知財高裁平成30年4月25日判決(判例時報2382号24頁)

リツイート行為が、控訴人の著作者人格権を侵害する行為であると認めたものの、最新のログイン時IPアドレス等の発信者情報該当性を否定した事例(上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)本件は、控訴人が、インターネット上の短文投稿サイト「ツイッター」(以下「ツイッター」という。)において、被控訴人の著作物である原判決別紙写真目録記載の写真(以下「本件写真」という。)が、
  ①氏名不詳者により無断でアカウントのプロフィール画像として用いられ、その後当該アカウントのタイムライン及びリツイート(投稿)にも表示されたこと、
  ②氏名不詳者により無断で画像付きツイート(ツイッターにおける短文投稿のこと)の一部として用いられ、当該氏名不詳者のアカウントのタイムラインにも表示されたこと、
  ③氏名不詳者らにより無断で上記②のツイートのリツイートがされ、当該氏名不詳者らのアカウントのタイムラインに表示されたこと
により、控訴人の本件写真についての著作権(複製権、公衆送信権(送信可能化権を含む。)、公衆伝達権。以下、これらを総称して「本件著作権」という。)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権、名誉声望保持権。以下、これらを総称して、「本件著作者人格権」とう。)が侵害されたと主張して、
   「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、上記①~③のそれぞれについて、別紙発信者情報目録記載の情報の開示を求めるものである。
   なお、別紙発信者情報目録の内容は、以下のとおりである。
 1 別紙流通情報目録(注:下記PDFファイル参照)記載に係る各流通情報を発信した者(別紙アカウント目録(略)記載の各アカウント保有者)の電子メールアドレス
 2 別紙流通情報目録記載に係る別紙アカウント目録記載の各ツイッターアカウントにログインした際のアイ・ピー・アドレスのうち、本判決確定の日の正午時点(日本標準時)で最も新しいもの
 3 上記第2項のアイ・ピー・アドレスを割り当てられた電気通信設備から、被控訴人らの用いる特定電気通信設備に上記第2項のログイン情報が送信された年月日及び時刻
【改訂版】知財高裁H30.4.25判決

(2)原判決(東京地裁平成28年9月15日判決・判例時報2382号41頁)は、被控訴人米国ツイッター社に対する請求を、原判決別紙流通情報目録(略)記載1及び2の各アカウントの別紙原判決別紙発信者情報目録(第1)(略)記載の3の各発信者情報(注:電子メールアドレス)の開示を求める限度で認容し、被控訴人米国ツイッター社に対するその余の請求及び被控訴人ツイッタージャパンに対する請求をいずれも棄却したので、これを不服とする被控訴人が本件控訴を提起した。


 【争点】

(1)被控訴人ツイッタージャパンが別紙発信者情報目録の情報を保有しているか
(2)別紙アカウント目録(略)記載のアカウント1(以下「本件アカウント1」という。その他のアカウントについても、同じ。)及び本件アカウント2につき、ツイート及びタイムラインへの本件写真の表示(流通情報1(6)及び(7)、2(3)及び(4)により控訴人の本件著作権及び本件著作者人格権が侵害されたことが明らかであるか(プロバイダ責任制限法4条1項1号)
   なお、本件プロフィール画像設定行為及びタイムラインへの本件写真の表示(流通情報1(1)~(5)並びに本件ツイート行為2及び本件ツイート2(注:原判決のいうもの)への表示(流通情報2(1)及び(2)が控訴人の公衆送信権(著作権法23条1項)を侵害することは当事者間に争いがない。
(3)本件アカウント3~5につき、本件リツイート行為(流通情報3~5)により控訴人の本件著作権及び本件著作者人格権が侵害されたことが明らかであるか(プロバイダ責任制限法4条1項1号)等
(4)判決確定日時点における最新のログイン時IPアドレス及びこれに対応するタイムスタンプが、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令」(以下「省令」という。)4号の「侵害情報に係るIPアドレス」及び7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に該当するものとして、プロバイダ責任制限法4条1項により開示されるべき「権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか
(5)控訴人が発信者情報の開示を受けるべき正当な理由(プロバイダ責任制限法4条1項2号)を有するか
   以下、本判決の主文を示したのちに、上記争点に関する裁判所の判断の概要を示す。


