東京地裁平成31年2月8日判決(自保ジャーナル2048号117頁)

大型の冷蔵冷凍車の中古車市場は存在することから、原告車の時価を、減価償却の方法によらずに、中古車市場における販売価格を参照して算定た事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成28年7月19午後7時25分頃
 イ 発生場所 愛知県小牧市内B高速道路上り線路線上
 ウ 原告車  原告が所有し、Aが運転する大型貨物自動車(冷蔵冷凍車)
 エ 被告車  Cが運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 被告車が高速道路を逆走して原告車と正面衝突した。

(2)原告は、貨物運送を目的とする会社である。
   被告DはCの妻(相続分2分の1)、被告E、同F及び同GはCの子(相続分各6分の1)である。
   被告保険会社は、Cとの間で保険契約を締結した者であり、同保険契約上の直接請求権に基づき、本件事故について、原告の被告Dらに対する判決の確定を条件として、原告に対して被告Dらが負担する損害賠償額を支払う義務を負う。

(3)原告車は、車両総重量2万4,950㎏の冷蔵冷凍車であり、初度登録は平成21年12、本件事故時点までの走行距離は約103万8,000であった。
   本件事故による原告車の損傷の修理には1,235万2,705円を要する。


【争点】

   原告の損害額
(1)車両損害(争点1)
(2)休車損(争点2)
(3)営業損害(取引の打切り)
(4)営業損害(余剰人員の給与)
(5)保管料
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、争点1に関する被告らの主張は、以下のとおりである。
 ア 冷蔵冷凍車については、中古車市場が形成されておらず、同等の車両を取得し得る価格を算定することが困難であるため、原告車の時価減価償却の方法によって算定すべきである。
   原告車は、初度登録が平成21年、走行距離が100万㎞以上の冷蔵冷凍車であり、本件事故時において、既に相当な距離を走行し、耐用年数(4年又は5年)を超過して使用していた。そうすると、原告車の時価は、新車価格2,460万円の1である246万円とすべきであり、これは修理費(注:1,235万2,705)を下回るため、経済的全損として、車両損害は246万円となる。仮に耐用年数を冷蔵冷凍車の平均車齢である10として定率法を用いて計算しても、本件事故時(経過年数7年)の時価291万8,848である。


【裁判所の判断】

(1)車両損害(争点1)
 ア 原告は、平成21年12月、H社から冷凍食品等の運送業務を受注することができることとなり、冷蔵冷凍庫である原告車を購入した。
   原告車は、車両総重量2万4,950㎏の冷蔵冷凍車(初度登録平成21年12)であり、4軸低床、総輪エアサスペンションなど、H社が要求する仕様に対応して製造され、専らC社から受注する運送業務に使用されていた。
   原告車については、平成24年12月にエンジン、エアサスペンション及びパワーステアリング等の交換がされ、平成27年7月には、側面衝突の交通事故に遭ったため、平成28年1月にパネル交換等がされた。原告車の本件事故時点までの走行距離は約103万8,000であった。
 イ インターネット上の中古車販売サイトは、原告車と同社種である大型冷蔵冷凍車について、
  ・平成28年12月に税込価格1,263万6,000円(平成19年式、走行距離48万8,000㎞)で販売されていたもの
  ・平成29年6月に税込価格1,361万円(初度登録平成20年3月、走行距離38万5,000㎞)で販売されていたもの
  ・平成30年2月に税込価格756万円(平成22年式、走行距離68万8,000㎞)で販売されていたものがある。
   平成30年2月に販売されていた前記2台と同じウェブサイトでは、価格は応相談として、同車種の冷蔵冷凍車が他に14台販売されていた。
   他方で、原告が平成28年8月に株式会社Iから取り付けた中古の冷蔵冷凍車の見積書では、
  ・本体価格1,500万円(初度登録平成23年9月、走行距離68万8,120㎞)
  ・本体価格1,050万円(初度登録平成21年9月、走行距離29万4,591㎞)
  ・本体価格880万円(初度登録平成17年12月、走行距離69万9,096㎞)
の3台が提示された。
 ウ 以上の事実によれば、大型の冷蔵冷凍車の中古車市場は存在するといえるから、原告車の時価は、減価償却の方法によって算定すべきではなく、中古車市場における販売価格を参照して算定するのが妥当である。
   そして、原告車は、初度登録から本件事故まで約7年を経過し、その走行距離が100万㎞を超えている車両であって、前記イの各車両と比べても使用期間又は走行距離が長いこと、他方で、エンジン等の交換がされていることを考慮すると、原告車の時価800万円であると認められる。
   これに加えて、原告車と同等の冷蔵冷凍車を取得するには、消費税相当額64万円を要するほか、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、その他諸費用として60万円を要すること、原告車と同じ業務に使用するにはH社が要求する仕様を踏まえた整備が必要であり、その費用として50万円を要することが認められるが、これを上回る費用を要すると認めるに足りる証拠はない。
   したがって、原告車と同等の車両の取得に要する費用は、車両の時価に前記各費用を合わせた974万円であり、これは原告車の修理費(1,235万2,705円)を下回るから、原告車は経済的全損といえ、本件事故による車両損害974万円である。

