神戸地裁伊丹支部平成30年11月27日判決(自保ジャーナル2039号1頁)

後遺障害逸失利益等の算定における中間利息控除のための基準時は、本件事故時ではなく、症状固定時であるなどと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
   発生日時 平成22年7月22午後7時40分頃
   発生場所 兵庫県伊丹市内の交差点
   原告車両 原告A(平成7年9月生)運転の自転車
   被告車両 被告運転の普通貨物自動車
   事故態様 原告自転車が、本件交差点に設置された横断歩道を、青信号に従って西から東に向けて直進中、被告車両が、本件交差点を東から南に向けて左折しようとして、横断歩道上の原告自転車に衝突した。

(2)原告Aは、本件事故により、左急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折、遷延性意識障害、外傷性水頭症等の傷害を受けた。
   原告Aは、本件事故から869 日目である平成24年12月6(注:原告Aは、満17歳)、B病院の医師から、「傷病名」を「頭部外傷」、「精神・神経の障害」について、「意識障害あり。開眼はしているが、発語なく、反応なし。四肢麻痺があり、四肢の随意的な動きはまったくない。嚥下はある程度可能であるが、主たる栄養は胃ろうによる経管栄養である。視力、聴力は測定不能。全介助状態である。」、「上肢・下肢および手指・足指の障害」について、「自動運転は全くない」、「障害内容の増悪・緩解の見通し」について「症状の改善の見込みはない」との内容で、症状固定の診断を受けた。

(3)原告Aは、平成25年2月12日、C保険会社から、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として、後遺障害1級1に該当するとの認定を受けた。
   原告Aは、D家庭裁判所a支部において、平成28年4月16日確定の後見開始の審判を受け、成年後見人として、原告E(原告Aの父。身上監護事務を分掌)及びF弁護士(財産管理事務を分掌)が専任された。

(4)原告E及び原告G(原告Aの母)は、原告Aの両親であり、原告Hは原告Aの姉であり、原告Iは原告Aの兄である。


 【争点】

(1)過失相殺
(2)原告Aの損害(とりわけ将来治療費、付添看護費、将来介護費、将来雑費、後見関係費用)
(3)他の原告らの近親者慰謝料(とりわけ兄弟姉妹の慰謝料請求を認めるべき特段の事情)
   以下、上記(2)及び(3)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)について、裁判所は、本件事故は、被告の一方的過失によるものとして、過失相殺はしないと判示した。


