東京地裁平成29年3月13日判決(労働判例1189号129頁)

労働者が、違法な退職強要行為によりうつ病を悪化させた場合、労働基準法19条1項の趣旨から、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告(昭和39年〇月生)は、平成14年6月に資格取得講座を開設する会社を退職後、非正規社員として稼働しながら、税理士の資格取得を目指して勉強を続けていた。そして、原告と株式会社E(以下「被告会社」という。)は、平成25年3月4日、被告会社の顧問であるK公認会計士(以下「K会計士」という。)の紹介で、同年1月1日付けで、期限の定めのない雇用契約を締結した。
   被告会社は、介護保険法に基づく居宅サービス事業等を目的とする会社である。被告会社は、本社に総務部、経理部等を置くほか、首都圏を中心に合計21箇所の事業所を設置している。

(2)原告は、被告会社に入社後、主としてCの指導の下、同人とともに、帳簿入力その他の経理業務を行っていたが、仕事の覚えは芳しいものではなかった。また、原告は、Cが平成25年6月17日から産休に入ったため、上記業務を概ね1人で担当することとなったが、その処理に誤りが多いことから、同年7月頃からは、FやAらが原告の経理業務を補助したり確認したりするようになった。原告は、この頃から、勤務中に過呼吸状態になることや精神状態が不安定になることがあり、応接室で横になって休憩することもあった。
   原告は、平成25年秋頃から平成26年3月にかけて、Fらから従前の経理業務のほかに、銀行とのファクタリング契約の更新手続その他の業務を指示され、これを行った。しかし、原告の経理業務には、処理の誤りなどが多く、Fがこれについて注意指導しても改められず、同様の誤りを繰り返していた。
   原告は、平成26年1月6日、本社が暫く休業していたため、通常よりも多量な経理業務を処理していたところ、不安、めまい、ふるえ、過呼吸等の症状が出たため早退した。原告は、同月8日、D医師の診察を受けたところ、同医師の診断は、ごく軽症であって就労継続も可能というものであった(なお、原告の傷病手当金の支給申請書におけるD医師の意見欄では、原告のうつ病発症時期は、平成26年1月頃とされている。)。しかし、原告は、同月13日頃にも、勤務時間中に無意識に上体を大きく回すなど精神的に不安定な状態が続いていた。

(3)原告は、平成26年1月頃から同年3月頃までの間、種々の業務上のミスを発生させた。そこで、被告会社は、平成26年5月初め頃、原告を経理業務の主担当から外し、これを同年4月21日に育休から復帰したCと経理業務の経験がある派遣社員のJに行わせ、原告については、経理業務の補助と電話対応業務等を行わせることとした上、同年5月8日、原告に対し、経理業務に使用するパソコンが設置されている席から他の席への移動を命じた(本件配転命令1)。
   被告会社の代表取締役である被告乙は、平成26年5月21日、原告に対し、「もう経理の仕事はない。自分で何ができるか考えろ。」などと述べた(本件退職強要行為1)。このような状況の元、原告は、同月26日以降、出勤をせず、L弁護士に被告会社との交渉を委任した。L弁護士は、同年6月11日、被告会社に対し、原告に対する退職強要行為を止め、経理業務に復帰させるよう要求した。これを受けて、Bは、L弁護士との間で、復帰後に原告が担当する業務内容等について相談をした。
   被告乙、B及びAは、平成26年6月16日、原告と面談した。この際、被告乙は、原告に対し、時折大声を出して一方的に捲し立てた。また、Bは、原告に、今後の業務内容等についての誓約書を書かせた(本件退職強要行為2)。