(2)休車損(争点2)
 ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、
  ・原告車の稼働による売上が、平成28年4月から同年6月までの3ヶ月間において、510万8,400円であったこと
  ・平成27年7月1日から平成28年6月30日までの事業年度において、原告の運送収入は2億7,109万1,000円、運送業務に係る変動費は1億7,988万4,000円(人件費、燃料油脂費、修繕費、事故賠償費、道路使用料及び「その他」の経費の合計額)であって、利益率は33%であったことが認められる。
   そうすると、原告車の稼働による利益は、1ヶ月につき56万1,924円(=510万8,400円÷3×33%)となる。
 イ また、証拠(略)によれば、原告は、原告車の他に大型の冷蔵冷凍庫を保有していなかったことが認められる。
   そして、原告車の損傷状況等に関する被告保険会社による調査が本件事故後約1ヶ月を経過した平成28年8月22日に行われたこと、前記(1)ウのとおり、取得した車両を原告車に替えて使用するには相応の整備を要することからすれば、原告車の買替えに要する相当な期間は4ヶ月間であると認められる。
 ウ したがって、本件事故によって、原告には4ヶ月にわたり原告車を使用することができなかったことによる休車損224万7,697円(=56万1,924円×4)が生じたと認められる。

(3)営業損害(取引の打切り)
   H社との間の取引は本件事故から6ヶ月以上の期間が経過した後に原告の申し入れによって終了したものであるから、この取引の終了による逸失利益は本件事故による損害とは認められない(詳細については、省略する。)。

(4)営業損害(余剰人員の給与)
   本件事故による損害とは認められない(詳細については、省略する。)。

(5)保管料
   前記(2)イで認定したとおり、原告車の買替えに要する期間は本件事故後4ヶ月間であるから、保管料として本件事故と相当因果関係が認められるのは、この期間に係るものに限られる。
   したがって、平成28年8月18日(注:修理工場における保管料の発生日である。)から3ヶ月分の保管料9万7,200円は、本件事故による損害であると認められる。

(6)結論
   以上によれば、原告の損害は、車両損害974万円、休車損224万7,696円及び保管料9万7,200円に弁護士費用120万円を加えた1,328万4,896円(注:請求額は、4,508万2,829円)となる(一部認容)。


 

東京地裁平成30年6月8日判決(判例タイムズ1467号185頁)

配置転換の約1年後になされた転居命令が、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効であると判示した事例(控訴後控訴棄却)


【事案の概要】

(1)原告は、東京都板橋区に妻と長男(平成13年生)と同居しており、平成20年1月1日、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結した。
   被告は、外資系企業であり、金属製組み立て式天井板及び建物外装等の輸出入、製造及び販売等事業を営む株式会社である。

(2)被告は、平成20年1月1日当時、①建築建材を取り扱うAP事業部、②ブラインド・シェード製品を取り扱うWCP事業部、③総務・人事・経営管理を行う経理管理グループ、④製品の製造を行う茨城工場の4部門があり、東京都品川区にある京浜急行電鉄立会川駅近くの本社に①から③の各部門が、茨城県小美玉市内に④があった。④茨城工場への交通手段は、東京都内からJR常磐線で石岡駅まで行き、同駅からはバスに乗ってグリーンバス(かしてつバス)新高浜駅(以下「新高浜駅」という。)で下車する方法である。
   原告は、平成20年1月1日当時、①AP事業部内の営業をサポートする技術支援チームに所属しており、新規物件の見積もり依頼への対応、技術資料図書の整備等の業務に従事していた。

