福岡地裁平成31年4月15日判決(労働判例1205号5頁)

原告が、毎日終業後に、当日の業務等を記録した日報等の信用性は比較的高いものと評価して、被告代表者らのパワハラ行為に関わる事実を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、平成17年5月、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結した。原告は、上記被告の入社時に、被告との間で、給与の月額について、基本給13万5000円、職務手当5万5000円及び調整手当8万0900円と合意し、以降、上記給与額の支払を受けてきた。なお、当時の被告代表者は、現在の被告代表者の前の代表者である。
   原告は、被告に採用されて以降、営業を担当し、主として営業及び配達業務に従事してきた。

(2)平成27年2月6日頃、被告において、賞味期限切れの近い商品を詰め替えようとする問題が発覚した。その際、原告は、現場担当者に対し、反対の意見を述べた(以下、この意見表明を「賞品詰替問題」という。)。
   被告は、同年5月頃、営業担当者として新たに契約社員を雇用した。これに伴い、原告は、営業の仕事が減って、同業務以外の出荷や配達等の業務の割合が多くなった。
   なお、同年7月、現在の被告代表者が被告代表者に就任した。

(3)被告代表者は、平成28年3月2日、原告に対し、手書きのメモで、平成28年3月分給与(同年4月支払分)から、職務手当2万円及び調整手当3万円の合計5万円を減額する旨通告し、同月28日には、原告に対し、同年4月1日付で、営業部から製造部への異動を命じる旨、給与については、同年5月支払分より「調整給」及び「職能給」の合計より5万円を減額する旨の辞令を交付して、同月支払分より原告の賃金を減額した(以下「前件賃金減額)という。)。

(4)原告は、平成28年4月、前件賃金減額の撤回を求めて、労働審判を申し立てた。その後、上記の労働審判は、訴訟に移行した。そして、同年8月8日の和解期日において、原告と被告との間で、被告が、原告に対し、職務給として月額5万円及び調整給として月額8万0900円の支給を受ける労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することなどを内容とする和解(以下「前件和解」という。)が成立した。

(5)平成28年8月中旬頃から、原告は、甘納豆の製造業務に従事するようになった。原告は、それまで甘納豆の製造に関わったことはなかった。被告代表者は、当初は、自らが仕事の手順や作業方法等を指導し、その後は、作業業務のベテラン従業員のAとBに原告を指導させた。
   原告は、同年8月以降、毎日終業後に、当日の業務等を記録した日報(以下「業務日報記録」という。)を自宅のパソコンで作成し、翌日、これに基づき作成した業務日報を被告に提出していた。もっとも、同年9月8日頃から平成29年2月24日頃までは、概ね毎日、当日の作業内容及び時間等を記録した蜜漬生産日報(以下「蜜漬生産日報」という。)を作成して、被告に提出していた。そして、同日報を被告に提出した時は、業務日報は提出しなかった。
   原告は、業務日報記録にその日の業務内容及び被告代表者やAら他の従業員の言動等について記録していた。

(6)平成29年2月28日、被告は、原告に対し、原告の賃金のうち、職務手当2万円及び調整手当3万円の合計5万円を減額することを通告した。これに対し、原告が、書面で異議を申し立てた。すると、被告は、同年3月31日、減額内容を変更して、同年4月分の給与(同年5月支払分)から基本給1万円、職務手当5万円及び調整手当1万円の合計7万円を減額(以下「本件賃金減額」という。)すると通告した。そして、被告は、原告に対し、平成29年4月分以降、前記のとおりに減額した給与を支給している。
   原告は、被告に入社以降、毎年夏季と年末に賞与の支給を受けている。原告の賞与支給額は、平成26年夏季に18万5000円、同年年末に16万円であったが、平成28年以降は大幅に減少し、平成29年夏季に1万5000円、同年年末に3000円となっている。


