東京高裁令和元年11月28日判決(労働判例1215号5頁)

報道機関に対する記者会見における一審原告(元従業員)の各発言が、一審被告(使用者)の名誉または信用を毀損するものとして、一審被告の一審原告に対する損害賠償請求が認められた事例(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)一審被告は、英語及び中国語のコーチングスクールであるPの運営等を主たる事業とする、資本金1200万円、従業員数約22名の株式会社である。一審被告代表者は、昭和49年7月生まれの女性である。一審被告は、一審被告代表者の亡夫が設立した会社であり、一審被告代表者は、平成23年に夫が死亡した後、一審被告の監査役となり、平成26年4月、一審被告の代表取締役となった。
   一審原告は、昭和56年○月生まれの女性である。一審原告は、平成20年7月9日、一審被告との間で、期限の定めのない労働契約(以下「本件正社員契約」という。)を締結し、以後、Pにおいてコーチとして稼働していた。平成24年11月当時の本件正社員契約における一審原告の労働条件は、所定労働時間を1日7時間(完全フレックス制)、賃金等を1か月48万円(ただし、本給35万3640円、定額時間外手当12万6360円の合計)などとするものであった。

(2)一審原告は、平成25年1月、出産のために産前休暇を取得し、同年3月2日に長女を出産した後、産後休暇及び育児休暇(終了日は子が1歳に達する日の前日である平成26年3月1日)を取得した。その後、一審原告の育児休業期間は、6か月延長(終了日は子が1歳に達する日の前日である平成26年9月1日)された。

(3)一審原告は、平成26年9月1日、一審被告代表者、B(注:Pの執行役員)及びC社労士(注:一審被告の顧問社会保険労務士)と面談した上で、労働条件として、契約期間を「期間の定めあり(平成26年9月2日から平成27年9月1日まで)」、雇用形態を「契約社員」、始業・終業の時刻及び休憩時間を「原則水・土・日曜日/4時間勤務」,賃金を「月額10万6000円(クラス担当業務:7万6000円、その他業務:3万円)」などとする記載のある雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)に署名し、これを一審被告に交付した(以下「本件合意」といい、本件合意に基づく雇用契約を「本件契約社員契約」という。ただし、合意の解釈については争いがある。)。一審原告は、保育園が決まれば週5日勤務の正社員に復帰できるのかと質問したが、Bは、クラススケジュールの問題がある旨述べ、C社労士は、正社員としての労働契約に変更するには一審被告との合意を要する旨述べた。

(4)一審原告は、平成26年9月8日、Bに対し、メールを送信して、○○にある保育園から同年10月に空きが出るとの電話連絡があった旨連絡した。また、一審原告は、同年9月9日、Bに対し、電話で、同年10月から週5日勤務の正社員として就労したい旨を申し出た。これ以降、一審原告は、一審被告に対し、「【P】コーチの従業形態:2014年4月以降」と題する書面(注:平成26年4月1日施行の一審被告の就業規則等の改定に合わせて作成された書面。一審被告は、同年2月26日、一審原告に対し、面談をし、個別に説明した。)の補足説明として記載されている「契約社員は、本人が希望する場合は正社員への契約変更が前提です」との内容に基づいて、週5日勤務の正社員に戻すように求め、何度か交渉をしたが、一審被告はこれに応じなかった。

(5)一審被告は、一審原告に対し、平成27年7月11日頃、同月12日以降自宅待機を命じ、同月31日差出しの内容証明郵便をもって、本件契約社員契約を同年9月1日限り期間満了により終了する旨通知した(以下「本件雇止め」という。)。

(6)一審原告は、平成27年10月22日、東京地方裁判所に本訴を提起し、一審原告訴訟代理人弁護士らとともに、厚生労働省記者クラブにおいて、記者会見(以下「本件記者会見」という。)をし、一審原告の指名は匿名としながら、一審被告の名称を公表して、本訴を提起したこと等を説明し、その中で、次のような発言(以下、各発言を総称して「本件各発言」という。)をした。
 ア 平成26年9月に育児休業期間終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため休職を申し出たものの認められず、一審被告から週3日間勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた(以下「本件発言①」という。)。
 イ やむを得ず契約社員としての雇用契約を締結したところ、1年後に雇止めされた(以下「本件発言②」という。)。
 ウ 子を産んで戻ってきたら、人格を否定された(以下「本件発言②」という。)。
 エ 上司の男性が、「俺は彼女が妊娠したら俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言した(以下「本件発言③」という。)。
 オ 一審原告が労働組合に加入したところ、一審被告代表者が「あなたは危険人物です」と発言した(以下「本件発言⑤」という。)。