【主文】

1  原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人米国ツイッター社は、控訴人に対し、
  ①被控訴人米国ツイッター社が運営するツイッターにおいて、別紙流通情報目録1(1)~(4記載のURLにアクセスしたクラインアントコンピュータ・モニター画面に、同目録(1)~(4「表示される画像」記載の各画像が表示されるように設定した本件アカウント1のアカウントの保有者
  ②ツイッターにおいて、クライアントコンピュータが、別紙流通情報目録1(5記載のURLのウェブページにアクセスした際に、タイムラインに表示される自ら投稿したツイート毎に表示される自らのプロフィール画像として、同目録1(5「表示される画像」記載の画像が表示されるように設定した本件アカウント1のアカウントの保有者
  ③ツイッターにおいて、クライアントコンピュータが別紙流通情報目録2(1記載のURLにアクセスした際に表示される、本件ツイート1に表示される画像として、別紙流通情報目録2(1「表示される画像」記載の画像が表示されるように設定した本件アカウント2のアカウントの保有者
  ④ツイッターにおいて、別紙流通情報目録2(2記載のURLにアクセスしたクライアントコンピュータ・モニタ画面に、同目録2(2「表示される画像」記載の画像が表示されるように設定した本件アカウント2のアカウントの保有者
  ⑤ツイッターにおいて、クライアントコンピュータが別紙流通情報目録2(3)及び(4記載のURLのウェブページにアクセスした際に、タイムラインに表示される本件ツイート1に表示される画像として、別紙流通情報目録2(3)及び(4「表示される画像」記載の画像が表示されるように設定した本件アカウント2のアカウントの保有者
  ⑥ツイッターにおいて、クライアントコンピュータが別紙流通情報目録3~5記載の各URLのウェブページにアクセスした際に、タイムラインに、別紙流通情報目録3~5「表示される画像」記載の画像が表示されるように設定した本件アカウント3~5のアカウントの保有者
   の電子メールアドレスを開示せよ。
(2)控訴人の被控訴人米国ツイッター社に対するその余の請求及び被控訴人ツイッタージャパンに対する請求をいずれも棄却する。

2以下 略


【裁判所の判断】

(1)被控訴人ツイッタージャパンが別紙発信者情報目録の情報を保有しているか
   被控訴人ツイッタージャパンが発信者情報を保有しているとは認められないから、控訴人の被控訴人ツイッタージャパンに対する請求はいずれも理由がない。