【裁判所の判断】

(1)原告Aの損害
 ア 損害額算定に当たっての先決判断
  ①将来治療費、将来介護費、後遺障害逸失利益等の算定における中間利息控除のための基準時
   標記の争点について、原告Aは症状固定時を主張し(注:労働能力喪失期間については、満17歳から満67歳までの50年に対応するライプニッツ係数18.2559から満17歳から満18歳までの1年に対応するライプニッツ係数0.9524を差し引いた17.3035によることとなる。)、被告は本件事故時(注:労働能力喪失期間については、満14歳から満67歳までの53年に対応するライプニッツ係数18.493から満14歳から満18歳までの4年に対応するライプニッツ係数3.546を差し引いた14.947によることとなる。)を主張する。
   当裁判所は、症状固定時をもって損害の価値の現在化をすべきものと判断する。仮に、事故時を基準として損害の価値の現在化のために中間利息を控除すれば、遅延損害金が単利で計算されるのに対して明らかに価値の現在化によって差し引かれる金額が多額になり、被害者が必要以上に不利益に扱われることとなることなどからは、現実に具体的な損害が発生するといえる症状固定時を損害の現在化の基準時とするのが相当というべきである。
   被告は、損害発生時期や遅延損害金の発生時期と同様に考えるべきである旨主張するが、上記のとおりであり、採用することはできない。
  ②年少女子の後遺障害逸失利益の算定における基礎収入
   当裁判所は、原告Aが本件事故時に14歳であったことから、平成24年度賃金センサス男女計・全年齢平均賃金を採用する。
  ③将来介護費の算定に当たり、障害福祉制度の存続を前提とすべきかどうか
   原告は、これを前提とせず、被告は、これを前提とすべきと主張する。しかしながら、ここでの問題は、職業介護費の算定の前提となる介護費用の単価を左右する介護報酬の金額が上昇するのか低下するかの蓋然性の問題であって、制度そのものの存続の蓋然性それ自体が問題であるとはいえない。
   そして、証拠(略)によれば、現状では介護報酬が低下する蓋然性があると認めるに足りない。そうすると、障害福祉サービスの単価が現状を維持するものとの前提で将来介護費について検討するのが相当である。
   なお、原告は、音楽療法の費用を将来介護費に含めて請求するところ、音楽療法が、原告Aにとっては、医学的にも有用であるものと認めるのが相当であるから、これを介護費に含めて請求することは認めるのが相当である。
 イ 将来治療費 197万2,843円
   原告Aは、症状固定後も、引き続き本件事故により生じた症状のため、身体機能を維持し、体調を管理するために脳外科、眼科、神経内科等の治療を必要としており、その内容も相当と認められる。よって、これに要する治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害に当たり、口頭弁論終結後に要する治療費も、その請求をする必要があるというべきである。
 ウ 付添看護費 909万5,476円
   原告E及び原告Gが、原告Aのために付添看護をしたことについては、これに要したと認められる費用相当額が原告Aの損害となる。
   原告Gは、本来J病院勤務の看護師として就労していたにもかかわらず、原告Aの付添いをするために(その必要性・相当性は、原告Aの症状に照らせば優に認められる。)病院を退職せざるを得ず、これによって、平成21年度給与所得375万5,686円を喪失したのであるから、その填補の趣旨での損害を認めるのが相当である。そうすると、付添看護費の日額は、上記の原告Gの年収に基づく日額と一般的に認められる日額のうち高額な方とすべきであるところ、前者は1万0,289円(円未満切捨て)となり、後者は6,000円が相当であるから、高額な前者を採用する。
 エ 将来介護費 1億3,163万3,110円
  ①)原告Aが特別支援学校を卒業するまで(症状固定から3年間・ライプニッツ係数2,7232) 1,458万4,043円
   近親者介護費は、平日は日額1万円、訪問介護を利用しない土・日曜日は、2名で介護すべき部分があることも考慮して日額1万3,000円が相当である。
   また、職業介護費については、自宅に戻ってからK特別支援学校に入学するまでの期間も含めて、訪問介護サービスを利用していることから、1回5,398円を請求するので、これによる。
  ②原告Aの特別支援学校卒業から原告Gが67歳に達するまで(症状固定後4年目から20年目まで) 8,464万6,224円
