神戸地裁伊丹支部平成30年11月27日判決(自保ジャーナル2039号1頁)

後遺障害逸失利益等の算定における中間利息控除のための基準時は、本件事故時ではなく、症状固定時であるなどと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
   発生日時 平成22年7月22午後7時40分頃
   発生場所 兵庫県伊丹市内の交差点
   原告車両 原告A(平成7年9月生)運転の自転車
   被告車両 被告運転の普通貨物自動車
   事故態様 原告自転車が、本件交差点に設置された横断歩道を、青信号に従って西から東に向けて直進中、被告車両が、本件交差点を東から南に向けて左折しようとして、横断歩道上の原告自転車に衝突した。

(2)原告Aは、本件事故により、左急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折、遷延性意識障害、外傷性水頭症等の傷害を受けた。
   原告Aは、本件事故から869 日目である平成24年12月6(注:原告Aは、満17歳)、B病院の医師から、「傷病名」を「頭部外傷」、「精神・神経の障害」について、「意識障害あり。開眼はしているが、発語なく、反応なし。四肢麻痺があり、四肢の随意的な動きはまったくない。嚥下はある程度可能であるが、主たる栄養は胃ろうによる経管栄養である。視力、聴力は測定不能。全介助状態である。」、「上肢・下肢および手指・足指の障害」について、「自動運転は全くない」、「障害内容の増悪・緩解の見通し」について「症状の改善の見込みはない」との内容で、症状固定の診断を受けた。

(3)原告Aは、平成25年2月12日、C保険会社から、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として、後遺障害1級1に該当するとの認定を受けた。
   原告Aは、D家庭裁判所a支部において、平成28年4月16日確定の後見開始の審判を受け、成年後見人として、原告E(原告Aの父。身上監護事務を分掌)及びF弁護士(財産管理事務を分掌)が専任された。

(4)原告E及び原告G(原告Aの母)は、原告Aの両親であり、原告Hは原告Aの姉であり、原告Iは原告Aの兄である。


 【争点】

(1)過失相殺
(2)原告Aの損害(とりわけ将来治療費、付添看護費、将来介護費、将来雑費、後見関係費用)
(3)他の原告らの近親者慰謝料(とりわけ兄弟姉妹の慰謝料請求を認めるべき特段の事情)
   以下、上記(2)及び(3)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)について、裁判所は、本件事故は、被告の一方的過失によるものとして、過失相殺はしないと判示した。


