大阪地裁令和元年5月15日判決(労働判例1203号5頁)

劇症型心筋炎の発症は、発症前12か月間、平均して1か月当たり約250時間の時間外労働を含む長時間労働に起因するものと認定し、不支給処分を取り消した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)有限会社L(以下「本件会社」という。)の従業員であったAが、平成26年6月○日に死亡した(注:死亡に至る経緯については、大阪地裁令和2年2月21日判決の【事案の概要】参照。なお、以下、Aの各入院先を「D病院」及び「E病院」という。)。

(2)原告(注:Aの妻)は、Aの死亡が本件会社での業務に起因するものであるとして、大阪中央労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対し、療養補償給付、遺族補償年金、葬祭料及び休業補償給付の各支給を申請したところ、処分行政庁は、平成26年12月5日及び同月8日、それぞれ不支給とする各処分を行なった(以下、「本件各処分」という。)。
   原告は、審査請求及び再審査請求を経た後の平成29年2月21日、被告(注:国)に対し、本件各処分の取消しを求めて、本訴訟を提起した。


【争点】

   劇症型心筋炎(以下「本件疾病」という。)発症の業務起因性の有無(Aの業務と本件疾病発症との因果関係[条件関係及び相当因果関係]の有無)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、被告の主張の骨子は、以下のとおりである。
 ア 「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(以下「検討会報告書」という。)を基として作成された平成13年12月12日基発1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下「認定基準」という。)においては、外因であるウイルスによる感染症である急性心筋炎は、従来から、業務による過重負荷との認定基準の対象疾病としては想定されておらず、検討会報告書においても、ウイルスによる感染症である急性心筋炎を対象疾病とすべきとする根拠のある医学的な新知見はないと判断された。
 イ D病院入院時(平成24年11月24日)の血液検査の結果(略)については、いずれも正常範囲内であり、本件疾病発症当時、Aに免疫力の低下が存在したとは考え難い。
   仮にAに免疫力の低下があったとしても、医師の意見書によれば、本件疾病の発症が業務に起因するものということはできない。
  a)F病院F1医師の意見 略
  b)国立国際医療研究センターH医師の意見
   心筋炎発症に関する因子として、病原(ウイルス、細菌など)以外に個体因子(遺伝的背景、男女、年齢など)と環境因子(住居、職場、仕事内容、作業時間、睡眠時間など)が考えられているが、過重労働による疲労と睡眠不足などによる免疫動態の変化については、長時間労働や疲労・過労に関する科学的研究は非常に遅れており、特に疲労が免疫機能に与える影響はほとんど明らかになっていない。現状では、過重労働(長時間労働)や疲労・過労は免疫機能を抑制する可能性があるというものにとどまり、どの程度の労働時間数であれば、細菌やウイルスに対する免疫がどの程度低下するということを客観的に説明することはできない。
   c) 埼玉医科大学国際医療センター心臓内科N名誉教授の意見 略


【裁判所の判断】

(1)業務起因性に関する法的判断の枠組み
   労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病等に関して行われる(労災保険法7条1項1号参照)ところ、労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」という。)は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し、業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には、使用者の過失の有無を問わずに労働者の損失を填補する、いわゆる危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると、労働者が「業務上」の疾病にかかった場合とは、労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい、そのような場合に当たるというためには、業務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきであり、業務と疾病との間の相当因果関係の有無は、その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。

(2)疲労の蓄積と免疫力の低下
   疲労の蓄積と免疫力の異常との関係について、以下の医学的知見が認められる。
  ①及び② 略
  ③D病院D1医師、職業病相談員S医師及び大阪労働局地方労災医員Y医師は、処分行政庁に対し、それぞれ疲労の蓄積によって免疫力の異常が生じることを前提とする意見を述べていること
  ④D1医師は、インフルエンザや肺炎が、老人、幼児や基礎疾患を有する人が感染しやすく、重篤化を来し、死に至る危険性が高いのは周知の事実であり、その理由は、免疫力が一般の健康な成人よりも低下しているためであることに触れながら、過労によって免疫力が低下すると、ウイルスを含めあらゆる感染症を発症しやすく、また病状の進行が速くなり、重篤化することは医学的にみても矛盾のない事実であると判断できるとの意見を述べていること
  ⑤略
  ⑥国立国際医療研究センターH医師は、心筋炎発症に関わる因子として個体因子(遺伝的背景、男女、年齢)のほか、と環境因子(住居、職場、仕事内容、作業時間、睡眠時間など)が考えられるとの指摘や、慢性疲労が、NK細胞の数の減少や活性の低下、リンパ球T細胞(CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞[(細胞傷害性T細胞)])の増加など、免疫系の異常と関連するとの研究報告に言及し、また、睡眠を1日5時間しかとることができなかった42例において、免疫担当細胞や免疫応答への影響を検討した結果によれば、NK細胞の数の減少や活性の低下等が観察され、睡眠不足によって、免疫担当細胞や免疫応答の異常が出現することが判明したと指摘していること
  ⑦略
   これらによると、疲労の蓄積によって、自然免疫機能の低下や獲得免疫機能の過剰といった、免疫力の異常が発生する結果、ウイルスに感染しやすく、また、感染症の症状が重篤化しやすい状態になること自体については、相応の医学的な裏付けがあると認めるのが相当である。
 イ なお、H医師は、長時間労働や疲労・過労に関する科学的研究は非常に遅れており、特に疲労が免疫機能に与える影響はほとんど明らかになっていないため、現状では、長時間労働や過労が免疫機能を抑制する可能性があるということができるにすぎない旨指摘している。しかしながら、同医師は、上記アのとおり、慢性疲労や睡眠不足と、NK細胞の数の減少や活性の低下、リンパ球T細胞の増加など、免疫系の異常との関連や、睡眠不足と免疫動態の変化を示唆していることからすると、同医師の意見は、時間外労働時間数が免疫力の異常に与える影響について医学的に解明されているとはいえないとしつも、疲労の蓄積によって免疫力に異常を来すこと自体を否定する趣旨ではないと理解することができ、H医師の上記指摘をもって、上記アで認定説示した点が覆されるとはいえない。