(4)被告会社が、平成26年6月17日以降、原告に対し、預金口座の残高確認等の業務をさせていたところ、Aは、同年8月12日、原告に対し、被告会社が計画中であった立川分社化パイロットプロジェクトに関するレポート(以下「本件レポート」という。)を1週間以内に提出するよう命じた。原告は、K会計士からの助言も参考として、同月19日、A及びBに対し、本件レポートを提出した。
   A及びBは、同日、原告と面談した。この際、A及びBは、原告に対し、本件レポートの内容が分かりにくいなどと述べるとともに、「お願いしている方が間違い?」、「ご自分でこれはできるというのはないんですか。」などと述べた。原告は、「掃除とかですね、皿洗いとかできるかなと。」などと述べた(本件退職強要行為3)。
   A及びBは、平成26年8月26日、原告と面談を行った。この際、Aは、原告に対し、同人を同年9月1日付けで立川事業所に異動させ、清掃スタッフとして介護施設等の清掃業務に従事させるとともに(本件配転命令2)、その雇用条件を正社員からパート社員に変更するとの提案をした上で(本件雇用条件変更)、同月28日午後3時までに回答をもらうこととして面談を終了した(本件退職強要行為4)。

(5)原告は、平成26年8月27日、D医師の診察を受け、病名「うつ病」、同年1月頃より不安、めまい、ふるえ、過呼吸、職場の対人関係の葛藤等があり、同月8日に同院を初診、精神症状が改善しないため、同年8月27日より向後1か月間の自宅療養と外来通院治療を必要とするとの診断を受けた。
   原告は、同月28日、被告会社に電話をかけて、Aに対し上記診断の概略を伝えた。
   その後、被告会社は、原告から郵送で上記診断書の提出を受けたことから、原告に対する配転命令を発令せず、同人に対し、就業規則40条ないし42条に基づき、同月27日から同年11月26日までの間の本件休職辞令を発令した。
   なお、原告は、同年8月27日から現在まで、被告会社に出勤しておらず、被告会社は、同日以降の賃金を支払っていない。


【争点】

(1)違法な退職強要行為、配転命令及び雇用条件変更命令の有無、雇用契約上の義務の不存在確認請求・慰謝料請求・将来の退職強要行為の差止請求の可否(争点1)
(2)本件休職の帰責性、地位確認請求及び賃金請求の可否(争点2)
(3)未払割増賃金の有無及び付加金請求の可否(争点3)
   以下、上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(3)について、裁判所は未払割増賃金32万3237円及びこれと同額の付加金の支払請求を認めた。


【裁判所の判断】

(1)争点(1)について
   原告は、被告乙、A及びBは、違法な退職強要行為1ないし4を繰り返し、業務上の必要性のない本件配転命令1、2及び本件雇用条件変更命令を行ったと主張するので、以下検討する。
 ア 本件退職強要行為1及び本件配転命令1
   被告乙ないしその意を受けたA及びBが、原告を経理業務の主担当から外したことは、原告を退職に追い込もうとするなどの不当な目的によるものとは認め難く、業務上の必要性に基づくものと認められ、原告に通常甘受し難い不利益を与えるものとも認められないから、不当ないし違法ということはできない。
   また、被告乙が、原告に対し、経理の仕事はないとか、自分で何ができるか考えろと述べたことは、被用者に対する配慮に欠ける面はあるものの、退職を強要するものとまではいえず、直ちに違法不当ということはできない。
   したがって、被告乙、A及びBによる原告に対する違法な本件退職強要行為1及び本件配転命令1は、認めることはできない。
 イ 本件退職強要行為2
   原告が経理業務の主担当から外されたことに不満を持ち、あっせんの申立てをしたり、弁護士に交渉を委任すること自体は何ら不当なではなく、被告会社が原告を経理業務の主担当から外した経緯等を踏まえても、上記乙やBによる本件退職強要行為2(注:その詳細につき、別紙2・労働判例1189号・145頁以下参照)が正当化される余地はなく、その態様の悪質性からしても違法というほかない。
 ウ 本件退職強要行為3、4、本件配転命令2及び本件雇用条件変更命令
   被告会社が原告に対し、立川事業所において清掃スタッフとして勤務することを命ずる旨の本件配転命令2やこれに伴い原告の雇用条件を正社員からパート社員に変更する旨の本件雇用条件変更命令を発令したと認めることはできない。
   しかし、A及びBは、本件退職強要行為2やその後の処遇に委縮する原告に対し、上記配転命令発令の可能性に言及しつつ、辞職を迫ったものであり(注:その詳細につき、別紙3及び同4・労働判例1189号・146頁以下参照)、その態様等に照らして、本件退職強要行為3、4を正当化することはできず、違法と認められる。
 エ 雇用契約上の義務の不存在確認請求の可否
   上記ウによれば、被告会社は、本件配転命令2を発令したと認めることはできず、現時点においても、これを前提とした主張はしていないから、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益が認められず、不適法却下を免れない。
 オ 慰謝料請求の可否
   上記イ及びウによれば、被告乙、A及びBによる本件退職強要行為2ないし4は違法であり、原告に対する不法行為に当たる。
   被告らの不法行為による原告の損害は、合計33万円と認めるのが相当であり、他にこの認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
 カ 将来の退職強要行為の差止請求の可否
   原告の被告らに対する将来の退職強要行為の差止請求は、認めることができない(詳細略)。

