神戸地裁平成31年3月27日判決(自保ジャーナル2050号101頁)

人身傷害条項につき、保険金請求権者(被害者)の権利を害さない範囲内に限って代位取得すると限定的に解釈すべきであるとの被告(加害者)の主張が排斥された事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成25年2月3日午後6時頃
 イ 発生場所 兵庫県三木市内に位置する、南から北に延びる道路(以下「南北道路」という。)と西から東に延びる道路(以下「東西道路」という。)が交差する信号機による交通整理の行われていない十字路交差点(以下「本件交差点」という。)内
 ウ 被告車 被告の運転する自家用普通自動車
 エ 本件自転車 A(注:本件事故当時12歳)の運転する26インチの自転車
 オ 事故態様 被告車が、南北道路を北に向かって直進し、本件交差点に進入したところ、東西道路を西から東に向かって進行し、本件交差点に進入した本件自転車に衝突した。

(2)Aは、本件事故により、脳挫傷、遷延性意識障害、左肺気胸の傷害を負い、各医療機関で入通院治療を受け(入院日数合計878日)、平成27年6月30日、症状固定した。

(3)原告(注:保険会社)は、Aの父との間で、被保険者をA、保険期間を平成24年9月17日午後4時から平成25年9月17日午後4時までとし、要旨、以下のア、イの人身傷害条項を含む普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。
 ア 保険証券記載の人身傷害保険金額 5,000万円
 イ 原告が支払う保険金の額は、被保険者が人身傷害事故の直接の結果として、事故の発生の日からその日を含めて180日以内に、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要する後遺障害が生じた場合で保険金額が無制限以外のときは、保険証券記載の保険金額を2倍した額を限度とする(本件約款人身傷害条項第9条(3)①)。
   Aは、平成27年12月4日、本件約款に基づき、原告から本件事故による人身傷害保険金1億円の支払を受けた。

(4)原告は、本件約款に基づき、Aに対して保険金を支払ったことによりAの被告に対して有する損害賠償請求権を代位により取得したと主張して、被告に対し、保険法25条1項、自動車損害賠償保障法3条及び民法709条に基づき、代位取得した損害賠償請求権の一部である7,000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(5)A及びその父母は、被告に対し、本件事故による損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」とい。)を提起していたところ、別件訴訟とその後に提起された本件訴訟は併合して審理されたが、平成30年9月20日、別件訴訟は本件の口頭弁論から分離された上で、訴訟上の和解成立により終了した。

(6)本件約款の人身傷害条項では、要旨、以下のように定められている。
 ア 第13条
   損害が生じたことにより、保険金請求権者が損害賠償請求権その他の債権を取得した場合において、原告がその損害に対して保険金を支払ったときは、その債権は原告に移転する。ただし、移転するのは、次の計算によって算出した額を限度とする。
   限度額=原告が支払った人身傷害保険金―(第7条(1)の規定により決定される損害の額+第8条の費用―第7条(1)の区分ごとに本件人傷基準に従い算出した金額のうち、賠償義務者に損害賠償請求すべき損害に係る金額)
 イ 第7条(1)本文
   原告が保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ人身傷害条項損害額基準(以下「本件人傷基準」という。)に従い算出した金額の合計額とする。


【争点】

(1)事故態様、Aの過失の有無及び程度
(2)原告の代位取得の範囲(注:人身傷害保険金を支払った原告が、Aが被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得する範囲)及びAの損害額算定の基準
   以下、上記(2)についての裁判所の判断を示す。