(2)争点(2)(本件アカウント1及び2における本件写真の表示(流通情報1(6)及び(7)、2(3)及び(4)による控訴人の著作権等侵害の明白性)及び争点(3)(本件リツイート行為(流通情報3~5)による著作権等の侵害の明白性)について
   事案に鑑み、争点(3)について判断し、その後に争点(2)について判断する。
 ア 事実関係等
   本件リツイート行為により本件アカウント3~5のタイムラインのURLにリンク先である流通情報2(2)のURLのインラインリンクが設定されて、同URLに係るサーバーから直接ユーザーのパソコン等の端末に画像ファイルのデータが送信され、ユーザーのパソコン等に本件写真の画像が表示されるものである。
   もっとも、ユーザーのパソコン等の端末に、本件写真の画像が表示させるためには、どのような大きさや配置で、いかなるリンク先からの写真を表示させるか等を指定するためのプログラム(HTMLプログラム、CSSプログラム、JavaScriptプログラム)が送信される必要があること、本件リツイート行為の結果として、そのようなプログラムが、リンク元のウェブページに対応するサーバーからユーザーのパソコン等に送信されること、そのことにより、リンク先の画像とは縦横の大きさが異なった画像や一部がトリミングされた画像が表示されることがあること、本件アカウント3~5のタイムラインにおいて表示されている画像は、流通情報2(2)の画像とは異なるものであること(縦横の大きさが異なるし、トリミングされており、控訴人の氏名も表示されていない)が認められる。
 イ 公衆送信権侵害(著作権法23条1項)について
   控訴人が著作権を保有しているのは、本件写真であるところ、本件写真のデータは、リンク先である流通情報2(2)に係るサーバーにしかないから、送信されている著作物のデータは、流通情報2(2)のデータのみである。そして、公衆送信は、「公衆によって直接受信されることを目的として送信を行うこと」であるから、公衆送信権侵害との関係では、流通情報2(2)のデータのみが「侵害情報」というべきである。
   本件リツイート行為によってユーザーのパソコン等に表示される本件写真の画像は、それらのユーザーの求めに応じて、流通情報2(2)のデータが送信されて表示されているといえるから、自動公衆送信(公衆送信のうち、公衆からの求めに応じて自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。))に当たる。
   自動公衆送信の主体は、当該装置が受信者からの求めに応じ、情報を自動的に送信できる状態を作り出す行為を行う者と解されるところ(最高裁平成23年1月18日判決参照)、本件写真のデータは、流通情報2(2)のデータのみが送信されていることからすると、その自動公衆送信の主体は、流通情報2(2)のURLの開設者であって、本件リツイート者らではないというべきである。著作権侵害行為の主体が誰であるかは、行為の対象、方法、行為への関与の内容、程度等の諸般の事情を総合的に考慮して、規範的に解釈すべきであり、カラオケ法理と呼ばれるものも、その適用の一場面であると解される(最高裁平成23年1月20日参照)が、本件において、本件リツイート者を自動公衆送信の主体というべき事情は認め難い。
 ウ 複製権侵害(著作権法21条)について
   前記イのとおり、著作物である本件写真は、流通情報2(2)のデータのみが送信されているから、本件リツイート行為により著作物のデータが複製されているということはできない。
 エ 公衆伝達権侵害(著作権法23条2項)について
   著作権法23条2項は、公衆送信された後に公衆送信された著作物を、受信装置を用いて公に伝達する権利を規定しているものである。ここでいう受信装置がクライアントコンピュータであるとすると、その装置を用いて伝達している主体は、そのコンピューターのユーザーであると解される。よって、本件リツイート者らを伝達主体と評価することはできない。
 オ 著作者人格権侵害について
  a)同一性保持権(著作権法20条1項)侵害
   前記アのとおり、本件アカウント3~5のタイムラインにおいて表示されている画像は、流通情報2(2)の画像とは異なるものである。この表示されている画像は、表示するに際して、本件リツイート行為の結果として送信されたHTMLプログラムやCSSプログラム等により、位置や大きさなどが指定されたために、上記のとおり画像が異なっているものであり、流通情報2(2)の画像データ自体に改変が加えられているものではない。
   しかし、表示される画像は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものとして、著作権法2条1項1号にいう著作物ということができる。そして、上記のとおり、表示するに際して、HTMLプログラムやCSSプログラム等により、位置や大きさなどを指定されたために、本件アカウントの3~5のタイムラインにおいて表示されている画像は流通目録3~5のような画像となったものと認められる。よって、本件リツイート者らによって改変されたもので、同一性保持権が侵害されている。
  b)氏名表示権侵害(著作権法19条1項)について
   本件アカウント3~5のタイムラインにおいて表示されている画像には、控訴人の氏名は表示されていない。そして、前記アのとおり、表示するに際して、本件リツイート行為の結果として送信されたHTMLプログラムやCSSプログラム等により、位置や大きさなどが指定されたために、本件アカウント3~5のタイムラインにおいて表示されている画像は流通目録3~5のような画像と異なり、控訴人の氏名が表示されなくなったものと認められる。よって、控訴人は、本件リツイート者らによって、本件リツイート行為により、著作物の公衆への提供又は提示に際し、著作者名を表示する権利を侵害された。
  c)名誉声望保持権(著作権法113条6号)について
   本件リツイート者らは、控訴人の名誉声望保持権(著作権法113条6号)を侵害したとは認められない(詳細略)。
 カ 「侵害情報の流通によって」(プロバイダ責任制限法4条1項1号)及び「発信者」(同法2条4号)について
   前記オa)b)のとおり、本件リツイート行為は、控訴人の著作者人格権を侵害する行為であるところ、前記オa)b)認定の侵害態様に照らすと、この場合には、本件写真の画像データのみならず、HTMLプログラムやCSSプログラム等のデータ等のデータを含めて、プロバイダ責任制限法上の「侵害情報」ということができ、本件リツイート行為は、その侵害情報の流通によって控訴人の権利を侵害したことが明らかである。そして、この場合の「発信者」は、本件リツイート者らである
 キ 争点(2)について
   本件アカウント2(3)(4)については、流通情報3~5と同様に、流通情報2(2)の画像が改変され、控訴人の氏名が表示されていないということができるから、著作者人格権の侵害がある。
   しかし、本件アカウント1の流通情報1(6)(7)については、流通情報1(3)の画像と同じものが表示されているから、著作者人格権の侵害があると認めることはできない。これらについて著作権の侵害を認めることができないことは、流通情報3~5と同様である。