【裁判所の判断】

(1)原告Aの損害
 ア 損害額算定に当たっての先決判断
  ①将来治療費、将来介護費、後遺障害逸失利益等の算定における中間利息控除のための基準時
   標記の争点について、原告Aは症状固定時を主張し(注:労働能力喪失期間については、満17歳から満67歳までの50年に対応するライプニッツ係数18.2559から満17歳から満18歳までの1年に対応するライプニッツ係数0.9524を差し引いた17.3035によることとなる。)、被告は本件事故時(注:労働能力喪失期間については、満14歳から満67歳までの53年に対応するライプニッツ係数18.493から満14歳から満18歳までの4年に対応するライプニッツ係数3.546を差し引いた14.947によることとなる。)を主張する。
   当裁判所は、症状固定時をもって損害の価値の現在化をすべきものと判断する。仮に、事故時を基準として損害の価値の現在化のために中間利息を控除すれば、遅延損害金が単利で計算されるのに対して明らかに価値の現在化によって差し引かれる金額が多額になり、被害者が必要以上に不利益に扱われることとなることなどからは、現実に具体的な損害が発生するといえる症状固定時を損害の現在化の基準時とするのが相当というべきである。
   被告は、損害発生時期や遅延損害金の発生時期と同様に考えるべきである旨主張するが、上記のとおりであり、採用することはできない。
  ②年少女子の後遺障害逸失利益の算定における基礎収入
   当裁判所は、原告Aが本件事故時に14歳であったことから、平成24年度賃金センサス男女計・全年齢平均賃金を採用する。
  ③将来介護費の算定に当たり、障害福祉制度の存続を前提とすべきかどうか
   原告は、これを前提とせず、被告は、これを前提とすべきと主張する。しかしながら、ここでの問題は、職業介護費の算定の前提となる介護費用の単価を左右する介護報酬の金額が上昇するのか低下するかの蓋然性の問題であって、制度そのものの存続の蓋然性それ自体が問題であるとはいえない。
   そして、証拠(略)によれば、現状では介護報酬が低下する蓋然性があると認めるに足りない。そうすると、障害福祉サービスの単価が現状を維持するものとの前提で将来介護費について検討するのが相当である。
   なお、原告は、音楽療法の費用を将来介護費に含めて請求するところ、音楽療法が、原告Aにとっては、医学的にも有用であるものと認めるのが相当であるから、これを介護費に含めて請求することは認めるのが相当である。
 イ 将来治療費 197万2,843円
   原告Aは、症状固定後も、引き続き本件事故により生じた症状のため、身体機能を維持し、体調を管理するために脳外科、眼科、神経内科等の治療を必要としており、その内容も相当と認められる。よって、これに要する治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害に当たり、口頭弁論終結後に要する治療費も、その請求をする必要があるというべきである。
 ウ 付添看護費 909万5,476円
   原告E及び原告Gが、原告Aのために付添看護をしたことについては、これに要したと認められる費用相当額が原告Aの損害となる。
   原告Gは、本来J病院勤務の看護師として就労していたにもかかわらず、原告Aの付添いをするために(その必要性・相当性は、原告Aの症状に照らせば優に認められる。)病院を退職せざるを得ず、これによって、平成21年度給与所得375万5,686円を喪失したのであるから、その填補の趣旨での損害を認めるのが相当である。そうすると、付添看護費の日額は、上記の原告Gの年収に基づく日額と一般的に認められる日額のうち高額な方とすべきであるところ、前者は1万0,289円(円未満切捨て)となり、後者は6,000円が相当であるから、高額な前者を採用する。
 エ 将来介護費 1億3,163万3,110円
  ①)原告Aが特別支援学校を卒業するまで(症状固定から3年間・ライプニッツ係数2,7232) 1,458万4,043円
   近親者介護費は、平日は日額1万円、訪問介護を利用しない土・日曜日は、2名で介護すべき部分があることも考慮して日額1万3,000円が相当である。
   また、職業介護費については、自宅に戻ってからK特別支援学校に入学するまでの期間も含めて、訪問介護サービスを利用していることから、1回5,398円を請求するので、これによる。
  ②原告Aの特別支援学校卒業から原告Gが67歳に達するまで(症状固定後4年目から20年目まで) 8,464万6,224円