(7)一審被告は、平成27年10月23日、一審被告の公式ウェブサイトに、本件記者会見における一審被告の元従業員の主張は。全く事実と反する内容であり、元従業員は自らの意思で契約社員を選択したものであって、元従業員との雇用契約の終了は、飽くまで元従業員の問題行動が理由であり、育児休業の取得その他の出産・育児等を理由とした不利益な取扱い(マタニティハラスメント)に当たる事実は一切ない旨の記事を掲載した。

(8)原審(東京地裁平成30年9月11日判決・労働判例1195号28頁)は、本件合意によって本件正社員契約は解約されたものの、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとして、一審原告の契約社員としての地位の確認請求及び未払賃金等請求並びに慰謝料100万円及び弁護士費用10万円の合計110万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度理由があると判示した。

(9)一審被告は、一審被告の公式ウェブサイトに、平成30年9月12日、「今回出された第1審判決について、一部のマスコミの報道では、弊社のマタハラが認定されたかのように報じられているものがございますが、そのような事実はございません。」などの記載のある記事を掲載した。


【争点】

(1)本件合意の解釈及びその有効性
 ア 本件合意は本件正社員契約を解約するとの合意を含むものであか。
 イ 本件合意は均等法や育介法に違反し又は錯誤等により無効であるか。
 ウ 本件合意は停止条件付き無期労働契約の締結を含むものであるか。
 エ 本件合意は正社員復帰合意を含むものであるか。
(2)本件契約社員契約の更新の有無
   本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であると認められるか。
(3)一審被告による不法行為の有無
   一審被告が一審原告を契約社員にした上で正社員に戻すことを拒んだことやこれに関連していた行為は違法であるか。
(4)一審原告による不法行為の有無(注:反訴請求に関するもの)
   一審原告が本件記者会見においてした本件各発言は内容虚偽のものであり、これにより一審被告の信用等が毀損されたか。
   以下、上記(4)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、裁判所は、(1)本件合意は本件正社員契約を解約するとの合意を含むものであり、かつ、有効とした上で、(2)本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であるとして、本件契約社員契約は、期間満了により終了しているから、一審原告の契約社員としての地位の確認請求及び未払賃金等請求は、いずれも理由がないと判示し、また、(3)一審原告が就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨を記載したメールを第三者に送信したことについてのみ不法行為が成立するとして、慰謝料5万円及び弁護士費用5000円の合計5万5000円並びにこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があると判示した。


【裁判所の判断】

(1)本件記者会見は、本訴を提起した日に、一審原告及び一審原告訴訟代理人弁護士らが、厚生労働省記者クラブにおいて、クラブに加盟する報道機関に対し、訴状の写し等を資料として配付し、録音データを提供するなどして、一審被告の会社名を明らかにして、その内容が広く一般国民に報道されることを企図して実施されたものである。
   そして、報道機関に対する記者会見は、弁論主義が適用される民事訴訟手続における主張、立証とは異なり、一方的に報道機関に情報を提供するものであり、相手方の反論の機会も保障されているわけではないから、記者会見における発言によって摘示した事実が、訴訟の相手方の社会的評価を低下させるものであった場合には、名誉毀損、信用毀損の不法行為が成立する余地がある。
   一審原告は、記者会見は、報道機関に対するものであるから、記者らにとっては、記者会見における発言は、当事者が裁判手続で立証できる範囲の主張にすぎないと受け止めるものである、訴状を閲覧した報道機関からの取材に応じることと何ら変わるものではないなどと主張する。
   しかしながら、一審原告らは、報道機関からの取材に応じるのとは異なり、自ら積極的に広く社会に報道されることを期待して、本件記者会見を実施し、本件各発言をしており、報道に接した一般人の普通の注意と読み方を基準とすると、それが単に一方当事者の主張にとどまるものではなく、その発言には法律上、事実上の根拠があり、その発言にあるような事実が存在したものと受け止める者が相当程度あることは否定できない。実際、一審被告に対しては、マタハラ行為をしたとして苦情のメールがあったところでもある。そして、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告らは、本件記者会見において各発言をしたことが認められるから、その発言内容を事実として摘示したものというべきである。