(3)Aの長時間労働と免疫力異常との関係
   Aは、平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間(以下「本件期間」という。)において、平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事していたと認められる。
   この点、確かに、H医師が指摘するとおり、「何時間の労働であれば、細菌やウイルスに対する免疫がどの程度低下するか」については、明らかでなく、Aの免疫力の低下を直接的に示すデータがあるとはいえない。しかしながら、認定基準においても、疲労の蓄積をもたらす最も重要な因子と考えられるのは、労働時間であり、その時間が長いほど、業務の過重性が増すとの指摘がなされているところ、上記のとおり、Aの時間外労働時間数は、認定基準によって、業務と虚血性心疾患等の対象疾病の発症との関連性が強いと評価できる時間(発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間の時間外労働)を、長期間にわたって大幅に超えるものであって、かかる長期間かつ長時間にわたる時間外労働に従事したことは、睡眠時間の極端な不足、極度の肉体的及び精神的負荷を生じさせ、もって、疲労の著しい蓄積をもたらしたものであると認められる。そして、上記(2)で認定説示のとおり、疲労の蓄積は免疫力の異常を生じさせるものということができるところ、本件のように長期間にわたって、極端に長時間の労働に従事することによって、疲労の著しい蓄積が生じていた場合には、それに応じて、Aの免疫力に著しい異常が生じていたものと認めるのが相当である。

(4)業務と心筋炎発症及びその劇症化との因果関係
 ア 上記認定事実によれば、以下の点が認められる。
  ①本件疾病は、ウイルス性のものであると考えられること
  ②ウイルスが心筋細胞に侵入した後、宿主は、自然免疫及び獲得免疫の反応によって、ウイルスを心筋細胞から排除するものの、自然免疫反応を担当する細胞が活性化されておらず、あるいは獲得免疫反応が過剰に作用するという状況において、心筋傷害や心筋細胞壊死を引き起こすなどして心筋炎を発症し、あるいは心筋炎が劇症化すること
  ③疲労の蓄積、慢性疲労や睡眠不足によって、NK細胞の数の減少や活性の低下、リンパ球T細胞(CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞)の増加など、免疫力の異常が生じること
  ④Aが、本件期間につき、平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事し、極端な睡眠不足から、疲労を蓄積させ、免疫力の著しい異常を生じさせていたこと
   これらの点に加え、
  ⑤D病院D1医師は、(処分行政庁に対し)先行するウイルス感染がAの過労状態により自身の免疫力が低下していたことも影響し、心筋へと感染が拡大し、極度の疲労と免疫力低下が手伝って心筋炎が劇症化した旨の意見を述べていること
  ⑥GクリニックG1医師は、Aについて1か月当たり200時間の時間外労働による過労やストレスによって、免疫の低下した状態にあったため、ウイルスに対する防御能が低下して感染しやすくなり、感染後心筋を標的臓器として侵襲し、ウイルス性心筋炎を発症し、防御能の低下によって心筋炎が劇症化した旨の意見を述べていることをも併せ鑑みると、
   長期間にわたる、平均して1か月当たり約250時間の著しい時間外労働を含む長時間労働は、免疫力の著しい異常により、自然免疫反応の低下あるいは獲得免疫反応の過剰を来し、感染症を発症及び重篤化させて死亡に至る危険を内在するものであるということができ、本件疾病の発症、すなわち心筋炎の発症及びその劇症化は、Aの業務に内在する上記危険が現実化したものであると認められる。
 イ 被告は、医学的見地に照らすと、Aの業務と、心筋炎の発症及びその劇症化との間の因果関係が認められず、認定基準においても、外因であるウイルスによる感染症の急性心筋炎を対象疾病として想定すべきとする医学的な根拠、新知見はないと判断されたなどと主張し、H医師、N名誉教授及びF1医師の各意見書を提出する。
   確かに、免疫反応は複雑なシステムであり、病原体であるウイルスの活性、増殖するウイルスへの持続的感染、宿主の免疫による心筋細胞に対する持続的傷害がそれぞれ、心筋炎の発生及び劇症化にどのように影響を及ぼすのかといった点や、時間外労働時間数がどれほどの時間であれば、マクロファージ等自然免疫担当細胞の成熟化、活性化がどの程度妨げられ、NK細胞の数の減少や活性の低下がどの程度もたらされ、CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞の増加がどの程度生じるかといった点などの、詳細な内容が医学的に解明されているとは認められず、それゆえ、H医師、N名誉教授及びF1医師が述べるように、宿主であるAの遺伝的背景その他個体因子など、業務外の事情が、本件疾病の発症に作用した可能性を排除することはできない。
   しかしながら、上記アのとおり、本件疾病の発症、すなわち、心筋炎の発症及びその劇症化には、本件疾病の発症前12か月間もの長期にわたって、平均して1か月当たり約250時間の著しく長い時間外労働を含む長時間労働への従事という、免疫力に著しい異常を生じさせることの明らかな事情が作用したと考えられる一方で、かかる長時間労働以外に、本件疾病(心筋炎の発症及び劇症化)の発症に作用した可能性がある個別具体的な事情(例えば、Aの遺伝的背景等)の存在を認めるに足りる的確な証拠は認められないことからすると、業務外の事情が本件疾病の発症に作用した可能性は、具体的なものであるということはできない。したがって、H医師、N名誉教授及びF1医師らによる指摘内容は、労災保険制度の下において、本件におけるAに係る長時間労働と本件疾病発症との間の条件関係及び相当因果関係の存在を覆すものとはいえない。

