東京地裁平成28年9月28日判決(労働判例1189号84頁)

綜企画設計事件(控訴後和解)

【事案の概要】

(1)原告は、平成17年3月、被告との間において、建築設計技師として採用され、期限の定めのない雇用契約を締結した。以後、原告は、建築設計技師として勤務してきたが、平成22年9 月9日以降、「うつ病」により出勤できなくなった。そこで、被告は、同日以降、原告を休職扱いとした。

(2)被告は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、休職期間が同年3月8日で満了することから、原告に対し、復職の意向の有無を尋ねたところ、原告は、復職するとの意思を示した。
   そこで、被告は、同年2月27日、原告と面談した。その際、原告は、被告に対し、主治医のA医師作成の同月24日付け診断書を提出した。同診断書には、原告は、「現在復職可能な状態」であるが、復職に際しては、「残業制限が望ましい」などと記載されていた。
   しかし、被告は、同年3月2日付けで、原告に対し、復職可能か否かを審査するため、3か月までの期間で、試し出勤を実施すると通知した。これに対し、原告は、同月8日付けで、被告に対し、試し出勤の実施に反対するとの通知書を送付した。しかし、被告は、同月9日付けで、原告に対し、試し出勤の趣旨を説明した上で、その初日を同月13日とするとの連絡文書を送付した。

(3)原告は、同年3月13日、出社し、被告に対して、A医師作成の傷病手当金支給申請書を提出した。同申請書には、A医師が、「労務不能と認めた期間」として、「平成24年1月28日から平成24年3月8 日まで」と記載されていた。そのため、被告の担当者が、同じA医師作成の同年2月24日付け診断書との矛盾を指摘したところ、原告は、退社してしまった。
   同月21日、原告は、改めて出勤し、被告に対して、A医師により労務不能期間の末日を「平成24年2月23日」までと書き直してもらった傷病手当金支給申請書等を提出した。そして、原告は、同日から、試し出勤を開始した。試し出勤は、同年3月21日から同年4月15日までの期間を「第1クール」とし、その後は、1か月毎に、出勤予定日数を増やし、あるいは、勤務時間を延長して、継続された。

(4)原告は、同年5月26日ころ、被告に対し、A医師作成の同日付け診断書を提出した。同診断書には,原告は、「抑うつ状態」であるが、「現在症状軽快しており、通常勤務(9:00~18:00)が可能」であり、「残業制限解除できる(1日2時間、月40時間までの残業が可能)状態」であると記載されていた。
   しかし、被告は、同年6月11日,原告に対し、「解雇通知書」と題する書面(以下「本件通知書」という。)をもって、原告を同日付けで解雇すると通知した(以下「本件解雇」という。)。ただし、本件通知書に記載されている就業規則の各条項は、休職及び退職事由に関するものであった(以下、これらの条項に基づく退職措置を「本件退職措置」という。)。そして、被告は、同年7月3日付けで、原告に対し、退職日を同年6月11日とする退職証明書を交付した。

【争点】

(1)本件通知書は、休職期間満了による本件退職措置を通知する趣旨を含むか(争点①)
(2)試し出勤の開始により、原告が復職したといえるか(試し出勤の法的性質)及び本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか(争点②)
(3)本件通知書が解雇の意思表示をしたものである場合、解雇事由の有無及び本件解雇が権利濫用となるか(争点③)
(4)未払賃金額(争点④)
(5)被告の原告に対する試し出勤中の処遇、本件解雇及び本件退職措置が債務不履行又は不法行為を構成するか、構成する場合の損害額(争点⑤)