(2)そこで、本件各発言が一審原告の名誉または信用を毀損するものといえるかにつき検討する(注:以下、本件発言①についての判断のみを示す。なお、裁判所は、本件発言②については、一審被告の社会的信用を低下させるものではなく、本件発言③ないし⑤については、一審被告の社会的信用を低下させるものと判示した。)。
 ア 本件発言①は、一審原告は、平成26年9月に育児休業終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため、一審被告に対し、休職を申し出たものの認められず、一審被告から週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られたものというべきであり、これに対応して、「育児休業を取った後に正社員から契約社員になることを迫られ」た(本件報道①(注:平成27年10月○日付けG新聞電子版))又は「育休開けに正社員から非正規社員への変更を迫られ」た(本件報道②(注:平成27年10月○日付けH新聞電子版))との報道がされたことが認められる。同発言部分は、一般読者の普通の注意と読み方によれば、一審被告が育児休業終了後復職しようとする一審原告に対し、正社員から契約社員への変更又は自主退職を迫ったとの事実を摘示するものであり、一審被告が育児休業後復職しようとする従業員に不利益な労働条件を押し付け、退職を強要するなど労働者の権利を侵害する企業であるかの印象を与えるものであるから、一審被告の社会的地位を低下させるものといえる。
 イ したがって、本件発言①、③ないし⑤は、いずれも一審被告の社会的評価を低下させるものというべきである(なお、本件報道②は、一審被告の会社名を明らかにしたものではないが、本件各発言は、一審被告の会社名を明らかにしてされたものである上、本件報道①及び③は、一審被告の会社名を明らかにしているから、本件報道②も他の情報と併せれば一審被告についての報道であることが容易に特定できるものである。)。

(3)事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分で真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日判決、最高裁昭和58年10月20日判決参照)。
   そこで、公共性、公益目的については、しばらく措き、本件発言①、③ないし⑤について、摘示された事実がその重要な部分について真実であるといえるか又は真実と信じるについて相当の理由があるといえるかを検討する(注:以下、本件発言①についての判断のみを示す。なお、裁判所は、本件発言④で摘示された事実については、真実であると認められると判示し、本件発言③及び⑤で摘示された事実については、真実であるとの立証があるとは認められず、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるものとも認められないと判示した。)。
 ア 前記説示によれば、一審原告が一審被告との間で本件合意をしたことについては、一審原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものであって、一審被告が正社員であった一審原告に対し、契約社員に変更するか又は自主退職するかを迫ったものではないから、本件発言①で摘示された事実については、真実であるとは認められない。また、この点については、一審被告から、繰り返し、指摘をされているところであって、一審原告は、これについて有意な反論もできなかったこと、本件合意の成立過程に自ら関与していることなどからすると、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるとも認められない。
 イ したがって、本件発言①、③及び⑤で摘示された事実については、真実であるとの立証があるとは認められず、一審原告において、真実と信じるについて相当の理由があるものとも認められない。そして、このように相当性がないことは、一審原告が、一審被告からマスコミに対し事実と異なる情報を提供しないように指導され、警告されていたこと(証拠略)、一審原告自身が、マタハラが脚光を浴びているとして、記者会見を一審被告に社会的制裁を与えて自己の金銭的要求を達成するための手段と考えている趣旨のメール(証拠略)を作成していることなどからも裏付けられる。

(4)損害
   本件各発言に基づく報道は、語学スクールを経営する一審被告があたかもマタハラ企業であるような印象を与えて社会的評価を低下させるものであり、実際に、一審被告を非難する意見等も寄せられたのであるから、本件核発言に基づく報道によって一審被告の受けた影響は小さくないが、本件各発言に基づく報道の中には一審被告の主張も併せて紹介したものがあったことや一審被告の公式ウェブサイトにおいて一審被告の見解を表明して反論していることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、一審原告らによる本件発言①、③及び⑤がされ、これに基づく報道がされたことにより、一審被告が被った名誉または信用を毀損されたことによる無形の損害は、50万円と認めるのが相当である。

(5)結論
   一審被告の不法行為に基づく損害賠償請求は、一審原告に対し、無形の損害50万円及び弁護士費用5万円の合計55万円並びにこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


 

