札幌高裁令和元年12月19日判決(労働判例1222号49頁)

単に労働時間が長時間に及んでいることのみで、労働者のうつ病発症を予見できたとはいえないとして、使用者の安全配慮義務違反を否認した事例(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)一審被告会社は、企業経営に関するコンサルティング等を目的とする会社である。
   一審被告Aは、一審被告会社の取締役であり、平成9年6月1日以降、一審原告の直属の上司であった。
   一審原告は、平成7年8月頃に一審被告会社にアルバイトとして調査研究部に採用され、平成8年4月1日に同部所属の正社員となり、平成16年7月1日にその主任研究員となった。一審原告は、アルバイトとして採用されて以降、主に環境及び廃棄物処理・リサイクル分野の調査研究業務を行ってきた。

(2)一審原告が平成17年度(平成17年4月1日~平成18年3月31日)に担当した調査研究業務は、北海道B支庁発注の廃プラスティック類に係る資源循環情報詳細調査業務(以下「本件調査業務」という。)外3件である。
   一審原告は、本件調査業務を主に1人で行った。本件調査業務の契約期間は、平成17年8月15日~平成18年1月12日(納期日)であった。

(3)一審原告は、平成17年7月~平成18年1月、次のとおり、労働基準法所定の労働時間を超えて業務を行った(以下、次の時間を単に「時間外労働」という。)。
   平成17年 7月  34.4時間
   平成17年 8月  44.8時間
   平成17年 9月    不明
   平成17年10月 127.4時間
   平成17年11月 89.0時間
   平成17年12月 151.5時間
   平成18年 1月   73.1時間

(4)一審原告は、平成18年1月20日、うつ病を発症し、平成18年2月21日頃~同年10月31日、休職した。
   一審原告は、平成18年11月1日、週3日勤務の条件で復職し、遅くとも平成21年7月以降、週5日勤務となった。
   一審原告は、平成26年5月7日~同年11月7日、休職辞令を受けて休職した。

(5)一審原告は、平成25年7月9日、札幌中央労働基準監督署長に対し、労働災害認定の申請を行ったところ、平成26年1月31日、原告の疾病が業務に起因するとして、労働災害の認定がされた。

(6)一審原告は、次のア・イのとおりの主張をし、一審被告らに対し、損害賠償請求訴訟を提起した。
 ア 一審被告会社は、一審原告の過重労働を認識していたにもかかわらず、一審原告の担当業務を減らす等の措置をとらなかった。これは、一審原告に対する安全配慮義務違反(労働契約上の債務不履行)に当たる。一審原告は、これによって、うつ病を発症し、賃金の減額等の損害を被った。
 イ 一審原告は、一審被告による労務管理の不備により、うつ病を発症し、その後、一審被告Aの行為によって、症状が悪化するなどした。一審被告会社及び一審被告Aの行為は、一審原告に対する不法行為に当たり、これによって一審原告は損害を被った。

(7)原審(札幌地裁平成31年3月25日判決・労働判例1222号60頁)は、上記(6)アについて、「労災認定は、労災認定基準に照らし詳細に事実を認定し、その結果、原告の病状が業務に起因したと判断しているといえるから、その信用性が十分に認められる」等と判示した上で、一審原告の請求を一部認容した(注:認容額は、上記(6)アについて、3472万7903円及びその遅延損害金、同イについて33万円及びその遅延損害金である。)。
   一審原告及び一審被告らは、いずれも原判決を不服として本件各控訴を提起した。


【争点】

(1)一審被告会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求について(争点1)
 ア 一審原告がうつ病を発症したことについて、一審被告会社の安全配慮義務違反の成否
 イ 一審被告会社の安全配慮義務違反と一審原告のうつ病発症との間の因果関係の有無
 ウ 損害の発生及び額
(2)一審被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(争点2)
 ア 一審被告らの不法行為の成否
 イ 損害の発生及び額
 ウ 過失相殺の成否
   以下、上記の争点のうち争点1についての裁判所の判断を示す(注:争点2については、裁判所は、一審原告が主張する一審被告らの不法行為はいずれも認められないと判示した。)。  


