横浜地裁平成31年3月19日判決(労働判例1219号26頁)

従前と異なる業務(部品仕訳作業)を行わせる指示が権利濫用に当たらず、これに従わなかった原告に対する解雇が有効と判断された事例(控訴後控訴棄却)


【事案の概要】

(1)被告は、企業内教育研修に関する企画・立案及びコンサルティング等を目的とする株式会社である。
   原告は、昭和60年4月に株式会社T(以下「T」という。)に入社し、遅くとも平成18年1月までに、被告に転籍した。原告は、平成23年4月、A研修部のBスクール(以下「Bスクール」という。)担当に配属された。原告は、Bスクールに配属後、①年間スケジュール作成業務、②年間スケジュールに基づき、日々の訓練や行事の運営をサポートする業務及び③一般教養関係の科目についての講師業務を行っていた。

(2)Cは、平成24年、Bスクールに配属され、平成26年4月から、Bスクールの校長(グループ長)に就任した。CがBスクールの校長に就任した後、原告は、Cとの折り合いが良くないことから、同年7月以降、講師控え室において執務をするようになり、同年12月までの約5か月間、講師控え室での執務を継続した。

(3)Bスクールは、Tグループにおける技術職要員の確保等を目的に、T及びグループ各社(以下「派遣元」という。)から、各社に技術職として入社する新規高卒者等の派遣を受け、毎年4月から翌年3月まで、派遣された訓練生に対し、教育訓練を行っている。
   Bスクールは、半期に一度、派遣元に対する報告会(以下「派遣元報告会」という。)を実施していた。派遣元報告会には、訓練生、派遣元窓口担当者、訓練生の上長、Bスクールグループ長が参加した。

(4)平成26年度前期派遣元報告会は、平成26年10月7日、開催された。原告は、同報告会の事前資料の作成、会場準備、当日の司会進行等を行った。
   原告は、同月14日、派遣元関係者等に対し、Bスクール前期報告会議事録についての連絡と題するメールを送信した(以下「本件メール」という。)。本件メールには、前期報告会について、開催前は担当するように言われたのに、180度変わり、当方は担当ではないのに余計な事をしたと言われたから、議事録を含め、今後一切対応しないなどとの記載があった。
   Cは、翌同月15日、被告の管理部の依頼に基づき、原告に対し、許可なく本件メールを送信したことに関し反省文を作成するよう指示した。しかし、原告は、形式的には反省文を作成したものの、その内容はC及び被告組織を批判するものであった。そこで、Cは、同月17日、反省文の再提出を促したものの、原告は、Cらを批判し続けたため、それ以降、Cが反省文の再提出を求め、原告が同様の反省文を提出するということの繰り返しとなった。

(5)被告は、同月15日以降、原告を従前の業務から外し、原告に対し、反省文の作成を指示しており、それ以外の業務は指示していなかった。
   被告の管理部は、被告代表者とも協議の上、原告に、Bスクールの電子機器科の実技実習の準備作業を行わせることとし、Cは、この方針に基づき、同年11月中旬、原告に対し、マーシャリング作業(部品仕訳作業)を指示した(以下「本件業務指示」という。)。
   マーシャリング作業は、予定されている実習に用いる部品類を揃えて袋詰めにするという授業の準備作業であり、被告において従前は、専任の担当者は置かれておらず、Bスクールの各専攻科の授業を担当する各指導員が、授業中に指導の合間を縫い又は残業する等して同作業を行っていた。
   しかし、原告は、本件業務指示に従わず、マーシャリング作業を行わなかった。