【争点】

(1)本件賃金減額の有効性(争点1)
(2)賞与減額についての被告の不法行為責任の成否及び損害額(争点2)
(3)パワハラ行為の有無及び被告の損害賠償責任の有無(争点3) 
   以下、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)本件賃金減額の有効性
   前記【事案の概要】(6)によれば、本件賃金減額は、原告の同意なくされたものであることが認められる。また、被告の就業規則及び給与規程には、懲戒処分としての減給の定めがあるほかは、降格や減給についての規定はなく、本件賃金減額は懲戒処分としてなされたものではないから、本件賃金減額は、就業規則等に基づく処分や変更としてなされたものであるとも認められない。
   よって、本件賃金減額は無効であるといわざるを得ない(注:本判決は、本判決確定後の将来請求分も含めて、平成29年5から原告と被告との労働契約が終了するまでの間、毎月10日限り、差額賃金の7万円の支払義務を負うことを認めた。また、本判決は、原告の基本給として月額13万5000円、職務手当5万5000円及び調整手当8万0900円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認の訴えに関して、確認の利益を認めた。)。

(2)賞与減額についての被告の不法行為責任の成否及び損害額
   被告は、平成28年夏季賞与から平成29年年末賞与までの原告の賞与については、裁量権を濫用して、これらを殊更に減額する不公平な査定を行ったことが認められる。これは、被告が査定権限を公正に行使することに対する原告の期待権を侵害したものとして不法行為が成立するというべきである。
   そして、上記不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は、20万円が相当である(注:請求額は79万8376円)。

(3)パワハラ行為の有無及び被告の損害賠償責任の有無
 ア 前記【事案の概要】(5)によれば、原告は、平成28年8月以降、毎日の業務内容等を記録した業務日報記録を自宅で作成し、蜜漬生産日報を自宅で作成・提出していた時期を除いて、上記記録に基づき作成した業務日報を、翌日、被告に提出していたことが認められる。
   上記業務日報記録には、その日の業務内容や被告代表者及び他の従業員の言動や同人らとのやりとり等が時系列に沿って詳細に記載されている。その内容は、原告の主張する、平成28年8月8日以降の様々なパワーハラスメント行為(以下「パワハラ行為」という。)に関わる事実以外の点も含めて、相当程度に具体的であり、特段不自然な点は見当たらない。そして、業務日報記録に基づいて作成された業務日報については、これを被告に提出していた期間中に、被告代表者において、特段その記載内容について異議を唱えたり、訂正を求めたりした形跡はうかがえない。
   また、蜜漬生産日報については、原告がその職務上作成して被告に提出していたものであるうえ、その記載内容に対して被告代表者が異議や抗議を申し立てたことはうかがわれないことを考慮すると、その信用性は比較的高いと考えられる。そして、原告作成の業務日報記録は、平成28年11月11日に原告が被告代表者から肘で突かれた出来事をはじめとして、蜜漬生産日報の記載と一致している点が多いことが認められる。
   以上の事情を併せ考慮すると、業務日報記録及び蜜漬生産日報の記載内容は、概ね信用できるというべきである。
 イ 以上を前提に、原告主張のパワハラ行為について、以下の事実が認定できる(注:以下、その一部について列挙する。)
  a)平成28年11月11日
   原告が、火上げをした窯にホースで水を注入する作業をした際、本来であれば、ホースの先に計量器を付けて作業すべきところ、原告は、これを忘れて計量器を付けずに水を注入していた。上記作業時に被告代表者が作業場に入ってきたため、ミスに気付いた原告が作業を中断して、被告代表者に謝罪しようとしたところ、被告代表者が、「何をしている。そんなこと誰が教えた」などと怒鳴り、肘で原告の胸を突いた。
  b)平成29年1月6日
   作業中、原告が機械の操作を間違えた。原告はすぐにスイッチを押し直したが、傍らにいた被告代表者は、原告の背中を叩いて、お前、今何をした、間違っただろうと怒鳴った。
  c)平成29年1月31日
   原告が、豆の蜜漬けの作業のため真空濃縮機のバルブを操作していたところ、作業現場に来ていた被告代表者が、いきなり原告の背中を叩いた。原告が痛いと言うと、被告代表者は、「お前、今何した。裏のバルブを誰が扱えと言ったか」と怒鳴った。原告が、Aに言われた旨答え、叩かないで欲しい旨被告代表者に言ったところ、被告代表者は、嫌なら会社を辞めろと言った。
 ウ 原告の主張する被告代表者のパワハラ行為のうち、前記イの各行為は、いずれも原告の身体に対する暴行であり、被告代表者がこれらの行為に及び必要性があったとは認められないから、原告に対する違法な攻撃として、不法行為に該当する。
 エ 次に、被告代表者の発言や言動のうち、
  a)「私はあなたのことを全く信用していない」、「給料に見合う仕事ができていないと判断したら給料を減額する」、「私を無視し続けるということは、会社をないがしろにしていると判断して、あなたを解雇することもできる」等の発言
  b)作業現場において、「いつまでたっても進歩がない。いよいよできなければ辞めてもらうしかない。」と怒鳴った行為
  c)不手際を謝罪した原告に対する「27万の給料を貰っている者の仕事ではない」「これが裁判までやって給料を守った者の仕事か」「給料を下げて下さいと言え」「もうこの仕事はできませんと言え。そうすればお前をクビにして、新しい人間を雇う。」等の発言
  d)平成29年1月31日に原告の背中を叩いた際に、叩かないで欲しい旨言った原告に対し、嫌なら辞めろと言ったり、他の従業員の面前で、原告は嘘をついているので背中を殴られて当然である旨や今後も作業が遅いなら給料を減額する旨言ったりした行為
  e)原告を指導していたAに対し、原告にはトイレ休憩以外は休憩をとらせないよう指示した行為
などについては、もはや業務指導の範囲を超えて、原告の名誉感情を害する侮辱的な言辞や威圧的な言動を繰り返したものといわざるを得ず、原告の人格権を侵害する不法行為に当たるというべきである。
 オ また、被告の従業員Aが、原告に対し、「作業は1回しか教えない。社長に言われている」と発言し、被告代表者から、お前は休んでいいが、原告は休ませるなと言われている旨や原告は給料が高いから厳しく教えろ、途中の休憩は取らせるなと言われている旨告げた事実についても、被告代表者による上記トイレ休憩をとらせないよう言った指示と相俟って、原告の人格権を侵害する行為といえ、不法行為に当たるというべきである。
 カ 被告代表者による前記イの行為は、原告への暴行であること、前記エの行為は、原告に対し、半年以上の期間に亘って、威圧的又は侮辱的な発言を繰り返していることなどを考慮すると、原告の身体的又は精神的苦痛に対する慰謝料額は50万円が相当である(注:請求額は300万円)。