【裁判所の判断】

(1)使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する労働契約上の付随義務として、安全配慮義務を負うと解される。
   うつ病の発症にについて、発症前、おおむね6か月間の出来事の影響が強く、それ以前の出来事の影響は一般に薄いと考えられる。
   一審原告は、平成18年1月にうつ病を発症する約3か月前頃以降、相当の長時間労働に及んでおり、一審被告会社もそのことを把握していたことが認められる。
   他方、上記業務負担以外に一審原告がうつ病を発症する原因となった出来事は、明らかになっていない。
   そこで、一審被告会社が上記業務負担について、安全配慮義務に違反したといえるかを以下、検討する。

(2)一審被告会社は、発症前3か月間における一審原告の業務負担について、格別、軽減の措置を執っていない。これは、安全配慮義務違反を基礎付ける事情に当たるといえる。
   他方、次のような事情を指摘することができる。
 ア 一審被告会社の調査研究部における業務は、発注先との打合せ、調整、調査実施、報告書作成というプロセスを踏んで進められることから、個別性が強く、研究員には自らの担当業務について、裁量性があることがうかがわれる。人事評価に当たっては、納期の履行の有無、同僚との円滑な連携、発注者からの評判などが重視されていることから、上記の点がうかがえる。
 イ 一審原告は、平成7年8月、アルバイトとして一審被告会社の調査研究部に採用され、平成16年7月1日、調査研究部の主任研究員に昇進したことから、調査研究部における業務について、適性があると判断されており、一審原告においても、そのように受け止められていたと認められる。
 ウ 一審原告は、平成17年8月以降、主に本件調査業務を担当していた。これは、一審原告の専門分野に属する業務であり、従前から担当している調査研究業務と同種の内容の業務でもあって、一審原告にとって新規性がなく、特にその遂行が困難であるなど難易度が高いものであることをうかがわせる事情は認められない。
  一審原告の労働時間が発症前3か月間において長期化した主な原因は、データの集計等に時間を要したというものであった。一審原告は、全体会議等、それによって業務の遂行が困難となっていることを上司や同僚に伝え、相談する機会があったものの、上記の点を伝えておらず、業務の進め方等について相談することもなかった。そして、一審原告が従事していた業務の内容は、調査研究部の他の主任研究員と比較して、その質又は量が特に過大であるということもなかった。
   なお、一審原告は、平成17年11月、パート事務員に調査票の封入作業を依頼し、一審被告Aから、上記作業を外注するように指示され、外注すると時間がかかるとして自ら上記作業を行った。また、一審原告は、同年12月上旬、アンケート調査の回収票の開票とチェックをパート事務員に依頼し、一審被告Aから外注するよう指示され、上記作業を外注した。これらの経緯は、業務量の多い仕事について、外注するようにとの研究員一般に対する指導に基づいており、安全配慮義務違反を基礎付ける事情に当たるとは評価できない。
 オ 一審原告は、一審被告Aを含めて上司や同僚に本件調査業務に関して相談したこともなかった。
   以上の各事情によれば、一審被告会社が発症前3か月間における一審原告の労働時間が長時間に及んでいることを把握しつつ、その業務負担について、格別、軽減の措置を執っていない一方、
   この間における一審原告の担当業務は、主として一審原告の専門分野に属する本件調査業務であり、データの集計等に時間を要したという長期化要因について、相談の機会はあったものの、これを利用することはなかった等の事情を指摘することができる。
   一審被告会社としては、一審原告の業務がうつ病の発症をもたらしうる危険性を有する特に過重なものと認識することは困難であり、単に労働時間が長時間に及んでいることのみをもって、一審原告のうつ病発症を予見できたとはいえないというべきである。そして、本件において、他に一審原告のうつ病発症の予見可能性を基礎付ける事実は認められない。

(3)また、一審原告は、平成17年度当初、複数の踏査研究業務を担当していたが、最終的には主な担当業務が本件調査業務のみとなっており、ここから更に一審原告の担当業務を減らすのは困難であったというべきである。
   そして、一審被告会社では、毎週、意見交換のための全体会議が開催されており、一審原告は、その機会に、業務遂行上の課題を伝え、上司や同僚に相談することができ、これが困難であったとは認められないのに、相談等をしなかった。
   そうすると、一審被告会社は、一審原告の業務を更に削減することが困難であった上、特に一審原告から業務の遂行が困難であることの申告もなかったことから、早期に心身の健康相談やカウンセリングを受診する機会を設けたり、休養を指示したりすることを含め、一審原告のうつ病の発症を回避するために具体的な対応をすることも困難であったというべきである。