   近親者介護費は、平日は日額8,000円、土・日曜日は、入浴介護と月2回施設介護費があることを考慮して日額1万円が相当である。
   また、職業介護費については、障害者総合支援法に基づく公費負担が現にされた部分は、現実に原告Aが負担した自己負担額を基準とすべきであるが、利用が増えている部分は割合的に増額するのが相当であるから、口頭弁論終結時点までは自己負担額の平均月額2万4,110円を増額した2万8,000円により、将来分については、公費負担部分を含むサービス費総額を基準とすべきであるが、これも割合的に増額するのが相当であるから、サービス費総額平均月額49万5,454円を割合的に増額した58万円により、損害として計上することとする。
  a)平成28年1月から同30年7月まで・ライプニッツ係数は症状固定後3年目から同5年7ヶ月目まで4.7647―2.7232=2.0415) 705万5,424円
   b)将来分・ライプニッツ係数は症状固定後5年8ヶ月目から20年目まで12.4622-4.7647=7.6975) 7,759万0,800円
  c)合計 8,464万6,244円
  ③原告Gが67歳に達した後(症状固定から21年目以降・ライプニッツ係数は19.3098―12.4622=6.8476) 3,240万2,843円
   原告E及び原告Gは、原告Aを現在と同様に自宅で介護し、2人が亡くなった後は原告H及び原告Iに介護に関わってほしいとの希望を持っており、原告H、及び原告Iも自宅での介護に協力する意向を有しているものの、既にそれぞれ配偶者がおり、今後子が出生した場合の生活状況がどうなるかは確定していないといわざるを得ない。そうすると、原告Aが主張するような自宅での介護は、相当に困難になっているものと考えられ、施設介護をも視野に入れた介護費の算定をすることもやむを得ないというべきである。
   そうすると、近親者介護費は、日額3,000円、職業介護費は日額1万円とするのが相当である。
  ④総合計 ①+②+③=1億3,163万3,110円
 オ 将来雑費 554万7,872円 
   原告Aの平均余命(注:症状固定時の原告Aは満17歳で、平成24年簡易生命表による平均余命は69.74年である。)に至るまで自宅介護が行われる蓋然性には疑問があることは前記エ③で説示したとおりである。よって、原告Gが67歳に達した後については、施設介護の可能性を踏まえれば、原告Aが計上する品目の雑費を必要としないものと考えるのが相当である。
   そうすると、自宅介護が行われるものと見込まれる原告Gが67歳に達するまで(症状固定後20年目まで・ライプニッツ係数12.4622)について、1ヶ月当たり3万7,098円で算定することとする。
 カ 後遺障害逸失利益 8,178万4,992円
  ①基礎収入 472万6,500円(前記ア②参照)
  ②労働能力喪失割合 100%(後遺障害等級1級1号)
  ③労働能力喪失期間 50年間(ライプニッツ係数17.3035。前記ア①参照)
  ④計算式 ①×1.0×③≒8,178万4,992円
 キ 後見関係費用
  ①申立て費用 6,199円
  ②成年後見人の報酬
   身上監護部分 0円(財産管理部分は別途)
   本件においては、F弁護士が成年後見人に選任されており、本件訴訟に勝訴した場合には、認容額の8~10%程度が報酬として付与されるものと解される。そこで、F弁護士の成年後見報酬は、一時金として弁護士費用とともに検討することとする(注:本判決は、弁護士費用(成年後見人報酬)として、2,090万円を認容した。)。
 ク 自賠責保険金の支払い(充当関係)
   原告Aは、平成25年2月12日付けで、自賠責保険金4,000万円を受領している。
   最高裁平成11年10月26日判決、最高裁平成12年9月8日判決は、自賠責保険金の支払によって元本債務に相当する損害が填補されない場合であっても、遅延損害金の請求は制限されない旨判示しており、これを請求することができる以上、自賠責保険金が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、まず遅延損害金の支払債務に充当され、残金があるときは元本に充当されるものと考えられる(民法491条1項)。
   被告は、被害者請求に基づいて支払われた自賠責保険金は、被害者の損害を填補するものではあるものの、加害者の被害者に対する損害賠償債務の「弁済」には該当せず、民法491条1項は適用されないと主張するが、独自の見解に立って判例を理解するものであって、採用することができない。

