大阪地裁平成30年11月27日判決(自保ジャーナル2040号29頁)

主治医から症状固定日を予告された後の可動域数値が信用できないことを前提に、原告の症状固定日と左肩関節の可動域制限に関する後遺障害等級を認定した事例(甲事件確定)


【事案の概要】

(1)甲事件:原告A、被告B、乙事件:原告B‘保険会社、被告A

(2)次の交通事故(本件事故)が発生した。
   発生日時 平成24年12月25日午前7時50分頃
   発生場所 兵庫県伊丹市内の信号機のない交差点(以下「本件事故現場」という。)
   原告車両 A(甲事件原告兼乙事件被告。以下「原告」という。)運転の原動機付自転車
   被告車両 B(甲事件被告。以下「被告」という。)運転の普通乗用自動車
   事故態様 本件事故現場において、南北に走る道路を北方向に向かって進行する原告車両と東西に走る道路を西方向に向かって進行する被告車両が衝突した。

(3)原告は、事故当日の平成24年12月25日、C病院に搬送され、CTやレントゲン撮影により骨盤骨折及び左上腕骨近位部骨折が指摘され、手術のためにB大学病院に転院して、入院した。原告は、12月26日、骨盤骨折及び左上腕部骨折の手術を受けた。
   原告は、上記手術の後、神経・循環障害なく経過し、平成25年1月4日からリハビリが開始された。原告は、2月5日、C病院に転院して、引き続きリハビリを受けた。B大学病院退院の際のサマリーには、術後経過良好、可動域は120度前後という記載がされた。原告は、3月14日、リハビリ継続のため、D病院に転院した。
   原告は、D病院においては、作業療法士と理学療法士によるリハビリを受けていた。原告は、6月11日、D病院を退院したが、同日付けの診療情報提供書には、経過良好とされ、左肩の現在の可動域は、他動で屈曲、外転ともに170度、自動で屈曲160度、外転150度となっていた。
   原告は、6月12日からE整形外科への通院を開始し、平成27年2月18日まで実日数285日のリハビリを受けた。しかし、同病院でのリハビリは1回当たり10分から15分程度のもので、かつ、D病院と比べてリハビリの種類が少なかった。
   原告は、E整形外科への通院期間中の平成25年7月3日から4日にC病院に入院し、左上腕部の抜釘を受けた。その後、原告は、上腕骨の状態につき、問題があるという説明を受けたことはなかった。

(4)原告が、平成25年6月12日にE整形外科への通院を開始してからの原告の治療に関し、以下の事実が認められる。
  ①E整形外科のEA医師作成に係る平成26年7月30日付け「労災リハビリテーション評価計画書」には、「著名な改善はなく、概ね症状固定と思われる」と記載されている。  
  ②EA医師作成に係る平成26年8月27日付け「意見書と題する書面」には、「左肩の可動域宣言、疼痛、筋力は改善するも、現時点では改善傾向は乏しい」「同年8月末、現時点で概ね症状固定の状態と考える」などと記載されている。
  ③原告は、8月29日、C病院に通院し、CA医師の診察を受けたところ、9月26日を症状固定日とする予定である旨聞いた。
  ④原告は、9月26日、CA医師に対し、9月から週3回、鍼やリハビリに行っており、もう少し続けたいので、11月初旬を症状固定日にしようと思っている旨話した。
  ⑤原告は、11月14日、CA医師から、次回の診察の際に、症状固定の用紙を持参してもらうよう言われ、その際に測定を行うことになった。しかし、原告は、次回の診察に当たる12月19日、CA医師に対し、平成27年1月の第4週に測定し、同年1月末に症状固定したい旨述べた。
  ⑥CA医師作成に係る後遺障害診断書(以下「本件後遺障害診断書」という。)には、症状固定日は平成27年2月20日と記載されている。

(5)損害保険料率算出機構は、平成27年9月11日、原告の左上腕骨骨折に伴う左肩関節の機能障害につき、本件後遺障害診断書に記載されている数値(他動値で屈曲左80度、右160度、外転左60度、右180度)を採用し、患側(左)の可動域が健側(右)の可動域角度の1/2以下に制限されていることから、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として、後遺障害等級10級10号(併合9級)に該当する旨判断した。