(4)結論
   原告の各請求を、争点1については全部認容し、争点2及び3については一部認容した。


 

徳島地裁平成30年7月9日判決(労働判例1194号49頁)

ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件(控訴中)

【事案の概要】

(1)被告の従業員であった甲野一郎(以下「一郎」という。)は、大学卒業後の平成9年4月、当時の郵政省に採用され、平成19年10月の郵政民営化を経て、平成23年4月1日付で被告の従業員となり、A地域センター(以下「Aセンター」という。)お客さまサービス課で勤務していた。そして、一郎は、平成25年7月1日付けでC貯金事務センター(以下「Cセンター」という。)総務課に異動となり、同年8月1日以降、Cセンターの貯金申込課(以下、単に「貯金申込課」という。)主任となり、運行担当の業務に従事していたが、平成27年6月〇日、実家の居室で自殺した(死亡時43歳)。
   原告は、一郎の母であり、一郎の唯一の相続人である。

(2) 貯金申込課の課長は、一郎の配属後から平成27年3月までDであり、同年4月以降一郎死亡時まではEであった。
   また、貯金申込課の運行担当には、係長、主査2名、主任2名、期間雇用社員数名が所属していた。そして、一郎の配属時から平成27年6月〇日までの係長は、Fであり、主査は、G及びHであった。
   なお、被告には、社内外にハラスメントに関する相談窓口や内部通報窓口が設置されており、事務所内にその連絡先等が掲示され、社員が相談・報告できることになっていた。