(2)他の原告らの近親者慰謝料
 ア 原告E及び原告G 各400万円
 イ 原告H及び原告I 各200万円
   原告H及び原告Iは、原告Aのきょうだいとして、両親にも引けを取らないだけの精神的苦痛を受けたものと認めるのが相当である(注:原告Hは、本件事故当時、大学生で、自宅を離れて養護学校の資格を取得する目的で看護大学に通っていたが、原告Aが日常生活の全介助を要する状態になったことから、看護師の資格を取得してb市内の病院の内科病連で勤務し、自分の看護師としての知識・経験を原告Gに伝えて原告Aの介護にも寄与していた。また、原告Iは、本件事故当時、高校生で、大学受験を控えていたにもかかわらず、原告E及び原告Gが自宅を空ける機会が多くなり、原告Aが日常生活の全介助を要する状態になったことから、理学療法士の資格を取得し、大学卒業後はb市内の病院に勤務しながら、原告Aの介護を手伝っていた。)。

(3)結論
   原告Aの請求は、2憶8,217万2,749円及びうち2憶6,127万2,749円に対する平成25年2月12日から、うち2,090万円に対する同22年7月22日から各支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却する(一部認容。請求額は、4億1,496万1,657円である。他の原告らの請求については、略)。


 

最高裁平成30年9月27日判決(判例タイムズ1458号100頁)

自賠法16条1項に基づく直接請求権を行使する被害者は、被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について、労災保険法12条4項1項により移転した直接請求権を行使する国に優先すると判示した事例(一部破棄差戻)

【事案の概要】

(1)次の交通事故が発生した。
 ア 発生日時 平成25年9月8日午後11時29分頃
 イ 発生場所 静岡県駿東郡小山町中島国道246号上り線91.6キロポスト付近
 ウ 加害車両 A運転の軽自動車
 エ 被害車両 上告人兼被上告人(以下「第1審原告」という。)運転の中型貨物自動車
 オ 事故態様 加害車両が、中央線を超え、反対車線を走行していた被害車両に正面衝突した(以下「本件事故」という。)

(2)第1審原告は、本件事故後、B病院に救急搬送され、その後、平成25年9月9日から平成26年10月31日まで、C病院に、左肩腱板断裂、右膝打撲、骨盤打撲、頸椎捻挫の傷病名で通院した。
   Aは、加害車両について、被上告人兼上告人(以下「第1審被告」とう。)との間で自賠責保険契約を締結していた。なお、Aは、本件事故により死亡し、その相続人らは相続を放棄した。また、加害車両について、任意の自動車責任保険契約を締結していなかった。

(3)第1審原告は、被害車両の所有者であるDのトラック乗務員であり、本件事故当時、Dの業務として、被害車両を運転して、荷物を運搬していた。
   労働者災害補償保険(労災保険)において、本件事故は第三者行為による業務災害であると認められ、原告に対し、療養(補償)給付、休業(補償)給付合計410万7225円及び障害(補償)一時金498万1490円が給付された。
   このことから、本件事故に係る第1審原告の第1審被告に対する自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)が、労災保険法12条の4第1項により、上記の労災保険給付の限度で国に移転した。
   第1審原告が上記の労災保険給付を受けてもなお填補されない本件事故に係る損害額は、傷害につき303万5467円、後遺障害につき290万円である(注:控訴審の認定)。
   なお、労災保険で認定された原告の障害の程度は、左肩の可動域制限が障害等級10級の9、頸部の疼痛が障害等級14級の9であり、併合10級である(右肩の可動域制限は、災害によるものとは認められなかった。)。

(4)第1審原告は、平成27年2月、本件事故に係る自賠責保険の保険金額(以下「自賠責保険金額」という。)は傷害につき120万円、後遺障害につき461万円(注:後遺障害等級10級相当)であるなどと主張して、本件訴訟を提起した。
   原審は、第1審原告の請求につき、本件事故に係る自賠責保険金額は、傷害につき120万円、後遺障害につき224万円(注:後遺障害等級12級相当)の合計である344万円およびこれに対する原判決確定の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
   これに対し、第1審原告及び第1審被告の双方が、上告受理申立てをしたところ、最高裁は、いずれの申立ても上告審として受理した(ただし、第1審原告の申立ての理由中、後遺障害の有無及び程度に関する部分は、排除した。)。