(6)原告は、本件事故により人的及び物的損害を被ったとして、被告に対して、自賠法3条(人的損害に限る)及び民法709条に基づき、損害賠償金等の支払を求めた(甲事件)。
   B‘保険会社は、本件事故により発生した車両損害につき車両保険金を支払ったとして、原告に対し、保険法25条に基づき、支払った保険金等の支払を求めた(乙事件)。


【争点】

(1)原告及び被告の責任原因、過失相殺の可否(争点1)
(2)原告の症状固定時期(争点2)
(3)原告の後遺障害等級(左上腕骨骨折に伴う左肩関節の状態についての後遺障害等級該当性)(争点3)
(4)本件事故と相当因果関係のある原告の損害額(争点4)
(5)被告車両の損害額(争点5)
   以下、上記(1)から(3)までについての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

 (1)原告及び被告の責任原因、過失相殺の可否(争点1)
   原告の走行する道路が優先道路であることや、原告車両が原動機付自転車であるのに対し、被告車両が普通乗用自動車であることに照らせば、被告の過失が原告の過失と比較して圧倒的に大きく、過失割合は原告が10%、被告が90とするのが相当である。

(2)原告の症状固定時期(争点2)
   【事案の概要】(4)①ないし③によると、EA医師及びCA医師は、平成26年夏頃には、原告の症状が固定していると考えていたことが認められる。それにもかかわらず、本件後遺障害診断書には、症状固定日が平成27年2月20日と記載されているが、これは、【事案の概要】(4)④及び⑤のとおり、原告が症状固定の判断を先送りしてほしいという意向を有していたためと考えられる。
   これらの事情に加え、後述のとおり、平成26年8月29日に症状固定を伝えられた後の測定から、左肩関節可動域の数値が一層悪くなり、その推移が不自然であることに照らすと、原告の症状は、平成26年8月末には固定していたと認められる。

(3)原告の後遺障害等級(左上腕骨骨折に伴う左肩関節の状態についての後遺障害等級該当性)(争点3)
 ア 別紙左肩関節可動域制限表(裁判所認定分)(略。以下同じ。)のとおり、D病院におけるリハビリを経て、同院の最終評価時である平成25年6月10日の時点で、左肩関節の屈曲、外転はともに(自動値)150度(以上)まで改善した。にもかかわらず、その後は、一時的には改善するものの、概ね可動域が縮小していった。そして、最終的には、本件後遺障害診断書のとおり、他動値で屈曲80度、外転60度にまで至っている。このような原告の症状の推移は、一般的な推移とは異なる。
 イ 他方、以下の事情が認められる。
  ①D病院の理学療法士及び作業療法士作成に係る平成25年6月11日付け診療情報提供書には、「現在のROMはpassive肩関節 屈曲170度外転170(中略)となっています。(中略)現時点ではやや外旋位での使用練習を行い上記のような可動域での運動は可能です。しかし、持久性に乏しいこともあり、持続的な空間保持は困難な状態です。」とされていること
  ②EA医師作成に係る平成25年8月27日付けリハビリテーション評価計画書に「現在肩関節可動域に改善がみられるも、リハビリを実施しないと、関節の可動域の制限が著明になる。」、平成26年7月30日付け労災リハビリテーション評価計画書に「リハビリを中断すると、ROM制限が著明になり、運動時の疼痛も増加する。」とされていること
  ③D病院の退院後の可動域が悪化した理由につき、EA医師は、疼痛を伴っており、疼痛域を超えて左肩関節を動かす頻度、左上肢の使用頻度が減ったことが考えられる旨、CA医師は、退院後に継続的な可動域訓練ができなくなり、拘縮が進んだものと思われる旨それぞれ回答していること
  ④E整形外科におけるリハビリは、実日数285日と日数は多かったものの、D病院と比較して、頻度が少なく、1回当たりの時間が短く、リハビリの種類も少なかったことから、D病院で改善した可動域を維持するには不足していたと考えられること
   以上の事情に照らすと、D病院の退院後の可動域が悪化した理由につき、不合理とまでいうことはできない。
 ウ ただし、上記のとおり、原告は、平成26年8月29日に、同年9月26日を症状固定日とする予定である旨CA医師から聞かされているところ、別紙左肩関節可動域制限表(裁判所認定分)のとおり、同年8月27日に測定された可動域が屈曲120度、外転110度だったのが、その後の測定から数値が一層悪化して、屈曲及び外転とも全て100度以下になっているのでありこれはあまりに不自然な推移である。
   そうすると、症状固定日を予告された後の可動域数値は信用することができず、EA医師が、同年8月27日の時点で原告の左肩の改善傾向は乏しく、同年8月末で概ね症状固定と考えていたことも併せ考慮すると、その直近の測定日である同年8月27日の屈曲120度、外転110度を後遺障害認定の基準とするのが相当である。
 エ よって、左肩関節の可動域制限については、患側(左側)が健側(右側。ただし、平成26年8月27日には、計測されていないので、参考可動域である180度を基準とするのが相当である。)の3/4以下となっているので、後遺障害等級12級6「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害と残すもの」に該当する。
 オ そして、骨盤骨折による骨盤骨の変形につき、骨折後の著しい変形癒合が認められ、「骨盤骨に著しい変形を残すもの」として、後遺障害等級12号5号に、骨盤骨折に伴う右股関節の機能障害につき、その可動域が健側(左股関節)の可動域の可動域角度の3/4以下に制限されていることから、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」として、後遺障害等級12級7号にそれぞれ該当する。
   よって、原告の後遺障害等級は、併合11級に該当する。