(2)争点(2)について
 ア 平成26年1月頃発症したうつ病自体に業務起因性が認められるか否かは判然としない。しかし、原告は、その後も勤務自体は可能であったところ、被告乙、A及びBによる違法な本件退職強要行為2ないし4によりうつ病を悪化させ、職務に従事することができなくなったものと認められる。
   そうすると、原告は、業務上の事由による傷病により就業できなくなったものであり、就業規則40条(1)「業務外の傷病」には当たらない上、労働基準法19条1項の趣旨に照らすと、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない。
 イ 上記(1)ウのとおり、被告会社の原告に対する本件雇用条件変更命令の発令は認められない。しかし、被告会社は、原告が休職期間満了に伴い退職したとして、本件雇用契約の終了を主張している。よって、原告の被告会社に対する地位確認請求は、原告が、被告会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める限度で理由がある(注:他方、正社員として勤務する雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は認められない。)。
 ウ 上記アのとおり、原告は、本件退職強要行為2ないし4により。うつ病が重篤化して就労ができなくなったのである。よって、本件休職期間中の労務提供の不履行は、使用者である被告会社の責に帰すべき事由によるものであるから、原告は、民法536条2項に基づき、以下のとおり、被告会社に対する賃金請求権を有する(なお、原告が、(注:平成27年9月頃)傷病手当金の支給申請をし、これを受給していたとしても、これをもって原告が業務外の傷病であることを自認したとか、本件休職期間中の賃金請求権を喪失したと解することはできない。)。
  a)平成26年8月分の未払賃金(欠勤控除分) 2万9241円
  b)同年9月分以降の賃金 月額21万2000円(基本給15万7000円、業務手当5万5000円の合計。なお、原告は、平成26年8月27日以降、被告会社に出勤していないから、通勤費2万2940円の請求は認められない。)

(3)結論
   以上によれば、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益がないからこれを却下し、原告のその余の請求は、主文第2項ないし第6項(略)の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する(一部認容)。


 

東京地裁平成28年9月28日判決(労働判例1189号84頁)

綜企画設計事件(控訴後和解)

【事案の概要】

(1)原告は、平成17年3月、被告との間において、建築設計技師として採用され、期限の定めのない雇用契約を締結した。以後、原告は、建築設計技師として勤務してきたが、平成22年9 月9日以降、「うつ病」により出勤できなくなった。そこで、被告は、同日以降、原告を休職扱いとした。

(2)被告は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、休職期間が同年3月8日で満了することから、原告に対し、復職の意向の有無を尋ねたところ、原告は、復職するとの意思を示した。
   そこで、被告は、同年2月27日、原告と面談した。その際、原告は、被告に対し、主治医のA医師作成の同月24日付け診断書を提出した。同診断書には、原告は、「現在復職可能な状態」であるが、復職に際しては、「残業制限が望ましい」などと記載されていた。
   しかし、被告は、同年3月2日付けで、原告に対し、復職可能か否かを審査するため、3か月までの期間で、試し出勤を実施すると通知した。これに対し、原告は、同月8日付けで、被告に対し、試し出勤の実施に反対するとの通知書を送付した。しかし、被告は、同月9日付けで、原告に対し、試し出勤の趣旨を説明した上で、その初日を同月13日とするとの連絡文書を送付した。