札幌地裁令和元年10月30日判決(労働判例1214号5頁)

雇止め事由である原告による新人の同僚へのハラスメントを否認して、雇止めを無効と判示した事例(控訴審継続中)


【事案の概要】

(1)原告は、平成4年4月に被告が運営するA幼稚園の教諭として勤務し、平成27年3月末日に60歳で定年退職した後、同年4月1日から、定年後の再雇用契約により被告に勤務し、平成29年4月1日以降は、3歳児の園児のクラスである年少組のB組の補助担任業務に就いていた。
   被告は、学校法人であり、原告が勤務していたA幼稚園を含む複数の学校を設置し、幼児教育を行っていた。
   訴外Cは、平成28年6月20日から10日間程度、A幼稚園で教育実習を行い、被告から勧誘を受けて、平成29年4月1日に被告に雇用された。Cは、A幼稚園にてB組の担任業務に就いていたが、同年10月26日、D園長に対し、今年度をもって退職するとの意向を伝え、平成30年1月末日に退職した。

(2)原告と被告は、平成28年4月1日及び平成29年4月1日に、上記の内容で再雇用契約を更新した(以下「本件再雇用契約」という。)。
   なお、原告と被告は、再雇用契約に当たり契約書を作成したことはなく、労働条件について特段確認されることもなかった。

(3)被告における60歳定年退職後の再雇用規程(以下「本件規程」という。)には、次のとおりの規定がある。
   適用基準(第5条)
   1項 再雇用契約の締結は、再雇用申請書を提出した教職員であって、次の各号に掲げる適用基準のすべてを満たす者を対象とする。
   ①再雇用を希望し、勤務に精勤する意欲がある者
   ②直近の健康診断において業務遂行に問題がない者
   ③勤続5年以上の者で、業務に必要な資格・技能等を有する者
   2項 再雇用契約更新時の基準についても、第1項を適用する。
   契約期間(第6条)
   再雇用契約の期間は1年間とし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳に達するまで更新することができる。

(4)E理事長は、平成29年10月18日、原告と面談し、Cに対するハラスメントにより今年度で原告を雇止めする旨を告げた。
   被告は、原告に対し、平成30年2月9日付けの雇用契約の終了予告通知書にて、本件再雇用契約を、平成30年3月31日をもって終了し、更新をしない旨通知した(以下「本件雇止め」という。)。
   原告は、本件雇止めを不当として、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める本訴を提起した。

(5)被告は、本訴訟において、主としてCの陳述書(以下「C供述」という。)、G(注:Cの母)の証言及び陳述書(以下「G証言」という。)及びD園長の陳述書及び証言を根拠とし、本件雇止めの事由として、原告のCに対する以下のハラスメントを主張した
  ①平成29年5月の子どもの日の前頃、鯉のぼりの作成に関するD園長への報告時におけるCとの打合せ時の態度を翻す発言
  ②同月初旬頃、給湯室のガスの元栓の閉め忘れの責任がCにあると決めつけるなどの発言
  ③同月11日の避難訓練の反省会後の、Cの危機管理能力が低いという発言
  ④同月の母の日の前頃、原告の指示に従って行った園児の椅子の向きについて、教務主任から注意を受けた際の、指示をしたことを否定する発言
  ⑤同月中旬頃の制作の時間、事前の確認どおりに原告に園児の名前を呼ぶことを依頼した際、できるわけないと否定した発言
  ⑥同月24日、保育参観後の反省会で、Cが勝手に別の行動をしたとの発言
  ⑦同月下旬頃、運動会における親子競技のテーマに関し、D園長から再考をするよう指示を受けた際の、Cとの打合せ時の態度を翻す発言
  ⑧同年8月28日の歌の時間、園児らの面前で顔面麻痺により歌えなくなったCに対する発言
  ⑨同年12月初旬頃、職員室で作業をしていたCに対し定規を投げて渡した行為