(6)被告は、平成27年4月21日付けで、原告に対し、①平成26年11月18日から本件業務指示を無視し続けていること、②同年10月14日、Bスクール派遣元関係者に等に業務上不適切なメールを送信し関係先に無用な混乱を招いたこと及び③同年7月17日以降5か月以上の長期に亘って講師控え室での執務を正当な理由なく継続したことは、就業規則100条3項2号に該当するとして、譴責の懲戒処分をした(以下「本件譴責処分」という。)。
   被告は、平成27年8月7日付で、原告に対し、本件譴責処分後も、本件業務指示に従わず、上長の指揮命令に従わない状態を継続していることは、就業規則101条5項2号及び3号に該当するとして、出勤停止1日の懲戒処分をした(以下「本件出勤停止処分」という。)。
   被告は、同年11月30日付けで、原告に対し、本件出勤停止処分後も本件業務指示に従わず、上長の指示命令に従わない状態を継続していることは、会社業務の運営に著しく協力しない行為であり、就業規則27条1項3号及び6号に該当するとして、同日付で解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。


【争点】

(1)本件業務指示が権利濫用に当たるか(争点1)
(2)本件解雇の有効性(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件業務指示が権利濫用に当たるか)について
 ア 本件就業規則4条は、社員は、上長の指示命令に従わなければならないと定めているから、原告は、原則として、本件業務指示に従う義務がある。しかしながら、本件業務指示が、懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であるなど、業務命令権の濫用に当たる場合には、無効であると解される(労働契約法3条5項参照)。
 イ 以下、本件業務指示が、懲罰目的またはいじめ・嫌がらせ目的であったかについて、検討する。
  a)業務指示の必要性
   原告が、Bスクールの顧客にあたる派遣元に対し、原告のBスクールに対する不満を暴露し、Bスクールを批判する内容の本件メールを送信して、Bスクールの信用を揺るがす重大行為を行った上に、本件メール送信後、反省文の作成を指示されたにもかかわらず、引き続き、Cらを批判し続け、真に反省した態度を示していなかったことからすれば、被告が、原告を従前の業務に戻した場合、本件メールの送信と同様の行為が再発し、Bスクールの信用を揺るがすおそれがあるため、従前の業務に戻すことはできないと判断したこともやむを得ない。
   その上、マーシャリング作業は、実技実習の準備作業として不可欠のものであり、従前から授業を担当する各作業員が行っていたものであるから、マーシャリング作業自体の業務上の必要性も認められる。
   したがって、本件業務指示は、被告が本件メール送信後も真に反省する態度を見せない原告に対し、従前の業務の代わりに、必要な業務を指示したものと評価できるのであるから、本件業務指示の必要性は認められる。
  b)手段の相当性
   マーシャリング作業自体は、従前から、各指導員が行っている作業であって、一般的に、作業者が精神的、身体的苦痛を感じるものとは解されないことからすれば、本件業務指示は、手段としても、社会通念上相当であるといえる。
  c)小括
   以上からすれば、本件業務指示は、業務上の必要性もあり、手段も相当であるから、懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると推認することはできず、その他本件全証拠によっても、業務命令権の濫用と認めるに足りる事情もないから、本件業務指示は有効である。

