東京高裁令和2年2月7日判決(判例タイムズ1476号123頁)

ウェブサイトAの閲覧者が使用する電気計算機のCPUにマイニングに係る演算を行わせるプログラムコードは、その機能を中心に検討すると、反意図性もあり不正性も認められるので、不正指令電磁的記録に該当すると判示した事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)被告人は、インターネット上のウェブサイトA(以下「A」という。)を運営する者である。
   Coinhive(以下「コインハイブ」ということがある。)は、登録者に対し、ウェブサイト閲覧者がその閲覧中に使用する電子計算機の中央処理装置(以下「CPU」という。)に、その同意を得ることなく仮想通貨Bの取引台帳へ取引履歴を追記する承認作業等の演算を行わせ、その演算が成功すると、報酬として仮想通貨の取得が可能になるという作業(以下「マイニング」ということがある。)を実行するための専用スクリプトを提供し、報酬の7割を登録者に分配し、報酬の3割をコインハイブ側が取得するウェブサービスである。コインハイブ登録者が、コインハイブから提供された前記専用スクリプト内の所定の箇所に登録者に割り当てられたサイトキーを記述し、そのスクリプトをウェブサイト内に設置すると、閲覧者の電子計算機の能力でマイニングが実行され、登録者が生じた報酬の分配を得ることができる。

(2)被告人は、平成29年9月、ウェブサイト上の記事で、サイト閲覧者の電子計算機を用いたマイニングが広告に代わるサイトの収入源になるかどうかという話題を取り上げた記事を読み、試験的にサイトの収入源として、閲覧者にマイニングさせる仕組みをAに導入することにした。同記事には、広告収入の代替手段として仮想通貨のマイニングを導入することに肯定的な意見や、ユーザーに無断かつ強制的にマイニングを強いる仕様は許されないのではないかという否定的な意見が記載されていた。
   その後、被告人は、コインハイブに登録して、コインハイブが提供するマイニング専用スクリプトに、被告人に割り当てられたサイトキーを記述し、このスクリプトを、Aを構成するファイル内に設置した。被告人は、A閲覧者が使用する電気計算機のCPUにマイニングに係る演算を行わせるプログラムコード(以下「本件プログラムコード」という。)に設けられた、A閲覧時のCPU使用率調整のための設定値を0.5と設定した。この設定値の場合、マイニングを実行すると、閲覧者の電子計算機の消費電力が若干増加したり、CPUの処理速度が遅くなったりするが、極端に遅くなるものではなかった。しかし、A閲覧時に、本件プログラムコードが実行されマイニングが行われていることは表示されなかった。

(3)被告人は、平成29年10月30日、Aにおいて閲覧者の同意なくマイニングをさせていることに関し、「ユーザーの同意なくCoinhiveを動かすのは極めてグレーな行為な気がするのですが」との指摘を受け、「個人的にはグレーとの認識はありませんが(略)、ユーザーへの同意を得る方向で検討させていただきます。」と返信したが、その後も、11月8日までの間、マイニングについて閲覧者の同意を得る仕様に変更せずに、A閲覧者の電子計算機によりマイニングを実行させた。

(4)原判決(横浜地裁平成31年3月27日判決)は、Aには、マイニングについての説明がなく、閲覧中にマイニングが実行されていることについての同意を取得する仕様にもなっていないことなどから、本件プログラムコードは、人の意図に反する動作をさせるべきプログラムに該当するとして、反意図性を肯定した。
   他方、原判決は、意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであっても、社会的に許容し得るプログラムは不正性を否定すべきであるとした上で、本件当時、本件プログラムコードが社会的に許容されていなかったと断定することができず、不正性に関し合理的な疑いが残るとして、不正指令電磁的記録該当性を否定し、被告人を無罪とした。
   なお、原判決は、被告人が、本件プログラムコードが不正指令電磁的記録に当たることを認識認容しつつこれを実行する目的があったものと認定するには合理的な疑いが残るとし、争点(2)の実行の用に供する目的も認められない旨付言した。


【争点】

(1)本件プログラムコードの不正指令電磁的記録該当性(168条の2第1項1号、刑法168条の3)
   特定のプログラムが、
 ア 使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」ものであるかどうか(反意図性の要件)
 イ 「不正な指令を与える」ものかどうか(不正性の要件)
(2)実行の用に供する目的の有無
(3)故意の有無
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