   上記(2)についての当事者の主張は、以下のとおりである。
 ア 原告の主張
   別紙2(略)の本件約款の人身傷害条項には、一義的かつ明確な計算規定が置かれており(同条項13。以下、当該条項第7条(1)所定の基準により積算された損害の額を「人傷基準損害額」という。)、他方で、「保険金請求権者の権利を害さない範囲内で」代位するなどといった限定は付されていない。したがって、契約当事者の合理的な意思解釈として、同条項第13条の計算規定に従い、原告は、「原告が支払った人身傷害保険金―(人傷基準損害額―人傷基準損害額×被告の過失割合)」を限度としてAの被告に対する損害賠償請求権を代位取得する。
   別紙3(略)の本件人傷基準に基づいて算定される傷害による損害、後遺傷害による損害は、それぞれ別表損害額一覧表(略)の「原告の主張」欄記載のとおりである。
 イ 被告の主張
   人身傷害保険特約は、契約者に過失があった場合にもその過失割合を考慮することなく、約款に従い算定される保険金を支払うものとして広く販売され、保険契約者においても、そのような期待の下、特約を付しているから、このような趣旨を踏まえて約款の解釈をしなければならず、明文の規定がないとしても、保険会社による代位取得は保険金請求権者の権利を害さない範囲に限られると解されるべきである。
   上記の趣旨の下、加害者による損害賠償請求権の支払に先行して人身傷害保険金が支払われた場合の代位取得する範囲については民法上認められるべき過失相殺前の損害額(以下「裁判基準損害額」という。)を基準として定めることが確立している(最高裁平成24年2月20日判決、同年5月29日判決)。
   したがって、本件において、原告が代位取得する範囲は裁判基準損害額を基準として定められるべきである。


【裁判所の判断】

(1)Aの損害額算定の基準
 ア 本件約款の人身傷害条項によれば、原告は、人身傷害事故によって被保険者が死傷した場合においては、被保険者に過失があるときでも、その過失割合を考慮することなく本件人身傷害保険金を支払うものとされており、上記保険金は、被害者が被る実損をその過失の有無、割合にかかわらず填補する趣旨・目的の下で支払われるものと解される。
   そして、被害者が被る実損をいなかる範囲で填補するかについては、本件約款の人身傷害条項第13条がこれを定めており、被害者が人身傷害保険金と加害者の支払う損害賠償金により、人身基準損害額を確保することができるようにするものであることは、同条所定の計算式から明らかである。
 イ 被告の指摘する判例は、保険金請求権者の権利を害さない範囲内に限り保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する旨の定めがある人身傷害条項に基づき、保険会社が被害者に人身傷害保険金を支払った場合の代位取得の範囲について判断したものであって、代位取得する範囲についてこのような定めのない本件とは事案を異にする。
   この点について、被告は、上記趣旨からすれば、保険契約者の期待に添うよう、同条項第13条について、保険金請求権者の権利を害さない範囲内に限って代位取得すると限定的に解釈すべきであると主張する。しかし、同条項第13条に明確に定められた計算式によらず、そのような解釈に基づく代位取得の範囲を定めることは、契約当事者間の合理的な期待に反し、採用することはできない(注:別紙図参照)。

別紙図(自保ジャーナル2050⑦)

 
 ウ したがって、原告は、同条項第13条が定める「原告が支払った人身傷害保険金―(第7条(1)の規定により決定される損害の額+第8条の費用―第7条(1)の区分ごとに本件人傷基準に従い算出した金額のうち、賠償義務者に損害賠償請求すべき損害に係る金額)」の限度で(第8条の定める費用は本件においては発生していない。)、すなわち、「原告が支払った人身傷害保険金―(人傷基準損害額―人傷基準損害額×被告の過失割合)」によって算定される金額を限度としてAの被告に対する損害賠償請求権を代位取得する。

(2)本件人傷基準によって算定されるAの損害額
   別表損害額一覧表(略)の「認定額」欄記載のとおり認められる(詳細は、省略)。


 

仙台高裁平成29年11月24日判決(自保ジャーナル2022号1頁)

約款を適用して、原告に対して支払われた人身傷害保険金(自賠保険金を含む)をすべて、原告の素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額に充当した事例(確定)

【事案の概要】

(1)次の交通事故が発生した。
 ア 発生日時 平成20年10月1日午前7時30分頃
 イ 発生場所 福島県郡山市交差点内(以下「本件交差点」という。)
 ウ 被控訴人兼附帯控訴人亡A(以下「第1審原告亡A」という。)車両 普通乗用自動車
 エ 被控訴人兼控訴人兼附帯控訴人(以下「第1審被告」という。)車両 普通乗用自動車
 オ 事故態様 丁字路交差点である本件交差点内に右折するため進入してきた第1審原告亡A車両の右側面前部と、第1審原告亡Aから見て右側車道から本件交差点内に直進するため進入してきた第1審被告車両の右前部が衝突した(以下「第1事故」という。)。その後、第1審原告亡A車両は発進し、歩道を超えて路外の斜面を転落して停止した(以下「第2事故」という。)。