(2)争点2(本件解雇の有効性)について
 ア 上記(1)のとおり、本件業務指示は有効であるにもかかわらず、原告は、本件業務指示に従わず、マーシャリング作業を行わなかった。これは、原告が会社業務の運営を妨げ又は著しく協力しないといえるとともに、正当な理由なく、約1年に渡って上長の指揮命令である本件業務指示に従わず、その情状が特に重いといえるから、これは、本件就業規則27条1項3号及び6号、101条5項2号、3号、100条3項2号に該当すると認められる。
 イ これに対し、原告は、本件業務指示が懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると疑っていたのであるから、本件業務指示に従わなかったことについて、やむを得ない事情があると主張する。
   しかしながら、反省文の作成指示が継続されたのも、原告がCらの批判を継続し、反省の態度を示していなかったため、反省を促す必要があったからであることは、通常人であれば容易に理解することができる上に、E部長(注:同人は、A研修部の平成26年当時の部長であり、同年12月12日、原告と面談した。)及びF部長(注:同人は、E部長の後任であり、平成27年8月19日、原告と面談した。)も、原告に対し、従前の業務を行わせることができず、信頼関係を回復するためにマーシャリング作業が必要であることを説明していたことからすれば、仮に、原告が、本件業務指示が懲罰目的又はいじめ・嫌がらせ目的であると疑っていたとしても、本件業務指示に従わなかったことについて、やむを得ない事情があったとは認められず、上記認定を左右しない。
 ウ 原告は、①原告がマーシャリング作業を行わなかったことにより、大きな支障は生じていないから、本件業務指示に従わないことは、原告を解雇するための客観的合理的理由とならない、②同種行為を行わないと確約しているから、改善の余地があり、労働契約の継続が困難な状態とはいえず、原告を解雇するための客観的合理的理由に欠ける、③被告が、原告を従前の業務に復帰させ、又は、他の部署に異動させることにより解雇を回避できたと主張するが、原告の各主張は、いずれも採用できない。
   したがって、本件解雇は、客観的合理的理由を欠くとは認められない。
 エ そして、原告は、法廷で本件メールの送信行為について反省の弁を述べていること、本件譴責処分を受けるまで、約30年間、T及び被告において、懲戒処分歴なく勤務を継続してきたこと、原告が本件解雇当時、51歳で再就職が困難な年齢であることを考慮しても、原告が、懲戒処分を2回受けても、有効な本件業務指示に従わないという強固な姿勢を示しており、企業秩序を著しく乱していることからすれば、本件解雇は、社会通念上相当ではないとも認められない。

 (3)結論
   本件訴えのうち本判決確定の日の翌日以降に支払期日が到来する給与及び賞与に係る部分は、不適法であるから、これを却下し、原告のその余の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。
   なお、控訴審である東京高裁令和元年10月2日判決・労働判例1219号21頁は、控訴人(第1審原告)の控訴を棄却した。


 

東京地裁平成30年6月8日判決(判例タイムズ1467号185頁)

配置転換の約1年後になされた転居命令が、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効であると判示した事例(控訴後控訴棄却)


【事案の概要】

(1)原告は、東京都板橋区に妻と長男(平成13年生)と同居しており、平成20年1月1日、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結した。
   被告は、外資系企業であり、金属製組み立て式天井板及び建物外装等の輸出入、製造及び販売等事業を営む株式会社である。

(2)被告は、平成20年1月1日当時、①建築建材を取り扱うAP事業部、②ブラインド・シェード製品を取り扱うWCP事業部、③総務・人事・経営管理を行う経理管理グループ、④製品の製造を行う茨城工場の4部門があり、東京都品川区にある京浜急行電鉄立会川駅近くの本社に①から③の各部門が、茨城県小美玉市内に④があった。④茨城工場への交通手段は、東京都内からJR常磐線で石岡駅まで行き、同駅からはバスに乗ってグリーンバス(かしてつバス)新高浜駅(以下「新高浜駅」という。)で下車する方法である。
   原告は、平成20年1月1日当時、①AP事業部内の営業をサポートする技術支援チームに所属しており、新規物件の見積もり依頼への対応、技術資料図書の整備等の業務に従事していた。

(3)被告は、平成23年12月から同24年1月にかけて本社を移転し、AP事業部はJR浜松町駅の近くの浜松町事務所、WCP事業部と経営管理グループは六本木の本社(以下「六本木本社」という。)に移転した。その後、被告は、AP事業が業績不振であったことから、平成27年11月30日、AP事業部から撤退するとともに、浜松町事務所を閉鎖した。
   平成27年11月の時点でAP事業部にいた社員(7名)のうち、原告、A、B及びCの4名が、同年12月1日付けで茨城工場へ異動した(以下「本件配置転換」という。)。原告の業務は梱包作業となった。原告の茨城工場への通勤経路は、東武東上線ときわ台駅から池袋駅、日暮里駅での乗り換えを経てJR石岡駅まで電車で行き、そこからバスでかしてつバス新高浜駅まで行くものであり、乗車時間は2時間45分程度であった。また、原告の自宅から東武東上線ときわ台駅までは徒歩で約13であった。
   原告と被告は、平成20年1月1日に、期間の定めのない労働契約を結んだが、給与は毎月20日締めの25日払い、通勤交通費は会社の認める通勤経路に要する実費につき全額支給とされていた。被告は、本件配置転換後の平成27年12月25日及び平成28年6月に、原告に対し、それぞれ通勤交通費30万6680円(石岡駅から新高浜駅までのバス6か月定期5万8320円とときわ台駅から石岡駅までの電車6か月定期代24万8360円の合計額)を支払った。