(5)結論
   以上によれば、客観的にみて、本件疾病の発症は、Aに係る業務に内在する危険が現実化したものといえ、Aの長時間労働と本件疾病発症との間に因果関係(条件関係及び相当因果関係)があると認められる。したがって、本件疾病の発症は、業務に起因するものであると認めるのが相当である。
   以上の次第で、原告の被告に対する本件各請求はいずれも理由がある(請求認容)。


 

大阪地裁令和2年2月21日判決(判例タイムズ1472号173頁)

使用者の安全配慮義務違反と、労働者が心筋炎を発症・劇症化して重症心不全によるショック状態に陥り死亡したことの間の相当因果関係を認めた事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告会社は、平成15年頃から、「Y」との名称のフレンチレストラン(以下「本件レストラン」という。)を経営しており、被告Yはオーナーシェフとして本件レストランの運営に当たっていた。
   A(昭和55年10月○日生)は、平成21年6月頃から本件レストランにおいて調理師として稼働するにようになった。

(2)平成24年当時、本件レストランは、座席数が29席(カウンター9席、テーブル20席)であり、ランチの営業が午前11時30分から午後2時(ラストオーダーの時間)、ディナーの営業が午後6時から午後10時(ラストオーダーの時間)であった。もっとも、ランチ及びディナーの終了時刻は、ラストオーダーの1~2時間後になることが多かった。また、本件レストランの定休日は日曜日であった。
   本件レストランで就労していたのは、調理担当がオーナーシェフである被告Y以外に2~3名程度、接客担当が1名であり、その他3名程度のアルバイト従業員がいた。

(3)平成23年当時、本件レストランで調理を担当していたのは、オーナーシェフである被告Yを除くと、平成21年よりも以前から本件レストランに勤務していたB、A及び平成23年4月頃から本件レストランに勤務するようになったCの3名であった。同年9月にBが退職した後は、調理師の中で、被告Yの次に経験が長いAが、前菜の調理等を担当するほか、その他の調理師に対する指導や教育に当たっていた。
   Aは、真面目な性格で、非常に仕事熱心であり、毎日の仕事を意欲的に行っており、被告Yも、Aの料理人としての技量を信頼し、期待を寄せていた。なお、Aは、本件レストランで稼働するようになって以降、定休日以外に休みを取ることはなかった。

(4)Aは、本件レストランから自転車で5分程度のところに住んでいたことから、同レストランの営業日には、午前8時頃までには出勤し、本件レストランを開錠した後、翌日の午前1時から2時過ぎ頃まで稼働することが多かったことから、その間の休憩時間を30分として計算した場合、平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間におけるAの1か月当たりの平均時間外労働時間は、約250時間に上っていた。また、Aの睡眠時間は、定休日以外の日については、1日当たり5時間以下であることが常態化していた。
   Aは、平成21年6月に本件レストランで稼働するようになった当時から、3年程度本件レストランで稼働した後は、独立してバスク料理の店を開きたいとの希望を持っており、予めその旨を被告Yに伝えていたが、平成23年9月にBが退職したこともあって、予定どおりに退職することができなかった。