(3)被告は、平成23年12月から同24年1月にかけて本社を移転し、AP事業部はJR浜松町駅の近くの浜松町事務所、WCP事業部と経営管理グループは六本木の本社(以下「六本木本社」という。)に移転した。その後、被告は、AP事業が業績不振であったことから、平成27年11月30日、AP事業部から撤退するとともに、浜松町事務所を閉鎖した。
   平成27年11月の時点でAP事業部にいた社員(7名)のうち、原告、A、B及びCの4名が、同年12月1日付けで茨城工場へ異動した(以下「本件配置転換」という。)。原告の業務は梱包作業となった。原告の茨城工場への通勤経路は、東武東上線ときわ台駅から池袋駅、日暮里駅での乗り換えを経てJR石岡駅まで電車で行き、そこからバスでかしてつバス新高浜駅まで行くものであり、乗車時間は2時間45分程度であった。また、原告の自宅から東武東上線ときわ台駅までは徒歩で約13であった。
   原告と被告は、平成20年1月1日に、期間の定めのない労働契約を結んだが、給与は毎月20日締めの25日払い、通勤交通費は会社の認める通勤経路に要する実費につき全額支給とされていた。被告は、本件配置転換後の平成27年12月25日及び平成28年6月に、原告に対し、それぞれ通勤交通費30万6680円(石岡駅から新高浜駅までのバス6か月定期5万8320円とときわ台駅から石岡駅までの電車6か月定期代24万8360円の合計額)を支払った。

(4)被告の経営管理グループのDは、平成28年11月4日、六本木本社で、原告に対し、同年12月1日から茨城工場の近くに単身で転居するよう命令した(以下「本件転居命令」という。)。
   原告は、同年11月7、8日頃及び同月11日、Dに対し、通勤費を自己負担した上で東京の自宅から通勤したい旨を伝えたが、これに対し被告は、安全管理の見地から認められないと回答した。Dは、その際、原告に対し、茨城工場での勤務が長期化し、原告が東京勤務になる見込みはないことから、原告の健康や安全管理、業務の円滑のため社宅を付与することを説明した。また、原告は、共働きの妻と中学生の子がいるので転居せず今まで通り通勤させて欲しいと話していた。
   被告は、同年11月24日、原告に対し、赴任手当を13万5000円支給すること、付帯費用(引越代)は全額会社が負担すること、別居手当の支給はないこと、敷金・礼金は被告が負担すること、借上社宅の賃料3万5000円は原告が負担することなどを提案したが、原告は、これに応じなかった。

(5)被告は、平成29年3月31日、原告に対し、同日付で解雇することを通知し(以下「本件解雇」という。)、解雇予告手当65万5220円(注:解雇時の原告の給与は、年俸750万6000円(毎月62万5500円)であった。)を支払った。また、被告は、同年4月14日、原告に対し、退職金366万9173円を支払った。
   被告は、原告に対し、同年10日付け解雇理由説明書を送付した。そこには、解雇理由として、就業規則25条16号(略)で定められた「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があったとき」に該当すること、具体的には本件転居命令に対し、繰り返しの説明、説得にも関わらず、不合理な反抗を続け、正当な理由なく本件転居命令に従わなかったことがこれに当たる旨が記載されている。


