東京高裁平成30年4月25日判決(判例時報2416号34頁)

車両保険金は、まず物的損害の全体のうち被害者の過失割合に相当する部分に充当され、その残額が加害者の過失割合に相当する部分に充当される旨判示した事例(一部変更)


【事案の概要】

  以下、【事案の概要】においては、「上告人」を「控訴人」と、「被上告人」を「被控訴人」と称する。

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平27年4月2日午前10時頃
 イ 発生場所 東京都目黒区〇〇先路上
   首都高速中央環状線内回りの本線(大井方面行き)から高速3号渋谷線(東名方面行き)に接続する車線が分かれる分岐点(ゼブラゾーンが始まる位置。以下「本件分岐点」という。)付近
 ウ 控訴人車 控訴人X1が運転し所有する普通乗用自動車
 エ 被控訴人車 被控訴人会社が所有し被控訴人Y1が運転する中型貨物自動車
 オ 事故態様 控訴人車が首都高速中央環状線内回りの本線2車線中の第2車線(以下、単に「本線」という。)から高速3号渋谷線に接続する分岐車線(第1審判決別紙図面の斜線部分。以下、単に「分岐車線」という。)に進路変更したところ、控訴人車の後方で本線から分岐車線に進路変更した被控訴人車の左前角付近と、控訴人車の右後角付近が接触した。

(2)控訴人X2は、控訴人X1との間で、被保険者を控訴人X1、被保険自動車を控訴人車、保険金額を30万円とする自動車保険契約を締結しており、平成28年11月4日、同契約に基づく車両保険金として、本件事故による控訴人車の修理費用として28万9200円を支払った。

(3)被控訴人Y2は、被控訴人会社との間で、被保険者を被控訴人会社、被保険自動車を被控訴人車とする自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結しており、平成27年7月1日、同契約に基づく車両保険金として、本件事故による控訴人車の修理費用77万8850円(免責分10万円を控除した額)を支払った。
   なお、本件契約に適用される普通保険約款中の代位に係る規定において、被上告人Y3に移転せずに被保険者又は保険金請求権者が引き続き有する債権は、被上告人Y3に移転した債権よりも優先して弁済されるものとする旨が定められている。

(4)原審の争点は、以下のとおりであった。
 ア 本件事故の態様と双方の過失の有無及び割合(争点1)
 イ 控訴人X1の損害(争点2)
 ウ 被控訴人会社の損害(争点3)
   原審は、争点1につき、双方の過失割合を、控訴人側7割、被控訴人側3割と判断した。
   また、原審は、争点2につき、控訴人X1の損害(車両損)を41万0550円であり、これに7割の過失相殺(△28万7385円)をすると12万3165円となると判示した上で、前記(2)のとおり、控訴人X2が車両保険金として28万9200円を支払済みであるが、そのうち28万7385円は控訴人X1の損害のうち過失相殺分の填補に充てられるから、控訴人X1が請求できる額は、41万0550円であり(過失相殺分28万7385円を含む。)から28万9200円を控除した12万1350円となり、控訴人X2の代位取得額は12万3165円から12万1350円を控除した1815円となると判示した(以上については、原審判決が確定した。)。
   他方、原審は、争点3につき、被控訴人会社の損害を、①修理費用87万8850円、②休業損害11万7988円の合計99万6838円であり、これに3割の過失相殺をすると、69万7787円(修理費用61万5195円、休業損害8万2592円)となると判示した上で、前記(3)のとおり、被控訴人Y3が車両保険金として上記修理費用から免責分10万円を控除した77万8850円を支払済みであるから、被控訴人会社が請求できる額は、修理費用のうち損害の填補がされていない10万円と過失相殺後の休車損害8万2592円の合計18万2592円となり、被控訴人Y3は、過失相殺後の修理費用61万5195円から免責分10万円を控除した51万5195円の限度で、被控訴人会社の控訴人X1に対する損害賠償請求権を代位取得したことになると判示した。


【争点】

   被上告人Y3による損害賠償請求権の代位取得の範囲  
   以下、上記の争点(以下「本件争点」という。)に関する、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、原判決の争点3に関し、被上告人(被控訴人)会社が請求できる額については、争われていない。