(4)被告の経営管理グループのDは、平成28年11月4日、六本木本社で、原告に対し、同年12月1日から茨城工場の近くに単身で転居するよう命令した(以下「本件転居命令」という。)。
   原告は、同年11月7、8日頃及び同月11日、Dに対し、通勤費を自己負担した上で東京の自宅から通勤したい旨を伝えたが、これに対し被告は、安全管理の見地から認められないと回答した。Dは、その際、原告に対し、茨城工場での勤務が長期化し、原告が東京勤務になる見込みはないことから、原告の健康や安全管理、業務の円滑のため社宅を付与することを説明した。また、原告は、共働きの妻と中学生の子がいるので転居せず今まで通り通勤させて欲しいと話していた。
   被告は、同年11月24日、原告に対し、赴任手当を13万5000円支給すること、付帯費用(引越代)は全額会社が負担すること、別居手当の支給はないこと、敷金・礼金は被告が負担すること、借上社宅の賃料3万5000円は原告が負担することなどを提案したが、原告は、これに応じなかった。

(5)被告は、平成29年3月31日、原告に対し、同日付で解雇することを通知し(以下「本件解雇」という。)、解雇予告手当65万5220円(注:解雇時の原告の給与は、年俸750万6000円(毎月62万5500円)であった。)を支払った。また、被告は、同年4月14日、原告に対し、退職金366万9173円を支払った。
   被告は、原告に対し、同年10日付け解雇理由説明書を送付した。そこには、解雇理由として、就業規則25条16号(略)で定められた「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があったとき」に該当すること、具体的には本件転居命令に対し、繰り返しの説明、説得にも関わらず、不合理な反抗を続け、正当な理由なく本件転居命令に従わなかったことがこれに当たる旨が記載されている。


【争点】

(1)本件転居命令の有効性
(2)通勤交通費の有無及び額
(3)慰謝料請求の有無及び額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件転居命令の有効性
 ア 憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」としており、同条は民法90条を介して原告と被告の労使関係にも一定の拘束力がある。しかし、被告の就業規則には、被告は「その判断で社員の配置転換又は転勤を命じることができ」(10条)、「業務上の必要若しくは業務上の都合により、社員に対し就業場所若しくは従事する職務の変更を命じることがあ」り(13条)、「人事異動により居住地の変更を要する場合の取扱いは別に定める」(15条)との定めがあるから、被告は、原告との個別の同意なくして原告の勤務地を決定し、勤務先の変更に伴って居住地の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する。
 イ さらにその権限に基づき、使用者は、配置転換等の業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定することができる。
   しかしながら、転居は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権(転居命令権)は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないことはいうまでもない。転勤命令(転居命令)につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない。
   そして業務上の必要性については、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定される(転勤命令権につき、最高裁昭和61年7月14日判決参照)。
 ウ 本件について業務上の必要性をみるに、被告は、往復6時間の長時間通勤は、原告の健康不安、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等から、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできず、本件転居命令には業務上の必要性がある旨主張する。
   しかし、
  a)本件転居命令は、本件配置転換の約1年後に出されたもので、原告は、その期間、転居せず自宅から茨城工場に通勤していたこと
  b)原告の茨城工場での業務内容は梱包作業であり、早朝・夜間の勤務は必要なく、緊急時の対応も考え難いこと
  c)原告不在時には他の従業員が原告の業務に対応することができたこと
  d)原告に残業が命じられることはなかったこと
  e)原告は、片道3時間かけて通勤しているが、交通事故のために休職した期間と一度の電車遅延による遅刻の他は遅刻や欠勤はなく、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出ることもほとんどなかったことが認められる。
   そうすると、原告が転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみても、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえず、業務の必要があるとは認められない。
   また、被告は、AP事業部の再開が見込まれないため、原告が東京勤務になる見込みがなく、今後も継続して長時間通勤を原告に課すことは、労働契約法や労働安全衛生法上不相当であると主張する。
   しかし、単身赴任による負担と長時間通勤の負担を比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。したがって、被告の上記主張は採用しない。
   以上によれば、本件転居命令には業務上の必要性があるとは認められず、被告の上記主張は採用しない。
 エ 以上によれば、本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。そうすると、原告は本件転居命令に従う義務はないし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、客観的合理的理由を欠いており、社会通念上も相当であるとは認め難いから、本件解雇は労働契約法16条により無効である。