(3)争点(4)(最新のログイン時IPアドレス等の発信者情報該当性)について
 ア 控訴人は、最新のログイン時IPアドレスが省令4号の「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」に、同タイムスタンプが同7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に該当し、プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たる旨主張する。
 イ この点、プロバイダ責任制限法4条1項は「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、・・・当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。・・・)の開示を請求することができる。」と定めているところ、同項は、「当該権利の侵害に係る発信者情報」について開示を認めるとともに、具体的に開示の対象となる情報は総務省令で定めるとし、省令はこれを受けて、省令4号は「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス・・・及び当該アイ・ピー・アドレスと組み合わされたポート番号」と、同7号は「侵害情報が送信された年月日及び時刻」とそれぞれ定められているのであるから、省令4号の「侵害情報に係るアイ・ピー・アドレス」には当該侵害情報の発信に関係しないものは含まれず、また、当該侵害情報の発信と無関係なタイムスタンプは同7号の「侵害情報が送信された年月日及び時刻」に当たらないと解するのが相当である。
   これを本件についてみると、本件アカウント1が開設されたのは平成25年4月1日であり、本件プロフィール画像設定行為がされたのは遅くとも平成27年1月21日であることなどが認められる。なお、控訴人が札幌地方裁判所に本件訴えを提起したのは、平成27年3月25日である。
   そうすると、控訴人が開示を求める最新のログイン時IPアドレス及びタイムスタンプは、本件において侵害情報が発進された上記各行為と無関係であり、省令4号及び7号のいずれにも当たらない。したがって、別紙発信者情報目録記載2及び3(【事案の概要】(1)参照)についての控訴人の被控訴人米国ツイッター社に対する請求は理由がない。
 ウ これに対し、被控訴人は、ツイッターにおいては、被控訴人らが唯一保有している最新ログイン時IPアドレス及びこれに対するタイムスタンプが開示されなければ、控訴人の権利を侵害した侵害情報発信者を特定する途を絶たれることになる(注:控訴人は、被控訴人らが提供するツイッターサービスにおいては、記事の投稿に係るIPアドレス及びタイムスタンプは取得されず、記事投稿直前のログイン時のIPアドレス及びタイムスタンプの情報が取得される。逆に、記事投稿時のタイムスタンプは公開されているが、記事投稿時のIPアドレスが保有されていないため、IPアドレスが不明な投稿時のタイムスタンプは発信者特定において意味をなさないと主張している。)などと主張する。
   しかし、プロバイダ責任制限法4条及び同法の委任による省令は、発信者が有するプライバシーや表現の事由、通信の秘密等の権利・利益と権利を侵害された者の差止め、損害賠償等の被害回復の利益との調整を図るために設けられた規定であって、プロバイダ責任制限法は、その範囲で発信者情報の開示を求める権利を認めているものである。そして、前記イ判示のとおり、プロバイダ責任制限法4条及び省令において開示を求める権利が認められているものの中に、最新ログイン時IPアドレス及びこれに対するタイムスタンプは含まれていない。したがって、控訴人の主張は、立法論にとどまるものというほうかなく、失当である。
   なお、プロフィール写真として無断使用された場合、全ツイート記事へ画像表示されるとしても、侵害行為としては、プロフィール画像として写真の画像ファイルをアップロードしたことで完結しており、その後画像表示が継続されることが当然に侵害行為となるということはできない。

(4)争点(5)(発信者情報の開示を受ける正当な理由の有無)
   以上のとおり、控訴人は本件アカウント1~5に本件写真を表示させた者に対し著作権又は著作者人格権の侵害を理由として権利行使し得るところ、上記の者の特定に資する情報を知る手段が他にあるとは認められないから、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。

(5)結論
   控訴人の請求は、被控訴人米国ツイッター社に対して、主文1(1)の電子メールの開示を求める限度で理由がある(原判決変更)。


【追記】

   令和元年10月3日、最高裁判所にて、本件の記録を閲覧し、別紙流通情報目録PDFファイル及び別紙ツイート目録(注:「ツイート1」として、本件アカウント2によるツイートのみが記載されているもの)に関する記載を改訂した。