(3)原告は、同年3月13日、出社し、被告に対して、A医師作成の傷病手当金支給申請書を提出した。同申請書には、A医師が、「労務不能と認めた期間」として、「平成24年1月28日から平成24年3月8 日まで」と記載されていた。そのため、被告の担当者が、同じA医師作成の同年2月24日付け診断書との矛盾を指摘したところ、原告は、退社してしまった。
   同月21日、原告は、改めて出勤し、被告に対して、A医師により労務不能期間の末日を「平成24年2月23日」までと書き直してもらった傷病手当金支給申請書等を提出した。そして、原告は、同日から、試し出勤を開始した。試し出勤は、同年3月21日から同年4月15日までの期間を「第1クール」とし、その後は、1か月毎に、出勤予定日数を増やし、あるいは、勤務時間を延長して、継続された。

(4)原告は、同年5月26日ころ、被告に対し、A医師作成の同日付け診断書を提出した。同診断書には,原告は、「抑うつ状態」であるが、「現在症状軽快しており、通常勤務(9:00~18:00)が可能」であり、「残業制限解除できる(1日2時間、月40時間までの残業が可能)状態」であると記載されていた。
   しかし、被告は、同年6月11日,原告に対し、「解雇通知書」と題する書面(以下「本件通知書」という。)をもって、原告を同日付けで解雇すると通知した(以下「本件解雇」という。)。ただし、本件通知書に記載されている就業規則の各条項は、休職及び退職事由に関するものであった(以下、これらの条項に基づく退職措置を「本件退職措置」という。)。そして、被告は、同年7月3日付けで、原告に対し、退職日を同年6月11日とする退職証明書を交付した。

【争点】

(1)本件通知書は、休職期間満了による本件退職措置を通知する趣旨を含むか(争点①)
(2)試し出勤の開始により、原告が復職したといえるか(試し出勤の法的性質)及び本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか(争点②)
(3)本件通知書が解雇の意思表示をしたものである場合、解雇事由の有無及び本件解雇が権利濫用となるか(争点③)
(4)未払賃金額(争点④)
(5)被告の原告に対する試し出勤中の処遇、本件解雇及び本件退職措置が債務不履行又は不法行為を構成するか、構成する場合の損害額(争点⑤)