(2)通勤交通費の有無及び額
   被告は、原告に対し、平成28年12月1日から平成29年3月31日まで(4か月)の原告の最寄り駅である東武東上線ときわ台駅からJR石岡駅までの定期代を支払うべきところ、原告の請求する3か月分13万3970円について未払のままであると認められる。
   また、被告は、平成28年12月22日にバス定期代を支払っているから、同日が交通費の支払日であると認められる。

(3)慰謝料請求の有無及び額 
   本件転居命令が無効であり、それに従わないことを理由にした本件解雇が無効であるからといって、被告が原告に対して、本件転居命令に従うよう求めたことが直ちに不法行為に当たるとは認められない(詳細は省略する。)。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び本件転居命令に従う義務のないことの確認、平成29年4月5月の未払賃金125万1000円並びに同年6月から本件確定の日までの賃金月額62万5500円及びこれに対する遅延損害金、未払交通費13万6970円及びこれに対する遅延損害金の支払請求は理由がある(一部認容)。


 

東京地裁平成31年2月25日判決(労働判例1212号69頁)

即戦力として中途採用された原告が、軽微でない多数の業務上のミスをし、多数回の指導等でも改善されなかったため、試用期間中の留保解約権の行使としてなされた解雇を有効と判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告は、昭和60年に出生した男性である。
   被告は、ザ・ゴールドマン・サックス・グループ・インクの関連会社からの委託を受けて、不動産の賃貸借その他の事業を営むことを目的とする特例有限会社である。

(2)被告は、平成27年1月ころ、ゴールドマン・サックス証券株式会社オペレーションズ部門(出向)(以下「本件オペレーションズ部門」という。)のレギュラトリー・オペレーションズ部の人材を募集していた。その募集要項には、当該人材に係る責任として、日時、週次又は月次での当局宛て報告書の作成又はその正確性の確認等がその内容として記載されていたほか、当該人材に係る基本的資質として、大学卒以上、金融業務における5年以上の実務経験、複雑な金融商品・機能に関するデータ分析、情報技術、業務運営プロセス及びコンプライアンス等の業務経験が求められるものとされていた。
   原告は、本件オペレーションズ部門への中途採用を希望して応募した。その結果、原告と被告は、平成27年5月22日に、同年7月10日付けで被告に入社する旨の期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。

(3)被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)の第7条及び第13条には、次の内容の定めがある。
 ア 第7条1の定め
   入社後3か月間を試用期間とする。試用期間の満了以前に、当該試用期間対象者の上長は、当該試用期間対象者の勤務成績を評価し、社員として勤務させるか、又は解雇すべきかを会社に通告するものとする。
 イ 同条2の定め
   上記アの試用期間対象者を社員として勤務させることが不適当であると決定した場合には、会社は、30日前に予告をするか、又は当該予告期間に代えて30日分の平均賃金を支払うことにより、当該試用期間対象者を解雇するものとする。
 ウ 第13条3の定め 略