(4)以上のとおり、一審被告会社が一審原告の時間外労働が長時間に及んでいることを把握していたとしても、一審原告の担当していた業務の内容等の事情を考慮すれば、一審原告がうつ病を発症することを予見できたとは認められず、また、一審原告のうつ病の発症を回避するために具体的な対応をとることも困難であったというべきである。一審原告がうつ病を発症したことについて、一審被告会社に安全配慮義務違反は認められない。
   したがって、一審原告の一審被告会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求は、その他について判断するまでもなく理由がない。

(5)結論
   一審原告の請求は理由がない(請求棄却)。


 

東京地裁平成29年3月13日判決(労働判例1189号129頁)

労働者が、違法な退職強要行為によりうつ病を悪化させた場合、労働基準法19条1項の趣旨から、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告(昭和39年〇月生)は、平成14年6月に資格取得講座を開設する会社を退職後、非正規社員として稼働しながら、税理士の資格取得を目指して勉強を続けていた。そして、原告と株式会社E(以下「被告会社」という。)は、平成25年3月4日、被告会社の顧問であるK公認会計士(以下「K会計士」という。)の紹介で、同年1月1日付けで、期限の定めのない雇用契約を締結した。
   被告会社は、介護保険法に基づく居宅サービス事業等を目的とする会社である。被告会社は、本社に総務部、経理部等を置くほか、首都圏を中心に合計21箇所の事業所を設置している。

(2)原告は、被告会社に入社後、主としてCの指導の下、同人とともに、帳簿入力その他の経理業務を行っていたが、仕事の覚えは芳しいものではなかった。また、原告は、Cが平成25年6月17日から産休に入ったため、上記業務を概ね1人で担当することとなったが、その処理に誤りが多いことから、同年7月頃からは、FやAらが原告の経理業務を補助したり確認したりするようになった。原告は、この頃から、勤務中に過呼吸状態になることや精神状態が不安定になることがあり、応接室で横になって休憩することもあった。
   原告は、平成25年秋頃から平成26年3月にかけて、Fらから従前の経理業務のほかに、銀行とのファクタリング契約の更新手続その他の業務を指示され、これを行った。しかし、原告の経理業務には、処理の誤りなどが多く、Fがこれについて注意指導しても改められず、同様の誤りを繰り返していた。
   原告は、平成26年1月6日、本社が暫く休業していたため、通常よりも多量な経理業務を処理していたところ、不安、めまい、ふるえ、過呼吸等の症状が出たため早退した。原告は、同月8日、D医師の診察を受けたところ、同医師の診断は、ごく軽症であって就労継続も可能というものであった(なお、原告の傷病手当金の支給申請書におけるD医師の意見欄では、原告のうつ病発症時期は、平成26年1月頃とされている。)。しかし、原告は、同月13日頃にも、勤務時間中に無意識に上体を大きく回すなど精神的に不安定な状態が続いていた。

(3)原告は、平成26年1月頃から同年3月頃までの間、種々の業務上のミスを発生させた。そこで、被告会社は、平成26年5月初め頃、原告を経理業務の主担当から外し、これを同年4月21日に育休から復帰したCと経理業務の経験がある派遣社員のJに行わせ、原告については、経理業務の補助と電話対応業務等を行わせることとした上、同年5月8日、原告に対し、経理業務に使用するパソコンが設置されている席から他の席への移動を命じた(本件配転命令1)。
   被告会社の代表取締役である被告乙は、平成26年5月21日、原告に対し、「もう経理の仕事はない。自分で何ができるか考えろ。」などと述べた(本件退職強要行為1)。このような状況の元、原告は、同月26日以降、出勤をせず、L弁護士に被告会社との交渉を委任した。L弁護士は、同年6月11日、被告会社に対し、原告に対する退職強要行為を止め、経理業務に復帰させるよう要求した。これを受けて、Bは、L弁護士との間で、復帰後に原告が担当する業務内容等について相談をした。
   被告乙、B及びAは、平成26年6月16日、原告と面談した。この際、被告乙は、原告に対し、時折大声を出して一方的に捲し立てた。また、Bは、原告に、今後の業務内容等についての誓約書を書かせた(本件退職強要行為2)。