(5)Aは、平成24年11月20日に帰宅した際、頭痛や関節痛を訴えていた。その後、症状が更に悪化したため、Aは、同月23日(祝日)、原告X(注:Aの妻)と共に休日診療所を受診したところ、医師から、翌日以降に病院に行くように言われた。原告Xは、Aに対し、仕事を休むように求めたものの、Aは、同日は本件レストランが予約で満席の状態であり、自分が出勤しないと店が困るとして、そのまま本件レストランに出勤した。
   被告Yは、同日、本件レストランに出勤したAから、病院に行き、医師から改めて検査した方がよいと言われた旨を聞いたものの、休むように指導することはなかった。同日、Aが帰宅したのは午後11時50分頃であり、その時点で、体温は38度8分に上がっていた。

(6)Aは、同月24日早朝、胸が苦しいと言い出し、熱を測ると39度6分に上がっていたため、原告Xと共にタクシーでD病院に向かい、同病院の医師の診察を受けた。その後、Aは、検査の結果、急性心筋炎と診断され、同病院に緊急入院することになった。
   Aの心機能は、同日夜から急速に低下し、同月25には循環動態が破綻して循環補助を要する状態になり、そのままでは臓器障害が進行する可能性があったことから、同月26日、E病院に転院することとなった。
   E病院に転院した時点で、Aは、劇症型心筋炎の状態となっていて、重症心不全によるショック状態に陥っており、両心室はほぼ無収縮の状態となっていたことから、同月26、AにBiVAD(両心補助人工心臓)が装着された。その後、担当の医師は、Aの心機能について回復の可能性がないと判断したことから、同弁12月19日、Aについて心移植登録をした上で、まず左心についてEVAHEART(補助人工心臓)を植え込み、平成25年1月7日には、右心についてJarvik2000(補助人工心臓)が植え込まれた。
   E病院における手術時に行われた心筋組織の病理学的検索によって、Aの症状は、リンパ球性心筋炎と診断されたが、その原因を特定することはできなかった。
   Aは、平成25年9月2日、リハビリを終え、全身状態が改善したことから、E病院を一旦退院したが、同年12月下旬頃から倦怠感や仰臥位での呼吸苦を自覚するようになり、平成26年1月に入ると発熱も見られるようになったことから、同月3日、心不全の診断で同病院に再入院した。その後、Aには、同年2月1日には右後頭葉くも膜下出血が見られたことから、コイル塞栓術が行われた。
   Aは、同年4月2日以降は一般病室に移動するなど回復傾向にあったところ、同年5月27日、突然の嘔吐とともに意識混濁に陥った。検査の結果、Aには、左前頭葉に出血が認められたところ、脳障害が極めて強く、回復は難しいと考えられたことから保存的加療を継続することとなった。
   Aは、同年6月2日、劇症型心筋炎による補助人工心臓装着状態における重篤な合併症である脳出血によって死亡した。

(7)原告X及び原告YZ(注:Aの両親)は、Aの使用者である被告会社に対しては、会社法350条又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償として、被告会社の代表者である被告Yに対しては、不法行為又は会社法429条1項に基づく損害賠償として、合計9834万4872円及びこれらに対する遅延損害金の各連帯支払を求めた。


【争点】

(1)被告Yにおいて、Aの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠ったといえるか否か等(争点1)
(2)被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無(争点2)
(3)Aに生じた損害及びその額(争点3)
   以下、争点1及び2についての、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(被告Yにおいて、Aの業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠ったといえるか否か等)について 
 ア 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件参照)。
 イ 被告Aは、平成24年11月24日にAが心筋炎との診断を受けて入院するに至るまでの間、Aの負担を軽減させるための措置を一切講じようともしなかったのみならず、同月23日にAが体調の負担を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも休息等を取るように命じることもなく、Aの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたのであるから、被告Aに上記の注意義務違反(過失)があったことは明らかである。