【裁判所の判断】

(1)争点①について
   本件通知書は、解雇の意思表示をしたものであるとともに、休職期間満了による退職の措置を通知したものでもあると認められる。

(2)争点②について
 ア 判断枠組み
   被告の就業規則には、休職中の者が休職期間を満了してもなお「復職不能」のときは休職期間満了をもって退職すると記載されている。そして、ここでいう休職原因である「復職不能」の事由の消滅については、労働契約において定められた労務提供を本旨履行できる状態に復することと解すべきことに鑑みると、基本的には従前の職務を通常程度に行うことができる状態にあることをいうが、それに至らない場合であっても、当該労働者の能力、経験、地位、その精神的不調の回復の程度等に照らして、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合を含むものと解される。
   そして、体調不調がうつ病等の精神的不調にある場合において、一定程度の改善をみた労働者について、いわゆるリハビリ的な勤務を実施した上で休業原因が消滅したか否かを判断するに当たっては、当該労働者の勤怠や職務遂行状況が雇用契約上の債務の本旨に従い従前の職務を通常程度に行うことができるか否かのみならず、上記説示の諸点を勘案し、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合であるか否かについても検討することを要し、その際には、休職原因となった精神的不調の内容、現状における回復程度ないし回復可能性、職務に与える影響などについて、医学的見地から検討することが重要となる。
   以上を前提に検討する。
 イ 試し出勤の法的性質
   試し出勤は休職期間を延長し、原告が復職可能であるか否かを見極めるための期間という趣旨で行われたものであると認められる。よって、試し出勤の開始をもって、原告が復職したものと認めることはできない。
 ウ 本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか
   そこで、本件通知書が出されるまでに、前記アにおいて説示したところに従い、原告において従前の職務を通常の程度に行うことができるか、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合に当たり、「復職不能」という休職原因の事由が消滅していたか否かについて検討する。
  a)甲案件の図面の修正作業
   この点、原告には、次のとおり、相当の期間内に作業遂行能力が通常の程度に回復することを窺わせる事情が認められる。
  ・コミュニケーション能力については、試し出勤期間中は、発注者の打合せに同行していなかったため、発注者のニーズを把握することができなかったのであり、同行させなかった理由も正式に復職していないというものであって、コミュニケーション能力上の問題ではなかった。
  ・建築設計技師としての作図能力については、原告は、遅くとも平成25年5月下旬からは設計技術者として、被告において従事していたのと同種の業務に従事し、3年近く同一の派遣先で就労し続けているのであり、このことからすれば、原告が、被告においても、試し出勤を経て復職することが不可能であったとは考えにくい。
   そもそも、甲案件における原告の業務遂行状況は、被告において、原告の休職事由が消滅していないと判断した中心的な理由であるにもかかわらず、支店長であるBは、甲案件の管理技術者であったCから、直接、原告の業務遂行状況についての報告を余り受けておらず(証人B)、Cも、原告が解雇された理由を知らされていなかった(証人C)というのであるから、甲案件における原告の業務遂行状況が不十分なものであったという被告の判断は、その根拠に乏しかったものというほかない。
  b)本棚の整理やコピーなどの日常的な事務作業
   被告は、原告が本棚の整理やコピーのような日常的な事務作業ですら満足に行うことができなかったから、休職原因が消滅していないなどと主張する。
   しかし、これらの業務の重要度が原告の建築設計士としての職務内容において比重の低いものであることは明らかであるし、原告は主に甲案件を中心とした図面の作成に取り組み、試し出勤中で残業もできない状態であった。よって、仮に被告の主張するような事実が存在したとしても、そのことをもって設計技術者としての業務遂行能力の回復見込みがないなどとは判断し得ない。
  c)その他の業務に関する事情
   原告が提出したA医師作成の平成24年5月26日付け診断書には抑うつ状態とされていたものの、通常勤務が可能で残業制限が解除できる状態であるとされていた。そして、この診断書を前提とすると、被告が本件通知書を原告に交付した平成24年6月11日の段階では、原告のうつ病又は抑うつ状態は、完治していないとしても従前の職務を通常程度行うことができる状態に至っていたか、少なくとも相当の期間何に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったと判断される。
   この点、被告は、A医師に対する問合せが困難であるとともに実効性に乏しかったなどと主張する。しかし、原告を別の医師に受診させるなどの対応は取り得たはずであり、医学的見地からの検討を行っていないのであるから、結局のところ、A医師の診断を排斥する根拠に乏しいというほかない。
   そうすると、原告の休職原因は、試し出勤中に従前の職務を通常程度行うことができる状態になっていたか、仮にそうでないとしても、相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったとみるべきであるから、本件通知書が出されるまでに休職原因が消滅していたものと認められる。
   したがって、被告が行った休職期間満了を理由とする退職扱いはその効果が認められない。 

(3)争点③について
  ・無断欠勤については、被告は、平成22年10月27日以降、原告からの診断書の提出を含めたやり取りを経て、原告に休職を認め、休職期間満了時には試し出勤まで行わせたものであり、原告が1年半も欠勤したものではない。
  ・試し出勤期間中の原告の業務遂行状況については、上記(2)で説示したとおりであり、技術能力が著しく劣り、将来とも見込みがないとか、精神又は身体の著しい障害により、業務に耐えられないなどとはいえないことは明らかである。
  ・原告が一級建築士の資格を取得できなかったことについては、そもそも入社後できるだけ短い期間内に一級建築士の資格を取得することが労働契約の内容になっていたものではなく、また、被告には、他にも一級建築士の資格を有していない設計技術者がいる。
   以上によれば、原告には、解雇事由がなく、本件解雇をする意思表示は権利濫用となり、無効となる(労働契約法16条)。

(4)争点④について
   上記に説示したとおり、飛行の原告に対する本件退職措置及び本件解雇はいずれも効力を有しないから、原告は、被告における労働契約上の権利を有する地位にあるところ、原告は、被告による就労拒否により、労務の提供ができていないことになるから、賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)。
   (以下、未払い賃金額について、省略)

(5)争点⑤について
   上記に説示したとおり、被告が原告に対して行った本件通知書による本件退職措置及び本件解雇は、いずれもその効力が認められないものであるが、これらの被告の行為によって原告に生じた精神的苦痛は、本件退職措置及び本件解雇により賃金支払を受けることのできなかった期間中における賃金の支払請求を認容することによって慰謝されたとみられる。