(4)結論
   甲事件:請求額21,630,710円、認容額6,065,715円(一部認容)
   乙事件:請求額175,000円、認容額17,500円(一部認容)


 

大阪地裁平成30年10月16日判決(自保ジャーナル2036号148頁)

左肩と左手関節は、労働者災害補償保険法施行規則14条5項の「同一の部位」とはいえないと判示した事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)被告は、消費者生活協同組合法に基づき非営利で共済事業を営む法人である。
   原告と被告は、平成27年1月1日、原告を被共済者、共済期間を平成27年1月1日から同年12月31日とする①交通災害共済契約、②団体定期共済契約(以下、これらを併せて「本件共済契約」という。)を締結した。本件共済契約においては,被共済者が共済期間中に発生した交通事故を直接の原因として共済期間中に身体障害の状態になった場合、身体障害等級に応じた額の障害共済金が支払われる。
   なお、本件共済契約においては、身体障害等級の認定に際して、労働者災害補償保険法施行規則14に準じて行う旨定められている。

(2)次の交通事故(本件事故)が発生した。
   発生日時 平成27年3月30日午前9時8分頃
   発生場所 大阪市枚方市
   原告車  原告が運転する原動機付自転車
   事故態様 原告車が、上記の発生場所で転倒した。

(3)原告は、本件事故により、両足関節捻挫、左手関節捻挫、右足関節挫創等の傷害を負い、医療法人B病院にて治療を受け、平成28年3月18日に症状固定となった。

(4)損害保険料率算出機構は、平成28年8月19日、原告の左手関節痛につき、「局部に神経症状を残すもの」として自動車損害賠償保険法施行令(以下「自賠法施行令」という。)別表第二第14条9号に該当すると認定した。
   また、被告も、原告の左手関節痛につき、本件共済契約の契約規定別表第1「身体障害等級別支払割合表」の第14条9号に該当する旨認定した。

(5)原告は、本件事故前の平成22年10月18日、普通自動二輪車を運転中に転倒し、頸椎捻挫、左前腕打撲擦過傷等にて通院し、左肩打撲後の左肩の痛みにつき自賠法施行令別表第二第12級13号に、頸椎捻挫後の頸部の痛みにつき同別表14級9号に該当するものとされ、同併合12級と判断された。そして、被告は、原告に対し、左肩痛について、本件共済契約の契約規定別表第1「身体障害等級別支払割合表」の第12条12号、頸部痛について同表第14級9号、併合12級の身体障害があると認め、障害共済金70万円を支払った。