【争点】

(1)本件雇止めの効力
 ア 本件雇止めの事由の存否(争点1)
 イ 本件雇止めの事由が存在する場合、それが更新を妨げる特段の事情といえるか否か(争点2)
 ウ 本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期(争点3)
 エ 賃金額(争点4)
(2)不法行為の成否及び損害額(争点5)
   以下、争点1から3までについての、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件雇止めの事由の存否)について
 ア ハラスメント①ないし⑧までについては、いずれについても、被告主張の原告によるハラスメントがあったと認めることはできない(詳細については、省略する。)。
   ハラスメント⑨については、Cに対し、原告が以前に指摘していたにもかかわらず指摘どおりに行わないからとの理由で30㎝の長さの定規を投げて渡すという行為は、ハラスメントと評価できる。しかしながら、原告は、かかる行為以前に、理事長から次年度の契約を更新しないことを告げられているのであるから、本件雇止めの事由とみることは相当でないというべきである。
   したがって、被告主張のハラスメント①ないし⑨について、いずれもハラスメントと認めることはできない。 
 イ この点、被告は、原告は何かが起こると一方的にCの責任にして自らには責任がないとの態度を取り続けていた、ハラスメント①ないし⑨以外にも数多くのハラスメントがあった旨主張し、これに沿う、C供述、G証言もある。
   確かに、原告のCに対する言動には、ごく短期間のうちに、適切とは言えず、ややもすると配慮に欠けるものが何度かあったことは否定できない。また、原告が幼稚園で採られている方法を画一的に実施せずに、原告の視点から園児を指導するようCに指示したり、訓練の手順を誤解するなどの確認不足による行動を取ったことで、Cが教務主任や園長から指導、注意を受ける事態を招くなどしたことにより、Cに混乱を生じさせたり、不満や不快な思いを抱くことが重なったであろうとは推察される。
   しかしながら、原告とCの具体的なやり取りや発言経過が不明確である点を措くとしても、原告は、新人であるCに対し、単なる補助者としてだけではなく、指導や助言を行う立場でもあったのだから、このような立場から、経験を活かして厳しい姿勢や言葉で対応することが、必ずしも指導を超えるハラスメントとなるものとはいえない。
   また、子の成長・発達状況や環境を踏まえて柔軟な対応をすることが、必ずしも園の教育方針に反する不適切な内容と評されるものとはいえない。
   そして、ハラスメント①ないし⑨以外のものとして被告が主張するところは、CおよびGにおいてその内容、頻度において具体的に明示し難いものであることに加え、たとえかかる事象があったとしても、C供述からもうかがわえるCの職場環境や周囲への相談状況等を踏まえると、原告の言動のみをCの心因的負担の要因とみるのが相当とはいい難い。
   そうすると、ハラスメント①ないし⑨については、その事実を認めることができないか、認定できる限度においても個々についてはハラスメントたりえないものであるところ、これらを総合的に検討しても、雇止めの事由として認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。
 ウ したがって、被告の主張を踏まえても、本件雇止めの事由を認めることはできず、更新を妨げる特段の事情の該当性について判断するまでもなく、本件雇止めは無効である。

(2)争点3(本件雇止めが無効である場合、原告の契約の満了時期)
 ア 本件規程は、被雇用者の希望や健康上の問題等の適用基準を満たし、更新を妨げる特段の事情がない限り、65歳まで更新することができるとされている。そして、
  ・公的年金の支給開始年齢の引き上げに伴い無収入となる者が生じる可能性を防ぎ、65歳未満の定年を定めている事業主に対し65歳までの雇用を確保するために、高年齢者雇用安定法9条1項が、定年の定めをしている事業主に対し、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、定年の引き上げ及び定年の定めの廃止とともに、継続雇用制度の導入のいずれかを講じなければならないこととされたこと
  ・被告においても、本件規程が、高年齢者雇用安定法9条1項に則り規定されたものであることを認めていることに加え、
  ・本件規程の適用基準が、上記のとおり、いずれも勤務内容を問題とするものではないこと
  ・証拠上、他に具体的な審査基準や手続が設けられているとは認められないこと
に照らせば、かかる運用基準を満たす者については、65歳まで継続して雇用されると期待することについて、合理的な期待があると認めるのが相当である。
   そして、原告においても、再雇用契約に当たり、これまで契約書は作成されず、特段の手続も取られていないといえることを踏まえると、65歳まで継続して雇用されると期待することについて合理的な期待があったと認められるのであるから、原告のかかる期待は保護されるというべきである。
 イ したがって、原告の本件規程に基づく再雇用契約は、平成30年4月1日も更新され、本訴訟継続中の平成31年4月1日にも更新されたとみるのが相当である。

(3)結論
   原告の請求は、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認すること及び平成30年4月1日から本判決確定の日まで、毎月20日限り月額○○円の割合による金員並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