    原判決は、刑法168条の2第1項の解釈を誤り、その結果、事実誤認をしたものであり、破棄を免れない。以下、理由を述べる。
(1)反意図性に関する原判決の判断について
 ア 刑法168条の2以下に規定する不正指令電磁的記録に関する罪は、電子計算機において、使用者の意図に反して実行されるコンピュータ・ウイルスなどの不正プログラムが社会に被害を与え深刻な問題となっていることを受け、電子計算機による情報処理のためのプログラムが、「意図に沿う動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令」を与えるものではないという社会一般の者の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するために、意図に沿うべき動作をさせない、又はその意図に反する動作をさせるという反意図性があり、社会的に許容されないプログラムの作成、提供、保管等を、一定の要件の下に処罰対象とするものである。   
   このような法の趣旨を踏まえると、プログラムの反意図性は、当該プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で、一般的なプログラムの使用者の意思に反しないものと評価できるかという観点から規範的に判断されるべきである。
   原判決は、本件プログラムコードが、その機能を認識した上で実行できないことから、反意図性を肯定しているが、そのような点だけから反意図性を肯定すべきではなく、そのプログラムの機能の内容そのものを踏まえ、一般的なプログラム使用者が、機能を認識しないまま当該プログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合に反意図性を肯定すべきである。
   原判決は、このような検討をせずに本件プログラムコードの反意図性を肯定しており、十分な検討をしたとはいえないが、以下のとおり、反意図性を肯定した結論は正当といえる。
 イ 本件プログラムコードは、Aを閲覧している者に、電子計算機の機能を提供させてマイニングを行わせるという機能を有するものであり、ウェブサイト(A)を閲覧することによりマイニングが実行されることについての表示は予定されておらず、閲覧者の電子計算機の機能の提供により報酬が生じた場合にもその報酬を閲覧者が得ることは予定されていない。
   一般的に、ウェブサイト閲覧者は、ウェブサイトを閲覧する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行することは承認していると考えられるが、本件プログラムコードで実施されているマイニングは、ウェブサイトの閲覧のために必要なものではなく、このような観点から反意図性を否定することができる事案ではない。その上、本件プログラムコードの実行によって行われるマイニングは、閲覧者の電子計算機に一定の負荷を与えるものであるのに、このような機能の提供に関し報酬が発生した場合にも閲覧者には利益がもたらされないし、マイニングが実行されていることは閲覧中の画面等には表示されず、閲覧者に、マイニングよって電子計算機の機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒絶する機会も保障されていない。
   このような本件プログラムコードは、プログラム使用者に利益をもたらさないものである上、プログラム使用者に無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとするものであり、このようなプログラムの使用を一般的なプログラム使用者として想定される者が許容しないことは明らかといえるから、反意図性を肯定した原判決の結論に誤りはない。