(2)争点2(被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無)について
 ア Aは、平成24年11月20日頃から頭痛や関節痛を訴えるようになり、同月24日には急性心筋炎と診断されたところ、その後、急速に症状が進行して劇症型心筋炎に起因する重症心不全によるショック状態に陥って心機能の回復が見込めない状況になり、植込み型の補助人工心臓を装着することを余儀なくされた結果、重篤な合併症である脳出血を起こして、平成25年6月2日に死亡するに至ったというのである。
   この点について、原告らは、被告Aの注意義務違反によって、Aは過労状態となって免疫力が低下し、その結果、ウイルスに感染した際に、これが体内で増殖しやすくなり、そのために心筋炎を発症し、これが劇症化するに至った旨などを主張する。
   そこで、以下では、被告Yの注意義務違反とAが心筋炎を発症して死亡するに至ったこととの因果関係の有無について検討する。
   なお、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、特定の事実が特定の結果発生を将来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日判決・ルンバール・ショック事件)から、本件においてもこのような観点から検討することとする。
 イ Aの心筋炎は劇症型心筋炎であり、その原因については特定されてはいないものの、E病院における手術時に行われた心筋組織の病理学的検索によって、Aの症状はリンパ球性心筋炎と診断されたというのである。そして、リンパ球性心筋炎は、ウイルス感染によるものが多いとされているところからすると、Aの心筋炎は、ウイルス感染による急性心筋炎であった可能性が高いということができる。
   Aは、平成21年に本件レストランにおいて勤務するようになって以降、過酷な長時間労働に従事しており、平成24年11月24日にD病院を受診して心筋炎と診断されるまでの約1年間における1か月の当たりの平均時間外労働時間は、約250時間(ただし、1日当たりの休憩時間を30分として計算した場合)にも上っており、その睡眠時間は、定休日以外の日については、1日当たり5時間以下であることが常態化していたというのであるから、心筋炎を発症した当時、著しい長時間労働とこれに伴う睡眠不足によって、過労の状態にあったことは想像に難くないところである。
   また、このことに加え、Aは、同月20日頃から頭痛や関節痛を訴えるようになっており、これは急性心筋炎の前駆症状であったとみるのが相当であるところ、本件レストランにおける仕事が繁忙であったことから、Aは、上記の症状が続いているにもかかわらず、同月21日及び同月22日にも本件レストランに出勤し、通常どおりの勤務を行い、さらに、同月23日においても、38度を超える発熱等もあって相当程度体調が悪化していたにもかかわらず、仕事が繁忙であったことから、休日診療所を受診した後に、体調不良を押して出勤した上、午後11時過ぎまで勤務を続けており、帰宅時の体温は38度8分に上っていたというのである。
   このような事情に照らすと、Aにおいては、日常業務において過労の状況にあったところに加えて、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、ほぼ従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたのであるから、そのことによって更に体力を奪われ、極めて疲弊した状態に陥っていたことは明らかである。
 ウ 感染症においては、宿主側の状態が、病原体の感染・発症の成立を決定する重要な要素であるとされており、何らかの理由で自然免疫応答と獲得免疫応答による生体防御反応が損なわれた場合には、感染症による傷害の可能性が高くなるとされていて、低栄養や過労の状態では、一般に病原体に対する抵抗力(生体防御能)が弱くなり、感染して発病しやすいとされている。
   また、睡眠は免疫調整に関与しており、長期的かつ重度の睡眠遮断は、自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うとされているところ、健康な男性ボランティアを対象として、夜の早い時間帯における部分的睡眠遮断と免疫応答に対する影響を調べた実験結果によると、わずかな睡眠遮断でも自然免疫応答とT細胞のサイトカインの産生が低下することが示されたほか、健康な男女を対象とした睡眠と風邪感受性についての実験結果によると、睡眠時間が5時間未満及び5時間以上6時間未満の場合には、7時間睡眠の場合と比較して、風邪への罹患リスクが統計学的に増加することが示されたというのである。
   これらの事情は、過労の状態や睡眠不足が、ウイルス等の病原体に対する生体防御機能を低下させる要因の一つとなっていることを示しているところ、このことと心筋炎の前駆症状が現れた平成24年11月20日過ぎの時点におけるAの状態を併せ考えると、この当時、Aは、過労や睡眠不足によって、生体防御機能が低下した状態であり、体内に侵入したウイルスが増殖して感染を成立させ、感染症を発症しやすい状況にあったということができる。