【争点】

(1)自動車の運行によって生命又は身体を害された者(以下「被害者」という。)の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
   以下、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)被害者の自賠法16条1項に基づく直接請求権と、政府が被害者に対し労災保険給付を行ったことから、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係
 ア 第1審被告は、被害者の直接請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合には、被害者は、その直接請求権の額が、上記合計額に対して占める割合に応じて案分された、自賠責保険金額の限度で、損害賠償額の支払を受けることができるにとどまる旨をいう。
 イ しかし、被害者が、労災保険給付を受けてもなお填補されない損害(以下「未填補損害」という。)について、直接請求権を行使する場合は、他方で、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が、自賠責保険金額を超える場合であっても、被害者は、国に優先して、自賠責保険の保険会社から、自賠責保険金額の限度で、自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができる。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条1項は、同法の3条の規定による保有者の損害賠償責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では、確実に損害の填補を受けられることにして、その保護を図るものである(同法1条参照)。
   それゆえ、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険全額について支払いを受けられないという結果が生ずることは、同法16条の趣旨に反する。
  b)労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた損害について生じた事故について労災保険給付が行われた場合には、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権は国に移転するものとしている。
   同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合に、受給権者において填補された損害の額を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償を免れる理由はないことによるものと解される。
   労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするために必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付の価額を、国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。
   したがって、同項により国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わない。
 ウ 以上によれば、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

(2)自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が、履行遅滞となる時期
 ア 原審は、次のとおり判断して、原判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却すべきものとした。
  a)被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合には、裁判所は、自賠法16条の3第1項に規定する支払基準によることなく、損害賠償額を算定して支払を命じる判決をすることとなるため、保険会社は、上記判決が確定するまで損害賠償額を確認することができない。
  b)そうすると、この場合における同法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情のない限り、上記判決が確定するまでの期間をいうものと解すべきである。
  c)したがって、上記特段の事情が認められない本件においては、第1審被告の損害賠償額支払債務は、原判決の確定時まで遅滞に陥らない。
 イ しかし、原審の上記判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  a)自賠法16条の9第1項は、同法16条1項に基づく損害賠償額支払債務について、損害賠償額の支払請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは、遅滞に陥らない旨を規定する。
   この規定は、自賠責保険においては、保険会社は損害賠償額の支払をすべき事由について必要な調査をしなければ、その支払をすることができないことに鑑み、民法412条3項の特則として、支払請求があった後、所要の調査に必要な期間が経過するまでは、その支払債務は遅滞に陥らないものとし、他方で、その調査によって確認すべき対象を最小限にとどめて、迅速な支払の要請にも配慮したものと解される。
  b)そうすると、自賠法16条の9第1項にいう、「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社において、被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する期間をいうと解すべきである。
   そして、その期間については、事故又は損害賠償額に関して、保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期、損害賠償額についての争いの有無及びその内容、被害者と保険会社との間の交渉の経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である。
   このことは、被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合であっても、異なるものではない。
  c)したがって、第1審原告が直接請求権を訴訟上行使した本件において、第1審被告が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がないからといって、直ちに第1審被告の損害賠償額支払債務が、原判決の確定時まで遅滞に陥らないとすることはできない。
 ウ 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(3)結論
 ア 争点(1)について
   第1審被告の上告は、これを棄却する。
 イ 争点(2)について  
   原判決中、344万円に対する、訴状送達の日の翌日である平成27年2月20日から本判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分は、破棄を免れず、この部分については、第1審被告の損害賠償支払債務が遅滞に陥る時期について、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。

大阪地裁平成30年6月28日判決(自保ジャーナル2029号1頁)

労災保険金等の社会保険給付と人身傷害保険金のいずれもが支払われている場合には、その支払時期にかかわらず、口頭弁論終結時を基準として、既に支給され、又は支給されることが確定している社会保険給付額につき、人身障害保険金に先立って損益相殺を行うべきことを判示した事例(甲事件につき控訴中)

【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成21年12月16日午前8時44分頃
 イ 発生場所 大阪府高槻市内の路上
 ウ 原告車 原告甲野運転の原動機付自転車
 エ 被告車 Aの運転する大型貨物自動車
 オ 事故態様 被告車が、第2車線から第1車線へ車線変更をした際、第1車線を走行していた原告車に衝突した。なおAは、本件事故当時、被告の業務に従事していた。