(2)不正性に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について
 ア 刑法168条の2以下の規定は、一般的なプログラム使用者の意に反する反意図性のあるプログラムのうち、不正な指令を与えるものを規制の対象としている。これは、一般的なプログラム使用者の意に反するプログラムであっても、使用者として想定される者における当該プログラムを使用すること自体に関する利害得失や、プログラム使用者に生じ得る不利益に対する注意喚起の有無などを考慮した場合、プログラムに対する信頼保護という観点や、電子計算機による適正な情報処理という観点から見て、当該プログラムが社会的に許容されることがあるので、そのような場合を規制の対象から除外する趣旨である。
 イ しかるところ、本件プログラムコードは、その使用によって、プログラム使用者(閲覧者)に利益を生じさせない一方で、知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであって、一定の不利益を与える類型のプログラムである上、その生じる不利益に関する表示等もされていないのであるから、このようなプログラムについて、プログラムに対する信頼保護の観点から社会的に許容すべき点は見当たらない。
   また、本件プログラムコードは、A閲覧中に、閲覧者の電子計算機の機能を、閲覧者以外の利益のために無断で提供させるものであり、電子計算機による適正な情報処理の観点からも、社会的に許容されるということはできない。
 ウ これに対し、原判決は、①ウェブサービスの質の維持向上、②電子計算機への影響の程度、広告表示プログラムとの対比、③他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合との対比、④同様のプログラムに対する賛否、⑤捜査当局等による事前の注意喚起がなかったこと、などを挙げて、社会的許容性が否定できないとし、弁護人もこれと同趣旨の主張をする。しかし、この判断は、以下のとおり首肯することができない。
  a)原判決は、前記①のとおり、本件プログラムコードの実行により、ウェブサービスの質の維持向上が期待でき、閲覧者の利益になる旨説示するが、この種の利益が、意に反するプログラムの実行を、使用者が気づかないような方法で受忍させた上で、実現されるべきものでないことは明らかである。
  b)原判決は、前記③のとおり、他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合などと比較して、本件プログラムコードの許容性を論じているが、より違法な事例と比較することによって、本件プログラムコードを許容することができないことも明らかである。
  c)原判決は、前記④のとおり、同様のプログラムに対する賛否が分かれていたとし、これを社会的許容性を肯定する方向の事情と主張しているが、プログラムに対する賛否は、そのプログラムの使用に対する利害や機能の理解などによっても相違があるから、プログラムに対する賛否が分かれているということ自体で、社会的許容性を基礎づけることはできない。本件は、一般的なプログラム使用者が機能を認識しないまま実行されるプログラムに反意図性が肯定される事案であり、プログラムを使用するかどうかを使用者に委ねることができない事案であるから、賛否が分かれていることは、本件プログラムコードの社会的許容性を基礎づける事情ではなく、むしろ否定する方向に働く事情といえる。
  d)原判決は、前記⑤のとおり、捜査当局等による事前の注意喚起がなかったことを、社会的許容性を基礎づける方向の事情としているが、不正性のあるプログラムかどうかは、その機能を中心に考えるべきであり、捜査当局の注意喚起の有無によって、不正性が左右されるものではない。
  e)原判決は、前記②のとおり、本件プログラムコードの電子計算機への影響を広告表示プログラムとの対比などから社会的許容性を検討しているが、他のプログラムの社会的許容性と対比して本件プログラムコードの社会的許容性を論じること自体が適切でない。弁護人が比較の対象とした、社会的に許容されている広告表示プログラムがどのようなものかは必ずしも明らかではないが、広告表示プログラムは、使用者のウェブサイトの閲覧に付随して実行され、また、実行結果も表示されるものが一般的であり、その点で、閲覧者の電子計算機の機能を閲覧者に知らせないで提供させる機能のある本件プログラムコードとは、大きな相違があり、その点からも比較検討になじまない。
 エ これらによれば、本件プログラムコードは、その機能を中心に検討すると、反意図性もあり不正性も認められるので、不正指令電磁的記録に該当するというべきであり、原判決は、刑法168条の2の解釈を誤り、その結果、不正指令電磁的記録該当性を否定する不合理な判断を行っており、原判決には、事実誤認がある。

(3)実行の用に供する目的(争点2)の判断の誤り等について
   略

(4)破棄自判について
 ア 原判決は、法令の解釈を誤って事実を誤認したものであり、この点をいう論旨は理由があるから、刑法397条1項、382条により、原判決を破棄する。
 イ 原判決は、争点の一部の判断の結果無罪判決をしているが、本件は、外形的事実関係には争いがなく、不正指令電磁的記録該当性に関わる法解釈によって、各争点の判断が実質的に決せられる事案といえ、これまでに検討したところによって、直ちに判決するこができるものと認められるから、刑訴法400条ただし書により更に判決する。
 ウ 被告人を罰金刑10万円に処し、その罰金を完納することができないときは、労役場に留置する。


 

大阪地裁令和2年3月26日判決(自保ジャーナル2072号135頁)

被告には、原告運転の自動二輪車が被告運転の貨物自動車を追い越すことの予見可能性も結果回避可能性もないとして、その注意義務違反を否認した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成30年5月12日午前9時45分頃
 イ 発生場所 大阪府守口市内路上
 ウ 原告車  A(平成9年8月生まれ。本件事故当時20歳。)運転の普通自動二輪車
 エ 被告車  被告会社が所有し、被告Bが運転する中型貨物自動車
 オ 事故態様 被告車は、概ね南北に延びる片側2車線の道路(以下「本件道路」という。)の第2車線を南進しており、原告車は、本件道路の第1車線を南進していたところ、原告車が横転し、Aの頭部が被告車の左後輪によって轢かれ、Aが死亡した。
   なお、原告らは、Aの両親であり、各2分の1ずつの割合で、Aを相続した。

