具体的に明示し難いものであることに加え、たとえかかる事象があったとしても、C供述からもうかがわえるCの職場環境や周囲への相談状況等を踏まえると、原告の言動のみをCの心因的負担の要因とみるのが相当とはいい難い。
   そうすると、ハラスメント①ないし⑨については、その事実を認めることができないか、認定できる限度においても個々についてはハラスメントたりえないものであるところ、これらを総合的に検討しても、雇止めの事由として認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
 ウ したがって、被告の主張を踏まえても、本件雇止めの事由を認めることはできず、更新を妨げる特段の事情の該当性について判断するまでもなく、本件雇止めは無効である。

(2)争点3(本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期)
 ア 本件規程は、被雇用者の希望や健康上の問題等の適用基準を満たし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳まで更新することができるとされている。そして、
  ・公的年金の支給開始年齢の引き上げに伴い無収入となる者が生じる可能性を防ぎ、65歳未満の定年を定めている事業主に対し65歳までの雇用を確保するために、高年齢者雇用安定法9条1項が、定年の定めをしている事業主に対し、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引き上げ及び定年の定めの廃止とともに、継続雇用制度の導入のいずれかを講じなければならないこととされたこと
  ・被告においても、本件規程が、高年齢者雇用安定法9条1項に則り規定されたものであることを認めていることに加え、
  ・本件規程の適用基準が、上記のとおり、いずれも勤務内容を問題とするものではないこと
  ・証拠上、他に具体的な審査基準や手続が設けられているとは認められないこと
に照らせば、かかる運用基準を満たす者については、65歳まで継続して雇用されると期待することについて、合理的な期待があると認めるのが相当である。
   そして、原告においても、再雇用契約に当たり、これまで契約書は作成されず、特段の手続も取られていないといえることを踏まえると、65歳まで継続して雇用されると期待することについて合理的な期待があったと認められるのであるから、原告のかかる期待は保護されるというべきである。
 イ したがって、原告の本件規程に基づく再雇用契約は、平成30年4月1日も更新され、本訴訟継続中の平成31年4月1日にも更新されたとみるのが相当である。

(3)結論
   原告の請求は、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認すること及び平成30年4月1日から本判決確定の日まで、毎月20日限り月額○○円の割合による金員並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


 

大阪高裁平成31年1月31日判決(労働判例1210号32頁)

1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったとして、民法722条2項の類推適用による減額をしなかった事例(上告後上告不受理)


【事案の概要】

(1)1審原告(昭和51年〇月生・男性)は、平成21年7月25日、訴外B株式会社(以下「B社」という。)の「〇〇店」(以下「本件店舗」という。)のアルバイトとして採用され、同年8月1日、正社員となった。その後、B社が1審被告に吸収合併されたため、1審被告の社員となった。
   A班長(昭和54年〇月生)は、平成21年12月に1審被告に入社し、平成24年4月、本件店舗に転入した。

(2)A班長は、ホールスタッフが全員装着しているインカムを通じて、従業員やアルバイトに対し、大声でミスを指摘したり、激しく叱責した。A班長は、注意の口調が厳しいばかりか、注意を受けた者が言い訳をすると、激昂して、「帰るか。」「しばくぞ。」「殺すぞ。」といった発言をした。1審原告が、平成24年5月か6月、A班長に対し、上記のような指導方法は適切でないと述べた。すると、A班長は、その後、1審原告を個人的に攻撃対象とするようになった(詳細略)。

(3)1審原告は、平成24年10月2日勤務終了後から不眠状態となった。1審原告は、同月6日、意欲減退、倦怠感、食欲不振、睡眠障害を訴えて、E病院を受診し、うつ病と診断された。1審原告は、同日付診断書を1審被告に提出し、同日から1審被告を休職した。その後、1審原告は、平成25年1月31日付け退職届を1審被告に提出した。

(4)北大阪労働基準監督署長は、平成25年10月11日、1審原告のうつ病発症に1審被告における業務起因性を認め、平成24年10月6日から平成25年9月30日までの間の休業補償給付190万0311円(給付基礎日額8872円・休業補償給付金日額5323円)の支給決定をした。
   その後も、休業補償給付金の支給は継続され、1審の口頭弁論終結日である平成30年3月27日までに1審原告が受領した休業補償給付金額は合計1056万5914円となった。

(5)原判決(大阪地裁平成30年5月29日判決・労働判例1210号43頁)は、1審原告の本件請求を、572万3434円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却したため、双方が控訴を提起した。