(2)原告甲野は、本件事故により、頭部外傷Ⅲ型、外傷性くも膜下出血、右肩甲骨骨折、右下腿骨骨折、右下肢出でぐロービング損傷、右足関節内果骨折の傷害を負い、平成21年12月16日から平成25年12月9日まで、各医療機関にて入通院治療を受けた(注:症状固定日は不明であるが、上記最終通院日ころと思われる。)。
   原告甲野は、平成25年12月27日ころ、ミニメンタルスケール(MMSE)の検査結果において30点満点中25点であり、注意障害、前頭葉機能障害、記憶障害、情報処理能力の低下、作業記憶の低下が認められ、高次脳機能障害により、日常生活に著しい制限を受けており、時に応じて援助を必要とするとされた。また、同日ころ、身の回りの動作については、食事、更衣、排尿、排便は自立しており、入浴、車椅子操作はときどき介助・見守り・声かけが必要とされ、屋内歩行、屋外歩行はてつなぎ等であり、階段昇降はほとんどできないとされた。
   自賠責保険は、平成26年10月20日ころ、原告甲野の後遺障害につき、記憶障害等の症状につき「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として、自賠責施行令別表(以下「別表」という。)第二の3級3号に該当すると判断し、その他の障害と併合して、別表第二併合2級と判断した。

(3)ところが、原告甲野は、平成26年11月12日ころ、高次脳機能障害の程度について、意思疎通能力及び持続力・持久力について「困難ははあるが多少の援助があればできる」に該当し、問題解決能力及び社会行動能力について「困難はあるがかなりの援助があればできる」に該当するとされた(注:おそらく、労災保険の認定医の判断と思われる。)。
   これを受けて、労災保険は、平成27年3月17日ころ、「高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができない。」として、第5級の1の2に該当すると判断した。

(4)原告甲野は、現在、原告甲野の夫、娘及び実母が見守る中、自宅で生活をしている。食事は家族が準備をすれば自ら取ることができ、排泄は1人で可能である。入浴は、家族がシャワーチェア等を準備し、入浴自体は1人で行っている。ただし、身体的な障害があることから、転倒のおそれが大きく、室内移動や入浴の際は、家族が見守っている。

(5)原告甲野に対する既払金は、以下のとおりである。
 ア 被告加入任意保険 2,248万2,5021円
 イ 自賠責保険からの支払 2,590万円(平成26年10月20日支払) 
 ウ 原告会社から人身傷害保険金としての支払 4,438万6,319円(遅くとも平成27年7月27日。なお、原告甲野と原告会社は、本件事故に先立って、ファミリーバイク特約付の自動車保険契約を締結していた。)
 エ 労災保険からの支払(口頭弁論終結時までのもの) 
  a)療養補償給付として 2099万7,614円
  b)休業補償給付として 103万0,721円
  c)障害補償給付として 487万4,746円
 オ 国民年金及び厚生年金からの支払(口頭弁論終結時までのもの)
   障害基礎・障害厚生年金として 1,120万2,537円

(6)原告甲野は、被告に対し、民法715条及び自賠法3条に基づき、損害賠償金として、1億3,119万5,570円等の支払を求めた(甲事件)。
   また、原告会社は、被告に対し、上記(5)ウの支払により原告甲野の損害賠償請求権に代位したとして、求償権に基づき、求償金として、4,439万1,719円等の支払いを求めた(乙事件)。

【争点】

(1)本件事故態様及び過失割合
(2)原告甲野の後遺障害の程度
(3)損益相殺の方法
(4)原告甲野の損害額
以下、裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件事故態様及び過失割合
   本件事故における過失割合は、A75%、原告甲野25%と認める(詳細は省略)。


(2)原告甲野の後遺障害の程度
   原告甲野の高次脳機能障害の状態及び日常生活状況は、上記【事案の概要】(3)及び(4)で述べたとおりである。かかる原告甲野の症状からすれば、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないものというべきであって、別表第二の5級2号に該当するというべきである。そして、その他の障害と併合して、別表第二併合4級と認める。