 

横浜地裁平成30年9月27日判決(自保ジャーナル2033号64頁)

被害者が症状固定により後遺障害を残した後、当該交通事故とは異なる原因で死亡した場合、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えないと判示した事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
 ア 発生日時 平成24年7月30日午前10時46分頃
 イ 発生場所 川崎市
 ウ 原告車  A運転の自転車
 エ 被告車  被告運転の普通自動二輪車
 オ 事故態様 Aが、自転車を運転して交差点(以下「本件交差点」という。)を横断しようとしたところ、交差道路右側から進行してきた被告車と衝突した。

(2)Aは、平成25年6月17日、E大学病院にて、右小指屈筋腱癒着、右眼窩底骨折その他の各傷害につき、症状固定との診断を受けた。
   Aは、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、本件事故により生じた右眼視力低下(注:矯正視力0.1)につき、後遺障害等級第10級1号に該当し、その他の障害を併合した結果、併合第9級に該当すると判断された(注:認定日不明)。

(3)Aは、平成25年6月20日、本件とは別の交通事故(以下「別件事故」という。)により死亡し、原告B(Aの妻)及び同C、D(Aの子ら)が、それぞれ法定相続分の割合で、Aの被告に対する損害賠償請求権を相続した。
   原告ら及びAの両親は、別件訴訟の加害者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、平成27年6月22日、F地方裁判所a支部において、上記請求の一部(注:死亡逸失利益を含む。)を認容する判決を受けた(以下「別件判決」という。)。


【争点】

(1)過失割合
(2)後遺障害逸失利益の有無
(3)損害
   以下、主に(2)及び(3)(ただし、(2)と関連する損害項目についてのみ)についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、(2)に関する被告の主張は、以下のとおりである。
 ア 被告の主張1
   原告らは、別件事故にかかる訴訟において、Aの死亡逸失利益について、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けた。本件で、労働能力の喪失を前提として逸失利益の算定が行われることになれば、本件で認定される逸失利益は、別件事故にかかる訴訟との関係で損害の二重評価となって妥当でない。
 イ 被告の主張2
   交通事故の被害者が、事故の後に事故と相当因果関係のない原因により死亡した場合に、後遺障害による逸失利益が死亡時までに限られるかという問題について、最高裁判決は、死亡の時期を考慮せず、死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間については、これを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解(継続説)を採用する。しかし、本件の原告らは、別件事故による100%の労働能力喪失について、既に損害賠償を受けている。よって、最高裁判決が継続説を支持する理由に当てはまらない。
 ウ 被告の主張3
   原告らは、別件事故の損害賠償請求において、Aが本件事故において労働能力を喪失しておらず、別件事故まで完全な労働能力を有していたことを前提に、逸失利益の請求をした。にもかかわらず、原告らは、本件訴訟では、症状固定時に35%の労働能力を喪失したことを主張した。これらの主張は、互いに矛盾するものである。よって、原告らが本件において労働能力喪失の主張をすることは、信義則違反(禁反言の原則)として許されない。