(2)本件事故態様は、以下のとおりである。
 ア 本件事故前、被告車は第2車線を走行しており、その後方には、ダンプカー様の形状のトラック(以下「後続トラック」という。)が走行していた。第1車線上において被告車の左前方を走行していた車両(以下「C車」という。)の後方には、白色のワゴン車(普通自動車。以下「D車」という。)が走行していた。
   前後関係は、C車が先頭、C車の右後方に被告車、被告車よりも後方にD車(C車とD車との間の距離は約13.8m)、D車の右後方に後続トラックとなっていた。
 イ 原告車は、第1車線を南進してきたD車に接近し、ブレーキを踏んで減速して、後続トラックの後尾の左横あたりまで進行した。この時点における原告車の速度は、D車及び後続トラックと同程度であった。
   原告車は、そこからブレーキを解除して加速し、後続トラックの左前部とD車の右後部との間を走行して第2車線へ進路変更を行い、後続トラックの前方に出て、D車を追い越した上で第1車線に進路変更を行った。
   原告車は、第1車線への進路変更を完了した後、ブレーキを踏みつつ進行し、被告車の左横まで進行したが、被告車の左横において、右側へ倒れて転倒した。Aは、原告車が転倒した直後に頭部を被告車の左後輪によって轢過された。
 ウ 被告車は、原告車の転倒後、少なくとも10秒程度は、停止することなく第2車線を走行し続けた。


 【争点】

(1)被告Bの自動車運転上の過失の有無(争点1)
(2)被告Bの救護義務違反の有無(争点2)
(3)Aの人的損害(争点3)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、被告らは、争点(1)について、以下のとおり主張した。
   本件事故態様は、Aが、本件道路において、交通の流れに反する速度超過の状態で第2車線を走行した上、第1車線に進路変更を行って、被告車を第1車線から追い抜いて第2車線に入ろうとしたが、被告車とC車との間に十分な通行余地が存在しなかったことから、急制動の措置を講じたところ、操作不能となり、転倒滑走して、第2車線に投げ出され、第2車線走行中の被告車の左後輪に頭部を轢過されて死亡したというものである。
   かかる事故態様からすれば、被告車が、Aを轢過することを回避することは不可能であり、本件事故は、Aの一方的な過失によって発生したものである。よって、被告Bに過失はない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(被告Bの自動車運転上の過失の有無)について
 ア 被告Bの(原告車の進行を妨げないように)減速すべき注意義務について
  a)被告Bが原告車を認識し得たかについて
   被告Bが、本件事故以前に、後方から接近し、被告車の左側を進行する原告車の存在に気付いていたとは認められない(詳細は、省略する。)。
  b)注意義務違反の有無等について
   仮に、被告Bが原告車のエンジン音により、原告車が後方から接近してきていることを認識していたとしても、被告車は、片側2車線の第2車線を走行していたのであるから、原告車が第1車線を走行して被告車を追い越すであろうことを予測することは困難である。
   次に、原告車が第1車線へと車線変更を開始し始めた時点で、被告Bがかかる原告車の動きを視認していたのであれば、原告車が第1車線を走行して被告車を追い越そうとしていることを予測できた可能性はある。しかし、後続トラックの後続車両設置のドライブレコーダーの映像によれば、原告車が被告車の後方の第2車線上の走行を開始してから第1車線に進路変更を行うまでの時間は長くとも1ないし2秒程度であるから、そもそも、被告Bが、この間に被告車の後方を走行している原告車の動向に気付いた可能性は低いと考えられる上、仮に、これに気付いたとしても、原告車が第2車線から第1車線へと車線変更を開始してから、被告車の左横を走行するに至るまでの1ないし2秒程度の間に、原告車が第1車線から被告車を追い越すであろうことを予測して、これに対する対処を行うことはやはり困難であると考えられる。
   そうすると、被告Bが、原告車が第1車線を進行して被告車を追い越すことを予測することは困難であったといえるから、被告Bには予測可能性がなく、減速するなどして原告車の進行を妨げないようにする注意義務はない。また、仮に、これを予測できたとしても、予測が可能になってから結果が発生するまでの経過時間の短さに照らせば、その間に対処を行うことは困難であったといえるから、仮に、予測可能性があったとしても結果回避可能性がないといえ、いずれにしても注意義務違反はない。
 イ 被告Bの制限速度を遵守すべき注意義務について
  a)走行速度について
   本件事故現場の制限速度は明らかではないが、時速50㎞ないし60㎞のようである。
   本件事故当時の関係車両の速度は明らかではないが、相対速度としては、D車とC車はほぼ同じ速度で走行している。被告車は、第3車線から第2車線に進路変更を完了した時点ではD車と同程度の速度であるが、その後、やや加速し、D車及びC車よりも早い速度で走行している。
   原告車及び被告車の速度について、原告及び被告は、ドライブレコーダーの映像や航空写真等を元に計算を行い、それぞれ主張するものの、これらの計算には誤差が入り込むことが否定できず、かかる計算のみから原告車及び被告車の速度を断定することは困難である。
  b)(制限速度を遵守すべき)注意義務違反の有無等について
   上記のとおり、被告車の速度がC車及びD車よりも速かったことは否定できず、証拠上、被告車が制限速度を超過していた可能性は否定できないとしても、その速度が認定できない以上、被告Bが制限速度を超過していたと認めることは困難である。したがって、被告Bが、制限速度を遵守すべき注意義務に違反したとは認められない。
  c)なお、原告車が転倒した原因は、被告車とC車との間の間隔が狭かったことにあるかもしれないが、そもそも、そのような狭い部分を通り抜けようとする走行方法自体に問題があることは指摘せざるを得ず、A自身に過失があったことは否定できないし、車間距離とは無関係なAのハンドル操作の誤りによる転倒である可能性もないとはいえず、Aが死亡してしまった今や転倒の原因は不明であるといわざるを得ないから、被告車が本件事故当時よりは低速で走行しており、被告車とC車との間の間隔が本件事故当時よりは広く開いていたとしても、それによって原告車の転倒が回避できたともいえない。
   よって、仮に、被告Bに制限速度遵守義務違反があったとしても、その注意義務違反と本件事故との間に相当因果関係はない。
 ウ 小括
   以上のとおりであるから、被告Bには、原告らが主張する注意義務違反が認められないから、過失がない。したがって、被告Bは、本件事故について、不法行為責任を負わない。
 エ なお、被告Bは、被告車の運行に関して注意を怠らなかったこと、本件事故については被害者であるAに過失があったことが否定できないことは上記のとおりであり、本件事故が被告車の自動車の構造上の欠陥または機能の障害によるものではないことはいうまでもないから、被告会社は自賠法3条ただし書により免責される。