【裁判所の判断】

1 本件争点に関する原審の判断は、是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

(1)交通事故の被害者が損害保険会社との間で締結した自動車保険契約に基づいて受ける保険給付は、特段の事情がない限り、交通事故によって生じた当該自動車に関する損害賠償請求権全体を対象として支払われるものと解するのが、当事者の意思に合致し、被害者の救済の見地からも相当である。
よって、車両損害保険条項に基づいて支払われた車両損害保険金は、当該交通事故に係る物的損害の全体を填補するものと解するのが相当である。

(2)本件事故においては、被上告人車に係る①修理費用87万8850円、②休業損害11万7988円の合計99万6838円が、被上告人車に関して被害者である被上告人会社が被った物的損害である。
   よって、被上告人Y3が支払った保険金は、これらの物的損害の全体を填補するものであるというべきである。

(3)そして、本件保険契約の被保険者である被上告人会社に本件事故の発生について過失がある場合には、車両損害保険条項に基づき、被保険者が被った損害に対して保険金を支払った被上告人Y3は、被害者について民法上認められる過失相殺前の損害額(以下「裁判基準損害額」という。)が保険金請求権者に確保されるように、支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、裁判基準損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(最高裁平成24年2月20日判決、同平成24年5月29日判決参照)。

(4)そうすると、過失相殺がされる場合には、被害者に支払われた保険金は、まず損害額のうち被害者の過失割合に相当する部分に充当され、その残額が加害者の過失割合に相当する部分に充当される(いわゆる裁判基準差額説)。  
   本件において、被上告人Y3が支払った車両保険金77万8850円は、被保険者である被上告人会社が被った過失相殺前の損害額99万6838円の、被上告人会社側の過失割合である3割に相当する29万9051円(99万6838円×0.3)にまず充当され、これを控除した残額である47万9799円(77万8850円―29万9051円)が、加害者の過失割合に相当する部分に充当される。
   結局、被上告人Y3は、被上告人会社に代位して、上告人X1に対し、47万9799円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めることができるものである。

(5)したがって、原判決は、被上告人Y3が上告人X1に対して請求することができる金額を過大に算定しているから、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 2 結論
   以上のとおり、上告人X1の論旨には理由がある。そこで、以上に説示したところに従い、原判決中X1及び被上告人Y3に関する部分を、前記1(4)のとおり変更する(一部変更。なお、原判決中X1及び被上告人会社に関する部分は、変更されていない。)。


 

東京地裁平成30年6月12日判決(労働判例1205号65頁)

エボニック・ジャパン事件(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)被告は、エボニック・インターナショナル・ホールディングスを親会社とする日本法人である。A(以下「A GM」という。)は、平成24年以降、被告のリージョナル人事部マネージャーを務めている。
   原告(昭和30年3月〇日生)は、平成20年3月17日、被告との間で期間の定めのない雇用契約(以下「本件無期雇用契約」という。)を締結した。

(2)原告は、平成27年3月13日付けで60歳の定年により退職し、同月19日、被告との間で、同年4月1日から平成28年3月31日までの1年間を雇用期間とする有期雇用契約(以下「本件再雇用契約」という。)を締結した。
   本件無期雇用契約の下での定年直前の原告の基本給は月額83万3000円であったが、本件再雇用契約の下での基本給は平成27年4月から平成28年3月まで1年間を通じて月額50万円であった。

(3)ところで、被告の就業規則16条〔定年〕は、1項において、定年は60歳とし定年に達した月の末日をもって退職すると定めている。そして、同条2項において、1項の規定にかかわらず、以下の各年齢(注:平成25年4月1日から平成28年3月31日まで:61歳などと記載されている。)までは、14条退職・17条解雇の事由に該当しない者であって、本人が希望する場合については、定年後再雇用するものとし、同年齢以降は、下記「定年退職後の再雇用制度対象者の基準に関する労使協定」(以下「本件労使協定」という。)1条の基準を準用すると定めている。
   本件労使協定は、平成18年4月25日、平成24年法律第78号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、改正の前後を問わず、この法律を「高年法」という。)9条2項の規定に基づき、就業規則16条に定める定年退職後の再雇用制度の対象となる者の基準(以下「本件再雇用基準」という。)に関して、被告と従業員の過半数を代表する者の間で締結されたものである。
   本件労使協定1条は、被告は、下記アのいずれにも該当する者について、下記イに定める労働条件にて再雇用するものと定める。
 ア〔本件再雇用基準〕
  (ア)略
  (イ)定年退職後も勤務に精勤する意欲があること
  (ウ)過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること(以下「本件人事考課基準」という。)
  以下略
 イ 定年退職後の再雇用制度対象者の労働条件
  (ア)略
  (イ)契約期間:期間1年とし、次年度以降は、健康状態及び精勤意欲、日常の勤務評価により契約の更新を行う
  (ウ)略
  (エ)賃金:年収280万円を下回らないものとする
  以下略  