 

東京地裁平成30年6月12日判決(労働判例1205号65頁)

エボニック・ジャパン事件(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)被告は、エボニック・インターナショナル・ホールディングスを親会社とする日本法人である。A(以下「A GM」という。)は、平成24年以降、被告のリージョナル人事部マネージャーを務めている。
   原告(昭和30年3月〇日生)は、平成20年3月17日、被告との間で期間の定めのない雇用契約(以下「本件無期雇用契約」という。)を締結した。

(2)原告は、平成27年3月13日付けで60歳の定年により退職し、同月19日、被告との間で、同年4月1日から平成28年3月31日までの1年間を雇用期間とする有期雇用契約(以下「本件再雇用契約」という。)を締結した。
   本件無期雇用契約の下での定年直前の原告の基本給は月額83万3000円であったが、本件再雇用契約の下での基本給は平成27年4月から平成28年3月まで1年間を通じて月額50万円であった。

(3)ところで、被告の就業規則16条〔定年〕は、1項において、定年は60歳とし定年に達した月の末日をもって退職すると定めている。そして、同条2項において、1項の規定にかかわらず、以下の各年齢(注:平成25年4月1日から平成28年3月31日まで:61歳などと記載されている。)までは、14条退職・17条解雇の事由に該当しない者であって、本人が希望する場合については、定年後再雇用するものとし、同年齢以降は、下記「定年退職後の再雇用制度対象者の基準に関する労使協定」(以下「本件労使協定」という。)1条の基準を準用すると定めている。
   本件労使協定は、平成18年4月25日、平成24年法律第78号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、改正の前後を問わず、この法律を「高年法」という。)9条2項の規定に基づき、就業規則16条に定める定年退職後の再雇用制度の対象となる者の基準(以下「本件再雇用基準」という。)に関して、被告と従業員の過半数を代表する者の間で締結されたものである。
   本件労使協定1条は、被告は、下記アのいずれにも該当する者について、下記イに定める労働条件にて再雇用するものと定める。
 ア〔本件再雇用基準〕
  (ア)略
  (イ)定年退職後も勤務に精勤する意欲があること
  (ウ)過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること(以下「本件人事考課基準」という。)
  以下略
 イ 定年退職後の再雇用制度対象者の労働条件
  (ア)略
  (イ)契約期間:期間1年とし、次年度以降は、健康状態及び精勤意欲、日常の勤務評価により契約の更新を行う
  (ウ)略
  (エ)賃金:年収280万円を下回らないものとする
  以下略  

(4)原告は、平成28年4月1日以降も再雇用の継続を希望していていた。しかし、被告は、同年2月24日、原告に対し、本件再雇用基準を充足しないことを理由として、本件再雇用契約が同年3月31日をもって終了し、同年4月1日以降はこれを更新しないこと(以下「本件雇止め」という。)を、書面をもって通知した。


【争点】

(1)原告の地位確認請求及び未払基本給請求について
 ア 原告が本件人事考課基準を充足していたか否か
 イ 労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否
 ウ 本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否
(2)原告の未払賞与請求について(争点4)
   以下、争点(1)から(3)までについての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記各争点についての被告の主張の要旨は、以下のとおりである。
 ア (争点2)について
   平成28年4月1日以降の原告の再雇用について、労働契約法19条の適用場面とは異なる。
 イ (争点1)について
   仮に労働契約法19条の適用の余地があるとしても、原告が本件人事考課基準を充足していない。すなわち、本件人事考課基準(過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること)は、過去3年間のいずれにおいても、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であることを意味すると解するのが合理的であるところ、原告は、平成26年及び27年について、全従業員の平均点未満かつ3点未満であったから、本件人事考課基準を満たさない。
   よって、本件再雇用契約の更新がみなされることはない。
 ウ (争点3)について
   仮に同日以降、原告の再雇用契約が存続するとしても、本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないことから、その年収は280万円にとどまる。