(3)損益相殺の方法
 ア 労災保険金、障害基礎・障害厚生年金
   加害者の過失割合部分に先に充当される(最高裁平成元年4月11日判決参照)。
   労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は、特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから、てん補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ相互補完性を有する損害の元本との間で損益相殺を行う(いわゆる費目拘束。最高裁昭和62年7月10日判決、最高裁平成22年9月13日判決)。
   さらに、これらの社会保険給付は、その支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、これらが支給され、又は支給されることが確定することにより、そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価すべきである(最高裁平成22年9 月13日判決)。
 イ 人身傷害保険金
   人身傷害補償保険金と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、損益相殺の対象となり、人身傷害保険金を支払った保険会社は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する(最高裁平成24年2月20日判決、最高裁平成24年5月29日判決)。
   要するに、①被害者の過失割合部分に先に充当され、②残額がある場合に加害者の過失割合部分に充当され、人身傷害保険金の支払者は、②の充当額につき加害者に求償することができる。なお、人身傷害保険金の充当の際には、いわゆる費目拘束があるとは解されない。
 ウ 以上のとおり、労災保険金等の社会保険給付は、その対象となる損害に対して不法行為時にてん補するものと評価されることからすれば、労災保険金等の社会保険給付と人身傷害保険金のいずれもが支払われている場合には、その支払時期にかかわらず、口頭弁論終結時を基準として、既に支給され、又は支給されることが確定している社会保険給付額につき、人身障害保険金に先立って損益相殺を行うべきであり、その後、なお、被害者本人の損害が残存した場合に、その損害に対して人身傷害保険金が充当されると解すべきである。
   そして、人身傷害保険金を支払った保険会社は、充当された額について、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する。
   このように考えることは、原告甲野と原告会社との間で締結された保険契約の約款においても、支払保険金の計算(第4条)において「損害額」から「労働者災害補償制度によって既に給付が決定しまたは支払われた額」等控除した額とすることが規程されていることとも整合する。  

(4)原告甲野の損害額
   原告甲野の損害額は、小計1億1,218万0,018円であり、過失相殺後の額は、8413万5,013円である(詳細は省略)。
   これに対し、以下のとおり、損益相殺をする。
 ア 被告加入保険会社からの支払 2,248万2,502円
   元本に充当することで争いがない。
 イ 労災保険金、障害基礎・障害厚生年金
  a)療養給付金 支払額は2,099万7,614円であるが、過失相殺後の治療費及びこれと同性質である文書料、通院交通費、入院雑費、付添看護費及び介護用品費の合計1,607万1,718円に充当する。
  b)休業補償給付金・障害補償給付金 支払額は、休業補償給付金として103万0,721円、障害補償給付金として487万4,746円の合計590万5,467円であり、過失相殺後の休業補償・後遺障害逸失利益に同金額を充当する。 
  c)障害基礎・障害厚生年金 支払額は1,120万2,537円であり、過失相殺後の休業補償・後遺障害逸失利益に同金額を充当する。
  d)上記損益相殺後の金額 2,847万2,789円
 ウ 自賠責保険金 支払額は2,590万円であるが、遅延損害金から先に充当することで争いがない。支払日は平成26年10月22日であるところ、本件事故日である平成21年12月16日から平成26年10月22日まで(4年311日)に前記元本2,847万2,789円に対して生じる民法所定の年5%の遅延損害金は690万7,576円である。
   よって、支払われた自賠責保険金を遅延損害金に充当した残額は1,899万2,424円であり、同金額について、元本に充当する。
 エ 原告会社支払の人身傷害保険金 支払額は4,438万6,319円であるが、原告甲野の過失部分である2,804万5,605円に先に充当し、その余の部分につき、前記損益相殺後の元本額948万0,365円に充当する。
   これにより、原告甲野の損害は0円となり、原告会社は、充当額948万0,365円につき、原告甲野の被告に対する損害賠償請求権を代位取得する。

(5)結論
   原告甲野の請求は、全て棄却し、 原告会社の請求は、948万0,365円及びこれに対する平成27年7月28日からの遅延損害金の支払の範囲で認めた。