(6)結論
   原告の被告に対する請求は、地位確認及び未払賃金請求の一部(争点④で認められた額)の限度で認容する。

名古屋高裁平成30年6月26日判決(労働判例1189号51頁)

NHK(名古屋放送局)事件(上告・上告受理申立中)

【事案の概要】

 本件は、被控訴人の従業員(職員)であった控訴人が、精神的領域における疾病による傷病休職の期間が満了したことにより解職(以下「本件解職」という。)となったところ、
(1)同期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であり、被控訴人との間の労働契約が存続していると主張して、
  ①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
  ②休職期間経過後の賃金及び賞与の支払い
を求めるとともに、
(2)傷病休職中に行ったテスト出局(※)(以下「本件テスト出局」という。)により、労働契約上の債務の本旨に従った労務の提供をし、途中で本件テスト出局が中止され、これにより労務の提供をしなくなったのは被控訴人の帰責事由によるものであるとして、
  ③本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、職員給与規程(職員就業規則)による賃金及びこれに対する遅延損害金を、
(3)本件テスト出局の中止や解職に至ったことに違法性があると主張し、
  ④不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
   さらに、控訴審において、上記③の請求につき、
(4)仮に本件テスト出局中に控訴人の行った作業が労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供に該当しないとしても、労働基準法及び最低賃金法上の労働に該当し、最低賃金額以上の賃金が支払われるべきであるとして、
  ⑤本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、最低賃金額相当額の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるために予備的請求原因を追加した事案である。

(※)テスト出局とは、一般に、試し出勤、リハビリ出勤などと称され、心の健康の問題ないしメンタルヘルス不調により、療養のため長時間職場を離れている職員が、職場復帰前に、職場復帰の可否の判断等を目的として、本来の職場などに一定期間継続して試験的に出勤をするものをいう。

【争点】

 上記【事案の概要】記載のとおりであるが、以下、
(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否かについての、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
 ア 本件テスト出局の目的
   本件テスト出局の後半12週間はフルタイムの出局となり、このうち少なくとも最終6週間は職場の実態に合わせて通常業務を想定した作業を行うとした上、本件テスト出局の状況を踏まえ、産業医及び部局長の合意が得られれば復職が命じられるとしている。とすれば、本件テスト出局は、単に休職者のリハビリのみを目的としているものではなく、職場復帰の可否の判断をも目的として行われる試し出勤(勤務)の性格をも有していると認められる。
 イ 賃金請求権が発生するか否か
   休職者は事実上、テスト出局において業務を命じられた場合にそれを拒否することは困難な状況にあるといえるから、単に本来の業務に比べ軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまではいえない。
   とすれば、当該作業が使用者の指示に従って行われ、その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には、当該作業は、業務遂行上、使用者の指示監督下に行われた労働基準法11条の規定する「労働」に該当するものと解される。
   それゆえ、無給の合意があっても、最低賃金法の適用により、テスト出局については最低賃金と同様の定めがなされたものとされて、これが契約内容となり(同法4条2項)、賃金請求権が発生する。
 ウ 職員給与規程による賃金の支払について
   労働契約の内容となる職員給与規程による賃金の支払請求が認められるためには、労働契約も双務契約であるから、賃金の対価に見合った債務の本旨に従った労務(履行)の提供が必要となる。
   本件テスト出局の期間中に控訴人の行った作業が、処遇区分が中堅の職員のC2である、報道制作の専任記者(マスター1級(専任職)の賃金に相当する対価に見合う労務を提供したものと認めることは困難であり、労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供を行ったとはいえない。
   したがって、控訴人の被控訴人に対する職員給与規程による賃金の支払請求は認められない。
 エ 最低賃金額相当の賃金の支払について
   本件テスト出局中、控訴人はその上司であるA部長の指示に従って、被控訴人の業務であるニュース制作に関与し、控訴人が関与したニュースは放映され、その成果を被控訴人が享受している。
   したがって、被控訴人が出局していた時間は使用者である被控訴人の指揮監督下にあったとものと見られるから、この時間は労働基準法11条の規定する労働に従事していたものである。
   それゆえ、無給の合意があっても最低賃金法により、被控訴人は控訴人に対し、その労働に対し最低賃金額相当の賃金を支払う義務を負う(労働基準法11条、13条、28条、最低賃金法2条、4条1項、2項)。
   なお、本件テスト出局期間中は、1日につき標準報酬日額の85パーセントに相当する額の傷病手当及び付加給付金が健保から控訴人に支給されているが、本来、傷病手当は賃金を控除した金額を支払うべきものであり、控訴人に賃金が支払われた場合は、不当利得として傷病手当を返還すべきこととなると考えられる。
   それゆえ、傷病手当を受給しているからといって賃金請求権が発生しないとはいえない。