【裁判所の判断】

(1)争点①について
   本件通知書は、解雇の意思表示をしたものであるとともに、休職期間満了による退職の措置を通知したものでもあると認められる。

(2)争点②について
 ア 判断枠組み
   被告の就業規則には、休職中の者が休職期間を満了してもなお「復職不能」のときは休職期間満了をもって退職すると記載されている。そして、ここでいう休職原因である「復職不能」の事由の消滅については、労働契約において定められた労務提供を本旨履行できる状態に復することと解すべきことに鑑みると、基本的には従前の職務を通常程度に行うことができる状態にあることをいうが、それに至らない場合であっても、当該労働者の能力、経験、地位、その精神的不調の回復の程度等に照らして、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合を含むものと解される。
   そして、体調不調がうつ病等の精神的不調にある場合において、一定程度の改善をみた労働者について、いわゆるリハビリ的な勤務を実施した上で休業原因が消滅したか否かを判断するに当たっては、当該労働者の勤怠や職務遂行状況が雇用契約上の債務の本旨に従い従前の職務を通常程度に行うことができるか否かのみならず、上記説示の諸点を勘案し、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合であるか否かについても検討することを要し、その際には、休職原因となった精神的不調の内容、現状における回復程度ないし回復可能性、職務に与える影響などについて、医学的見地から検討することが重要となる。
   以上を前提に検討する。
 イ 試し出勤の法的性質
   試し出勤は休職期間を延長し、原告が復職可能であるか否かを見極めるための期間という趣旨で行われたものであると認められる。よって、試し出勤の開始をもって、原告が復職したものと認めることはできない。
 ウ 本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか
   そこで、本件通知書が出されるまでに、前記アにおいて説示したところに従い、原告において従前の職務を通常の程度に行うことができるか、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合に当たり、「復職不能」という休職原因の事由が消滅していたか否かについて検討する。
  a)甲案件の図面の修正作業
   この点、原告には、次のとおり、相当の期間内に作業遂行能力が通常の程度に回復することを窺わせる事情が認められる。
  ・コミュニケーション能力については、試し出勤期間中は、発注者の打合せに同行していなかったため、発注者のニーズを把握することができなかったのであり、同行させなかった理由も正式に復職していないというものであって、コミュニケーション能力上の問題ではなかった。
  ・建築設計技師としての作図能力については、原告は、遅くとも平成25年5月下旬からは設計技術者として、被告において従事していたのと同種の業務に従事し、3年近く同一の派遣先で就労し続けているのであり、このことからすれば、原告が、被告においても、試し出勤を経て復職することが不可能であったとは考えにくい。
   そもそも、甲案件における原告の業務遂行状況は、被告において、原告の休職事由が消滅していないと判断した中心的な理由であるにもかかわらず、支店長であるBは、甲案件の管理技術者であったCから、直接、原告の業務遂行状況についての報告を余り受けておらず(証人B)、Cも、原告が解雇された理由を知らされていなかった(証人C)というのであるから、甲案件における原告の業務遂行状況が不十分なものであったという被告の判断は、その根拠に乏しかったものというほかない。
  b)本棚の整理やコピーなどの日常的な事務作業
   被告は、原告が本棚の整理やコピーのような日常的な事務作業ですら満足に行うことができなかったから、休職原因が消滅していないなどと主張する。
   しかし、これらの業務の重要度が原告の建築設計士としての職務内容において比重の低いものであることは明らかであるし、原告は主に甲案件を中心とした図面の作成に取り組み、試し出勤中で残業もできない状態であった。よって、仮に被告の主張するような事実が存在したとしても、そのことをもって設計技術者としての業務遂行能力の回復見込みがないなどとは判断し得ない。
  c)その他の業務に関する事情
   原告が提出したA医師作成の平成24年5月26日付け診断書には抑うつ状態とされていたものの、通常勤務が可能で残業制限が解除できる状態であるとされていた。そして、この診断書を前提とすると、被告が本件通知書を原告に交付した平成24年6月11日の段階では、原告のうつ病又は抑うつ状態は、完治していないとしても従前の職務を通常程度行うことができる状態に至っていたか、少なくとも相当の期間何に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったと判断される。
   この点、被告は、A医師に対する問合せが困難であるとともに実効性に乏しかったなどと主張する。しかし、原告を別の医師に受診させるなどの対応は取り得たはずであり、医学的見地からの検討を行っていないのであるから、結局のところ、A医師の診断を排斥する根拠に乏しいというほかない。
   そうすると、原告の休職原因は、試し出勤中に従前の職務を通常程度行うことができる状態になっていたか、仮にそうでないとしても、相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったとみるべきであるから、本件通知書が出されるまでに休職原因が消滅していたものと認められる。
   したがって、被告が行った休職期間満了を理由とする退職扱いはその効果が認められない。 