(3)一郎は、平成25年8月から貯金申込課において勤務を始めたが、当初、記名国債の振替預入請求業務・廃止業務のほか、郵便局からの電話対応等の業務を行っていた。しかし、一郎は、請求業務において、振替預入請求書に記名国債の記名者の住所や氏名が記載されていることの確認が漏れていたり、振替預入請求書に押印されている印影が印鑑票の印鑑欄に押印されている印影と符合することの確認が漏れていたりするなど形式的事項についてミスをすることが多かった。
   G及びHは、主査として、一郎の処理した書類の審査をする業務を担当しており、一郎の処理した書類にミスがあると、社内ルールに従い、一郎に書類作成のやり直しを指示していた。その際、G及びHは、強い口調で一郎に対し、叱責していた。
   また、一郎は、業務処理のスピードが遅かったため、終業間近に残業を申し出ることが多く、DやFにおいて、残業するまでの仕事量ではないとして、GやHを含めた他の社員に仕事を割り振って、一郎の残業を認めないこともあった。
   一郎は頻繁にミスを発生させていたため、「ありがとうシート」(注:運行担当課において、他の従業員からの指摘で組織全体としての過誤の発生を防止できた場合であっても、事務処理上のミスを発生させた従業員が作成する、ミスの内容やその原因、改善点等を記載した報告書のこと。)を作成して、翌日の朝のミーティングで報告する割合も他の社員よりも多かった。

(4)平成25年12月頃、一郎は、Dに、担当する仕事量が多いなどと訴え、平成26年1月か2月頃には、Fにも、郵便局からの電話対応業務と並行して仕事を行うことが難しく、運行担当の仕事が向いていないので、元のAセンターへ異動させて欲しいと訴えた。しかし、Fは、当時の副所長と相談の上で、直ちに異動はさせられないことを一郎に伝えるとともに、当面の間、一郎の業務負担を軽減することとした。
   一郎は、平成26年6月にCセンターから異動することができず、また担当を変わることもできなかったため落胆し、「早く脱出したい」「こんな所消えてなくなれ」「明日はHさんの機嫌がいいことを祈ります」などと記載したメールを同僚の従業員に送るようになった。また、実家に帰省した際には、原告や妹の甲野B子(以下「B子」という。)に、運行担当の職場が「ひどいところ」であり、その「職場のひどい上司」がGやHであると言っていた。
   しかし、同年10月1日に、一郎が被告に提出した従業員申告書には、Aセンターへ異動希望が記載されていたが、その理由は、Aセンターが自分の出身地域センターであることなどというものであった。また、一郎は、被告のハラスメントの相談窓口に、GやHからパワハラの被害を受けていることを訴えることはなく、外部通報等も行わなかった。

(5)平成26年7月頃に、同じ運行担当の主任であったJが異動し、新たにLが主任となった。その後、業務に慣れていないLに代わり、一郎が電話をとる回数が増え、これに伴い、一郎の書類上のミスも増えるようになった。このため、一郎は、GやHからミスを指摘される回数が以前よりもさらに増え、日常的に、GやHから強い口調で叱責されるようになった。
   同年12月から、年金・恩給に関する業務が運行担当の業務となり、一郎もこれらの業務を行うようになった。この頃から一郎は、同僚社員等に運行担当の部署から離れるために仕事を辞めたいと言い出すようになった。
   平成27年3月頃から、一郎は、IやB子に対し、しばしば死にたいと訴えるようになった。そのため、Iは、F、G及びHに対して、「甲野さんが死にたいと言ってるんですけど。」と知らせたが、F、G及びHは、真剣には受け止めず、Iの訴えを聞き流した。

(6)平成27年4月の移動がなかった一郎は、同僚従業員に、同年7月の異動に期待していると言いながら、他方で、「もう夢も希望もありません 疲れました」などというメールを送ったりもしていた。
   同年6月19日、実家に帰省した一郎は、同月20日、B子に対し、7月の異動もなく、一生職場から出られないと嘆き、同月〇日に、自殺した。
   なお、一郎の体重は、Cセンターに異動した平成25年7月頃は約70㎏あったが、平成27年6月21日の時点では、約55㎏にまで減少しており、Fは、一郎について疲れているという印象を受けており、一郎の体調不良が気に掛かっていた。