   近親者介護費は、平日は日額8,000円、土・日曜日は、入浴介護と月2回施設介護費があることを考慮して日額1万円が相当である。
   また、職業介護費については、障害者総合支援法に基づく公費負担が現にされた部分は、現実に原告Aが負担した自己負担額を基準とすべきであるが、利用が増えている部分は割合的に増額するのが相当であるから、口頭弁論終結時点までは自己負担額の平均月額2万4,110円を増額した2万8,000円により、将来分については、公費負担部分を含むサービス費総額を基準とすべきであるが、これも割合的に増額するのが相当であるから、サービス費総額平均月額49万5,454円を割合的に増額した58万円により、損害として計上することとする。
  a)平成28年1月から同30年7月まで・ライプニッツ係数は症状固定後3年目から同5年7ヶ月目まで4.7647―2.7232=2.0415) 705万5,424円
   b)将来分・ライプニッツ係数は症状固定後5年8ヶ月目から20年目まで12.4622-4.7647=7.6975) 7,759万0,800円
  c)合計 8,464万6,244円
  ③原告Gが67歳に達した後(症状固定から21年目以降・ライプニッツ係数は19.3098―12.4622=6.8476) 3,240万2,843円
   原告E及び原告Gは、原告Aを現在と同様に自宅で介護し、2人が亡くなった後は原告H及び原告Iに介護に関わってほしいとの希望を持っており、原告H、及び原告Iも自宅での介護に協力する意向を有しているものの、既にそれぞれ配偶者がおり、今後子が出生した場合の生活状況がどうなるかは確定していないといわざるを得ない。そうすると、原告Aが主張するような自宅での介護は、相当に困難になっているものと考えられ、施設介護をも視野に入れた介護費の算定をすることもやむを得ないというべきである。
   そうすると、近親者介護費は、日額3,000円、職業介護費は日額1万円とするのが相当である。
  ④総合計 ①+②+③=1億3,163万3,110円
 オ 将来雑費 554万7,872円 
   原告Aの平均余命(注:症状固定時の原告Aは満17歳で、平成24年簡易生命表による平均余命は69.74年である。)に至るまで自宅介護が行われる蓋然性には疑問があることは前記エ③で説示したとおりである。よって、原告Gが67歳に達した後については、施設介護の可能性を踏まえれば、原告Aが計上する品目の雑費を必要としないものと考えるのが相当である。
   そうすると、自宅介護が行われるものと見込まれる原告Gが67歳に達するまで(症状固定後20年目まで・ライプニッツ係数12.4622)について、1ヶ月当たり3万7,098円で算定することとする。
 カ 後遺障害逸失利益 8,178万4,992円
  ①基礎収入 472万6,500円(前記ア②参照)
  ②労働能力喪失割合 100%(後遺障害等級1級1号)
  ③労働能力喪失期間 50年間(ライプニッツ係数17.3035。前記ア①参照)
  ④計算式 ①×1.0×③≒8,178万4,992円
 キ 後見関係費用
  ①申立て費用 6,199円
  ②成年後見人の報酬
   身上監護部分 0円(財産管理部分は別途)
   本件においては、F弁護士が成年後見人に選任されており、本件訴訟に勝訴した場合には、認容額の8~10%程度が報酬として付与されるものと解される。そこで、F弁護士の成年後見報酬は、一時金として弁護士費用とともに検討することとする(注:本判決は、弁護士費用(成年後見人報酬)として、2,090万円を認容した。)。
 ク 自賠責保険金の支払い(充当関係)
   原告Aは、平成25年2月12日付けで、自賠責保険金4,000万円を受領している。
   最高裁平成11年10月26日判決、最高裁平成12年9月8日判決は、自賠責保険金の支払によって元本債務に相当する損害が填補されない場合であっても、遅延損害金の請求は制限されない旨判示しており、これを請求することができる以上、自賠責保険金が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは、まず遅延損害金の支払債務に充当され、残金があるときは元本に充当されるものと考えられる(民法491条1項)。
   被告は、被害者請求に基づいて支払われた自賠責保険金は、被害者の損害を填補するものではあるものの、加害者の被害者に対する損害賠償債務の「弁済」には該当せず、民法491条1項は適用されないと主張するが、独自の見解に立って判例を理解するものであって、採用することができない。