(4)原告は、本件オペレーションズ部門内のレギュラトリー・オペレーションズ部のポジションチームに配属された。このチームは、関係する監督官庁又は取引所の法令等に定められた定期的な報告書の作成・提出等を主に担当する部署であり、具体的には、大量保有報告書や空売りの残高報告等の報告書類の作成、その作成の要否を判断するための基礎となるデータの収集、突合、分析及び検討並びに関係部署への報告を担当していた。当時の当該チームは、Cリーダー以下のD代理やA氏ら数名の従業員で構成されており、A氏が原告の指導担当者とされていた。

(5)B VPは、原告の業務の遂行の状況や業務上のミスの発生の状況等を記録して、組織的に共有する必要があると考え、CリーダーやD代理に対してその旨の指示をし、平成27年8月19日から、原告の業務遂行の状況等が記録されることとなった。D代理は、同日、原告に対し電子メールにより、アップデート事項を毎日B VP及びCリーダーらと共有するよう指示するとともに、ミスを減らすための措置を考え、報告をするように指示した。これを受けて、原告は、同日、ミスを減らすための措置として、2項目について、ミスの原因及び今後の作業を記載した電子メールをB VPらに送信した。しかし、原告は、その後も業務上のミスを繰り返した。

(6)B VP及びE VPは、同年9月4日(金曜日)の夕刻頃、原告との面談を実施し、原告に対し、業務上の問題点を指摘するとともに、その改善がない場合には本件労働契約の終了の可能性があることを説明した。
   原告は、同月7日(月曜日)、合計5項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、個々の業務の重要性やミスの原因等について事情聴取したり、自らの考えを伝えたりした。B VPは、その後、上司であるK氏に対し、現行の仕事振りについて、「自分の担当作業について、繰り返しミスをしたり、やるべきことを忘れたりしている」旨の報告をした。

(7)原告は、同月8、9、及び10日にも、業務上のミスを繰り返しため、B VPは、各日において、Cリーダーからの報告の内容を基にして原告との面談を実施するとともに、K氏に対し、報告をした(なお、B VPは、同月8日、K氏らに対し「いくらか改善はみられる」などと報告を補足する内容を、英文で記載した電子メールを送信した。)。

(8)原告は、同月11日(金曜日)、1項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、ミスの原因等について事情聴取するなどした上で、更に話し合うための会議を次の月曜日に設定すること、準備ができ次第今後のステップについて連絡することを伝えた。B VPは、同日、K氏らに対し、Cリーダーによる報告及び当該面談の状況を伝えた。
   被告は、同月14日(月曜日)、原告に対し、退職合意書を示して、退職に関するパッケージを支払うことの提案をした。当該提案は、原告の出勤最終日を同日とし、平成27年10月10日までに本件労働契約を合意によって終了させること、30日間の解雇予告手当に足りない4日間分の基本給与額を支払うこと、転職活動支援サービスを提供すること、契約終了日まで福利厚生を受けることができること、この提案が同年9月24日午後6時まで有効であること等を内容とするものである。その後、原告は、被告に対し、この提案に同意しない旨を表明したため、被告は、原告に対し、同年9月25日付けの書面により、本件就業規則第7条1及び同条2の定めに基づいて本件労働契約における試用期間が満了する同年10月10日付けで原告を解雇する旨の通知をした(以下「本件主位的解雇」という。)。

(9)原告は、平成28年12月22日に本件訴えを提起した。
   被告は、原告に対し、平成29年8月23日付けの書面により、予備的に本件就業規則第13条3の定めに基づいて原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件予備的解雇」という。)。