(4)原告は、平成28年4月1日以降も再雇用の継続を希望していていた。しかし、被告は、同年2月24日、原告に対し、本件再雇用基準を充足しないことを理由として、本件再雇用契約が同年3月31日をもって終了し、同年4月1日以降はこれを更新しないこと(以下「本件雇止め」という。)を、書面をもって通知した。


【争点】

(1)原告の地位確認請求及び未払基本給請求について
 ア 原告が本件人事考課基準を充足していたか否か
 イ 労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否
 ウ 本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否
(2)原告の未払賞与請求について(争点4)
   以下、争点(1)から(3)までについての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記各争点についての被告の主張の要旨は、以下のとおりである。
 ア (争点2)について
   平成28年4月1日以降の原告の再雇用について、労働契約法19条の適用場面とは異なる。
 イ (争点1)について
   仮に労働契約法19条の適用の余地があるとしても、原告が本件人事考課基準を充足していない。すなわち、本件人事考課基準(過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること)は、過去3年間のいずれにおいても、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であることを意味すると解するのが合理的であるところ、原告は、平成26年及び27年について、全従業員の平均点未満かつ3点未満であったから、本件人事考課基準を満たさない。
   よって、本件再雇用契約の更新がみなされることはない。
 ウ (争点3)について
   仮に同日以降、原告の再雇用契約が存続するとしても、本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないことから、その年収は280万円にとどまる。


【裁判所の判断】

(1)原告が本件人事考課基準を充足していたか否か(争点1)
 ア 本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は61歳に達しているから、原告が同年4月1日以降も再雇用されるためには。本件労使協定2条(注:略)による場合を除き、就業規則16条に基づき、本件労使協定1条所定の本件再雇用基準を充足している必要がある(【事案の概要】(3))。そして、弁論の全趣旨によれば、原告について、本件人事考課基準以外の本件再雇用基準に含まれる要素については、特段の問題なく充足していたことが認められる。それゆえ、本件人事考課基準を充足していたことが認められれば、原告は、本件再雇用基準を充足していたことになる。
 イ ところで、本件人事考課基準の意味について、被告は、前記被告の主張の要旨イのとおり述べる。
   しかしながら、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であるか、少なくとも3点以上であるということは、特に良いとも悪いともいえないような大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨で使用される「普通の水準」という用語の一般的な意味から外れるものである。まして、3年連続で全従業員の平均点以上の成績を収めることのできる従業員は、全従業員の半数を大きく下回る人数にとどまる(証人A)のであり、「普通の水準」という用語の一般的な意味からは大きく逸脱する。
   そもそも、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均点以上であることを要求する基準を設定する場合には、平均(アベレージ)という用語を使用するのが通常であると考えられるところ、本件人事考課基準において、かかる用語は使用されていない(証人A)。
   また、本件労使協定の交渉段階において検討された「グッドパフォーマンス」という基準ですら、達成度評価の評価値(点数)が4点以上であるなどの高い水準を意味していたとは考えがたい(証人A)ところ、これよりも低い「普通の水準(オーディナリーパフォーマンス)」が基準とされたものである。
   さらに、本件労使協定が締結された当時、被告の社内において、達成度評価の評価値(点数)が全従業員の平均値ないし3点以上でなければ、本件人事考課基準を充足したことにはならない旨の説明がなされたことを窺わせる形跡もない。
   そして、本件労使協定の締結された平成18年4月25日ころから平成28年3月31日ころまでの間、被告において定年を迎えた社員は12名程度はいたにもかかわらず、原告より前に定年を迎えた社員について、本件人事考課基準に照らして再雇用の当否を判断した事例が存在しなかったのであり、本件人事考課基準が再雇用の対象者を厳しく限定する基準として機能してきた実績も存在しない。
   そして、A GMが着任した当時、本件人事考課基準を妥結するに至った経緯等について、詳しく記載された資料も残されておらず、本件人事考課基準の意味に関する、前記被告の主張の要旨イに沿うA GM及びその部下の陳述等(証拠略、証人A)は、本件再雇用契約を更新しない旨の、H氏(注:平成27年3月ころ以降、原告の上司かつ人事評価における一次評価者であった、エボック・チャイナの関係者である。H氏は、平成28年2月5日の少し前ころ、同年4月以降は原告を再雇用すべきでないという意見を示し、これがA GMに伝えられた。)の判断を受けて検討された内容に過ぎないのであって、にわかに採用しがたい。
 ウ 以上検討したところに加え、本件労使協定に基づく再雇用制度は、高年法上の高齢者雇用確保措置の1つである継続雇用制度として設けられたものであることを踏まえると、本件人事考課基準のいう「普通の水準」は、大半の従業員が達成し得る平凡な成績を広く含む趣旨と解すべきであるし、「過去3年間の人事考課結果が普通の水準以上であること」というのは、過去3年間を通じて評価した場合に「普通の水準」以上であれば足りるという趣旨と理解するのが合理的である。
 エ このような観点から原告の達成度評価の評価値を検討すると、原告の人事考課の結果(詳細略)は、平成25年から平成27年までの3年間を通じてみた場合、大半の従業員が達成し得る平凡な成績と同程度以上であるといえるから、本件人事考課基準を充足すると認められる。   