【裁判所の判断】

 (1)過失割合
   Aは、歩行者用信号機が設置された横断歩道上を、青信号で自転車に乗って横断していたのであるから、Aに過失があるということはできない。

(2)後遺障害逸失利益の有無
 ア 原告らが、別件判決において、Aの死亡時点から就労可能年数である67歳までの36年間につき、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことが、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えるか否かについて検討する。
 イ この点、交通事故の被害者が、事故に起因する傷害のために身体機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的自由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではないと解する。
   このように解すべきことは、
  ・被害者の死亡が病気、事故、自殺、天災等のいかなる事由に基づくものか
  ・死亡につき不法行為等に基づく責任を負担すべき第三者が存在するかどうか
  ・交通事故と死亡との間に相当因果関係ないし条件関係が存在するかどうかといった事情によって異なるものではない(最高裁平成8年4月25日判決、最高裁平成8年5月31日判決参照)。
 ウ これを本件についてみると、Aは、別件事故により死亡したものであって、本件事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在していたとか、近い将来における死亡が客観的に予測されていたといった特段の事情は見受けられない。よって、本件事故の逸失利益の算定において、死亡の事実を就労可能期間の認定上考慮すべきではない。
   そして、これは、別件判決において、本件事故に基づく後遺障害により低下した労働能力を前提とせずに、後遺障害逸失利益の算定がなされた場合であっても、同様である。なぜなら、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容として発生しているのであるから、その後の事情による影響を受けて、1度発生した損害が発生しなかったこととなるのは相当でないからである。
 エ 被告の主張1及び2について
   本件は、本来、本件交通事故の損害賠償の対象とされるべき損害(症状固定日である平成25年6月17日から就労可能年数である67歳までの、本件交通事故の後遺障害による労働能力喪失分の後遺障害逸失利益(のうち、死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの期間に相当する部分))が、別件事故の損害(死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの、100%死亡逸失利益)の一部として計上されたことにより、別件判決に基づく支払によって本件の損害が填補されたかのような事態が生じている。これにより、本件においてもこの部分を逸失利益として認めると、原告らに二重の利得が生ずることとなる。
   被告は、原告らに二重の利得が生じ不当であること、本件においてはいわゆる継続説を採用する前提(注:別件事故の加害者により、100 %の損害填補がされていないこと)を欠き、損害算定の差額説に反することを主張する。
   まず、本来、別件事故の訴訟において、後遺障害により低下した労働能力を前提として賠償額が定められるべきである。しかし、訴訟における双方の主張立証の結果、別件判決のとおりの賠償額が認められたからといって、被告が本来負うべき損害賠償義務を免れるのは相当でない。被告の主張する、原告らの二重利得については、原告らと、別件事故の加害者との間で解決すべき問題である。
   また、本件では、別件事故の加害者が本件事故の損害の一部を填補したかのような事態が生じている。しかし、別件事故の加害者は、本件事故の損害の一部を填補する意思を有するものではなく、あくまで自己の損害として損害を賠償したにすぎない。その上、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係はない。よって、別件事故の加害者による支払をもって、損害の填補がされたと評価することはできない。それゆえ、差額説に反するとの主張も妥当でない。
 オ 被告の主張3について
   被告は、原告らが別件事故の訴訟において、本件事故による労働能力喪失を主張せず、別件事故発生時まで完全な労働能力を有していたことを前提とする主張をしていたにもかかわらず、本件では、本件事故による労働能力喪失があるとの矛盾する主張を行っており、民事訴訟法上の信義則違反(禁反言)に当たるとも主張する。
   しかし、本件に先立って審理された、別件事故に基づく訴訟当時、本件事故による労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、本件事故の後遺障害等級認定手続すらされていなかった。よって、原告らが、別件事故の訴訟において本件事故による労働能力喪失を主張しなかったことが、信義則違反に該当するということはできない。
 カ 以上から、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えない。

(3)損害
 ア 後遺障害逸失利益
   Aは、平成24年11月に職務に復職し、平成25年1月31日以降は休業しなかったのであるが、本件事故日である平成24年7月30日から同年12月までの間に、90日の休業があった。にもかかわらず、Aは、平成24年には4,360,808円の給与所得があり、平成23年の年間所得額4,044,027円よりも増加している。しかし、このように収入が増加した事情は不明であり、長期間にわたり収入が維持されるか否かは定かでない。
   よって、Aの労働能力喪失率は、20%(注:原告の主張は、35%)と認める。
   (計算式)4,044,027円×0.2×16.5469(注:症状固定時(31歳)から67歳までの36年間のライプニッツ係数)=13,383,222円
 イ 後遺障害慰謝料
   後遺障害等級9級の慰謝料としては、6,900,000円が相当である(注:争いなし)。

(4)結論
   原告らの請求額合計36,918,539円(又は36,287,874円)のうち、23,197,744円及び遅延損害金の支払いを認めた(一部認容)。