 【争点】

   本件事故による原告の左手関節痛が、平成22年10月18日の事故による原告の左肩の痛みとの関係で、労災補償保険法施行規則14条5項の「既に身体障害のあった者が、負傷又は疾病により同一の部位について障害の程度を加重した場合」に該当するか否か。
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記の争点に関する被告の主張は、以下のとおりである。
 ア 神経系統の機能障害に関しては、神経症状のある身体の部分等を勘案して、新たな身体障害によって既存障害による労働能力の喪失を超えて労働能力の喪失が生じたと認める余地がある場合には、「同一の部位」ではない新たな障害として扱う場合がある。
 イ ところで、労災の障害等級認定上、12級12は、「通常の労務に服することはでき、職種制限も認められないが、時には労務に支障が生じる場合があるもの」、14級9は、それよりも軽度のものが該当するとされ、被告の等級認定もこれに準じている。
   とすると、本件は、時には労務に支障が生じる場合があるという程度の左肩の痛みがあるところに、それよりもさらに軽微な左手関節の痛みが加わったという場合であり、左手関節痛によって既存障害による労働能力喪失を新たに超える程度の労働能力の喪失が生じたとまで認めることは困難である。
 ウ したがって、本件事故による原告の左手関節痛は、既存障害と「同一の部位」についてのものであって、別の新たな障害が生じたとも、「加重」に該当するとも認められず、共済金発生の余地はない。


【裁判所の判断】

 (1)本件共済契約においては、身体障害等級の認定に際して、労働者災害補償保険法施行規則14に準じて行う旨定められている。そこで、共済金交付の可否を判断するに当っては、同条の解釈がまず重要となる。
(2)労働者災害補償保険法施行規則14条は、障害補償給付を支給すべき身体障害の障害等級は、別表第1の障害等級表によることを定めている。
   そして、障害等級表は、まず、解剖学的観点から身体を「部位」に分け、次に、それぞれの部位における身体障害を機能の面に重点を置いた生理学的観点から一種又は数種の機能群に分けており(「障害の系列」)、障害の系列は、別紙「障害系列表」のとおり、35種の系列に細分されている。
   既存障害のある者につき新たな障害が発生した場合に問題となる同条5項の「同一の部位」とは、同一系列の範囲内の障害をいい、「障害の程度を加重した場合」とは,新たな障害が加わった結果、障害等級上、既存の障害よりも現存する障害が重くなった場合をいう。

(3)前記【事案の概要】(5)の2つの後遺障害は,いずれも「神経系統の機能又は精神の障害」(別紙「障害系列表」系列区分13)に該当する。そうすると、形式的にみれば、左肩の痛みと左手関節痛は、労働者災害補償保険法施行規則14条5項の「同一の部位」に関するものとなる。
   しかし、被告も自認するとおり、「神経系統の機能又は精神の障害」については、全てを「同一の部位」として扱うのは狭きに失し相当ではなく、損害として一体的に評価すべき身体の同一の類型的な部位に該当するか否かによって決するのが相当である。

(4)この点、
 ア 左肩と左手関節は、ともに左上肢であるものの、近接しているとまではいえない上、原告の左肩の痛みと左手関節痛は、中枢神経系の障害ではなく、いずれも局部に限定した神経症状を主体とする障害である。
 イ 運動機能の点からしても、肩は上肢の運動において全般的な役割を果たすのに対し、手関節はより狭い範囲の運動や細かい運動において役割を果たすのであり、両者はそれぞれ果たす役割が異なっている。
   これらの事情に照らすと、左肩と左手関節は、損害として一体的に評価すべき身体の同一の類型的な部位に該当するとは認められず、労働者災害補償保険法施行規則14条5項の「同一の部位」とはいえない。

(5)被告は、本件事故による原告の左手関節痛につき、本件共済契約に基づき、共済金を支払う義務を負う(全部認容)。


【参照条文】

労働者災害補償保険法施行規則
14条1項 障害補償給付を支給すべき身体障害の障害等級は、別表第1に定めるところによる。
14条5項 既に身体障害のあった者が、負傷又は疾病により同一の部位について障害の程度を加重した場合における当該事由に係る傷害補償給付は、現在の身体障害の該当する障害等級に応ずる障害補償給付とし、その額は、現在の身体障害の該当する障害等級に応ずる障害補償給付から,既にあった身体障害の該当する障害等級に応ずる傷害補償給付の額(括弧書き略)を差し引いた額による。


 

横浜地裁平成30年9月27日判決(自保ジャーナル2033号64頁)

被害者が症状固定により後遺障害を残した後、当該交通事故とは異なる原因で死亡した場合、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えないと判示した事例(控訴中)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
 ア 発生日時 平成24年7月30日午前10時46分頃
 イ 発生場所 川崎市
 ウ 原告車  A運転の自転車
 エ 被告車  被告運転の普通自動二輪車
 オ 事故態様 Aが、自転車を運転して交差点(以下「本件交差点」という。)を横断しようとしたところ、交差道路右側から進行してきた被告車と衝突した。