(2)B保険会社(以下「第1審原告保険会社」という。)は、平成20年3月30日、第1審原告亡Aとの間で、その所有に係る上記(1)ウの車両について、第1審原告保険会社を保険者とする車両保険及び人身傷害保険を含む自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
   本件保険契約に係る約款(以下「本件約款」という。)の人身傷害条項には、次の規定(以下「本件約款8条」という。)がある。
   第8条(すでに存在していた身体の障害または疾病の影響等)
   ① 被保険者が第1条(この条項の補償内容)の障害を被ったときすでに存在していた身体の障害もしくは疾病の影響により、または同条の障害を被った後にその原因となった事故と関係なく発生した傷害もしくは疾病の影響により同条の傷害が重大となった場合は、当会社は、その影響のなかったときに相当する額を損害額として決定しこれを支払います。

(3)第1審保険原告保険会社は、第1審原告亡Aに対し、平成23年6月8日、本件保険契約に基づき、人身損害4,042万4,856円(うち1,195万2,695円は自賠責保険によるもの)を支払った。

(4)第1審原告亡Aは、平成28年6月27日、本件事故とは別の原因である誤嚥性肺炎により死亡したところ、平成21年5月から死亡するまでの間、C市から合計1555万円8,779円の介護保険金の給付を受けた。
   また、第1審原告亡Aは、労災保険から、以下の支給を受けた。
 ア 療養補償給付(治療費) 832万5,503円
 イ アフターケア委託費(診療費及び薬剤費) 204万3,489円
 ウ 休業補償給付(特別支給金を除く。) 106万1,423円
 エ 障害補償給付(特別年金を除く。) 258万2,737円

 【争点】

(1)第1事故の状況及び過失割合
(2)本件事故と第1審原告亡Aの頸髄損傷との因果関係
(3)第1審原告亡Aの損害額(人身損害)
(4)第1審原告亡Aの損害額(物損)
(5)素因減額
(6)損益相殺及び損害の填補(介護保険及び労災保険に係る給付金)
(7)損害の填補(人身傷害保険)

   上記(6)及び(7)は、控訴審において、新たに追加された争点である。以下、これらの争点及び第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求に対する裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(5)については、原審・控訴審とも、40%の素因減額を認めている。

【裁判所の判断】

(1)損益相殺及び損害の填補(介護保険及び労災保険に係る給付金)について
 ア 治療費及び文書代、入院雑費並びに通院交通費 0円
   上記の合計額109万4,490円には、上記各損害項目と同一性を有する労災保険療養給付の金額832万5,503円(A)が含まれていないから、この給付額を上記金額に加算すると、その合計額は、941万9,993円となる。そして、この金額を素因減額した後の金額は565万1,995円(=941万9,993円×0.6)(B)である。そこで、(A)の金額を(B)の損害額に充当すると、(注:A›Bであるから)治療費及び文書代、入院雑費並びに通院交通費はすべて填補されていることになる。
   なお、第1審原告保険会社及び第1審原告亡A承継人らは、労災保険からの給付金は、社会保障としての性質を有するから、素因減額前に損害の填補に充てるべきであると主張する。しかし、労災保険からの給付金は、過失相殺後の損害額に充当されるべきものである(最高裁平成元年4月11日判決)ところ、民法722条2項の過失相殺の規定が類推適用される素因減額においても(最高裁平成4年6月25日判決)、同様に、第1審原告亡Aの損害額から素因による減額をし、その残額から労災保険からの給付金を控除するのが相当である。
 イ 器具・介護用品購入費(平成23年9月分までの分)、器具・介護用品購入費(平成23年10月から平成28年6月までの分)及び介護関係費 286万5,049円
   上記の合計額は、2,373万9,677円(C)である。そして、第1審原告亡Aは、平成21年5月から死亡するまでの間、C市から合計1,555万8,779円(D)の介護保険の給付を受けており、(C)の金額については、社会保障としての性質上、素因減額前に(C)の填補に充当するのが相当であるから、これを控除した後の残額は818万0,898円(=2,373万9,677円―1,555万8,779円)(E)となる。そして、(E)を素因減額した後の金額は490万8,538円(=818万0,898円×0.6。1円未満切り捨て)となるところ、第1審原告亡Aは、上記各損害項目と同一性を有する労災保険給付として204万3,489円(F)の支払を受けたから、(F)を(E)の損害額に充当すると、286万5,049円(=490万8,538円―204万3,489円)となる。
 ウ 休業損害 9万0,380円
   判断枠組みは、上記イと同様である。
 エ 逸失利益 94万9,484円
   判断枠組みは、上記イと同様である。
   なお、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aの逸失利益を算定するに当たり、既存障害の存在を考慮しているのであるから、その逸失利益の金額に対して更に素因減額をすることは、第1審原告亡Aの素因を二重に評価して減額することになるから、公平性を欠き不合理であると主張する。しかし、逸失利益を算定するに当たって考慮した第1審原告亡Aの既存障害は、素因減額において考慮した第1審原告亡Aの素因とは別の障害に係る素因であるから、上記の主張は失当である。
 オ 入通院慰謝料 189万6,000円
   第1審原告亡Aの入通院慰謝料の金額は316万円であり、これに素因減額をすると、その金額は、189万6,000円(=316万×0.6)となる。
 カ 後遺障害慰謝料 594万円
   第1審原告亡Aの後遺障害慰謝料の金額は990万円であり、これに素因減額をすると、その金額は、594万円(=990万×0.6)となる。
   なお、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aの後遺障害慰謝料を算定するに当たり、既存障害の存在を考慮しているのであるから、その後遺障害慰謝料の金額に対して更に素因減額をすることは、第1審原告亡Aの素因を二重に評価して減額することになるから、公平性を欠き不合理であると主張する。しかし、上記エで述べた理由から、上記の主張は失当である。
 キ 小括
   上記アないしカのとおり、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険に係る給付金を損害の填補として充当した後の残損害額は、1,174万0,913円となる。