(4)被告会社が、平成26年6月17日以降、原告に対し、預金口座の残高確認等の業務をさせていたところ、Aは、同年8月12日、原告に対し、被告会社が計画中であった立川分社化パイロットプロジェクトに関するレポート(以下「本件レポート」という。)を1週間以内に提出するよう命じた。原告は、K会計士からの助言も参考として、同月19日、A及びBに対し、本件レポートを提出した。
   A及びBは、同日、原告と面談した。この際、A及びBは、原告に対し、本件レポートの内容が分かりにくいなどと述べるとともに、「お願いしている方が間違い?」、「ご自分でこれはできるというのはないんですか。」などと述べた。原告は、「掃除とかですね、皿洗いとかできるかなと。」などと述べた(本件退職強要行為3)。
   A及びBは、平成26年8月26日、原告と面談を行った。この際、Aは、原告に対し、同人を同年9月1日付けで立川事業所に異動させ、清掃スタッフとして介護施設等の清掃業務に従事させるとともに(本件配転命令2)、その雇用条件を正社員からパート社員に変更するとの提案をした上で(本件雇用条件変更)、同月28日午後3時までに回答をもらうこととして面談を終了した(本件退職強要行為4)。

(5)原告は、平成26年8月27日、D医師の診察を受け、病名「うつ病」、同年1月頃より不安、めまい、ふるえ、過呼吸、職場の対人関係の葛藤等があり、同月8日に同院を初診、精神症状が改善しないため、同年8月27日より向後1か月間の自宅療養と外来通院治療を必要とするとの診断を受けた。
   原告は、同月28日、被告会社に電話をかけて、Aに対し上記診断の概略を伝えた。
   その後、被告会社は、原告から郵送で上記診断書の提出を受けたことから、原告に対する配転命令を発令せず、同人に対し、就業規則40条ないし42条に基づき、同月27日から同年11月26日までの間の本件休職辞令を発令した。
   なお、原告は、同年8月27日から現在まで、被告会社に出勤しておらず、被告会社は、同日以降の賃金を支払っていない。


【争点】

(1)違法な退職強要行為、配転命令及び雇用条件変更命令の有無、雇用契約上の義務の不存在確認請求・慰謝料請求・将来の退職強要行為の差止請求の可否(争点1)
(2)本件休職の帰責性、地位確認請求及び賃金請求の可否(争点2)
(3)未払割増賃金の有無及び付加金請求の可否(争点3)
   以下、上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(3)について、裁判所は未払割増賃金32万3237円及びこれと同額の付加金の支払請求を認めた。


【裁判所の判断】

(1)争点(1)について
   原告は、被告乙、A及びBは、違法な退職強要行為1ないし4を繰り返し、業務上の必要性のない本件配転命令1、2及び本件雇用条件変更命令を行ったと主張するので、以下検討する。
 ア 本件退職強要行為1及び本件配転命令1
   被告乙ないしその意を受けたA及びBが、原告を経理業務の主担当から外したことは、原告を退職に追い込もうとするなどの不当な目的によるものとは認め難く、業務上の必要性に基づくものと認められ、原告に通常甘受し難い不利益を与えるものとも認められないから、不当ないし違法ということはできない。
   また、被告乙が、原告に対し、経理の仕事はないとか、自分で何ができるか考えろと述べたことは、被用者に対する配慮に欠ける面はあるものの、退職を強要するものとまではいえず、直ちに違法不当ということはできない。
   したがって、被告乙、A及びBによる原告に対する違法な本件退職強要行為1及び本件配転命令1は、認めることはできない。
 イ 本件退職強要行為2
   原告が経理業務の主担当から外されたことに不満を持ち、あっせんの申立てをしたり、弁護士に交渉を委任すること自体は何ら不当なではなく、被告会社が原告を経理業務の主担当から外した経緯等を踏まえても、上記乙やBによる本件退職強要行為2(注:その詳細につき、別紙2・労働判例1189号・145頁以下参照)が正当化される余地はなく、その態様の悪質性からしても違法というほかない。
 ウ 本件退職強要行為3、4、本件配転命令2及び本件雇用条件変更命令
   被告会社が原告に対し、立川事業所において清掃スタッフとして勤務することを命ずる旨の本件配転命令2やこれに伴い原告の雇用条件を正社員からパート社員に変更する旨の本件雇用条件変更命令を発令したと認めることはできない。
   しかし、A及びBは、本件退職強要行為2やその後の処遇に委縮する原告に対し、上記配転命令発令の可能性に言及しつつ、辞職を迫ったものであり(注:その詳細につき、別紙3及び同4・労働判例1189号・146頁以下参照)、その態様等に照らして、本件退職強要行為3、4を正当化することはできず、違法と認められる。
 エ 雇用契約上の義務の不存在確認請求の可否
   上記ウによれば、被告会社は、本件配転命令2を発令したと認めることはできず、現時点においても、これを前提とした主張はしていないから、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益が認められず、不適法却下を免れない。
 オ 慰謝料請求の可否
   上記イ及びウによれば、被告乙、A及びBによる本件退職強要行為2ないし4は違法であり、原告に対する不法行為に当たる。
   被告らの不法行為による原告の損害は、合計33万円と認めるのが相当であり、他にこの認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
 カ 将来の退職強要行為の差止請求の可否
   原告の被告らに対する将来の退職強要行為の差止請求は、認めることができない(詳細略)。