(2)Aは、平成25年6月17日、E大学病院にて、右小指屈筋腱癒着、右眼窩底骨折その他の各傷害につき、症状固定との診断を受けた。
   Aは、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、本件事故により生じた右眼視力低下(注:矯正視力0.1)につき、後遺障害等級第10級1号に該当し、その他の障害を併合した結果、併合第9級に該当すると判断された(注:認定日不明)。

(3)Aは、平成25年6月20日、本件とは別の交通事故(以下「別件事故」という。)により死亡し、原告B(Aの妻)及び同C、D(Aの子ら)が、それぞれ法定相続分の割合で、Aの被告に対する損害賠償請求権を相続した。
   原告ら及びAの両親は、別件訴訟の加害者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、平成27年6月22日、F地方裁判所a支部において、上記請求の一部(注:死亡逸失利益を含む。)を認容する判決を受けた(以下「別件判決」という。)。


【争点】

(1)過失割合
(2)後遺障害逸失利益の有無
(3)損害
   以下、主に(2)及び(3)(ただし、(2)と関連する損害項目についてのみ)についての、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、(2)に関する被告の主張は、以下のとおりである。
 ア 被告の主張1
   原告らは、別件事故にかかる訴訟において、Aの死亡逸失利益について、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けた。本件で、労働能力の喪失を前提として逸失利益の算定が行われることになれば、本件で認定される逸失利益は、別件事故にかかる訴訟との関係で損害の二重評価となって妥当でない。
 イ 被告の主張2
   交通事故の被害者が、事故の後に事故と相当因果関係のない原因により死亡した場合に、後遺障害による逸失利益が死亡時までに限られるかという問題について、最高裁判決は、死亡の時期を考慮せず、死亡後であっても後遺症の存続が想定できた期間については、これを対象期間として逸失利益を算定すべきであるとする見解(継続説)を採用する。しかし、本件の原告らは、別件事故による100%の労働能力喪失について、既に損害賠償を受けている。よって、最高裁判決が継続説を支持する理由に当てはまらない。
 ウ 被告の主張3
   原告らは、別件事故の損害賠償請求において、Aが本件事故において労働能力を喪失しておらず、別件事故まで完全な労働能力を有していたことを前提に、逸失利益の請求をした。にもかかわらず、原告らは、本件訴訟では、症状固定時に35%の労働能力を喪失したことを主張した。これらの主張は、互いに矛盾するものである。よって、原告らが本件において労働能力喪失の主張をすることは、信義則違反(禁反言の原則)として許されない。