(2)争点2(被告Bの救護義務違反の有無)について
 ア 被告Bが、本件事故以前に、後方から接近している原告車の存在に気付き得なかったことは、先に説示したとおりである。
   本件事故は、被告車の左後輪がAの頭部を轢過したものであるところ、被告車は中型貨物自動車であって長さが8.63m、車両重量が5、080㎏であることからすれば、人間の頭部を轢過したことによる被告車への衝撃はわずかなものであったと考えられ、運転席にいる被告Bが感じ取った本件事故による衝撃も大きくはなかったであろうことは想像するに難くない。
   加えて、本件事故後、C車が本件道路の第1車線上の左側に停止し、Aは本件道路の第1車線の中央付近に倒れていたこと、被告車は速度を緩めることなく第2車線を走行し続けていたこと等からすれば、被告Bが、何らかの物体を踏んだと考えて左サイドミラーにより後方を確認したとしても、被告Bからは原告車及びAの存在が視認できなかったと考えても不合理ではない。また、バックモニターの視界は、後方は被告車の後部から後方約10m程度であることや、Aの転倒場所等を踏まえれば、バックモニターによってもAの存在は確認できない。
 イ 以上のとおりであるから、原告らの主張を考慮しても、被告Bが、本件事故後、轢過したものが人間であることを認識していたと認めることは困難である。したがって、被告Bに、道路交通法72条1項前段の救護義務違反及び同条後段の報告義務違反は、いずれも認められない
   そうすると、本件訴訟や本件訴訟に至るまでにおける被告Bの言動等が虚偽であったと断定することはできず、この点について、被告Bの原告らに対する不法行為は認められない。よって、被告Bが原告らに対して慰謝料を支払うべき義務を負うとはいえない。

(3)結論
   以上のとおりであるから、その余については判断するまでもなく、本件請求はいずれも理由がない(請求棄却)。


 

福岡地裁平成31年2月28日判決(自保ジャーナル2061号90頁)