(2)労働契約法19条の適用場面と異なる旨の被告の主張の当否(争点2)
   被告の正社員として勤務した後に平成27年3月31日に定年退職し、本件再雇用契約を締結した原告については、同契約が65歳まで継続すると期待することについて、終業規則16条2項及び本件労使協定の趣旨に基づく合理的な理由があるものと認められ、A GMも、本件労使協定1条について、本件再雇用基準に該当する限りにおいては必ず再雇用するという趣旨の規定であると述べている(証人A)。
   そして、本件再雇用契約の終期である平成28年3月31日の時点において、原告は、本件人事考課基準を含む本件再雇用基準に含まれる全ての要素を充足していた。
   よって、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないものといえ、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。

(3)本件再雇用契約の労働条件が維持されることに対する期待に合理性はないとの被告の主張の当否(争点3)
   原告が、本件再雇用基準を充足し、特別支給年金受給開始年齢後である平成28年4月1日以降も再雇用が継続される場合において、本件再雇用契約における労働条件が維持されると期待することに合理性はあると認められる。
   よって、労働契約法19条2号により、同一の労働条件で本件再雇用契約が更新されたものと認められる。

(4)結論
   原告の地位確認請求及び未払基本給請求については、本件判決確定の日の翌日以降に支払期日の到来する基本給の支払を求める部分を除いて認容した。
   原告の未払賞与請求については、一部認容した(詳細略)。


 

福岡地裁平成31年4月15日判決(労働判例1205号5頁)

原告が、毎日終業後に、当日の業務等を記録した日報等の信用性は比較的高いものと評価して、被告代表者らのパワハラ行為に関わる事実を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、平成17年5月、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結した。原告は、上記被告の入社時に、被告との間で、給与の月額について、基本給13万5000円、職務手当5万5000円及び調整手当8万0900円と合意し、以降、上記給与額の支払を受けてきた。なお、当時の被告代表者は、現在の被告代表者の前の代表者である。
   原告は、被告に採用されて以降、営業を担当し、主として営業及び配達業務に従事してきた。

(2)平成27年2月6日頃、被告において、賞味期限切れの近い商品を詰め替えようとする問題が発覚した。その際、原告は、現場担当者に対し、反対の意見を述べた(以下、この意見表明を「賞品詰替問題」という。)。
   被告は、同年5月頃、営業担当者として新たに契約社員を雇用した。これに伴い、原告は、営業の仕事が減って、同業務以外の出荷や配達等の業務の割合が多くなった。
   なお、同年7月、現在の被告代表者が被告代表者に就任した。

(3)被告代表者は、平成28年3月2日、原告に対し、手書きのメモで、平成28年3月分給与(同年4月支払分)から、職務手当2万円及び調整手当3万円の合計5万円を減額する旨通告し、同月28日には、原告に対し、同年4月1日付で、営業部から製造部への異動を命じる旨、給与については、同年5月支払分より「調整給」及び「職能給」の合計より5万円を減額する旨の辞令を交付して、同月支払分より原告の賃金を減額した(以下「前件賃金減額)という。)。

(4)原告は、平成28年4月、前件賃金減額の撤回を求めて、労働審判を申し立てた。その後、上記の労働審判は、訴訟に移行した。そして、同年8月8日の和解期日において、原告と被告との間で、被告が、原告に対し、職務給として月額5万円及び調整給として月額8万0900円の支給を受ける労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することなどを内容とする和解(以下「前件和解」という。)が成立した。