【争点】

(1)本件転居命令の有効性
(2)通勤交通費の有無及び額
(3)慰謝料請求の有無及び額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件転居命令の有効性
 ア 憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」としており、同条は民法90条を介して原告と被告の労使関係にも一定の拘束力がある。しかし、被告の就業規則には、被告は「その判断で社員の配置転換又は転勤を命じることができ」(10条)、「業務上の必要若しくは業務上の都合により、社員に対し就業場所若しくは従事する職務の変更を命じることがあ」り(13条)、「人事異動により居住地の変更を要する場合の取扱いは別に定める」(15条)との定めがあるから、被告は、原告との個別の同意なくして原告の勤務地を決定し、勤務先の変更に伴って居住地の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する。
 イ さらにその権限に基づき、使用者は、配置転換等の業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定することができる。
   しかしながら、転居は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権(転居命令権)は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないことはいうまでもない。転勤命令(転居命令)につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない。
   そして業務上の必要性については、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定される(転勤命令権につき、最高裁昭和61年7月14日判決参照)。
 ウ 本件について業務上の必要性をみるに、被告は、往復6時間の長時間通勤は、原告の健康不安、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等から、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできず、本件転居命令には業務上の必要性がある旨主張する。
   しかし、
  a)本件転居命令は、本件配置転換の約1年後に出されたもので、原告は、その期間、転居せず自宅から茨城工場に通勤していたこと
  b)原告の茨城工場での業務内容は梱包作業であり、早朝・夜間の勤務は必要なく、緊急時の対応も考え難いこと
  c)原告不在時には他の従業員が原告の業務に対応することができたこと
  d)原告に残業が命じられることはなかったこと
  e)原告は、片道3時間かけて通勤しているが、交通事故のために休職した期間と一度の電車遅延による遅刻の他は遅刻や欠勤はなく、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出ることもほとんどなかったことが認められる。
   そうすると、原告が転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみても、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえず、業務の必要があるとは認められない。
   また、被告は、AP事業部の再開が見込まれないため、原告が東京勤務になる見込みがなく、今後も継続して長時間通勤を原告に課すことは、労働契約法や労働安全衛生法上不相当であると主張する。
   しかし、単身赴任による負担と長時間通勤の負担を比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。したがって、被告の上記主張は採用しない。
   以上によれば、本件転居命令には業務上の必要性があるとは認められず、被告の上記主張は採用しない。
 エ 以上によれば、本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。そうすると、原告は本件転居命令に従う義務はないし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、客観的合理的理由を欠いており、社会通念上も相当であるとは認め難いから、本件解雇は労働契約法16条により無効である。

(2)通勤交通費の有無及び額
   被告は、原告に対し、平成28年12月1日から平成29年3月31日まで(4か月)の原告の最寄り駅である東武東上線ときわ台駅からJR石岡駅までの定期代を支払うべきところ、原告の請求する3か月分13万3970円について未払のままであると認められる。
   また、被告は、平成28年12月22日にバス定期代を支払っているから、同日が交通費の支払日であると認められる。

(3)慰謝料請求の有無及び額 
   本件転居命令が無効であり、それに従わないことを理由にした本件解雇が無効であるからといって、被告が原告に対して、本件転居命令に従うよう求めたことが直ちに不法行為に当たるとは認められない(詳細は省略する。)。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び本件転居命令に従う義務のないことの確認、平成29年4月5月の未払賃金125万1000円並びに同年6月から本件確定の日までの賃金月額62万5500円及びこれに対する遅延損害金、未払交通費13万6970円及びこれに対する遅延損害金の支払請求は理由がある(一部認容)。


 

東京地裁平成31年2月25日判決(労働判例1212号69頁)

即戦力として中途採用された原告が、軽微でない多数の業務上のミスをし、多数回の指導等でも改善されなかったため、試用期間中の留保解約権の行使としてなされた解雇を有効と判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告は、昭和60年に出生した男性である。
   被告は、ザ・ゴールドマン・サックス・グループ・インクの関連会社からの委託を受けて、不動産の賃貸借その他の事業を営むことを目的とする特例有限会社である。

(2)被告は、平成27年1月ころ、ゴールドマン・サックス証券株式会社オペレーションズ部門(出向)(以下「本件オペレーションズ部門」という。)のレギュラトリー・オペレーションズ部の人材を募集していた。その募集要項には、当該人材に係る責任として、日時、週次又は月次での当局宛て報告書の作成又はその正確性の確認等がその内容として記載されていたほか、当該人材に係る基本的資質として、大学卒以上、金融業務における5年以上の実務経験、複雑な金融商品・機能に関するデータ分析、情報技術、業務運営プロセス及びコンプライアンス等の業務経験が求められるものとされていた。
   原告は、本件オペレーションズ部門への中途採用を希望して応募した。その結果、原告と被告は、平成27年5月22日に、同年7月10日付けで被告に入社する旨の期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。