【控訴審の判断】   

   平成31年3月12日、①後遺障害逸失利益を0円、②後遺障害慰謝料を10,500,000円として、控訴人が、被控訴人に対し、一定額を支払う内容で、和解が成立した。
   なお、控訴人は、控訴理由において、Aの労働能力喪失に関し強く争っていたところ、裁判所は、和解協議の過程において、以下のような判断を示した。
  ①後遺障害逸失利益について
   Aの症状固定後の減収は認められず、また、受傷後に勤務先において不利益な扱いを受けていたとも認められないことから、差額説を前提とする逸失利益の算定において、後遺障害による逸失利益は認めらない。
  ②後遺障害慰謝料について
   後遺障害による身体的障害を持ちながら、従前の収入と同額の収入を得るために特段の努力を要し、将来的な収入の減少の可能性を否定し難いところであり、これらについては、和解による解決を前提として、慰謝料において考慮する。


 

東京地裁平成30年5月8日判決(自保ジャーナル2027号133頁)

平成10年2月27日に診断された、原告の変形性股関節症に係る損害賠償請求の除斥期間の起算点が、加害行為時である昭和62年11月24日と判断された事例(控訴中)

【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 昭和62年11月24日午後1時20分頃
 イ 発生場所 横浜市内の信号機により交通整理の行われている十字路(以下「本件交差点」という。)
 ウ 原告車 自動二輪車
 エ 被告車 Aの運転する大型貨物自動車
 オ 事故態様 原告車が本件交差点に直進進入したところ、その対向車線を進行してきた被告車が、本件交差点を右折進行し、原告車に衝突した。なお、本件事故当時、AはB会社において勤務していた。

(2)原告は、本件事故により、右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等の傷害を負い、C病院に入通院して右股関節脱臼骨折等の治療を受けた。そして、C病院の医師は、平成3年3月16日、傷病名を右股関節機能障害(右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等による後遺症)、症状固定日を同日とする後遺障害診断書を作成した。
   原告は、平成3年9月6日、自賠責保険会社から、右股関節機能障害について、後遺障害等級12級7号に該当するとの認定を受けた。

(3)原告は、平成2年11月21日、A及びB会社を被告として、本件事故により原告に生じた損害賠償を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。前訴において、平成4年3月2日、原告及びB会社との間で、次の内容の和解が成立した。 
 ア B会社は、原告に対し、本件事故による損害賠償債務として、既払金のほか、1,100万円を支払う義務のあることを認める。
 イ 原告の右大腿骨頭壊死等による将来の手術ないし治療については、現段階において、それが必要かつ確実なものであるとは認めがたいので、将来の手術費等は、本件和解の対象としない。
 ウ 原告とB会社は、本件事故に関し、上記イの問題を除いては、本件和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。

(4)原告は、平成8年2月26日以降、股関節の症状等について、C病院で受診した。C病院の診療録の平成10年2月27日の欄には、「XP:外傷性の変形性股関節症」と記載されている。
   原告は、平成28年4月11日以降、D病院に入通院し、右股関節脱臼骨折後の大腿骨頭壊死に伴う右外傷性変形性股関節症との診断を受け、同年7月12日、同院において、右股人口関節置換手術を受けた。
   D病院の医師は、平成28年10月3日、本件事故による原告の受傷について、傷病名を外傷性変形性股関節症、症状固定日を同年9月26日とする後遺障害診断書を作成した。
   原告は、平成29年3月2日、自賠責保険会社から、右股関節機能障害について、本件事故による右大腿骨頭骨折後の右外傷性変形性股関節症に伴い、右股関節に人口関節が挿入置換されていることから、後遺障害等級8級7号に該当するとの認定を受け,533万円の支払を受けた。

(5)原告は、平成29年5月29日、本件訴訟を提起した。
   なお、被告は、B会社との間で、被告車を被保険自動車とする自動車保険契約を締結していた本件会社である。また、請求額は、7,222万8,028円及びこれに対する平成29年6月7日からの遅延損害金である。