 エ また。Aは、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、本件レストランにおける仕事が繁忙であったことから、仕事を休んで安静を図ることができなかったのみならず、ほぼ従前どおりの過酷な長時間勤務を継続していたというのである。そして、ウイルス感染の増悪因子の一つとして過労が挙げられていて、急性心筋炎における急性期の治療の第一は、増悪因子の除去、すなわち安静及び心負担の軽減を図ることが必要であるとされており、また、活動性ウイルス感染時に運動をすることでウイルス複製が亢進することから、急性心筋炎の患者は身体活動を制限する必要があるとされており、さらに、新潟県内で発症した劇症型心筋炎の集計によると、18例のうち、最初の医療機関の受診時に入院観察の対象となった6例は全員生存退院できたのに対し、初回に自宅療養の方針となった12例のうち9例は急性期に死亡したというのである。
   このような諸事情を考慮すると、Aが、急性心筋炎の前駆症状が現れた後も、従前どおりの過酷な長時間労働を継続していたことが、その急性心筋炎の症状をより悪化させる要因になったことは否定し難いといわざるを得ない。
 オ 被告Yは、被告会社の代表者として、被告会社が雇用する労働者を指揮・監督する立場にあったのであるから、Aについて、業務の遂行に伴う疲労等が過度に蓄積してその健康を損なうことがないように注意すべき義務を負っていたにもかかわらず、Aにおいて、恒常化した著しい長時間労働によって十分な睡眠時間を確保することができなくなり、その結果、業務の遂行に伴う疲労が過度に蓄積する状況になっていたにもかかわらず、そのような状況に全く無頓着なまま、Aの負担を軽減させるための措置を一切講じようとしなかったのみならず、同月23日にAが体調の不良を訴えて休日診療所を受診した後に本件レストランに出勤した際にも、休息等を取るよう命じたこともなく、Aの体調が相当程度悪いことを認識していながら、深夜に至るまで、ほぼ、通常と同様の業務に従事させていたというのである。
   そして、前記ウ及びエで指摘したような諸事情に鑑みると、被告Yにおいて、恒常化した著しい長時間労働によって、Aの疲労が蓄積する状態になる以前に、従業員を増員するなどして、これを回避するための措置を取っていれば、Aにおいて急性心筋炎を発症するには至らなかった可能性があるし、また、少なくとも、実際にAが体調不良の状況に陥り、そのことを被告Yにおいて認識した時点において、直ちに休息を命じるなどの対応を取っていたとすれば、Aの急性心筋炎の症状がより一層悪化するという事態を招くことを回避できた可能性がなかったということはできない。
   そうすると、被告Yの上記義務違反と、Aがウイルスに感染して心筋炎を発症し、その症状が沈静化することなく進行したこととの間には、相当因果関係があるというべきである。
 カ そして、Aの心筋炎は、平成24年11月25日の時点では、劇症型心筋炎の状態となっていたということができ、同月26日には重症心不全にショック状態に陥っていたというのであるが、一般に、心筋炎発症に関連する危険因子としては、病原以外に個体因子(遺伝的背景、男女、年齢等)と環境因子(住居、職場、仕事内容、作業時間、睡眠時間等)が考えられている。そして、心筋炎及び致死性心筋炎の発症率は、男性の方が女性よりも高いとされており、また、心筋炎の原因となる心臓作用性ウイルスには、咳嗽の原因となる一般的なウイルスが含まれていて、これに罹患した者のうち、ごく少数の者のみが心筋炎の臨床学的症状を示すとされていることからすると、臨床学的心筋炎の進行等には、男女差のほか、何らかの遺伝的背景が関与しているものと考えられ、さらに、心筋炎が劇症化する予測因子としても、罹患時の心筋病変の範囲・重症度等以外に、患者個体の何らかの遺伝的・自己免疫的素因等の関与がある可能性があるとも考えられる。
   しかしながら、仮に、心筋炎の発症やその劇症化に、男女の差や、患者の何らかの遺伝的・自己免疫的素因等の関与があったとしても、男女の差はもとより、上記遺伝的・自己免疫的素因等については、その実態すら明らかではない上、これらの因子が何らかの疾患に当たるものであったり、極めてまれな特異体質に当たるようなものであることを認めるに足りる証拠は存在しないのであるから、これらは個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものであるというべきである。
 キ 以上によると、心筋炎の発症の原因となるウイルスに感染した者が、長期間にわたる長時間労働やこれに伴う睡眠不足のため過労の状態にあったところに、心筋炎の前駆症状が現れた後も数日間にわたって過重な労働を続けたことで、より一層生体防御機能を低下させ、その結果、ウイルスの増殖を食い止めることができずに、心筋炎を発症するに至った場合には、一定の遺伝的・自己免疫的素因等(上記のとおり、これらは個々人の個体差の範囲内のものにすぎない。)を有するものにおいて、心筋炎が劇症化することは、因果の流れとして一般に想定されるものであったといわざるを得ない。
   そうすると、被告Yの上記注意義務違反と、Aが心筋炎を発症し、その後、これが劇症化して重症心不全によるショック状態に陥ったこととの間には、相当因果関係があるというべきである。
   そして、Aは、劇症型心筋炎の状態になった結果、重症心不全によるショック状態に陥って、左心及び右心に補助人工心臓を植え込むことになり、これによる重篤な合併症である脳出血によって死亡したというのであるから、被告Yの上記注意義務違反と、Aの死亡との間にも、相当因果関係があるといわざるを得ない。