【裁判所の判断】

 (1)過失割合
   Aは、歩行者用信号機が設置された横断歩道上を、青信号で自転車に乗って横断していたのであるから、Aに過失があるということはできない。

(2)後遺障害逸失利益の有無
 ア 原告らが、別件判決において、Aの死亡時点から就労可能年数である67歳までの36年間につき、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことが、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えるか否かについて検討する。
 イ この点、交通事故の被害者が、事故に起因する傷害のために身体機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的自由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではないと解する。
   このように解すべきことは、
  ・被害者の死亡が病気、事故、自殺、天災等のいかなる事由に基づくものか
  ・死亡につき不法行為等に基づく責任を負担すべき第三者が存在するかどうか
  ・交通事故と死亡との間に相当因果関係ないし条件関係が存在するかどうかといった事情によって異なるものではない(最高裁平成8年4月25日判決、最高裁平成8年5月31日判決参照)。
 ウ これを本件についてみると、Aは、別件事故により死亡したものであって、本件事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在していたとか、近い将来における死亡が客観的に予測されていたといった特段の事情は見受けられない。よって、本件事故の逸失利益の算定において、死亡の事実を就労可能期間の認定上考慮すべきではない。
   そして、これは、別件判決において、本件事故に基づく後遺障害により低下した労働能力を前提とせずに、後遺障害逸失利益の算定がなされた場合であっても、同様である。なぜなら、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容として発生しているのであるから、その後の事情による影響を受けて、1度発生した損害が発生しなかったこととなるのは相当でないからである。
 エ 被告の主張1及び2について
   本件は、本来、本件交通事故の損害賠償の対象とされるべき損害(症状固定日である平成25年6月17日から就労可能年数である67歳までの、本件交通事故の後遺障害による労働能力喪失分の後遺障害逸失利益(のうち、死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの期間に相当する部分))が、別件事故の損害(死亡日である平成25年6月20日から就労可能年数である67歳までの、100%死亡逸失利益)の一部として計上されたことにより、別件判決に基づく支払によって本件の損害が填補されたかのような事態が生じている。これにより、本件においてもこの部分を逸失利益として認めると、原告らに二重の利得が生ずることとなる。
   被告は、原告らに二重の利得が生じ不当であること、本件においてはいわゆる継続説を採用する前提(注:別件事故の加害者により、100 %の損害填補がされていないこと)を欠き、損害算定の差額説に反することを主張する。
   まず、本来、別件事故の訴訟において、後遺障害により低下した労働能力を前提として賠償額が定められるべきである。しかし、訴訟における双方の主張立証の結果、別件判決のとおりの賠償額が認められたからといって、被告が本来負うべき損害賠償義務を免れるのは相当でない。被告の主張する、原告らの二重利得については、原告らと、別件事故の加害者との間で解決すべき問題である。
   また、本件では、別件事故の加害者が本件事故の損害の一部を填補したかのような事態が生じている。しかし、別件事故の加害者は、本件事故の損害の一部を填補する意思を有するものではなく、あくまで自己の損害として損害を賠償したにすぎない。その上、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係はない。よって、別件事故の加害者による支払をもって、損害の填補がされたと評価することはできない。それゆえ、差額説に反するとの主張も妥当でない。
 オ 被告の主張3について
   被告は、原告らが別件事故の訴訟において、本件事故による労働能力喪失を主張せず、別件事故発生時まで完全な労働能力を有していたことを前提とする主張をしていたにもかかわらず、本件では、本件事故による労働能力喪失があるとの矛盾する主張を行っており、民事訴訟法上の信義則違反(禁反言)に当たるとも主張する。
   しかし、本件に先立って審理された、別件事故に基づく訴訟当時、本件事故による労働能力喪失の有無及び程度については明らかでなく、本件事故の後遺障害等級認定手続すらされていなかった。よって、原告らが、別件事故の訴訟において本件事故による労働能力喪失を主張しなかったことが、信義則違反に該当するということはできない。
 カ 以上から、別件判決において、100%の労働能力喪失を前提とする損害認定を受けたことは、本件事故における後遺障害逸失利益の算定に影響を与えない。

(3)損害
 ア 後遺障害逸失利益
   Aは、平成24年11月に職務に復職し、平成25年1月31日以降は休業しなかったのであるが、本件事故日である平成24年7月30日から同年12月までの間に、90日の休業があった。にもかかわらず、Aは、平成24年には4,360,808円の給与所得があり、平成23年の年間所得額4,044,027円よりも増加している。しかし、このように収入が増加した事情は不明であり、長期間にわたり収入が維持されるか否かは定かでない。
   よって、Aの労働能力喪失率は、20%(注:原告の主張は、35%)と認める。
   (計算式)4,044,027円×0.2×16.5469(注:症状固定時(31歳)から67歳までの36年間のライプニッツ係数)=13,383,222円
 イ 後遺障害慰謝料
   後遺障害等級9級の慰謝料としては、6,900,000円が相当である(注:争いなし)。

(4)結論
   原告らの請求額合計36,918,539円(又は36,287,874円)のうち、23,197,744円及び遅延損害金の支払いを認めた(一部認容)。


【控訴審の判断】   

   平成31年3月12日、①後遺障害逸失利益を0円、②後遺障害慰謝料を10,500,000円として、控訴人が、被控訴人に対し、一定額を支払う内容で、和解が成立した。
   なお、控訴人は、控訴理由において、Aの労働能力喪失に関し強く争っていたところ、裁判所は、和解協議の過程において、以下のような判断を示した。
  ①後遺障害逸失利益について
   Aの症状固定後の減収は認められず、また、受傷後に勤務先において不利益な扱いを受けていたとも認められないことから、差額説を前提とする逸失利益の算定において、後遺障害による逸失利益は認めらない。
  ②後遺障害慰謝料について
   後遺障害による身体的障害を持ちながら、従前の収入と同額の収入を得るために特段の努力を要し、将来的な収入の減少の可能性を否定し難いところであり、これらについては、和解による解決を前提として、慰謝料において考慮する。