【争点】

(1)A班長のパワハラの有無(争点1)
(2)D店長によるパワハラ容認の有無(争点2)
(3)原告のうつ病の状態(治癒の有無)(争点3)
(4)上記(1)(2)と原告のうつ病との因果関係の有無(素因減額の当否を含む)(争点4)
(5)被告の法的責任の有無(争点5)
(6)原告の損害(争点6)
   以下、争点4(因果関係)のうち、素因減額の当否についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、A班長のパワハラ行為(争点1)及び素因減額の当否(争点4)に関して、1審は、以下のとおり判示した。
 ア A班長のパワハラ行為について
   「原告のうつ病発症前6か月間を検討するに、平成24年4月に本件店舗に転入したA班長は、原告の勤務態度を問題視して降格的配置をしたり、叱責を繰り返したばかりか、とりわけ、同年7月15日、本件店舗の経験の長い原告がA班長と対立した際には、「お前もほんまにいらんから帰れ。迷惑なんじゃ。」と発言して、パチンコ台の鍵を取り上げようとし、同年9月6日には、「お前をやめさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としていないんじゃ。」と発言して、スピーカー線破損の始末書作成を強要し、同年10月2日には些細な指示命令違反の有無を捉えて、「嘘つけ。お前いうこと聞かんし。そんなんやったらいらんから帰れや。」と発言した上、反抗に対する懲罰として、原告を1時間にわたって、カウンター横に立たせたこと(以下「本件パワハラ行為」という。)は、業務指導の域を超えた原告に対する嫌がらせ、いじめに該当し、その発言は、原告の人格を否定するような内容であって、パワハラに該当する。」
 イ 素因減額の当否について
   「ストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、前記1(1)の認定事実(略)によれば、原告とA班長は常時同勤ではなかったこと(勤務時間が重なるのは半分程度)、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度とまではいえないこと、更には、原告のうつ病は既に5年半に及ぶも改善の目途が立っていないことが認められ、これらの事実によれば、個体側の脆弱性がうつ病発症及び長期化の素因となっているものというべきであって、それは、損害賠償額の認定に当たっては衡平の観点から斟酌すべきであって、民法722条2項の類推適用により、原告の損害からは、25%の減額を行うのが相当である。」


【裁判所の判断】

(1)素因減額の当否について
 ア 本件のように、上司からパワーハラスメントを受け、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求においても、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生または拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で考慮することができると解される。
   しかし、企業等に雇用される労働者の性格等は多様のものであるところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格等が当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができ、しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するかどうかを判断して、その配置先、遂行すべき業の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格を考慮することができるものである。
   したがって、労働者の性格が、上記同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、上司からパワーハラスメントを受けて、うつ病にり患したことを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として考慮することはできないというべきである(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件・労働判例779号13頁参照)。
 イ これを本件についてみるに、本件全証拠によっても、1審原告の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできない。
 ウ これに対し、1審被告は、本件では、以下のとおり、1審原告については80%の素因減額を行うべきであると種々主張するが、1審被告のこれらの主張は採用することができない。その理由は、以下のとおりである。
  a)1審原告は、いわゆるストレスー脆弱性理論によれば、心理的負荷の強度が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても、精神的破綻を来し、個体側の脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すこととなるところ、1審原告が本件パワハラの違法性の程度に比し、長期間にわたり就労不能の状態が継続していることには、1審原告の脆弱性が大きく寄与していると主張する。
   そして、1審原告とA班長とは、週6日勤務のうち、一緒に勤務していたのが3日程度であって、常時一緒に勤務していたものではなかったこと、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度であったとまではいえないこと、1審原告のうつ病は、発症後平成30年3月27日の原審口頭弁論終結時まで、既に約5年6月以上に及んでいるにもかかわらず、改善の目途が立っていないことが認められる。これによれば、1審原告の性格等がうつ病発症及び長期化の素因の一部となっていることは、否定し難いところといわざるを得ない。
   しかし、1審原告の性格等が、パチンコ店のホールスタッフとして、接客業務や清掃当の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであることを適格に認めるに足る証拠はない。かえって、大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は1審原告の個体側の要因は、調査の範囲内では「不明」であるとしているほか、証拠(略)によれば、同部会の専門医の意見として、「性格傾向については、本人の申立書によると、『温厚で、他人に気をつかう事が多い。』と記されている。I(1審原告の同僚)の聴取書によると、『落ち着いているという印象です。』と述べ、F(注:平成24年8月19日にA班長からパワハラ行為を受けたことを契機に退職した、1審原告の同僚)の陳述書によると、『きちんと常識を持った普通の方だと思います。』と述べている。その他、既往歴、生活史(社会適応状況)、アルコール等依存状況については、調査した範囲内では不明であると言わざるを得ない。」としており、上記各聴取書には、現にそのような記載があることに照らせば、1審原告の性格等は、同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではなかったと認められる。
  b)1審被告は、1審原告は、就労不能とされている期間中に麻雀大会で優勝等したほか、種々の事情が存しており、こうした業務遂行の態様や生活態度も、1審原告のうつ病に寄与していると考えらえると主張する。
   そして、1審原告は、本件発症後、うつ病が継続中の平成27年5月に、以前の勤務先(注:1審原告は、平成13年2月から約5年2か月間、有限会社G(麻雀店経営)に勤務した。)等が主催する麻雀大会で優勝するなどの好成績をおさめたことが認められる。
   しかし、その他1審被告が指摘する各事情(①本件店舗従業員で1審原告以外にうつ病を発症した者はいないこと、②超過勤務の不存在、③麻雀等、私生活における睡眠不足、④労災申請書に、それまでE病院でも訴えていなかった「希死念慮」を記載するなどの虚偽の記載をしたこと、⑤妻との不仲(注:1審原告は、平成21年11月、婚姻し、平成23年には長女が生まれたが、休職開始後の平成24年12月からは、子供のため、妻子は近隣の妻の実家暮らしを始めた。)等)については、いずれもこれを適確に認めるに足りる証拠はない。また、上記事情のうち、②及び④については、強い心理的負担の有無とは直接関係がないというべきである。
 エ 以上によれば、1審原告の性格等をその脆弱性として、民法722条2項の類推適用により、その損害額から減額することは相当ではないというべきである。

(2)結論
   1審原告の本件請求は、1116万9214円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる範囲で一部認容し、その余の請求を棄却すべきであり、これと異なる原判決は失当であるから、1審原告の控訴に基づき、これを上記のとおり変更し、1審被告の控訴は理由がないから、これを棄却する。