(2)他の原告らの近親者慰謝料
 ア 原告E及び原告G 各400万円
 イ 原告H及び原告I 各200万円
   原告H及び原告Iは、原告Aのきょうだいとして、両親にも引けを取らないだけの精神的苦痛を受けたものと認めるのが相当である(注:原告Hは、本件事故当時、大学生で、自宅を離れて養護学校の資格を取得する目的で看護大学に通っていたが、原告Aが日常生活の全介助を要する状態になったことから、看護師の資格を取得してb市内の病院の内科病連で勤務し、自分の看護師としての知識・経験を原告Gに伝えて原告Aの介護にも寄与していた。また、原告Iは、本件事故当時、高校生で、大学受験を控えていたにもかかわらず、原告E及び原告Gが自宅を空ける機会が多くなり、原告Aが日常生活の全介助を要する状態になったことから、理学療法士の資格を取得し、大学卒業後はb市内の病院に勤務しながら、原告Aの介護を手伝っていた。)。

(3)結論
   原告Aの請求は、2憶8,217万2,749円及びうち2憶6,127万2,749円に対する平成25年2月12日から、うち2,090万円に対する同22年7月22日から各支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却する(一部認容。請求額は、4億1,496万1,657円である。他の原告らの請求については、略)。


 

東京地裁平成30年9月25日判決(労働判例1207号56頁)

国・茂原労基署長(株式会社A)事件(確定)


【事案の概要】

(1)株式会社A(以下「本件会社」という。)は、平成25年7月25日に設立された株式会社であり、和洋食レストラン「〇〇」(以下「本件店舗」という。)の経営等を業とする。
   亡B(以下「被災者」という。昭和34年〇月生まれ)は、平成25年9月26日、本件会社との間で、雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し、店長として調理業務に従事していた者である。
   原告は、被災者の配偶者である。

(2)被災者の本件店舗における労働条件、賃金等は次のとおりであった。なお、本件雇用契約は、口頭でされており、雇用契約書は作成されていない。
 ア 所定労働時間
   午前10時30分から午後10時30分までの8時間(そのうち午後2時30分から午後5時までの2時間30分は休憩時間であり、午後3時から午後5時までは店舗自体を閉店した〔ただし、土日祭日を除く。〕。)
 イ 支給賃金
   本件会社は、被災者に対し、平成25年11月26日から平成26年2月25日の間、次の名目で月額31万4100円の賃金等を支払った。なお、超過手当と深夜業手当とを合わせて以下「本件固定残業代」という。
   基本給 15万5000円
   役職手当 5万円
   超過手当 10万円
   深夜業手当 5000円
   通勤手当 4100円

(3)被災者は、平成26年3月〇日午後11時50分頃、自宅で倒れ、病院へ救急搬送されたが、翌〇日午前1時4分に直接死因「不整脈」により死亡した。

(4)原告は、平成26年9月4日、茂原労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に対し、被災者は加重労働等により死亡したとして、労災保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料を請求した。

(5)監督署長は、平成28年7月8日付けで被災者の死亡が業務上の死亡であると認定して、原告に対し、同月15日付けで、遺族補償年金及び葬祭料のそれぞれにつき、給付基礎日額を1万0243円として算出した給付額を支給する旨の各処分をした。その後、監督署長は、上記の各支給処分を取り消した上で、改めて給付基礎日額を1万2166円として算出した給付額を支給する旨の各処分をした。

(6)原告は、前記(5)の各処分に関し、給付基礎日額の算定に誤りがある旨主張して、千葉県労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対して、審査請求をしたところ、審査官は、上記の各支給処分を取り消した。そこで、監督署長は、平成29年2月22日付けで、改めて給付基礎日額を1万3330円として算出した給付額を支給する旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。
   なお、 監督署長は、本件各処分における平均賃金及び給付基礎日額の計算において、①本件固定残業代を通常の労働時間の賃金(労基法37条1項参照)として算入せず、さらに、②本件固定残業代を基礎賃金から除外した上で、本件算定期間中の労働時間が別紙1「労働時間一覧表」(略)の「原告」の「実労働時間数」欄記載のとおりであることを前提として算出された割増賃金を算入した。

(7)原告は、本件各処分について給付基礎日額の算定に誤りがある旨主張して、審査官に対して、審査請求をした。しかし、審査官は、平成29年5月26日付けで、同審査請求を棄却する旨決定した。
   原告は、平成29年6月17日、本件訴えを提起した。 