(3)結論
   被告Yは不法行為に基づく損害賠償として、被告会社は会社法350条に基づく損害賠償として、それぞれ連帯して、原告らに対して、合計8,430万7,865円及び遅延損害金の支払義務を負う。原告らの請求は、上記の限度で理由がある(一部認容)。


 

大阪地裁令和元年5月22日判決(自保ジャーナル2053号150頁)

契約車両を主に使用する者が運転免許を有していないとき、同人の配偶者は記名被保険者となり得ないとして、保険会社による詐欺取消(民法121条本文)を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成27年9月18日午前8時50分頃
 イ 発生場所 奈良県大和高田市内路上
 ウ 原告車 原告Aが所有し、原告Bが運転する普通乗用自動車
 エ C車 Cが所有し、運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 信号機により交通整理の行われている十字路交差点(以下「本件交差点」という。)において、本件交差点を西から東に向かって直進進行しようとした原告車と、南から北に向かって直進進行しようとしたC車が側面衝突した。

(2)Cは、平成24年6月14日に運転免許取消処分を受け、その後、本件事故発生の日である平成27年9月18日までの間、運転免許を取得していなかった。
   原告らは、平成28年10月3日、Cに対して本件事故による損害の賠償を求める訴えを、E地方裁判所a支部に提起した(以下「別件訴訟」という。)。しかし、Cは、別件訴訟の口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、平成29年2月14日、原告らの請求を全部認容する判決が言い渡され、同年3月6日の経過により確定した。
   その後、原告らは、C車に付保された自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)の保険者である被告に対し、本件保険契約に定める損害賠償請求権者の直接請求権に基づき、損害金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(3)本件保険契約の内容は、以下のとおりである。
 ア 保険日 平成27年7月14日
 イ 保険契約者 D(注:Cの妻
 ウ 記名被保険者 D
 エ 保険期間及び補償内容 略

(4)Cは、平成27年7月14、被告の代理店を訪れ、Dを代理して、上記の内容が記載された自動車保険申込書を作成・提出し、同日、Dと被告との間で、本件保険契約が締結された。上記申込書には、記名被保険者であるDの運転免許証につき、免許証の色はゴールドで、有効期限は平成29年4月である旨も記載されていた。
   なお、Cを契約車両とする自動車保険契約としては、平成27年1月18にDと被告との間で締結された、記名被保険者をD、保険期間を同月26日午後4時から平成30年1月26日午後4時までとする自動車保険契約(以下「旧保険契約」という。)が存在していたところ、保険料の払込方法を変更する際に、旧保険契約が解約され、本件保険契約が締結された。

(5)本件保険契約の約款には、要旨、以下の定めがある。
 ア 被保険者
   次の者は、「被保険者」に該当する。
  a)記名被保険者
  b)契約車両を使用又は管理中の記名被保険者の配偶者
 イ 告知事項
   記名被保険者(氏名及び年月日)及び記名被保険者の運転免許証の色が、告知事項に該当する。このうち、記名被保険者に関する告知については、本件約款に以下の記載がある。
   記名被保険者は、「対人賠償責任保険」・「対物賠償責任保険」・「自動車事故特約(人身傷害保険)」等の被保険者(補償の対象となる方)の範囲や等級・事故有係数適用期間の承継範囲、記名被保険者年齢別料率区分等を決めるための重要な事項となります。ご契約のお車を「主に使用される方」等から1名を選択し、その方のお名前が保険証券の「記名被保険者氏名」欄に正しく記載されているかご確認ください。
(注)ご契約のお車を「主に使用される方」は、次のいずれかの方をいいます。
  ①主たる運転者(運転頻度の高い方)
  ②「ご契約のお車の所有者」や「自動車検査証上の使用者」等、実際にご契約のお車を自由に支配・使用している方
 ウ 告知義務
  a)保険契約者または記名被保険者になる者は、保険契約締結の際、告知事項について、被告に事実を正確に告げなければならない。
  b)被告は、保険契約締結の際、保険契約者または記名被保険者が、告知事項について、故意または重大な過失によって事実を告げなかった場合または事実と異なることを告げた場合には、保険契約者に対する書面による通知をもって、この保険契約を解除することができる。
  c)上記解除権は、被告が、上記bによる解除の原因があることを知った時から1ヶ月を経過した場合には行使しない。

(6)被告は、平成29年6月30日、Dに対し、告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。
   被告は、平成30年5月26日、Dに対し、詐欺を理由に本件保険契約を取り消す旨の意思表示をした。


【争点】

(1)本件事故の態様及びCの責任原因(争点1)
(2)原告らの損害(争点2)
(3)本件保険契約の効力(争点3)
 ア 告知義務違反による解除
 イ 錯誤無効
 ウ 詐欺取消の可否
   裁判所の判断の概要は、以下のとおりである。


   なお、争点3ウに関する原告の主張は、以下のとおりである。
 ア 争点3ウに関する原告の主張1
   本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定またはその可能性があった。Dが自己を記名被保険者として自ら旧保険契約を締結していることは、その証左である。
 イ 争点3ウに関する原告の主張2
   仮に、本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定またはその可能性がなかったとしても、上記【事案の概要】(5)イのとおり、本件約款には、記名被保険者について、契約車両を主に使用する方「等」と記載されており、契約車両を主に使用する者以外に、これに準ずる者も含まれる。
   そして、契約車両を使用中である記名被保険者の配偶者も補償の対象となる者(被保険者)に含まれる(前記【事案の概要】(5)アb)のであるから、契約車両を主に使用する者の配偶者は、契約車両を主に使用する者に準ずる者として、記名被保険者にあたる。