【裁判所の判断】

(1)原告が本件人事考課基準を充足していたか否か(争点1)
 ア 本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は61歳に達しているから、原告が同年4月1日以降も再雇用されるためには。本件労使協定2条(注:略)による場合を除き、就業規則16条に基づき、本件労使協定1条所定の本件再雇用基準を充足している必要がある(【事案の概要】(3))。そして、弁論の全趣旨によれば、原告について、本件人事考課基準以外の本件再雇用基準に含まれる要素については、特段の問題なく充足していたことが認められる。それゆえ、本件人事考課基準を充足していたことが認められれば、原告は、本件再雇用基準を充足していたことになる。
 イ ところで、本件人事考課基準の意味について、被告は、前記被告の主張の要旨イのとおり述べる。
   しかしながら、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であるということは、特に良いとも悪いともいえないような大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨で使用される「普通の水準」という用語の一般的な意味から外れるものである。まして、3年連続で全従業員の平均点以上の成績を収めることのできる従業員は、全従業員の半数を大きく下回る人数にとどまる(証人A)のであり、「普通の水準」という用語の一般的な意味からは大きく逸脱する。
   そもそも、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であることを要求する基準を設定する場合には、平均(アベレージ)という用語を使用するのが通常であると考えられるところ、本件人事考課基準において、かかる用語は使用されていない(証人A)。
   また、本件労使協定の交渉段階において検討された「グッドパフォーマンス」という基準ですら、達成度評価の評価値(点数)が4点以上であるなどの高い水準を意味していたとは考えがたい(証人A)ところ、これよりも低い「普通の水準(オーディナリーパフォーマンス)」が基準とされたものである。
   さらに、本件労使協定が締結された当時、被告の社内において、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均値ないし3点以上でなければ、本件人事考課基準を充足したことにはならない旨の説明がなされたことを窺わせる形跡もない。
   そして、本件労使協定の締結された平成18年4月25日ころから平成28年3月31日ころまでの間、被告において定年を迎えた社員は12名程度はいたにもかかわらず、原告より前に定年を迎えた社員について、本件人事考課基準に照らして再雇用の当否を判断した事例が存在しなかったのであり、本件人事考課基準が再雇用の対象者を厳しく限定する基準として機能してきた実績も存在しない。
   そして、A GMが着任した当時、本件人事考課基準を妥結するに至った経緯等について、詳しく記載された資料も残されておらず、本件人事考課基準の意味に関する、前記被告の主張の要旨イに沿うA GM及びその部下の陳述等(証拠略、証人A)は、本件再雇用契約を更新しない旨の、H氏(注:平成27年3月ころ以降、原告の上司かつ人事評価における一次評価者であった、エボック・チャイナの関係者である。H氏は、平成28年2月5日の少し前ころ、同年4月以降は原告を再雇用すべきでないという意見を示し、これがA GMに伝えられた。)の判断を受けて検討された内容に過ぎないのであって、にわかに採用しがたい。
 ウ 以上検討したところに加え、本件労使協定に基づく再雇用制度は、高年法上の高齢者雇用確保措置の1つである継続雇用制度として設けられたものであることを踏まえると、本件人事考課基準のいう「普通の水準」は、大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨と解すべきであるし、「過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること」というのは、過去3年間を通じて評価した場合に「普通の水準」以上であれば足りるという趣旨と理解するのが合理的である。
 エ このような観点から原告の達成度評価の評価値を検討すると、原告の人事考課の結果(詳細略)は、平成25年から平成27年までの3年間を通じてみた場合、大半の従業員が達成し得る平凡な成績と同程度以上であるといえるから、本件人事考課基準を充足すると認められる。   

(2)労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否(争点2)
   被告の正社員として勤務した後に平成27年3月31日に定年退職し、本件再雇用契約を締結した原告については、同契約が65歳まで継続すると期待することについて、終業規則16条2項及び本件労使協定の趣旨に基づく合理的な理由があるものと認められ、A GMも、本件労使協定1条について、本件再雇用基準に該当する限りにおいては必ず再雇用するという趣旨の規定であると述べている(証人A)。
   そして、本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は、本件人事考課基準を含む本件再雇用基準に含まれる全ての要素を充足していた。
   よって、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないものといえ、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。

(3)本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否(争点3)
   原告が、本件再雇用基準を充足し、特別支給年金受給開始年齢後である平成28年4月1日以降も再雇用が継続される場合において、本件再雇用契約における労働条件が維持されると期待することに合理性はあると認められる。
   よって、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び未払基本給請求については、本件判決確定の日の翌日以降に支払期日の到来する基本給の支払を求める部分を除いて認容した。
   原告の未払賞与請求については、一部認容した(詳細略)。