【争点】

(1)本件固定残業代を通常の労働時間の賃金として算入すること及び割増賃金の基礎賃金に算入することの可否について、それら算入の前提として本件固定残業代が本件雇用契約の内容となっているか否か(争点1)
(2)割増賃金の算定基礎である本件算定期間中の労働時間数(争点2)
   以下、争点(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、裁判所は、争点(2)についても、「事案に鑑み」検討し、以下のとおり判示した。
   本件算定期間中の労働時間については、被告が主張するとおり、別紙1「労働時間一覧表」(略)の「被告」の「実労働時間数」欄記載のとおりに認定するのが相当である。そうすると、本件各処分において、被災者の上記労働時間数を前提として時間外労働等の割増賃金を計算し、これを平均賃金の算定基礎とし、給付基礎日額を算定した点に誤りはないこととなる。 


【裁判所の判断】

(1)判断枠組み
 ア 遺族補償給付及び葬祭料は、いずれも給付基礎日額を算定の基礎として支給額が決定されるところ、給付基礎日額は、労基法12条の平均賃金に相当する額とするとされ(労災保険法8条1項)、給付基礎日額の算定に当たっては、診断によって業務上の疾病の発生が確定した日等が労基法12条1項所定の算定事由発生日とされている(労災保険法8条1項)。そして、平均賃金は、算定事由発生日以前三か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額であり(労基法12条1項)、賃金は、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対価として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう(同法11条)。
 イ そうすると、「その労働者に対し支払われた賃金の総額」とは、労基法の適用を前提として、現実に既に支払われている賃金だけではなく、実際には支払われていないものであっても、算定事由発生日において、労基法の適用上支払われるべき既に債権として確定している賃金債権をも含まれると解される。よって、時間外労働、休日労働又は深夜労働(以下「時間外労働等」という。)が行われている場合には、同法37条所定の割増賃金も平均賃金の算定基礎に含まれることとなる。
 ウ そして、同法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けている趣旨は、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の機影を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとするものである。よって、割増賃金の算定方法が同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労基法37条等」という。)に具体的に定められているものの、同条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。そこで、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うこともできる。そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである(最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件・労働判例1186号5頁等)。

(2)検討
 ア 本件雇用契約は、口頭でされたにすぎず、これを証する契約書は作成されていない。また、本件会社名義の就業規則及び賃金規程は、本件会社の設立日(平成25年7月25日)よりも前の平成22年11月1日にいずれも施行されているなどの問題があることから、その効力を認めることはできない。
   さらに、本件会社の実質的経営者であったC(以下「C社長」という。)が被災者に対して、本件雇用契約締結時において本件固定残業代と割増賃金の関係について説明したことも証拠上窺われない。
 イ 以上に対し、被告は、
  ・本件固定残業代(「超過手当」、「深夜残業手当」)の名称からすれば、社会通念上、超過手当が時間外労働に対する手当、深夜業手当が深夜労働に対する手当と認識するこができること
  ・賃金台帳及び給料明細書に基本給及び役職手当とは別に本件残業代が記載されていること
  ・本件会社は被災者に対して給料明細書を交付していること
  ・本件固定残業代が現に支払われていたこと
からすれば、本件会社及び被災者は、本件固定残業代が時間外労働等の対価として支払われていたことをそれぞれ認識していた旨主張する。
   しかし、被災者が、上記のとおり、雇用契約書も就業規則もなく、しかも、本件雇用契約締結時において、本件会社から本件固定塹壕代についての説明がなされたことは窺われない状況において、わずか4か月程度の給与明細書の交付と本件固定残業代の受領のみをもって、本件雇用契約の締結に当たり、本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われることについてその内容を理解した上で、応諾するに至ったことを推認することまではできず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
 ウ また、被告は、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ、被災者と本件会社との間において、本件会社が被災者に対して前職の月給21万円(注:被告は、C社長が本件雇用契約の締結に先立って被災者の前職の給料を確認しており、基本給の金額について本件雇用契約(基本給と役職手当)と前職の雇用契約とでおおむね整合すると主張している。)の2倍以上にあたる月給約46万円を支払う旨の雇用契約が成立していたとは考えられないから、時間外労働の対価として本件固定残業代を支払う旨の合意があった旨主張する。
   しかし、具体の固定残業代について、それが雇用契約の内容となっていることが否定された以上は、使用者の雇用契約締結時に有していた意図等の如何にかかわらず、法律上通常の労働時間の賃金として組み入れざるを得ないのである。その意味で、本件固定残業代が通常の労働時間の賃金に組み入れられた場合の賃金水準の問題を指摘する被告の上記主張は失当であり、採用することができない。
 エ 本件雇用契約の契約当事者の合理的意思を推認するための基礎事情との観点からしても、被告は、上記のとおり、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当することのほか、被災者の本件算定期間中の時間外労働時間数は約123時間ないし約141時間であることを主張する。しかし、その主張を前提としても、超過手当においてあらかじめ想定される時間外労働時間数(約67時間)と被災者の実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)から窺われる勤務状況との間に約2倍もの大きな乖離が見られるところであり、この点はかえって本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われていないことを推認させるものである。
 オ 以上の事情を総合的に考慮すると、本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われているものとはされておらず、ひいては本件固定残業代が本件雇用契約の内容となってはいないこととなる。
 カ したがって、平均賃金の算定基礎においては、まず、本件固定残業代を通常の労働時間の賃金として算入し、さらに、本件固定残業代を基礎賃金に含めた上で算出した割増賃金をも算入することになる。しかるに、監督署長は、これらの算入処理をすることなく、平均賃金及び給付基礎日額を算出し、これを前提として本件各処分をしている。よって、本件各処分には、平均賃金、ひいては給付基礎日額の算定の誤りがあるから違法であって取消しを免れない。