(3)争点③について
  ・無断欠勤については、被告は、平成22年10月27日以降、原告からの診断書の提出を含めたやり取りを経て、原告に休職を認め、休職期間満了時には試し出勤まで行わせたものであり、原告が1年半も欠勤したものではない。
  ・試し出勤期間中の原告の業務遂行状況については、上記(2)で説示したとおりであり、技術能力が著しく劣り、将来とも見込みがないとか、精神又は身体の著しい障害により、業務に耐えられないなどとはいえないことは明らかである。
  ・原告が一級建築士の資格を取得できなかったことについては、そもそも入社後できるだけ短い期間内に一級建築士の資格を取得することが労働契約の内容になっていたものではなく、また、被告には、他にも一級建築士の資格を有していない設計技術者がいる。
   以上によれば、原告には、解雇事由がなく、本件解雇をする意思表示は権利濫用となり、無効となる(労働契約法16条)。

(4)争点④について
   上記に説示したとおり、飛行の原告に対する本件退職措置及び本件解雇はいずれも効力を有しないから、原告は、被告における労働契約上の権利を有する地位にあるところ、原告は、被告による就労拒否により、労務の提供ができていないことになるから、賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)。
   (以下、未払い賃金額について、省略)

(5)争点⑤について
   上記に説示したとおり、被告が原告に対して行った本件通知書による本件退職措置及び本件解雇は、いずれもその効力が認められないものであるが、これらの被告の行為によって原告に生じた精神的苦痛は、本件退職措置及び本件解雇により賃金支払を受けることのできなかった期間中における賃金の支払請求を認容することによって慰謝されたとみられる。

(6)結論
   原告の被告に対する請求は、地位確認及び未払賃金請求の一部(争点④で認められた額)の限度で認容する。

名古屋高裁平成30年6月26日判決(労働判例1189号51頁)

NHK(名古屋放送局)事件(上告・上告受理申立中)

【事案の概要】

 本件は、被控訴人の従業員(職員)であった控訴人が、精神的領域における疾病による傷病休職の期間が満了したことにより解職(以下「本件解職」という。)となったところ、
(1)同期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であり、被控訴人との間の労働契約が存続していると主張して、
  ①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
  ②休職期間経過後の賃金及び賞与の支払い
を求めるとともに、
(2)傷病休職中に行ったテスト出局(※)(以下「本件テスト出局」という。)により、労働契約上の債務の本旨に従った労務の提供をし、途中で本件テスト出局が中止され、これにより労務の提供をしなくなったのは被控訴人の帰責事由によるものであるとして、
  ③本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、職員給与規程(職員就業規則)による賃金及びこれに対する遅延損害金を、
(3)本件テスト出局の中止や解職に至ったことに違法性があると主張し、
  ④不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
   さらに、控訴審において、上記③の請求につき、
(4)仮に本件テスト出局中に控訴人の行った作業が労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供に該当しないとしても、労働基準法及び最低賃金法上の労働に該当し、最低賃金額以上の賃金が支払われるべきであるとして、
  ⑤本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、最低賃金額相当額の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるために予備的請求原因を追加した事案である。

(※)テスト出局とは、一般に、試し出勤、リハビリ出勤などと称され、心の健康の問題ないしメンタルヘルス不調により、療養のため長時間職場を離れている職員が、職場復帰前に、職場復帰の可否の判断等を目的として、本来の職場などに一定期間継続して試験的に出勤をするものをいう。