【争点】

(1)被告の使用者責任の有無
(2)被告の債務不履行責任の有無
(3)一郎の損害
以下、裁判所の判断の概要を示す。   

【裁判所の判断】

(1)被告の使用者責任の有無
   原告は、G及びHによる一郎に対する対応は、上司の部下に対する業務上の指導等とは無縁の誹謗中傷やいびり倒しという違法なものであり、G及びHには一郎に対する不法行為責任があり、F及びEはこれを防止しなかったのであるから、一郎の死亡について使用者責任があると主張する。
   確かに、G及びHは、日常的に一郎に対し強い口調の叱責を繰り返し、その際、一郎のことを「こうっ」と呼び捨てにするなどもしており、部下に対する指導としての相当性には疑問があるといわざるをえない。
   しかし、部下の書類作成のミスを指摘しその改善を求めることは、被告における社内ルールであり、主査としての上記両名の義務であるうえ、一郎に対する叱責が日常的に継続したのは、一郎が頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによるものであって、証拠上、GやHが何ら理由なく一郎を叱責していたという事情は認められない。そして、GやHの一郎に対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったことまでは認められない。
   したがって、被告の使用者責任を求める原告の請求は、その前提を欠き理由がない。

(2)被告の債務不履行責任の有無
 ア 雇用者には、労働契約上の付随義務として、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ、労働することができるよう必要な配慮をする義務があるから(労働契約法5条参照)、雇用者である被告は、従業員である一郎の業務を管理するに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負担が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことのないように注意する義務があるところ、雇用者の補助者として一郎に対し業務上の指揮監督を行うFやDには、上記の雇用者の注意義務に従いその権限を行使する義務があるものと解される。
 イ 前記認定のとおり、一郎は、G及びHから日常的に厳しい叱責を受け続けるとともに、他の社員よりも多くの「ありがとうシート」を作成していたが、G,H及び一郎の近くの席で仕事をしていたD及びFは、上記のような一郎の状況を十分に認識していた。そして、一郎は、Cセンターに赴任後わずか数か月で、Aセンターへの異動を希望し、その後も継続的に異動を希望し続けていたが、Cに赴任後の2年間で体重が約15㎏も減少するなどFが気に掛けるほど一郎が体調不良の状態であることは明らかであったうえ、平成27年27年3月には、FはIから一郎が死にたがっているなどと知らされてもいた。
   そうすると、少なくともFにおいては、一郎の体調不良や自殺願望の原因がGやHとの人間関係に起因するものであることを容易に想定できたものといえる。それゆえ、一郎の上司であるDやFとしては、上記のような一郎の執務状態を改善し、一郎の心身に過度の負担が生じないように、同人の異動を含めその対応を検討すべきであったといえる。ところが、DやFは、一時期、一郎の担当業務を軽減したのみで、その他にはなんらの対応もしなかったのであるから、被告には、一郎に対する安全配慮義務違反があったというべきである。
 ウ これに対し、被告は、一郎やIら他の従業員から、G及びHによるパワハラの事実の訴えはなかったと主張する。
   確かに、一郎やIら他の従業員から、運行担当においてG及びHによるパワハラがある旨の外部通報がなされたり、内部通報がなされたことはない。しかし、前記イで説示したとおり、一郎が、GやHとの人間関係に関して、何らかのトラブルを抱えていることは、被告においても容易にわかりうるから、外部通報や内部告発がなされていないからといって、一郎について何ら配慮が不要であったということはできず、被告の上記主張は採用できない。

(3)一郎の損害 
   前記の認定判断のとおり、被告の安全配慮義務違反によって、一郎は自殺しているところ、一郎の上司であるFは一郎に自殺願望のあることを知らされていたのであるから、被告において一郎の死亡を予期しえたものといえる。したがって、被告の債務不履行により、一郎は、以下の合計6142万5774円の損害を被ったものと認められる。
 ア 逸失利益 3582万5774円
   計算式:519万2668円(一郎の平成26年度の収入)×0.5(単身者の生活費控除率)×13.7968(死亡当時43歳の一郎の就労可能年数24年に対応するライプニッツ係数)
 イ 慰謝料 200万円
 ウ 弁護士費用 560万円

(4)結論
   以上の次第で、原告の請求は、債務不履行に基づき6142万5774円及びこれに対する訴状送達の日(これより前の催告に関する主張立証はない。)の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(注:請求額は8189万2175円)。