(3)結論
   本件各処分をいずれも取り消す。


 

京都地裁平成31年2月5日決定(判例タイムズ1464号175頁)

Facebookの相手方のアカウントに対してメッセージを送信することが、公示送達の要件である通常の調査方法に含まれる旨判示した事例(即時抗告後抗告棄却)


【事案の概要】

(1)申立人(基本事件原告)は、京都地方裁判所書記官に対し、基本事件につき、相手方A及び同人が代表取締役を務める株式会社B(以下「相手方会社」という。)(いずれも基本事件被告)に対する訴状副本等の送達につき、公示送達の方法で行うよう申し立てた(以下「本件申立て」という。)ところ、平成30年12月19日、同書記官が本件申立てを却下する処分(以下「原処分」という。)をしたことから、これを不服として、異議を申し立てた。

(2)本件申立てにおいて、申立人は、以下のとおり、相手方A及び相手方会社の所在調査を行った。
 ア 申立人代理人は、平成30年10月15日、相手方会社の登記簿上の本店所在地である東京都(以下略)所在のビルを訪ねたが、表札に相手方会社の名前はなく、すべての階のテナントが別の会社で埋まっていた。また、周辺に入居する会社に相手方会社についての聞き取りを行ったが、相手方会社の転居先は明らかにならなかった。
   また、申立人代理人は、同日頃、同ビルの管理会社に対し相手方会社の転居先等を電話で問い合わせたが、管理会社は、相手方会社は平成27年8月に入居し、平成29年10月に退去し、転居先は把握していないと回答した。
 イ 申立人代理人は、平成30年10月15日、同月5日時点の相手方Aの住民票上の住所である東京都(以下略)を訪れたところ、同室には別人が居住しており、相手方Aは、同年6月頃に前記〇〇号室から退去していることが判明した。
   また、申立人代理人が、前記〇〇号室の管理会社に対し相手方Aの転居先について電話で問い合わせたところ、管理会社は、個人情報保護を理由に回答を拒んだ。
 ウ 申立人代理人は、平成30年10月18日頃、インターネット上のソーシャル・ネットワーキング・サービスであるFacebook上に、「A’」名のアカウントが存在し、その職歴欄には、相手方会社の代表取締役会長である旨の記載があることを見つけた。そこで、申立人代理人は、裁判所に対し、この「A’」が相手方会社の代表取役である相手方Aと同一である可能性が極めて高い旨を上申した(平成30年10月19日付上申書)。しかし、その「A’」の職歴欄には、それ以外に、現在の就業場所を明らかにする記載はなかった。
 エ 申立人は、Facebook Japan株式会社に対し、前記ウのアカウントに関連付けられた電話番号又はメールアドレスの調査嘱託を申し立て、当裁判所は、申立てを採用し、同社に対し調査を嘱託した。
   これに対し、同社は、自らにはFacebookの利用者記録へのアクセスを及びその内容に関する措置を取る権限を有せず、対応する立場にない、その権限はアメリカ合衆国にある別法人のFacebook Inc.にあり、さらなる問い合わせは同社に直接送付されたいとの回答がなされた。