(2)損害の填補(人身傷害保険)について
 ア 第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aに対し、平成23年6月8日、本件保険契約に基づき、人身損害に対する保険金として、4,042万4,856円を支払った(以下「本件人身損害に対する保険金」という。)。本件人身損害に対する保険金のうち、1,195万2,695円は自賠責保険によるものであるから、人身損害保険金として支払われた金額は2,847万2,161円となる。
 イ 本件約款8条は、被保険者の既に存在していた身体の障害もしくは疾病、すなわち素因の影響により傷害が重大となった場合は、人身傷害保険金は、素因の影響がなかったときに相当する損害額(素因減額後の損害額)を対象として支払われるとの内容を定めたものであり、素因減額分の損害額に対して人身損害保険金は支払われないことを明記したものと解される。
   したがって、本件約款8条が適用される場合、第1審原告亡Aに対して支払われた人身傷害保険金は、すべて素因減額後の第1審原告亡Aの損害に充当されるべきものである。そして、第1審原告保険会社は、第1審原告亡Aに支払った人身傷害保険金のすべてについて、加害者である第1審被告に対して求償し得ると解される
 ウ 上記のとおり、本件約款8条を適用して、第1審原告亡Aに対して支払われた本件人身損害に対する保険金4,042万4,856円をすべて、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額1,174万0,913円に充当すると、1審原告亡Aの損害はすべて填補されたことになり、1審被告に対して請求できる金額は0円となる(請求棄却)。

(3)第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求について
   上記(2)アのとおり、本件人身損害に対する保険金4,042万4,856円のうち、1,195万2,695円は自賠責保険によるものである。しかし、上記自賠責保険による保険金額は、第1審原告亡Aの素因減額後の損害に労災保険からの給付金を損害の填補として充当した後の残額1,174万0,913円を上回る。それゆえ、第1審原告保険会社が人身傷害保険金として第1審原告亡Aに対して支払った2,847万2,161円は、第1審原告亡Aの第1審被告に対する損害賠償請求権が存在しない部分に支払われたものと言わざるを得ず、その支払によって、第1審原告保険会社が、第1審原告亡Aの第1審被告に対する損害賠償請求権を代位取得することはない 。 したがって、第1審原告保険会社の人身傷害保険金の支払に基づく請求は理由がない(※)。

(※)車両保険金の支払に基づく請求については、第1審原告保険会社の請求を認容した。