【裁判所の判断】

(1)争点3(本件保険契約の効力)について
   事案に鑑み、先に争点3について判断するに、争点3ウ(詐欺取消の可否)に関する被告の主張のとおり、被告は、Dの代理人であるCの詐欺により本件保険契約を締結したものと認められるから、被告の取消の意思表示により、本件保険契約は、遡及的に無効となる(民法121条本文)。
   以下、詐欺が成立すると判断した理由について詳述する。
 ア 以下の事実が認められる。
  a)Cは、平成24年6月14日に運転免許取消処分を受けた後、運転免許を取得していないにもかかわらず、従前同様に自動車の運転を続けていたところ、平成26年7月頃、C車を購入し、自らを所有者及び使用者として登録した上、以後、自身の仕事のために、ほぼ毎日、C車を運転していた。一方、Dは、同年春頃、娘と共同で使用するために別の車両を購入して以降、同車を使用しており、C車を使用することは全くなかった。
  b) 前記【事案の概要】(4)の経緯にて、平成27年7月14日、Dと被告との間で、本件保険契約が締結された。
   本件保険契約の申込みに際しては、記名被保険者について、契約車両を主に使用する者等から1名を選択することとされ、主に使用する者とは、①主たる運転者(運転頻度の高い者)、②所有者や自動車検査証上の使用者等、実際に契約車両を自由に支配・使用している者のいずれかとされていた。
   また、上記申込書には、記名被保険者の運転免許証の色を記載することとなっており、記名被保険者が運転免許証を持っていない場合には、同申込書に「その他」と記載することとなっていた。
   本件保険契約においては、ノンフリート等級につき6S等級、事故有係数適用期間は0年とされ、保険料について9%の割引が適用された。
 イ 上記アbのとおり、本件保険契約の申込みに際しては、C車を主に使用する者等を記名被保険者とした上で、自動車保険申込書に、記名被保険者の氏名、生年月日及び運転免許証の色を記載することとされていたところ、
   これは、本件保険契約においては、記名被保険者、すなわち、契約車両の主たる運転者や契約車両を自由に支配・使用している者等が誰であるか、その者の年齢、運転免許証の保有の有無、事故歴等などに応じて、保険事故発生の危険が異なり、被告において、本件保険契約の申込みを承諾するか否か、また、承諾する場合の契約条件(ノンフリート等級、事故有係数適用期間、記名被保険者年齢別料率保険料の額など)を決定するに際し、重大な影響を及ぼすからであると解される。
   このことは、記名被保険者を告知事項と定める本件約款の規定の内容からも明らかである。
   そして、前記アaによれば、CがC車を購入した平成26年7月以降、C車の所有者及び自動車検査証上の使用者はCであり、また、同人のみがC車を運転し、管理し、使用する一方、DがC車を使用することはなかったと認められるから、本件保険契約の申込時点において、C車の記名被保険者になり得る者は、Cのみであって、Dは、C車の主たる運転者ではなく、C車を支配・使用している者でもなかったと認められる。
   そうであるにもかかわらず、Cは、Dの代理人として本件保険契約を申し込むにあたり、C車の記名被保険者としてDの氏名及び生年月日が記載され、記名被保険者の運転免許証の色はゴールドである旨が記載された自動車保険申込書を作成・提出しているのであって、かかる行為は、Dの代理人であるCにおいて、実際には、C車を専ら運転し、使用・管理するのは、運転免許を有していないCであったにもかかわらず、これを秘して、C車を主に使用する者等がDである旨、被告を欺罔するものというほかない。
   そして、被告において、上記申込時点におけるC車を主に使用する者等が、運転免許を有していないCであり、Dはこれに該当しないことを知っていたならば、本件保険契約の締結に応じなかったものと解されるから、被告は、Cの上記欺罔行為により、上記のとおり誤信して本件保険契約を締結したものと認められる。
   以上のとおり、本件保険契約は、Dの代理人であるCの欺罔によって締結されたものであり、詐欺取消の対象となる。
 ウ 争点3ウに関する原告の主張1について
   前記アa及び証拠(略)によれば、Dは、Cが運転免許取消処分を受けた後も自動車の運転を継続していることを危惧しながら、Dの無免許運転を止めさせることはできないと考えていたというのであるから、夫であるC運転するC車が事故に遭った場合を慮って、C車に係る自動車保険の締結に協力したとしても不自然ではなく、Dが自己を記名被保険者として自ら旧保険契約を締結しているというだけでは、本件保険契約の申込時点において、DがC車を使用する予定又はその可能性があったとはいえない。
   よって、原告らの上記主張は採用できない。
 エ 争点3ウに関する原告の主張2について
   本件約款において、前記【事案の概要】(5)イのとおりに告知事項が定められている趣旨は、契約車両を運転する頻度の高い者や実際に契約車両を自由に支配・使用している者が誰であるのか、その者の年齢や運転免許の保有の有無、保有する運転免許証の種類、事故歴などに応じて、保険事故発生の危険が異なるからにほかならない。
   そうすると、記名保険者となり得る者(注:契約車両を主に使用する者「等」に該当する者)は、上記危険を判断するために適切な者でなければならないと解するのが相当である(注:契約車両を主に使用する者の配偶者であっても、契約車両を主に使用する者「等」に該当しないこともある。)。
   よって、(注:Dは、契約車両を主に使用する者「等」に該当しないので、)原告らの上記主張は採用できない。

(2)結論
   以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。