【争点】

   申立人の上記調査を以て、公示送達の要件を充足しているか(相手方らについて、通常の調査方法を講じても送達場所が判明しなかったといえるか。)。
   裁判所の判断の概要は、以下のとおりである。


【裁判所の判断】

 (1)公示送達の要件について
   公示送達を実施するには、「当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合」(民事訴訟法110条1項1号)である必要があるが、同号にいう「知れない」とは、単に申立人が主観的にこれを知らないだけではなく、通常の調査方法を講じて十分検索したが判明しないという客観的なものであることを要する。
   この点、申立人は、Facebookに「A’」なる人物のアカウント(以下「本件アカウント」という。)が存在し、この者が相手方会社の代表取締役である相手方Aと同一である可能性が極めて高い旨を上申している。
   Facebookは、Facebookのアカウントを有する者であれば、誰でも他人のFacebookのアカウントに対しメッセージを送信することができる機能があるから、申立人は、自ら又は代理人、調査会社等を用いて本件アカウントに対してメッセージを送信することができ、これにより相手方Aに接触を試みることが可能である。しかし、申立人は、本件アカウントに対しメッセージを送信することによる調査は行っていない。
   したがって、現時点では、相手方Aについて、通常の調査方法を講じても送達場所が判明しなかったとは認定できず、公示送達の要件は充足しているとはいえない。
   そして、法人の場所は受送達者である代表者の住所等も送達場所となるから(民事訴訟法37条、102条1項、103条1項)、相手方会社の代表者たる相手方Aにつき未だ所在不明とはいえない以上、相手方会社についても公示送達の要件を充足していないことになる。

(2)この点、申立人は、Facebookにより本件アカウントにメッセージを送信する接触は通常の調査方法に含まれないと主張する。
   しかし、被告の電話番号やファクシミリ番号が判明している場合やその電話番号やファクシミリ番号であることが強く推認される連絡先が判明している場合に、それらを用いて接触を試みることは通常の調査方法であり、電子メールにより様々なやりとりがされている現在では、電子メールにより接触ができる場合もこれと同様に解することができる。  
   本件では、申立人自ら、Facebookという交流サイト上に相手方Aと同一である可能性が極めて高い人物がいる旨の上申をし、その者に対してメッセージを送ることができるのであるから、その場合に、メッセージを送信して接触を試みることが通常の調査方法でないとはいえず、それをしない場合において、客観的に送達をすべき場所が知れない場合に当たるとは認め難い。
   相手方Aが本件アカウントを使用していない可能性があり、メッセージを送信することで、基本事件を提起したこと等を無関係な他人に知られるおそれがあること、メッセージを送信しても返信がされない可能性があること、調査のために調査者自身も一定の情報を開示する必要があることは、電話やファクシミリにより接触を試みる場合でも同様に問題になりうる事項であり、Facebookのメッセージを送信する場合にのみ特に障害になるとはいえないから、これを理由に通常の調査ではないとはいえない。

(3)結論
   以上より、原処分は相当であり、本件申立てにはいずれも理由がないから、これを却下する(申立却下)。