【争点】

(1)除斥期間の経過
(2)消滅時効の成否
(3)損害額

【裁判所の判断】

(1)除斥期間の経過
 ア 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解される(最高裁平成16年4月27日判決(以下「平成16年判決」という。)参照)。
 イ 本件についてみると、原告は、平成3年9月6日に右股関節機能障害について後遺障害等級12級7号の等級認定を受けるまでは、右外傷性変形性股関節症を発症していたとは認められず、その後、同疾病の診断を受けたものであるが、
  ①原告は、本件事故時に右大腿骨頭骨折、右股関節脱臼等の傷害を負ったこと
  ②一般に、大腿骨頭骨折が生じた場合、大腿骨頭壊死を合併することが多く、変形性関節症に至る場合も多いとされている上、骨折を合併した外傷性股関節脱臼では、骨折を合併しない場合と比べて骨頭壊死、変形性関節症などの発生率が高いこと
  ③原告に発症した右外傷性変形性股関節症は、本件事故による右股関節脱臼後の大腿骨頭壊死に伴うものであること
からすると、原告は加害行為時に傷害を負っていて、その時点で少なくとも損害の一部が発生しており、原告の右外傷性変形性股関節症及びその治療のための右股人口関節置換手術に係る損害は、上記傷害が進行したことによるものといえ、上記損害は、身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害と同様のものとはいえない。
   そうすると、原告の右外傷性変形性股関節症及びその治療のための右股人口関節置換手術に係る損害は、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生するものとはいえない。よって、原告の本件事故による損害賠償請求権の除斥期間の起算点は加害行為時である昭和62年11月24日であるというべきである。

(2)結論
   以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。

控訴審の東京高裁平成31年1月31日判決は、控訴人(原告)の請求を一部認容した(上告中)。

【控訴審の判断】

(1)除斥期間の経過
   平成16年判決を前提に、以下、検討する。
 ア 本件においては、大腿骨頭壊死に伴う外傷性変形性股関節症とその治療としての右股人口関節施術による損害を請求しているところ、
  ①大腿骨頭骨折、股関節脱臼及び骨頭壊死と外傷性変形性股関節症とは別の損傷である上、大腿骨頭骨折、関節脱臼及び変形性股関節症等についての医学的知見によると、大腿骨頭骨折及び股関節脱臼が必ず外傷性変形性股関節症に至るとうわけではなく、外傷性変形性股関節症を発症する確率について明確な知見はないこと
  ②大腿骨頭骨折及び股関節脱臼から、変形性股関節症が発症する場合も、これに要する期間は、ケースバイケースであり、数十年後位の相当長期間を要することが認められ、変形性関節症発症の確立及び発症に要する期間は、現在の医学上確定することができないことが認められる。
   したがって、被害者が、交通事故により大腿骨頭骨折及び股関節脱臼を負ったとしても、変形性関節症が発症しておらず、又は、その発症の具体的な蓋然性が認められない段階で、変形性関節症の発症の一般的な危険性及び人工関節置換術の蓋然性を主張しても、変形性関節症発症を前提とした損害の賠償を受けることができないことは明らかである。
 イ 本件においては、本件事故後はもとより、前訴和解が成立した平成4年2月28日時点においても、控訴人の傷害の進行状況は確定することができなかったこと、控訴人が外傷性の変形性股関節症と診断されたのは、平成10年2月27日であったことなどが認められる。
 ウ 以上によれば、変形性関節症は、その性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生し、損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であり、加害者としても相当の期間が経過した後に、被害者が現れて損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられる。したがって、控訴人の変形性股関節症に係る損害賠償請求の除斥期間の起算点は、控訴人が外傷性変形性股関節症と診断された平成10年2月27日と認めるのが相当である。

(2)消滅時効の成否
   控訴人の変形性股関節症の症状固定は、平成28年9月26日であって、被控訴人が主張する各起算日(昭和62年11月24日又は平成3年3月16日)をもって、控訴人が本件請求に係る損害を知った時に当たるとは認められない。

(3)損害額
   控訴人の請求額のうち、以下については認めなかった。
 ア 逸失利益(平成28年9月26日以降) 0円
   控訴人の収入は、平成23年以降徐々に減少していて、平成29年の減少額は、それまでの減少額と同程度であることが認められる。そうすると、症状固定した平成29年9月26日以降、外傷性変形性股関節症発症による減収は認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
   控訴人は、平成24年以降は収入が減少していることからすれば、症状固定後の収入減少の有無にかかわらず、労働能力喪失率は45%と認定すべきであると主張する。しかし、人工股関節置換術を受けて症状固定した後は、股関節部周辺の疼痛等の症状は改善していることからすると、控訴人の上記主張は採用できない。
 イ 後遺障害慰謝料 540万円
   830万円(平成29年3月2日、8級7号と認定)―290万円(前訴和解時点において、12級7号と認定)=540万円 

(4)結論
   被控訴人に対し、76万4369円及びこれに対する平成29年6月7日からの遅延損害金の支払を命じた。