(5)平成28年8月中旬頃から、原告は、甘納豆の製造業務に従事するようになった。原告は、それまで甘納豆の製造に関わったことはなかった。被告代表者は、当初は、自らが仕事の手順や作業方法等を指導し、その後は、作業業務のベテラン従業員のAとBに原告を指導させた。
   原告は、同年8月以降、毎日終業後に、当日の業務等を記録した日報(以下「業務日報記録」という。)を自宅のパソコンで作成し、翌日、これに基づき作成した業務日報を被告に提出していた。もっとも、同年9月8日頃から平成29年2月24日頃までは、概ね毎日、当日の作業内容及び時間等を記録した蜜漬生産日報(以下「蜜漬生産日報」という。)を作成して、被告に提出していた。そして、同日報を被告に提出した時は、業務日報は提出しなかった。
   原告は、業務日報記録にその日の業務内容及び被告代表者やAら他の従業員の言動等について記録していた。

(6)平成29年2月28日、被告は、原告に対し、原告の賃金のうち、職務手当2万円及び調整手当3万円の合計5万円を減額することを通告した。これに対し、原告が、書面で異議を申し立てた。すると、被告は、同年3月31日、減額内容を変更して、同年4月分の給与(同年5月支払分)から基本給1万円、職務手当5万円及び調整手当1万円の合計7万円を減額(以下「本件賃金減額」という。)すると通告した。そして、被告は、原告に対し、平成29年4月分以降、前記のとおりに減額した給与を支給している。
   原告は、被告に入社以降、毎年夏季と年末に賞与の支給を受けている。原告の賞与支給額は、平成26年夏季に18万5000円、同年年末に16万円であったが、平成28年以降は大幅に減少し、平成29年夏季に1万5000円、同年年末に3000円となっている。


【争点】

(1)本件賃金減額の有効性(争点1)
(2)賞与減額についての被告の不法行為責任の成否及び損害額(争点2)
(3)パワハラ行為の有無及び被告の損害賠償責任の有無(争点3) 
   以下、裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)本件賃金減額の有効性
   前記【事案の概要】(6)によれば、本件賃金減額は、原告の同意なくされたものであることが認められる。また、被告の就業規則及び給与規程には、懲戒処分としての減給の定めがあるほかは、降格や減給についての規定はなく、本件賃金減額は懲戒処分としてなされたものではないから、本件賃金減額は、就業規則等に基づく処分や変更としてなされたものであるとも認められない。
   よって、本件賃金減額は無効であるといわざるを得ない(注:本判決は、本判決確定後の将来請求分も含めて、平成29年5から原告と被告との労働契約が終了するまでの間、毎月10日限り、差額賃金の7万円の支払義務を負うことを認めた。また、本判決は、原告の基本給として月額13万5000円、職務手当5万5000円及び調整手当8万0900円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認の訴えに関して、確認の利益を認めた。)。

(2)賞与減額についての被告の不法行為責任の成否及び損害額
   被告は、平成28年夏季賞与から平成29年年末賞与までの原告の賞与については、裁量権を濫用して、これらを殊更に減額する不公平な査定を行ったことが認められる。これは、被告が査定権限を公正に行使することに対する原告の期待権を侵害したものとして不法行為が成立するというべきである。
   そして、上記不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は、20万円が相当である(注:請求額は79万8376円)。