交差点での直進車と左方からの左折車との間の事故で、事故発生前に直進車も左折車も停止していたことから、個別事情を踏まえ、両運転者の過失割合を検討した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成28年7月27日午前9時50分頃
 イ 発生場所 福岡市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 原告車  原告が運転する普通乗用自動車
 エ 被告車  被告が所有し、運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 被告車の左前部が、原告車に接触し(以下「本件接触」という。)、これにより原告車に右リヤドア、右リヤフェンダー擦過等の損害が生じた。

(2)本件現場付近は、別紙2交通事故現場見取図(略)のとおり、本件道路、本件道路と交差する2本の道路(以下、そのうちの原告車が進行してきた道路を、「本件交差道路」という。)等が変則的な交差点である(以下「本件交差点」という。)。
     本件事故が発生する前、被告車は本件道路を進行しており、原告車は、本件道路を本件交差点方面に進行していた。
   本件交差点には、信号機が設置されていないが、本件交差道路は、本件交差点の手前で一時停止規制されている。本件道路には、(被告車の進行方向から見て)本件交差点の先に所在する別の交差点において、対面交通信号(以下「本件信号」という。)がある。本件現場は、本件交差点から本件道路を本件信号方面に進行した位置である。


 【争点】

(1)被告の過失及び過失相殺
(2)原告の損害
   以下、上記(1)についての、裁判所の判断の概要を示す。


     なお、被告は、過失相殺について、以下のとおり主張した。
 ア 原告車と被告車はいずれも本件交差点前で一時停止し、その後、双方が発進したところ、本件交差道路には一時停止規制があり、本件道路には一時停止規制がなかったのであるから、原告車側には一時停止規制が働き、被告車が優先となる。
   したがって、原告車は、左折するに当たり右方の安全を十分確認し、直進の被告車の進路を妨害してはならない義務を負っていた(道路交通法43条)。それにもかかわらず、原告は、同義務を怠り、直進する被告車の進行を妨げる態様で左折しようとしたのであるから、原告の過失は大きい。
 イ 本件交差点は変則丁字路交差点と目すべきであり、前記事故態様からすると、本件事故について被告に軽度の前方不注視が認められるとしても、原告の過失割合は、85%というべきである。


【裁判所の判断】

(1)原告車及び被告車に対する入力方向
 ア 原告車には、5時方向からの入力と、1時半ないし2時方向からの入力があったものと認められる。
 イ 被告車には、11時方向からの入力と、7時方向からの入力があったものと認められる。