(2)争点(2)について
 ア 平成26年1月頃発症したうつ病自体に業務起因性が認められるか否かは判然としない。しかし、原告は、その後も勤務自体は可能であったところ、被告乙、A及びBによる違法な本件退職強要行為2ないし4によりうつ病を悪化させ、職務に従事することができなくなったものと認められる。
   そうすると、原告は、業務上の事由による傷病により就業できなくなったものであり、就業規則40条(1)「業務外の傷病」には当たらない上、労働基準法19条1項の趣旨に照らすと、休職期間満了に伴う当然退職扱いは許されない。
 イ 上記(1)ウのとおり、被告会社の原告に対する本件雇用条件変更命令の発令は認められない。しかし、被告会社は、原告が休職期間満了に伴い退職したとして、本件雇用契約の終了を主張している。よって、原告の被告会社に対する地位確認請求は、原告が、被告会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める限度で理由がある(注:他方、正社員として勤務する雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は認められない。)。
 ウ 上記アのとおり、原告は、本件退職強要行為2ないし4により。うつ病が重篤化して就労ができなくなったのである。よって、本件休職期間中の労務提供の不履行は、使用者である被告会社の責に帰すべき事由によるものであるから、原告は、民法536条2項に基づき、以下のとおり、被告会社に対する賃金請求権を有する(なお、原告が、(注:平成27年9月頃)傷病手当金の支給申請をし、これを受給していたとしても、これをもって原告が業務外の傷病であることを自認したとか、本件休職期間中の賃金請求権を喪失したと解することはできない。)。
  a)平成26年8月分の未払賃金(欠勤控除分) 2万9241円
  b)同年9月分以降の賃金 月額21万2000円(基本給15万7000円、業務手当5万5000円の合計。なお、原告は、平成26年8月27日以降、被告会社に出勤していないから、通勤費2万2940円の請求は認められない。)

(3)結論
   以上によれば、本件訴えのうち、原告が、被告会社立川事業所において清掃スタッフとして勤務する雇用契約上の義務のないことの確認を求める部分は、確認の利益がないからこれを却下し、原告のその余の請求は、主文第2項ないし第6項(略)の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する(一部認容)。


 

東京地裁平成28年9月28日判決(労働判例1189号84頁)

綜企画設計事件(控訴後和解)

【事案の概要】

(1)原告は、平成17年3月、被告との間において、建築設計技師として採用され、期限の定めのない雇用契約を締結した。以後、原告は、建築設計技師として勤務してきたが、平成22年9 月9日以降、「うつ病」により出勤できなくなった。そこで、被告は、同日以降、原告を休職扱いとした。

(2)被告は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、休職期間が同年3月8日で満了することから、原告に対し、復職の意向の有無を尋ねたところ、原告は、復職するとの意思を示した。
   そこで、被告は、同年2月27日、原告と面談した。その際、原告は、被告に対し、主治医のA医師作成の同月24日付け診断書を提出した。同診断書には、原告は、「現在復職可能な状態」であるが、復職に際しては、「残業制限が望ましい」などと記載されていた。
   しかし、被告は、同年3月2日付けで、原告に対し、復職可能か否かを審査するため、3か月までの期間で、試し出勤を実施すると通知した。これに対し、原告は、同月8日付けで、被告に対し、試し出勤の実施に反対するとの通知書を送付した。しかし、被告は、同月9日付けで、原告に対し、試し出勤の趣旨を説明した上で、その初日を同月13日とするとの連絡文書を送付した。