(3)パワハラ行為の有無及び被告の損害賠償責任の有無
 ア 前記【事案の概要】(5)によれば、原告は、平成28年8月以降、毎日の業務内容等を記録した業務日報記録を自宅で作成し、蜜漬生産日報を自宅で作成・提出していた時期を除いて、上記記録に基づき作成した業務日報を、翌日、被告に提出していたことが認められる。
   上記業務日報記録には、その日の業務内容や被告代表者及び他の従業員の言動や同人らとのやりとり等が時系列に沿って詳細に記載されている。その内容は、原告の主張する、平成28年8月8日以降の様々なパワーハラスメント行為(以下「パワハラ行為」という。)に関わる事実以外の点も含めて、相当程度に具体的であり、特段不自然な点は見当たらない。そして、業務日報記録に基づいて作成された業務日報については、これを被告に提出していた期間中に、被告代表者において、特段その記載内容について異議を唱えたり、訂正を求めたりした形跡はうかがえない。
   また、蜜漬生産日報については、原告がその職務上作成して被告に提出していたものであるうえ、その記載内容に対して被告代表者が異議や抗議を申し立てたことはうかがわれないことを考慮すると、その信用性は比較的高いと考えられる。そして、原告作成の業務日報記録は、平成28年11月11日に原告が被告代表者から肘で突かれた出来事をはじめとして、蜜漬生産日報の記載と一致している点が多いことが認められる。
   以上の事情を併せ考慮すると、業務日報記録及び蜜漬生産日報の記載内容は、概ね信用できるというべきである。
 イ 以上を前提に、原告主張のパワハラ行為について、以下の事実が認定できる(注:以下、その一部について列挙する。)
  a)平成28年11月11日
   原告が、火上げをした窯にホースで水を注入する作業をした際、本来であれば、ホースの先に計量器を付けて作業すべきところ、原告は、これを忘れて計量器を付けずに水を注入していた。上記作業時に被告代表者が作業場に入ってきたため、ミスに気付いた原告が作業を中断して、被告代表者に謝罪しようとしたところ、被告代表者が、「何をしている。そんなこと誰が教えた」などと怒鳴り、肘で原告の胸を突いた。
  b)平成29年1月6日
   作業中、原告が機械の操作を間違えた。原告はすぐにスイッチを押し直したが、傍らにいた被告代表者は、原告の背中を叩いて、お前、今何をした、間違っただろうと怒鳴った。
  c)平成29年1月31日
   原告が、豆の蜜漬けの作業のため真空濃縮機のバルブを操作していたところ、作業現場に来ていた被告代表者が、いきなり原告の背中を叩いた。原告が痛いと言うと、被告代表者は、「お前、今何した。裏のバルブを誰が扱えと言ったか」と怒鳴った。原告が、Aに言われた旨答え、叩かないで欲しい旨被告代表者に言ったところ、被告代表者は、嫌なら会社を辞めろと言った。
 ウ 原告の主張する被告代表者のパワハラ行為のうち、前記イの各行為は、いずれも原告の身体に対する暴行であり、被告代表者がこれらの行為に及び必要性があったとは認められないから、原告に対する違法な攻撃として、不法行為に該当する。
 エ 次に、被告代表者の発言や言動のうち、
  a)「私はあなたのことを全く信用していない」、「給料に見合う仕事ができていないと判断したら給料を減額する」、「私を無視し続けるということは、会社をないがしろにしていると判断して、あなたを解雇することもできる」等の発言
  b)作業現場において、「いつまでたっても進歩がない。いよいよできなければ辞めてもらうしかない。」と怒鳴った行為
  c)不手際を謝罪した原告に対する「27万の給料を貰っている者の仕事ではない」「これが裁判までやって給料を守った者の仕事か」「給料を下げて下さいと言え」「もうこの仕事はできませんと言え。そうすればお前をクビにして、新しい人間を雇う。」等の発言
  d)平成29年1月31日に原告の背中を叩いた際に、叩かないで欲しい旨言った原告に対し、嫌なら辞めろと言ったり、他の従業員の面前で、原告は嘘をついているので背中を殴られて当然である旨や今後も作業が遅いなら給料を減額する旨言ったりした行為
  e)原告を指導していたAに対し、原告にはトイレ休憩以外は休憩をとらせないよう指示した行為
などについては、もはや業務指導の範囲を超えて、原告の名誉感情を害する侮辱的な言辞や威圧的な言動を繰り返したものといわざるを得ず、原告の人格権を侵害する不法行為に当たるというべきである。
 オ また、被告の従業員Aが、原告に対し、「作業は1回しか教えない。社長に言われている」と発言し、被告代表者から、お前は休んでいいが、原告は休ませるなと言われている旨や原告は給料が高いから厳しく教えろ、途中の休憩は取らせるなと言われている旨告げた事実についても、被告代表者による上記トイレ休憩をとらせないよう言った指示と相俟って、原告の人格権を侵害する行為といえ、不法行為に当たるというべきである。
 カ 被告代表者による前記イの行為は、原告への暴行であること、前記エの行為は、原告に対し、半年以上の期間に亘って、威圧的又は侮辱的な発言を繰り返していることなどを考慮すると、原告の身体的又は精神的苦痛に対する慰謝料額は50万円が相当である(注:請求額は300万円)。

(4)結論
   原告の各請求を、争点1については全部認容し、争点2及び3については一部認容した。