(2)争点(1)(被告の過失及び過失相殺)について
 ア 本件接触時点での各車両の速度について
   原告は、原告車は本件接触時、徐行していた旨主張する。そして、原告本人及び被告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、原告車も被告車も本件信号が青色表示になったのを契機に発進したところ、本件接触地点までの被告車の移動距離が原告車の移動距離より大きいことからすると、本件接触時においては、被告車の方が原告車より速度が大きかったと考えられる。
 イ ノーズダイブについて
   被告は、本件事故時において、原告車が急制動し、これによりノーズダイブを起こし、本件接触後、再び前進を始めたとし、これを前提として、原告車の位置関係について主張する。
   この点、ノーズダイブの傷の特徴として、後方下がりの連続した直線の線状痕になり、線状根は一定の角度になり、それぞれの直接損傷は均一の幅に印象されることが認められる。そして、原告車の右側面の傷が後方下がりになっていることからすると、これらの傷のうち、前記1時半ないし2時方向からの入力による前方から後方のものについては、原告車が制動装置を取った際についたものと考えることができる。
   しかし、①原告車には5時方向の傷があり、被告車には11時方向の傷があること、②原告本人及び被告本人の各供述によれば、被告は本件事故による衝突前にブレーキを踏んだのに対し、原告は衝突後にブレーキを踏んだこと、③一般に、自動車の制動措置を取るときには空走時間があること等に照らすと、原告車がノーズダイブをしていたとしても、それは、本件接触後に生じた可能性が否定できない。
 ウ 本件接触時の状況について
   以上を前提として、本件接触時の状況について検討する。
   原告は、原告車は、別紙③の地点でいったん停止した後、本件信号が青色表示になったことから徐行又は低速で発進したところ、被告車に追突され、原告車5時方向からの入力による傷が発生した旨主張する。
   これに対し、被告は、原告車が被告車より高速で走行しており、いったん被告車が原告車に衝突し、被告車11時方向からの入力による傷が発生した後、原告車の速度の方が速かったため、被告車を追い抜き追い越したことで、被告車に7時方向からの入力による傷が生じた旨主張する。
   しかし、前記のとおり、被告車11時方向からの入力があることが認められるところ、これに対応して原告車に対し、5時方向からの入力があったと見るのが自然である。そして、両車両の各入力方向からすると、被告車が、原告車の後方から走行し、原告車に接触したと考えるのが自然である。
 エ 過失相殺について
  a)事故態様
   以上の検討によれば、本件事故においては、本件信号が赤色表示であったため、本件道路を走行していた被告車は本件交差点の手前で停止しており、原告車はいったん本件道路の一時停止線前で停止し、その後別紙②地点まで進み停止していたところ、
   本件信号が青色表示に変わったため、原告車は本件道路に進入し、被告車も発進したが、原告車に気付きブレーキをかけたものの、原告車の後方から原告車に接触し、その後停止し、他方、原告車は、接触後ブレーキをかけ、停止したことが認められる。
  b)一般論
   このことからすると、本件事故は、本件道路と本件交差道路が交差する本件交差点で発生した直進車と左方からの左折車との間の交通事故である。このような場合、左折車が徐行し、直進車についてはある程度の減速をしていることを前提とし、徐行又は減速していないことを修正要素として過失割合を論ずることが一般的である。
   しかし、本件事故においては、直進車も左折車も本件信号が青になるのを待って停止していたのであり、直進車が走行していることを前提とする上記一般的な場合とは事情を異にすると考えられ。したがって、本件においては、個別事情を踏まえ、原告と被告の過失割合を検討することとする。
  c)検討
  ①被告の過失について
   本件事故の前記事故態様、殊に、原告車が先に本件交差点に進入していたところ、被告が後方からこれに接触し、その直後停止し、原告がその更に後に停止したと考えられることからすると、直進車である被告には、前方にいる左折車の動静を確認した上で発進する注意義務があると考えられるにもかかわらず、これを怠った前方不注視の過失があるというべきである。
   そして、被告本人の供述によれば、被告は、自分(被告)が優先すると思って前進したことが認められる一方、被告が発進した時点での本件交差点の状況に関する具体的な説明がないことに鑑みると、被告は、別紙【ア】の地点から発進する際に、原告車の動静を確認しようとした形跡はうかがわれない。
   このことに加え、
  ・本件交差道路は本件交差点で終了し、本件道路は一方通行道路であることから、本件交差道路から本件交差点に入る車両は左折するしかなく、本件道路を走行する車両の運転者としてもこのことを認識できたと考えられること
  ・現に、原告車は、被告車の前方で、本件道路に左折進入する態勢で、一時停止線を越えた位置で停止していたこと
  ・一般に、直進車が交差点の手前において信号待ちしている場合、左方から左折進入する車両の運転者は、一時停止規制があったとしても、直進車に路を譲られた等の考えの下、直進車の通過を待たず、当該道路に左折進入しようとする事態は容易に想定できること等
からすると、被告の過失の程度は重大である。 
  ②原告の過失について
   前記のような状況下では、左方からの左折車である原告は、自分(原告車)が直進車である被告車の進路上に進路変更していくことになり、その進路を妨害する度合いが大きいことから、本件交差点に左折進入するにあたり、前方及び右方を十分注意して、被告車の動静を確認した上で発進する注意義務があると考えられる。
   そして、原告本人の供述等によれば、原告は、本件交差点に進入する際、被告が頭を下に向けていたのを視認したことが認められるところ、このような状況では、被告が原告車の存在を認識していたかどうか、ひいては、原告車に道を譲っているかどうかが明らかであったということはできない。したがって、原告にも、別紙②の地点から発進した際に、前方不注視の過失があったというべきである。
  ③小括
   以上の状況、殊に、本件は、原告車が被告車の進路上に進路変更していく事案である一方で、被告が発進する際、原告車の動静を確認しようとした形跡がうかがわれないのに対し、原告は被告車の動静を確認しようとしたといえることその他本件で現れた一切の事情を考慮すると、原告と被告の過失割合は、20:80が相当である。

(3)結論
   以上によれば、原告の請求は、217万1,073円(注:請求額414万9,000円)及びこれに対する遅延損害金の支払を 求める限度で理由がある(一部認容)