(3)被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)の第7条及び第13条には、次の内容の定めがある。
 ア 第7条1の定め
   入社後3か月間を試用期間とする。試用期間の満了以前に、当該試用期間対象者の上長は、当該試用期間対象者の勤務成績を評価し、社員として勤務させるか、又は解雇すべきかを会社に通告するものとする。
 イ 同条2の定め
   上記アの試用期間対象者を社員として勤務させることが不適当であると決定した場合には、会社は、30日前に予告をするか、又は当該予告期間に代えて30日分の平均賃金を支払うことにより、当該試用期間対象者を解雇するものとする。
 ウ 第13条3の定め 略

(4)原告は、本件オペレーションズ部門内のレギュラトリー・オペレーションズ部のポジションチームに配属された。このチームは、関係する監督官庁又は取引所の法令等に定められた定期的な報告書の作成・提出等を主に担当する部署であり、具体的には、大量保有報告書や空売りの残高報告等の報告書類の作成、その作成の要否を判断するための基礎となるデータの収集、突合、分析及び検討並びに関係部署への報告を担当していた。当時の当該チームは、Cリーダー以下のD代理やA氏ら数名の従業員で構成されており、A氏が原告の指導担当者とされていた。

(5)B VPは、原告の業務の遂行の状況や業務上のミスの発生の状況等を記録して、組織的に共有する必要があると考え、CリーダーやD代理に対してその旨の指示をし、平成27年8月19日から、原告の業務遂行の状況等が記録されることとなった。D代理は、同日、原告に対し電子メールにより、アップデート事項を毎日B VP及びCリーダーらと共有するよう指示するとともに、ミスを減らすための措置を考え、報告をするように指示した。これを受けて、原告は、同日、ミスを減らすための措置として、2項目について、ミスの原因及び今後の作業を記載した電子メールをB VPらに送信した。しかし、原告は、その後も業務上のミスを繰り返した。

(6)B VP及びE VPは、同年9月4日(金曜日)の夕刻頃、原告との面談を実施し、原告に対し、業務上の問題点を指摘するとともに、その改善がない場合には本件労働契約の終了の可能性があることを説明した。
   原告は、同月7日(月曜日)、合計5項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、個々の業務の重要性やミスの原因等について事情聴取したり、自らの考えを伝えたりした。B VPは、その後、上司であるK氏に対し、現行の仕事振りについて、「自分の担当作業について、繰り返しミスをしたり、やるべきことを忘れたりしている」旨の報告をした。

(7)原告は、同月8、9、及び10日にも、業務上のミスを繰り返しため、B VPは、各日において、Cリーダーからの報告の内容を基にして原告との面談を実施するとともに、K氏に対し、報告をした(なお、B VPは、同月8日、K氏らに対し「いくらか改善はみられる」などと報告を補足する内容を、英文で記載した電子メールを送信した。)。

(8)原告は、同月11日(金曜日)、1項目のミスをし、Cリーダーは、B VP及びE VPに当該ミスを報告した。B VPは、同日、当該報告の内容を基にして原告との面談を実施し、ミスの原因等について事情聴取するなどした上で、更に話し合うための会議を次の月曜日に設定すること、準備ができ次第今後のステップについて連絡することを伝えた。B VPは、同日、K氏らに対し、Cリーダーによる報告及び当該面談の状況を伝えた。
   被告は、同月14日(月曜日)、原告に対し、退職合意書を示して、退職に関するパッケージを支払うことの提案をした。当該提案は、原告の出勤最終日を同日とし、平成27年10月10日までに本件労働契約を合意によって終了させること、30日間の解雇予告手当に足りない4日間分の基本給与額を支払うこと、転職活動支援サービスを提供すること、契約終了日まで福利厚生を受けることができること、この提案が同年9月24日午後6時まで有効であること等を内容とするものである。その後、原告は、被告に対し、この提案に同意しない旨を表明したため、被告は、原告に対し、同年9月25日付けの書面により、本件就業規則第7条1及び同条2の定めに基づいて本件労働契約における試用期間が満了する同年10月10日付けで原告を解雇する旨の通知をした(以下「本件主位的解雇」という。)。