【争点】

 上記【事案の概要】記載のとおりであるが、以下、
(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否かについての、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づく、①職員給与規程(職員就業規則)による賃金、又は②最低賃金額相当額の賃金の支払義務の有無
 ア 本件テスト出局の目的
   本件テスト出局の後半12週間はフルタイムの出局となり、このうち少なくとも最終6週間は職場の実態に合わせて通常業務を想定した作業を行うとした上、本件テスト出局の状況を踏まえ、産業医及び部局長の合意が得られれば復職が命じられるとしている。とすれば、本件テスト出局は、単に休職者のリハビリのみを目的としているものではなく、職場復帰の可否の判断をも目的として行われる試し出勤(勤務)の性格をも有していると認められる。
 イ 賃金請求権が発生するか否か
   休職者は事実上、テスト出局において業務を命じられた場合にそれを拒否することは困難な状況にあるといえるから、単に本来の業務に比べ軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまではいえない。
   とすれば、当該作業が使用者の指示に従って行われ、その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には、当該作業は、業務遂行上、使用者の指示監督下に行われた労働基準法11条の規定する「労働」に該当するものと解される。
   それゆえ、無給の合意があっても、最低賃金法の適用により、テスト出局については最低賃金と同様の定めがなされたものとされて、これが契約内容となり(同法4条2項)、賃金請求権が発生する。
 ウ 職員給与規程による賃金の支払について
   労働契約の内容となる職員給与規程による賃金の支払請求が認められるためには、労働契約も双務契約であるから、賃金の対価に見合った債務の本旨に従った労務(履行)の提供が必要となる。
   本件テスト出局の期間中に控訴人の行った作業が、処遇区分が中堅の職員のC2である、報道制作の専任記者(マスター1級(専任職)の賃金に相当する対価に見合う労務を提供したものと認めることは困難であり、労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供を行ったとはいえない。
   したがって、控訴人の被控訴人に対する職員給与規程による賃金の支払請求は認められない。
 エ 最低賃金額相当の賃金の支払について
   本件テスト出局中、控訴人はその上司であるA部長の指示に従って、被控訴人の業務であるニュース制作に関与し、控訴人が関与したニュースは放映され、その成果を被控訴人が享受している。
   したがって、被控訴人が出局していた時間は使用者である被控訴人の指揮監督下にあったとものと見られるから、この時間は労働基準法11条の規定する労働に従事していたものである。
   それゆえ、無給の合意があっても最低賃金法により、被控訴人は控訴人に対し、その労働に対し最低賃金額相当の賃金を支払う義務を負う(労働基準法11条、13条、28条、最低賃金法2条、4条1項、2項)。
   なお、本件テスト出局期間中は、1日につき標準報酬日額の85パーセントに相当する額の傷病手当及び付加給付金が健保から控訴人に支給されているが、本来、傷病手当は賃金を控除した金額を支払うべきものであり、控訴人に賃金が支払われた場合は、不当利得として傷病手当を返還すべきこととなると考えられる。
   それゆえ、傷病手当を受給しているからといって賃金請求権が発生しないとはいえない。

(2)傷病休職期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、本件解職が無効であるか否か
 ア 医師の各意見書について
   外部の大学病院の教授であるE医師の意見書及び被控訴人の産業医であるB医師の証言によれば、
  ・控訴人が、A部長から遅刻をしたことを問いただされると体調不良を来し、早退していること
  ・前回のテスト出勤の際、退寮期限の延長を要求し、被控訴人本部(東京)の人事局を訪問するなどの攻撃的行動をしていること
  ・E医師の診察の際、多弁でE医師の話を遮るようなことがあったこと
などから、控訴人の病態について、純粋なうつ病ではなく、E医師は気分感情障害と、B医師は双極性障害Ⅱ型と診断したことが認められる。
   そして、B医師の証言によれば、双極性障害Ⅱ型は、躁状態とうつ状態の波をコントロールすることを目的として治療を行うものであり、単にうつ病を前提として治療を受けているだけでは職場復帰は不可能で、職場における人間関係のストレスを克服するための治療(認知行動療法等)をしない限り、控訴人の職場復帰は困難であることが認められ、控訴人は精神的領域の疾病が治癒しておらず、その職場復帰の可能性はなかったと認められる。
   これに対し、控訴人の主治医のD医師は、控訴人代理人に対する平成28年6月15日付け回答書において、
  ・控訴人は、反抗的に軽躁様(興奮、易刺激性、攻撃的)ないし混合状態のない気分の波が出現しやすい傾向にある
  ・復帰に向けて認知行動療法などストレス対処に関する治療についても提案したが、本人の希望がなかった。
  ・ストレス負荷の内容によっては、反抗的に情緒不安定となりトラブルを生じる可能性がないとはいえない
旨記載しており、D医師の意見を基にしても控訴人の精神的領域における疾病が復職可能な段階まで治癒していたとは認め難い。
   なお、本件テスト出局に中止に繋がった、控訴人が、平成26年12月19日、早退したしたことについて、控訴人は、本件テスト出局が労働を行わせるのに無給であることに対して抗議をしたもので、抗議は正当なもので衝動とはいえないと主張する。
   しかし、本件テスト出局中も控訴人には傷病手当が支給され、経済的には無給であっても何ら不利益を受けることはなく、本件テスト出局が完了すれば復職の可能性が高くなるのに、そのことを考えず、A部長から雪のために遅刻したことについて「しつこく問いただされた」ことに憤慨し、早退し、翌日も体調不良を理由に遅刻したことは、衝動的な行動と評価せざるを得ず、控訴人の上記主張は採用できない。
 イ 他の職務の復職可能性について
   最高裁平成10年4月9日判決(片山組事件・労働判例736号15頁)の示す判断枠組みを用いて、本件について検討すると
  ・控訴人から報道制作以外の他の業務に対する労務の提供の申出があったことを認めるに足りる証拠はないこと
  ・控訴人のように精神的領域における疾病で休職していた場合には、職場復帰するときに新たな業務ではなく、従前経験していた業務に復職させるのが相当と考えられること
  ・休職前、相応に高度で責任ある立場で業務を行う地位にあったこと
  ・職場復帰を目指した本件テスト出局中に、精神的領域における疾病が原因となってテスト出局自体が中止となっていること
などに鑑みると、控訴人について他の現実に配置可能性があったと認めることはできない。
 ウ 以上によれば、控訴人は治癒しておらず、休職事由は消滅していなかった(本件解職は、有効)。

