SOMPO美術館ー2026.10.24

アルベール・マルケ展(会期:2026.9.22-12.13)

水辺の情景を淡い中間色のトーンで描き続けた画家、アルベール・マルケ(Albert Marquet:1875-1947)の生涯を辿る回顧展です。

第1 概要

1 形成期:フォーヴィズムの渦中で

マルケは、1895年から、ギュスターヴ・モローの教室に通い、そこでアンリ・マティスらとの親交を深めましたが、1898年にモローが逝去したため、教室はなくなりました。1905年、マルケらモロー門下の画家は、サロン・ドートンヌに作品を出品しましたところ、これらの作品は、当時の規範を逸脱していたことから、「フォーブ(野獣)」と呼ばれました。下記の作例は、「裸婦、通称フォーヴの裸婦」(1898年)です。

下記の作例は、ノートル=ダムとセーヌ河岸の景観を主題とした、「ノートル=ダム大聖堂 陽光」(1904年)です。なお、マルケは、1908年、サン=ミシェル河岸にあるアパルトマンの6階に居を構え、その窓から見えるノートル=ダムとサン=ミシェル橋を描いた作品を、何度も制作しました。

マルケは、1906年の夏、ラウル・デュフィととともに、ル・アーヴルを訪れ、港湾の風景を描きました。下記の作例は、「ル・アーヴル、船渠」(1906年)です。

2 水辺の変奏:旅する画家

マルケは、生涯にわたり各地を旅し、主に水辺の風景を描きました。マルケは、1908年と翌年にナポリを訪れました。下記の作例は、「ナポリ、帆船」(1909年)です。2度目の訪問時には、構図が浮世絵風のシンプルなものになっています。

マルケは、第一次世界大戦の影響を避けるため、1915年以降、毎年、マルセイユに滞在しました。下記の作例は、「マルセイユの海」(1916年)です。

マルケは、1920年以降、故郷ボルドーの周辺のフランス南西部の海岸を描くようになり、1933年にはレ・サーブル・ドロンヌに、1935年にはル・ビラに滞在しました。下記の作例は、「ル・ビラ」(1935年)です。青とエメラルドグリーンの色が目を引きつけます。

3 アルジェに恋して

マルケは、1920年以降、北アフリカのアルジェを訪れるようになりました。下記の作例は、「ラ・グレットの窓」(1926年)です。なお、マルケは、1940年から5年間、第二次世界大戦の戦禍を免れるため、アルジェ出身の妻マルセルとともに、同地に長期滞在しました。

4 晩年:セーヌ、ポン=ヌフ連作

マルケは、1931年、シテ島を横切るポン=ヌフを見下ろすアパルトマンの6階に居を構え、晩年に至るまで、第二次世界大戦中にアルジェで過ごした期間を除き、その窓から見える風景を描き続けました。下記の作例は、彼の最後の連作のうちの一つである、「雪と緑色の空、パリ(ポン=ヌフ)[冬のパリ(ポン=ヌフ)]」(1947年2月)です。

第2 雑感

自宅兼アトリエの窓からの眺めを描いた、構図の共通した連作が多くあり、画家のこだわりを感じました。特に、パリの街中を流れるセーヌ川付近の冬景色の灰色が、強く印象に残りました。また、点在する人物を影絵のように描く手法には、日本の新版画の影響が感じられました。