(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否か
 ア 医師の各意見書について
   外部の大学病院の教授であるE医師の意見書及び被控訴人の産業医であるB医師の証言によれば、
  ・控訴人が、A部長から遅刻をしたことを問いただされると体調不良を来し、早退していること
  ・前回のテスト出勤の際、退寮期限の延長を要求し、被控訴人本部(東京)の人事局を訪問するなどの攻撃的行動をしていること
  ・E医師の診察の際、多弁でE医師の話を遮るようなことがあったこと
などから、控訴人の病態について、純粋なうつ病ではなく、E医師は気分感情障害と、B医師は双極性障害Ⅱ型と診断したことが認められる。
   そして、B医師の証言によれば、双極性障害Ⅱ型は、躁状態とうつ状態の波をコントロールすることを目的として治療を行うものであり、単にうつ病を前提として治療を受けているだけでは職場復帰は不可能で、職場における人間関係のストレスを克服するための治療(認知行動療法等)をしない限り、控訴人の職場復帰は困難であることが認められ、控訴人は精神的領域の疾病が治癒しておらず、その職場復帰の可能性はなかったと認められる。
   これに対し、控訴人の主治医のD医師は、控訴人代理人に対する平成28年6月15日付け回答書において、
  ・控訴人は、反抗的に軽躁様(興奮、易刺激性、攻撃的)ないし混合状態のない気分の波が出現しやすい傾向にある
  ・復帰に向けて認知行動療法などストレス対処に関する治療についても提案したが、本人の希望がなかった。
  ・ストレス負荷の内容によっては、反抗的に情緒不安定となりトラブルを生じる可能性がないとはいえない
旨記載しており、D医師の意見を基にしても控訴人の精神的領域における疾病が復職可能な段階まで治癒していたとは認め難い。
   なお、本件テスト出局に中止に繋がった、控訴人が、平成26年12月19日、早退したしたことについて、控訴人は、本件テスト出局が労働を行わせるのに無給であることに対して抗議をしたもので、抗議は正当なもので衝動とはいえないと主張する。
   しかし、本件テスト出局中も控訴人には傷病手当が支給され、経済的には無給であっても何ら不利益を受けることはなく、本件テスト出局が完了すれば復職の可能性が高くなるのに、そのことを考えず、A部長から雪のために遅刻したことについて「しつこく問いただされた」ことに憤慨し、早退し、翌日も体調不良を理由に遅刻したことは、衝動的な行動と評価せざるを得ず、控訴人の上記主張は採用できない。
 イ 他の職務の復職可能性について
   最高裁平成10年4月9日判決(片山組事件・労働判例736号15頁)の示す判断枠組みを用いて、本件について検討すると
  ・控訴人から報道制作以外の他の業務に対する労務の提供の申出があったことを認めるに足りる証拠はないこと
  ・控訴人のように精神的領域における疾病で休職していた場合には、職場復帰するときに新たな業務ではなく、従前経験していた業務に復職させるのが相当と考えられること
  ・休職前、相応に高度で責任ある立場で業務を行う地位にあったこと
  ・職場復帰を目指した本件テスト出局中に、精神的領域における疾病が原因となってテスト出局自体が中止となっていること
などに鑑みると、控訴人について他の現実に配置可能性があったと認めることはできない。
 ウ 以上によれば、控訴人は治癒しておらず、休職事由は消滅していなかった(本件解職は、有効)。

(3)結論
   上記(1)については、最低賃金額相当の支払を求める限度で理由があるから、(請求棄却とした)原判決を変更する。
   上記(2)については、理由がないから棄却するのが相当である(控訴棄却)。