(3)結論
   上記(1)については、最低賃金額相当の支払を求める限度で理由があるから、(請求棄却とした)原判決を変更する。
   上記(2)については、理由がないから棄却するのが相当である(控訴棄却)。

東京地裁平成29年11月30日判(労働判例1189号67頁)

東京電力パワーグリッド事件(確定)

【事案の概要】

(1)原告は、大学卒業後の平成10年4月1日、被告との間で、期間の定めのない雇用契約(以下「本件契約」という。)を締結し、技術職として、被告の送電部門に配属された。
   しかし、原告の勤務ぶりについて、低い評価の状態が続いたため、被告は、平成16年7月、原告を工事部門に異動させ、机上業務を中心とした業務を担当させた。しかし、ここでも原告の勤務ぶりについて、低い評価の状態が続いたため、被告は、平成19年7月、原告を再び送電部門に異動させた。

(2)原告は、平成18年2月1日、被告のA産業医と面談し、人前で緊張してしまうのが気になる旨述べた。原告は、A産業医の提案を切欠として、Bメンタルクリニックへの通院を始めたところ、平成19年12月には、症状が落ち着いたため、一旦、投薬治療が中止となった。
   しかし、原告は、平成20年8月頃から、心身の状態が再度悪化したため、Bメンタルクリニックへの通院を再開した。その後、原告の休暇の取得日数が顕著に増加し、平成23年に入ると、有給休暇及び傷病休暇を使い果たすまでに至った。そこで、原告は、A産業医の勧めにより、主治医のB医師にも相談した上で、同年3月8日から療養休暇の取得を開始し、療養休暇の期間満了後である平成24年3月8日から傷病休職(以下「本件休職」という。)に入った。
   原告は、傷病休職に入る前の段階で、本来は外勤業務が主な業務である送電部門に所属していたが、被告は、原告の体調面等に配慮し、原告の業務負荷を軽減するとともに、ほぼ内勤を担当させていた。

(3)原告は、休職から1年を経過しても症状の改善が見られなかった。そこで、被告のメンタル専門医のE専門医が、平成25年3月14日、原告に対し、リワークプログラム(注1)への通所を勧めたところ、原告は、これを受け入れ、同年6月上旬から、Gクリニックで提供されているリワークプログラムへの通所を開始した。
   しかし、原告のリワークプログラムへの出席率は低く、また、欠席した際に、連絡が取れないことが多かった。そこで、E専門医が、同年10月10日、原告に対し、復職のためにはリワークプログラムで復職可の了解を取る必要があることを伝えところ、原告が欠席することは、少なくなった。
   このような状況下で、E専門医が、Gクリニックに対し、原告のリワークプログラムでの状況を問い合わせた。これに対し、同クリニックのG医師は、同年12月6日付けで、原告の出席率が復職可能な数値に足りず、休職に至った過程についての自己分析も不足していることなどから、原告が復職可能な状態にはないとの診断をした旨回答した。