【争点】

(1)本件主位的解雇の効力
(2)本件予備的解雇の効力
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件主位的解雇の効力
 ア 本件主位的解雇は、本件労働契約において定められた試用期間中に、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された解約権に基づき、されたものであると認めることができる。このような留保された解約権の行使は、その留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものとおうべきであり(最高裁昭和48年12月12日判決参照)、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利を濫用したものとして、無効になると解される(労働契約法16条)。
 イ これを本件に即して具体的に見ると、原告は、いわゆる大学新卒者の新規採用等とは異なり、その職務経験歴等を生かした業務の遂行が期待され、被告の求める人材の要件を満たす経験者として、いわば即戦力として採用されたものと認めるのが相当であり、かつ、原告もその採用の趣旨を理解していたものというべきである。
   そして、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された上記アの解約権は、試用期間中の執務状況等についての観察等に基づく採否の最終的決定権を留保する趣旨のものと解されるから、その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、上記のような原告に係る採用の趣旨を前提とした上で、当該観察等によって被告が知悉した事実に照らして原告を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することがこの最終決定権の留保の趣旨に徴して客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。
 ウ そこで、上記ア及びイにおいて説示したところに従って、本件主位的解雇たる留保された解約権の行使が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合に当たるかどうかについて、検討する。
  a)B VPがCリーダーやD代理に対して平成27年8月19日から原告の業務遂行の状況やミスの発生の状況等を記録して組織的に共有するように指示をしているところ、毎営業日についてその記録が取られており、少なくとも同日以後は、毎営業日について原告が少なくない数の業務遂行上のミスをしているものである。また、同日より前の時期についても、詳細かつ具体的な記録が取られていたわけではないものの、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、原告の業務遂行の状況等の記録を取り始めるように指示をした契機について、原告の仕事上のミスが多く、このままでは業務に支障が生ずる旨の報告をA氏から受けたことにある旨を陳述しているところ、この陳述の内容は、客観的な経緯に整合するものとして採用することができるから、同日より前の時期についても、上記に認定した同日以降の状況と同様に、原告が業務遂行上のミスを少なからずしていたものと推認するのが相当である。
  b)上記a)において認定し、説示した原告の業務遂行の状況に関し被告は、原告が金融機関の職員としてあってはならない致命的なミスを繰り返したものであり、被告の従業員としての適格性を欠くものであって、原告が何度も注意や指導等を受けても当該ミスの重大性を認識することができず、問題性の改善の見込みがなかった旨を主張しており、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、当該主張に沿う内容の陳述をしている。
   確かに、関係法令等に基づいて作成し、関東官庁ないし取引所への提出を要する報告書の内容に誤りがないようにすることの重要性は、事柄の性質上明らかというべきであるし、上記のB VPの陳述は、原告の業務遂行の状況等の記録や報告を求めたり、時間や労力をかけて原告との面談を連日にわたって実施したという客観的な経緯にもよく整合するものである。
   したがって、上記のB VPの陳述とおり、原告がした多数のミスは、決して軽微なものと評価すべきものということはできないし、B VPらが多数回にわたって原告に対して指導等を行ったものの、有意の改善が見られなかったものと認めるのが相当である。
 エ 上記イにおいて認定した原告に係る採用の趣旨を前提とし、以上に説示したところに加え、原告の業務上のミスが、そもそも指導等によって改善を期待するというよりも、自らの注意不足や慎重な態度を欠くことにも由来するものであると考えらえることなどの諸事情を総合的に考慮すると、原告に対する指導の中では「いくらか改善がみられる」旨が言及されたこと等の事情があったとしても、原告を引き続き雇用しておくことが適当でないとの被告の判断が客観的に合理的理由を欠くものであるとか、社会通念上相当なものであると認められないものであるとは、解し難い。
   したがって、本件主位的解雇は、権利の濫用に当たるということはできず、有効なものというべきである。

(2)結論
   争点(2)(本件予備的解雇の効力)に対する判断を経るまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。