(3)原告は、同年3月13日、出社し、被告に対して、A医師作成の傷病手当金支給申請書を提出した。同申請書には、A医師が、「労務不能と認めた期間」として、「平成24年1月28日から平成24年3月8 日まで」と記載されていた。そのため、被告の担当者が、同じA医師作成の同年2月24日付け診断書との矛盾を指摘したところ、原告は、退社してしまった。
   同月21日、原告は、改めて出勤し、被告に対して、A医師により労務不能期間の末日を「平成24年2月23日」までと書き直してもらった傷病手当金支給申請書等を提出した。そして、原告は、同日から、試し出勤を開始した。試し出勤は、同年3月21日から同年4月15日までの期間を「第1クール」とし、その後は、1か月毎に、出勤予定日数を増やし、あるいは、勤務時間を延長して、継続された。

(4)原告は、同年5月26日ころ、被告に対し、A医師作成の同日付け診断書を提出した。同診断書には,原告は、「抑うつ状態」であるが、「現在症状軽快しており、通常勤務(9:00~18:00)が可能」であり、「残業制限解除できる(1日2時間、月40時間までの残業が可能)状態」であると記載されていた。
   しかし、被告は、同年6月11日,原告に対し、「解雇通知書」と題する書面(以下「本件通知書」という。)をもって、原告を同日付けで解雇すると通知した(以下「本件解雇」という。)。ただし、本件通知書に記載されている就業規則の各条項は、休職及び退職事由に関するものであった(以下、これらの条項に基づく退職措置を「本件退職措置」という。)。そして、被告は、同年7月3日付けで、原告に対し、退職日を同年6月11日とする退職証明書を交付した。

【争点】

(1)本件通知書は、休職期間満了による本件退職措置を通知する趣旨を含むか(争点①)
(2)試し出勤の開始により、原告が復職したといえるか(試し出勤の法的性質)及び本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか(争点②)
(3)本件通知書が解雇の意思表示をしたものである場合、解雇事由の有無及び本件解雇が権利濫用となるか(争点③)
(4)未払賃金額(争点④)
(5)被告の原告に対する試し出勤中の処遇、本件解雇及び本件退職措置が債務不履行又は不法行為を構成するか、構成する場合の損害額(争点⑤)