(4)原告は、B医師から、平成26年2月3日付けの職場復帰の意見書及び同月4日付の診断書の交付を受けたところ、上記の各書面においては、いずれも原告が就労可能である旨の記載がされていた。原告は、同日、被告に対し、上記各書面を提出して、復職を申し入れた。
   被告は、原告からの上記復職申入れを受け、原告の同意を得た上で、E専門医を通じ、Gクリニックに対し、原告のリワークプログラムの状況について問い合わせた。これに対し、同クリニックは、同月7日、E専門医宛てに、G医師作成の原告に関する診断書及びリワークプログラムの評価シートを送付した。同評価シートには、特記事項として、「遅刻は12月に7日、1月に1日と徐々に少なくなってきているが、遅刻するときに連絡を入れることができない。」、「総合的にみると、振り返りがまだ不十分であり、対人関係面での課題も多く残されているため、復職し、継続していくことは難しい。ただし、個々人で黙々とする作業で、何を優先すべきか(実施順序)を指示してもらえれば、できる可能性がある。」との記載があった。

(5)原告は、平成26年2月19日、被告に対し、職場復帰支援勤務申請書(注2)を提出した。同申請書には、職場復帰支援勤務の「実施期間および勤務時間・内容については、会社の提示した内容により、就業いたします。」と記載されていた。
   これに対し、A産業医は、同日、原告に対し、復職及び職場復帰支援勤務不可とする意見書を提出した。また、E専門医も、同月13日付で、原告に対し、同様の内容の意見書を提出した。
   さらに、E専門医は、同月25日、B医師に対し、同医師が原告を復職可能と診断するに当たって参考とした資料について問い合わせた。これに対し、B医師は、リワークプログラムでの評価シートは参考とせずに復職可能と診断した旨回答した。併せて、同医師は、原告の人事的な事柄については職場の判断を尊重する旨回答した。 

(6)被告の就業審査委員会は、同年3月5日、上記のA産業医及びE専門医の判断を踏まえて、原告に対して職場復帰支援勤務を適用せず、原告の復職を不可とすることを決定した。そして、原告は、平成26年3月7日付けで傷病休職期間(以下「本件休職期間」という。)満了による退職との辞令を受けた。

注1)リワークプログラムとは、主としてうつ病などの気分障害に罹って働けなくなって休業した労働者向けに、病状の回復、安定と復帰準備性の向上及び再発防止のためのセルフケア能力の向上を目的とし、医療機関が診療報酬の枠組みで提供するリハビリプログラムのことである。

注2)職場復帰支援勤務制度とは、傷病休職者が、就業に徐々に慣れ、安心して復職できるように定められたものであり、傷病休職者のうち、復職を希望し、就業審査委員会において職場復帰支援勤務の適用が必要と判断された者について、最長期間を3か月とし、1日あたりの勤務時間を最短で半日とし、段階的に増加させることなどを内容とする制度である。

【争点】

本件契約が本件休職期間の満了により終了したか否か、すなわち、原告が平成26年3月7日の休職期間満了時に就労可能な状況にあり、原告を復職させるべきであったか否か。

【裁判所の判断】

(1)休職事由の消滅に関する判断枠組みについて。
 ア 被告の就業規則によれば、被告の休職制度は、労働契約関係を維持しながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇の猶予を目的とするものであると認められる。そうすると、休職事由が消滅したということは、いったん禁止又は免除した労務の提供を再度求めることを意味するので、本件契約の債務の本旨に従った履行の提供が必要であるから、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうものと解される。
   ただし、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易度等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務を提供することができ、かつ、その提供を申し出ているならば、その債務の本旨に従った労務の履行の提供があるとする片山組最高裁判決は、本件においても斟酌するのが相当である。
 イ 本件において、原告について休職の事由が消滅したというためには、
  ・休職前の業務である架空送電設備の保守、運用、管理の業務が通常の程度に行える健康状態になっていること、又は当初経緯作業に就かせればほどなく上記業務を通常の程度に行える健康状態になっていること(以下「①健康状態の回復」という。)、
  ・これが十全でないときには、被告において原告と同職種で、同程度の経歴の者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務を提供することが必要である(以下「②他部署への配置」という。)
   以下、①健康状態の回復及び②他部署への配置について検討する。