(9)原告は、平成28年12月22日に本件訴えを提起した。
   被告は、原告に対し、平成29年8月23日付けの書面により、予備的に本件就業規則第13条3の定めに基づいて原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件予備的解雇」という。)。


【争点】

(1)本件主位的解雇の効力
(2)本件予備的解雇の効力
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件主位的解雇の効力
 ア 本件主位的解雇は、本件労働契約において定められた試用期間中に、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された解約権に基づき、されたものであると認めることができる。このような留保された解約権の行使は、その留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものとおうべきであり(最高裁昭和48年12月12日判決参照)、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利を濫用したものとして、無効になると解される(労働契約法16条)。
 イ これを本件に即して具体的に見ると、原告は、いわゆる大学新卒者の新規採用等とは異なり、その職務経験歴等を生かした業務の遂行が期待され、被告の求める人材の要件を満たす経験者として、いわば即戦力として採用されたものと認めるのが相当であり、かつ、原告もその採用の趣旨を理解していたものというべきである。
   そして、本件就業規則第7条1及び同条2の定めによって留保された上記アの解約権は、試用期間中の執務状況等についての観察等に基づく採否の最終的決定権を留保する趣旨のものと解されるから、その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、上記のような原告に係る採用の趣旨を前提とした上で、当該観察等によって被告が知悉した事実に照らして原告を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することがこの最終決定権の留保の趣旨に徴して客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。
 ウ そこで、上記ア及びイにおいて説示したところに従って、本件主位的解雇たる留保された解約権の行使が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合に当たるかどうかについて、検討する。
  a)B VPがCリーダーやD代理に対して平成27年8月19日から原告の業務遂行の状況やミスの発生の状況等を記録して組織的に共有するように指示をしているところ、毎営業日についてその記録が取られており、少なくとも同日以後は、毎営業日について原告が少なくない数の業務遂行上のミスをしているものである。また、同日より前の時期についても、詳細かつ具体的な記録が取られていたわけではないものの、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、原告の業務遂行の状況等の記録を取り始めるように指示をした契機について、原告の仕事上のミスが多く、このままでは業務に支障が生ずる旨の報告をA氏から受けたことにある旨を陳述しているところ、この陳述の内容は、客観的な経緯に整合するものとして採用することができるから、同日より前の時期についても、上記に認定した同日以降の状況と同様に、原告が業務遂行上のミスを少なからずしていたものと推認するのが相当である。
  b)上記a)において認定し、説示した原告の業務遂行の状況に関し被告は、原告が金融機関の職員としてあってはならない致命的なミスを繰り返したものであり、被告の従業員としての適格性を欠くものであって、原告が何度も注意や指導等を受けても当該ミスの重大性を認識することができず、問題性の改善の見込みがなかった旨を主張しており、B VPは、その陳述書及び証人尋問において、当該主張に沿う内容の陳述をしている。
   確かに、関係法令等に基づいて作成し、関東官庁ないし取引所への提出を要する報告書の内容に誤りがないようにすることの重要性は、事柄の性質上明らかというべきであるし、上記のB VPの陳述は、原告の業務遂行の状況等の記録や報告を求めたり、時間や労力をかけて原告との面談を連日にわたって実施したという客観的な経緯にもよく整合するものである。
   したがって、上記のB VPの陳述とおり、原告がした多数のミスは、決して軽微なものと評価すべきものということはできないし、B VPらが多数回にわたって原告に対して指導等を行ったものの、有意の改善が見られなかったものと認めるのが相当である。
 エ 上記イにおいて認定した原告に係る採用の趣旨を前提とし、以上に説示したところに加え、原告の業務上のミスが、そもそも指導等によって改善を期待するというよりも、自らの注意不足や慎重な態度を欠くことにも由来するものであると考えらえることなどの諸事情を総合的に考慮すると、原告に対する指導の中では「いくらか改善がみられる」旨が言及されたこと等の事情があったとしても、原告を引き続き雇用しておくことが適当でないとの被告の判断が客観的に合理的理由を欠くものであるとか、社会通念上相当なものであると認められないものであるとは、解し難い。
   したがって、本件主位的解雇は、権利の濫用に当たるということはできず、有効なものというべきである。

(2)結論
   争点(2)(本件予備的解雇の効力)に対する判断を経るまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。