【裁判所の判断】

(1)争点①について
   本件通知書は、解雇の意思表示をしたものであるとともに、休職期間満了による退職の措置を通知したものでもあると認められる。

(2)争点②について
 ア 判断枠組み
   被告の就業規則には、休職中の者が休職期間を満了してもなお「復職不能」のときは休職期間満了をもって退職すると記載されている。そして、ここでいう休職原因である「復職不能」の事由の消滅については、労働契約において定められた労務提供を本旨履行できる状態に復することと解すべきことに鑑みると、基本的には従前の職務を通常程度に行うことができる状態にあることをいうが、それに至らない場合であっても、当該労働者の能力、経験、地位、その精神的不調の回復の程度等に照らして、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込める場合を含むものと解される。
   そして、体調不調がうつ病等の精神的不調にある場合において、一定程度の改善をみた労働者について、いわゆるリハビリ的な勤務を実施した上で休業原因が消滅したか否かを判断するに当たっては、当該労働者の勤怠や職務遂行状況が雇用契約上の債務の本旨に従い従前の職務を通常程度に行うことができるか否かのみならず、上記説示の諸点を勘案し、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合であるか否かについても検討することを要し、その際には、休職原因となった精神的不調の内容、現状における回復程度ないし回復可能性、職務に与える影響などについて、医学的見地から検討することが重要となる。
   以上を前提に検討する。
 イ 試し出勤の法的性質
   試し出勤は休職期間を延長し、原告が復職可能であるか否かを見極めるための期間という趣旨で行われたものであると認められる。よって、試し出勤の開始をもって、原告が復職したものと認めることはできない。
 ウ 本件通知書が出されるまでに、原告の休職原因が消滅したか
   そこで、本件通知書が出されるまでに、前記アにおいて説示したところに従い、原告において従前の職務を通常の程度に行うことができるか、相当の期間内に作業遂行能力が通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる場合に当たり、「復職不能」という休職原因の事由が消滅していたか否かについて検討する。
  a)甲案件の図面の修正作業
   この点、原告には、次のとおり、相当の期間内に作業遂行能力が通常の程度に回復することを窺わせる事情が認められる。
  ・コミュニケーション能力については、試し出勤期間中は、発注者の打合せに同行していなかったため、発注者のニーズを把握することができなかったのであり、同行させなかった理由も正式に復職していないというものであって、コミュニケーション能力上の問題ではなかった。
  ・建築設計技師としての作図能力については、原告は、遅くとも平成25年5月下旬からは設計技術者として、被告において従事していたのと同種の業務に従事し、3年近く同一の派遣先で就労し続けているのであり、このことからすれば、原告が、被告においても、試し出勤を経て復職することが不可能であったとは考えにくい。
   そもそも、甲案件における原告の業務遂行状況は、被告において、原告の休職事由が消滅していないと判断した中心的な理由であるにもかかわらず、支店長であるBは、甲案件の管理技術者であったCから、直接、原告の業務遂行状況についての報告を余り受けておらず(証人B)、Cも、原告が解雇された理由を知らされていなかった(証人C)というのであるから、甲案件における原告の業務遂行状況が不十分なものであったという被告の判断は、その根拠に乏しかったものというほかない。
  b)本棚の整理やコピーなどの日常的な事務作業
   被告は、原告が本棚の整理やコピーのような日常的な事務作業ですら満足に行うことができなかったから、休職原因が消滅していないなどと主張する。
   しかし、これらの業務の重要度が原告の建築設計士としての職務内容において比重の低いものであることは明らかであるし、原告は主に甲案件を中心とした図面の作成に取り組み、試し出勤中で残業もできない状態であった。よって、仮に被告の主張するような事実が存在したとしても、そのことをもって設計技術者としての業務遂行能力の回復見込みがないなどとは判断し得ない。
  c)その他の業務に関する事情
   原告が提出したA医師作成の平成24年5月26日付け診断書には抑うつ状態とされていたものの、通常勤務が可能で残業制限が解除できる状態であるとされていた。そして、この診断書を前提とすると、被告が本件通知書を原告に交付した平成24年6月11日の段階では、原告のうつ病又は抑うつ状態は、完治していないとしても従前の職務を通常程度行うことができる状態に至っていたか、少なくとも相当の期間何に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったと判断される。
   この点、被告は、A医師に対する問合せが困難であるとともに実効性に乏しかったなどと主張する。しかし、原告を別の医師に受診させるなどの対応は取り得たはずであり、医学的見地からの検討を行っていないのであるから、結局のところ、A医師の診断を排斥する根拠に乏しいというほかない。
   そうすると、原告の休職原因は、試し出勤中に従前の職務を通常程度行うことができる状態になっていたか、仮にそうでないとしても、相当の期間内に通常の業務を遂行できる程度に回復すると見込まれる状態にあったとみるべきであるから、本件通知書が出されるまでに休職原因が消滅していたものと認められる。
   したがって、被告が行った休職期間満了を理由とする退職扱いはその効果が認められない。 

(3)争点③について
  ・無断欠勤については、被告は、平成22年10月27日以降、原告からの診断書の提出を含めたやり取りを経て、原告に休職を認め、休職期間満了時には試し出勤まで行わせたものであり、原告が1年半も欠勤したものではない。
  ・試し出勤期間中の原告の業務遂行状況については、上記(2)で説示したとおりであり、技術能力が著しく劣り、将来とも見込みがないとか、精神又は身体の著しい障害により、業務に耐えられないなどとはいえないことは明らかである。
  ・原告が一級建築士の資格を取得できなかったことについては、そもそも入社後できるだけ短い期間内に一級建築士の資格を取得することが労働契約の内容になっていたものではなく、また、被告には、他にも一級建築士の資格を有していない設計技術者がいる。
   以上によれば、原告には、解雇事由がなく、本件解雇をする意思表示は権利濫用となり、無効となる(労働契約法16条)。

(4)争点④について
   上記に説示したとおり、飛行の原告に対する本件退職措置及び本件解雇はいずれも効力を有しないから、原告は、被告における労働契約上の権利を有する地位にあるところ、原告は、被告による就労拒否により、労務の提供ができていないことになるから、賃金請求権を失わない(民法536条2項本文)。
   (以下、未払い賃金額について、省略)

(5)争点⑤について
   上記に説示したとおり、被告が原告に対して行った本件通知書による本件退職措置及び本件解雇は、いずれもその効力が認められないものであるが、これらの被告の行為によって原告に生じた精神的苦痛は、本件退職措置及び本件解雇により賃金支払を受けることのできなかった期間中における賃金の支払請求を認容することによって慰謝されたとみられる。

(6)結論
   原告の被告に対する請求は、地位確認及び未払賃金請求の一部(争点④で認められた額)の限度で認容する。