(2)①健康状態の回復について
 ア 原告は、本件休職前には、ほぼ内勤の業務に従事しており、人と接するとすればほぼ社内の人間のみであるという状況において、療養休暇取得及び本件休職に至っている上、本件休職期間満了時においても、規則正しく定時に勤務できる状態にまで回復していたとはいえないばかりか、自己の精神疾患に対する病識が欠如し、復職後における自己のストレス対処も不十分な状況にあったことなどの事情を総合考慮すると、仮に休職前に勤務していた送電部門に復職したとしても、他の社員との仕事上の対人関係を負担に感じ、精神疾患の症状を再燃させ、あるいは悪化させて、就労に支障が出るおそれが大きい状態であったと認められる。
   そして、被告社員の仕事上の対人関係に原告の精神的な負担があるとすると、原告の業務の負担を軽易なものにしたからといって、原告の精神状態の負担が直ちに軽減されるとも解されないことに照らし、当初軽易作業に就かせればほどなく当該職務を通常の程度に行える健康状態であったと認めることもできない。
   以上によれば、原告は、本件休職期間満了時において、従前の職務を通常の程度に行える健康状態、又は当初軽易作業に就かせればほどなく当該職務を通常の程度に行える健康状態になっていたと認めることはできない。

(3)②他部署への配置について
 ア 原告は、平成26年2月19日、被告に対し、職場復帰支援勤務申請書を提出して居り、同申請書には、職場復帰支援勤務の「実施時間及び勤務時間・内容については、会社の提示した内容により、就業いたします。」との記載がある。よって、原告は、被告に対し、上記申請書の提出をもって、休職前の部署に限らず、被告が配置可能と認める部署での業務遂行を申し出たことが認められる。
 イ 次に、原告が配置される現実的可能性があると認められる他の業務が存在したか否かについて検討する。
   原告は、本件休職前に勤務していた部署以外に、配置される現実的可能性のある他の業務を行う部署として、給電所系統運用グループ及び支社総務グループに加え、原告が平成16年から3年間勤務していた工事部門があると主張する。
   しかし、給電所系統運用グループ及び支社総務グループは、いずれも他部署又は社外とのやり取りが要求される部署である。そして、原告に精神疾患についての病識がなく、ストレス対処の習得が見込まれない状況であったことに照らし、原告にとっては、新たに配属された部署で業務を覚えたり、一から人間関係を構築すること自体が大きな精神的負担となり、精神状態の悪化や精神疾患の再燃を招く可能性があるというべきである。よって、いずれの部署も、原告が配置される現実的可能性があったということはできない。
   また、原告が精神的な問題を感じてA産業医と初めて面談したのは、工事部門に所属していた平成18年であること、送電グループに戻った後も、療養休暇に入る直前までには、精神疾患により服薬治療をしている原告のため、業務の負担軽減が行われ、本来行うべき外勤業務は担当せず、ほぼ内勤業務のみとなっていたにもかかわらず、本件休職に至ったことなどの事情を総合考慮すると、工事部門についても、原告が配置される現実的可能性があったと認めることはできない。
   なお、原告は、個人で黙々とする作業を中心とする部署であれば就労可能であるとも主張するけれども、被告において他者との関わりが全く不要な部署は容易に想定し難いところである。
   以上に述べた諸事情に加え、原告が社内の人間との対人関係を負担に感じて精神疾患を発症し、その病識もないことを踏まえると、本件休職期間満了時において、原告が配置される現実的可能性のある部署が存在したと認めることはできない。

(4)結論
   以上によれば、本件契約は、本件休職期間の満了により終了したものと認められる(請求棄却)。